山田サトのブログ

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諸宗山無縁寺回向院

2023-06-04 10:02:00 | 寺社仏閣
#回向院 #鳥居清長 #鼠小僧 #阿弥陀如来 #両国
東京都墨田区両国2-8-10 回向院(えこういん) に参拝してきました。
正式名称は、浄土宗諸宗山無縁寺回向院です。
回向院の御本尊である阿弥陀如来は、かつては本堂を背にして露天に安置されていた、いわゆる濡仏さまでした。通称「釜六」(釜屋六右衛門)の作で、宝永二年(1705)に安置され、身の丈六尺五寸五部、蓮座三尺四寸五分もある大きな銅作りの坐像でその慈悲に満ちたふくよかなお顔に特徴があります。また、都有形文化財にも指定されています。
振袖火事(ふりそでかじ)と呼ばれる明暦の大火(1657年(明暦3年))の焼死者10万8千人を幕命(当時の将軍は徳川家綱)によって葬った万人塚が始まりです。のちに安政大地震をはじめ、水死者や焼死者・刑死者など横死者の無縁仏も埋葬しました。
動物すべての生あるものを供養するという理念から、軍用犬・軍馬慰霊碑や「猫塚」「唐犬八之塚」「オットセイ供養塔」「犬猫供養塔」「小鳥供養塔」、邦楽器商組合の「犬猫供養塔」(三味線の革の供養)など、さまざまな動物の慰霊碑、供養碑、ペットの墓も多数あります。馬頭観世音菩薩は、徳川家綱の愛馬を供養したことに由来しています。
1793年(寛政5年)、老中・松平定信の命によって造立された「水子塚」は、水子供養の発祥とされています。
著名人のお墓は、山東京伝、竹本義太夫、鼠小僧次郎吉など。 
1781年(天明元年)以降には、境内で勧進相撲が興行され、これが今日の大相撲の起源となり、1909年(明治42年)旧両国国技館が建てられるに至りました。国技館建設までの時代の相撲を指して「回向院相撲」と呼ばれます。1936年(昭和11年)1月には大日本相撲協会が物故力士や年寄の霊を祀る「力塚」を建立しました。
回向院念仏堂の設計は、河原泰建築研究室(河原泰)によるものです。
営業時間/9:00~16:30
定休日・休業日/なし
お問い合わせ/03-3634-7776
ホームページ/
アクセス/
JR両国駅西口より徒歩3分
都営大江戸線両国駅より徒歩10分





















本覚山 妙勝寺

2022-08-02 08:19:00 | 寺社仏閣
#本覚山 #妙勝寺 #大曼荼羅 #日蓮上人座像 #鬼子母神 #江戸川
東京都江戸川区江戸川6-7-15 �日蓮宗 本覚山 妙勝寺 にお参りして来ました。
弘安7年4月(1284)下総国堀江の浦に漂着した難船にのこされていた童子を、当村二之江村漁師の五郎が救い上げて育てたところ、童子は後に中山法華経寺2世、日高上人の弟子となり、成就院日尚と号して当村古川べりの妙見社のそばに草庵をいとなみ、徳治2年(1307年)に開山しました。
本堂内陣には寺宝、日高筆大曼荼羅、日祐筆大曼荼羅、伝徳川光圀筆日蓮上人画像が安置されています。
また、鬼子母神は、日蓮宗祈祷本尊として古くから尊信されています。
お問い合わせ/03-3680-5608
ホームページ/http://www.myousyou-ji.or.jp/
アクセス/一之江駅より徒歩10分、西瑞江5丁目バス停下車または古川親水公園前バス停下車徒歩3分





















