3日くらい前に映画観たんだったー
ロバート・デ・ニーロ主演の、1981年の映画なのでデニーロ若いよー!
マーティン・スコセッシ監督の「レイジング・ブル」

ロバート・デ・ニーロ主演の、1981年の映画なのでデニーロ若いよー!
どういうお話かというと、説明がめんどくさいのでいつもお世話になっておりますMOVIEWALKERから引用↓
世界ミドル級チャンピオンの栄誉に輝き“ブロンクスの猛牛”と呼ばれた男ジェイク・ラモッタの数奇な人生の浮き沈みを彼の自伝を基に描く。製作はアーウィン・ウィンクラーとロバート・チャートフ、監督は「ミーン・ストリート」のマーティン・スコセッシ。ジェイク・ラモッタの自伝を基に「アメリカン・ジゴロ」の監督・脚本のポール・シュレイダーとマルディク・マーティンが脚色。撮影はマイケル・チャップマン、音楽録音はレス・ラザロビッツ、編集はセルマ・シューメーカー、製作デザインはジーン・ルドルフ、ボクシシグ技術顧問はアル・シルバーニが各々担当。出演はロバート・デ・ニーロ、キャシー・モリアーティ、ジョー・ペシ、・フランク・ビンセント、ニコラス・コラサンド、テレオ・サルダナ、フランク・アドニス、マリオ・ギャロなど。
1964年、ニューヨーク、バルビゾン・プラザ・シアターの楽屋で、1人、映画「波止場」のシナリオの一節をくり返すジェイク・ラモッタ(ロバート・デ・ニーロ)の姿があった。彼はかつて「怒れる牡牛」と呼ばれた世界ミドル級チャンピオンに輝いた男だ。--1941年、クリーブランド。弟ジョーイ(ジョー・ペシ)がセコンドを務める黒人のミドル級ボクサーとの闘いで、相手を叩きのめしたにも拘らず判定負けをするジェイク。翌日昼間からやけ酒を飲み、彼は妻に八ツ当りをする。そして、ブロンドの美女ビッキー(キャシー・モリアーティ)との出会い。やがて2人は愛し合うようになり結婚する。1943年、デトロイトでシュガーをKOするが、同年に行なわれた彼との対戦で今度は判定負けをした。彼ら兄弟には、逃れられない敵がいたのだ。それは八百長試合を強いる組識だ。やがてその大物トニー・コモ(ニコラス・コラサント)の誘惑に負けた2人は1947年、遂にマジソン・スクエア・ガーデンでの八百長試合を承諾した。しかし1949年、デトロイトで、ジェイクはフランスの英雄に挑戦するチャンスを得る。この世界タイトル・マッチで、ジェイクは見事チャンピオンに輝いた。しかし、そのころから彼には、ジョーイとビッキーに対する強い嫉妬心が根ざし出し、心は沈んでいった。1950年、辛くも防衛を果した彼は1951年、シュガーとの6度目の試合でKO負けし、1954年遂にリングを去りナイトクラブ経営をフロリダで始めた。そんな彼からジョーイもビッキーも去り、1956年には未成年者をホステスに使った罪で独房に入れられた。そして1964年のこのバルビゾン・ブラザーシアターの楽屋には、無残に肥えた肉体のジェイクの、しかし過去の栄光を決して忘れたことのない男の姿があるのだった。
というお話でした。
昔ってさ、今と比べたらさ、スポーツ選手はスポーツに秀でていれば私生活や人間性はしょうもなくてもなんとかなるみたいなとこあったじゃん。今はほら、有名人なんて全てがんじがらめで身動きのとれず窮屈な感じで誰もが聖人君子であるように求められるようなとこあるし。
カッとしやすい性格でボクサーなんて素手で人を殺せるだろうし殺してしまうんでないかとヒヤヒヤするシーンも多くて主人公にまったく共感できないし、ただそういうボクサーがかつていて、俳優たちの演技が素晴らしいという映画だった。
美輪様の舞台でおなじみの愛の讃歌に出でくるフランスのボクサー(エディットピアフの一時期の内縁の夫みたいな、ボクシングの試合のためにアメリカに向かった飛行機の事故で死んでしまう)がもし飛行機事故で死ななかったら対戦していたはずなのがこのロバート・デ・ニーロが演じているジェイク・ラモッタなのです。
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