光照寺

2022-07-30 08:06:00 | 寺社仏閣
#紫雲山 #円勝院 #光照寺 #聖観音像 #本一色
東京都江戸川区本一色3-16-28 紫雲山 円勝院  光照寺 にお参りしてきました。
光照寺は、嘉慶元年(1387)正如法印が草庵を結び、奥宮山青蓮院 慈眼寺と号していたのを延享2年(1745)に光照寺と改めたとのこと。紫雲山円勝寺(新義真言宗上小松村正福寺末)と共に、本一色村内の神社(本一色天祖神社、本一色北野神社)の別当を勤めていました。明治5年に廃寺となった紫雲山浄本院円勝寺(元亀2年草創)のあった当地へ移転、紫雲山円勝院光照寺と改めています。
宗派/真言宗豊山派
山号/紫雲山
院号/円勝院
寺号/光照寺
本尊/聖観音像
アクセス/新小岩駅より徒歩15分、新小29新小29-2新小71バス停 光照寺 下車すぐ













もっとい不動 密蔵院

2022-07-22 07:09:00 | 寺社仏閣
#もっとい不動 #密蔵院 #明光寺 #鹿骨 #不動明王 #えんま大王 
東京都江戸川区鹿骨4-2-3 真言宗 豊山派 本命山 もっとい不動 密蔵院 明光寺 にお参りしてきました。
密蔵院の創建は江戸時代中期の宝暦2年(1753年)です。 もともと独立していた寺院でしたが、明治期に小岩善養寺の境外仏堂となりました。
地元のお年寄りが孫をおんぶして集い、青年団の寄り合い所として機能しつつ、地域の寺として地元の人々によって、昭和まで維持されてきました。 
平成2年に現行の法律に従った宗教法人となりました。
ご本尊さまである不動明王の右腕には元結(もとゆい)と呼ばれる細い紐がかけられています。
不動明王鹿骨では、お正月のお飾り作りが盛んで、藁を縒って起こる腱鞘炎(硬手・こうで)も一つの職業病でした。人々は腱鞘炎になるとお不動さまの手にかかっている元結を一本いただいて、手首に縛りつけて、症状が回復すると、元結を一束奉納する信仰が今に続いています。
現在でも、喉や首が痛ければネックレス代わりに首に巻き、腰が痛ければ数本つないで腰に巻くなど、元結をもらいに来る人がいます。この元結が変化して「もっとい」となりました。
元結(もとゆい、もとい、もっとい)は、日本髪を結うとき髪の根もとを束ねるのに使う紐。昔公家や武家の間では松書けや鶴亀など美しい色絵の紐の飾り元結もあったが、庶民はこより、わらなども用いた。こより(水引・こよりを糊でかためたもの)が大勢を占めるようになったのは寛文年間(1661~73)といわれる。『ブリタニカ百科事典』より。
密蔵院の入り口(バス停留所前)には「えんま大王さま」がいます。 
お問い合わせ/03-3676-0702
ホーム/http://www.mitsuzoin.com/
アクセス/
JR小岩駅発 [小76](第二南小岩線)・鹿骨停留所下車すぐ
JR新小岩駅発 [新小71](鹿骨線)・鹿骨停留所下車徒歩1分













上品寺

2022-07-20 08:16:00 | 寺社仏閣
#上品寺 #閻魔大王 #えんま講 #阿弥陀如来 #地蔵菩薩 #東新小岩
東京都葛飾区東新小岩7-8-2  八幡山 上品寺(じょうぼんじ)  にお参りして来ました。
上品寺の本堂には、運慶作の御本尊 阿弥陀如来が安置されています。
境内左側にある閻魔堂には、座像ながら約2メートルの閻魔大王の像が安置されています。
江戸十六閻魔の一尊で、その製作手法から室町時代の作と云われています。
江戸名所に数えられていましたが、安政2年の地震による倒壊後、閻魔像は本堂の片隅に安置され、昭和50年に現在の閻魔堂を再建しました。
閻魔堂内に安置されている地蔵菩薩は、無数の分身に変化して人々を救う仏。そのひとつの姿が「閻魔大王」であり、死者の娑婆での罪を厳しく裁くが、いずれは優しい手をさしのべてくださる「菩薩さま」であるとのこと。
宗派/新義真言宗
山号/八幡山
院号/来迎院
寺号/上品寺
御本尊/阿弥陀如来
御利益/厄除け、病気平癒など
お問い合わせ/03-3691-3703
参考ページ/
https://loco.yahoo.co.jp/place/g-yuQbBl09dE-/
アクセス/JR新小岩駅より徒歩15分