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私の中国投資・出張・旅行日記

約30前に香港より当時広州への航空便が難しく、汽車にて中国本土広東省広州に入国し、光景にビックりしたのが始まりです。

籐県繁華街-1-170

2010-08-14 15:17:56 | Weblog

籐県繁華街      小雨上がりの繁華街の為、今日は歩行者も少ないとの事です。この地域には見るべき遺産物もなく観光客は少なく、勿論外国人は少ないそうです。その町の中で写した散髪屋、美容室、お粥屋等です。中国の地方では散髪は外の樹の下で行うとイメージがありますがここでは街内のため店舗でした。美容は一般的には美髪・美容と称しマッサージと髪を触る事が多いですがこの店は髪のみでした。写真のお粥屋さんのような店が多く在りました。当ブログNo.165に記載しました漢方薬のお茶屋さん(一種の薬屋さんだそうです)。お茶屋さん・お粥屋さんにて試飲試食したく思いましたが、外人には美味しくないと友人に止められました。一般的に路上店での物販やレストランと称する店以外での飲食を中国訪問当時より中国人友人に止められていましたが、現在はあまり心配する事が不必要かも知れません、しかし、現在でも少し躊躇します。地方でも衛生面は少し良くなっているようです。      

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広西チワン族自冶区-164

2010-07-13 19:50:50 | Weblog

広西チワン族自冶区    広東省広州訪問時誘われ広西チワン族自冶区の梧州(市)籐県から濛江鎮(村)、濛江鎮(村)は地図で桂林市より400~600キロ程度南に位置します。広州市よりは雲浮市を経て700キロ程度西に位置します。広州を朝8時に出発し、自動車で約8時間高速道路を一部へて当日は籐県までたどり着きました。籐県まで休むことなく、又、途中に休むような施設も無く一路走りました。私は後部座席に座っていましたが友人1人で運転をしてくれました。梧州(市)からは西江の支流流域を走ります。しかし、時間の都合にて籐県まで走り、帰りに梧州(市)経由にて帰りました。濛江鎮(村)に行くには籐県に宿泊しなければ濛江鎮(荔枝の一大産地)には外人の宿泊設備が有りません。しかし、籐県にも外人の宿泊する施設は無く、少し前までは外人は3星以上の施設のみ宿泊が可能でした。最近は3星以下の宿泊施設でも同伴中国人の身分証明を提示して泊まる事が出来ます。故に私はパスポートを提示せず泊まる事が出来ました。宿泊施設・籐県の様子は後日記載します。今回は西江の流域の荔枝の果物樹木の間を抜けながら西江(梧州市にて桂江等3本の川が合流しこの地域は水害が多くこの川は広州まで続く大河です)の一部を写したものです。         

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信号付き横断歩道-150

2010-04-08 22:57:18 | Weblog

信号付き横断歩道      ブログNo.148・149の高架立体道路の延長線の高架下横断歩道とアパート群です。写真を良く見て頂きたいのは歩道の信号です。自動車の急速な増加は交通マナーの浸透にも時間を要し、最近はこの様に信号が取り付けられています。しかし、写真の如く歩行者は信号を無視する人が多いです(右端写真)。自動車の方は信号が有る処では一般的には止まります。信号もなく横断歩道もない場所が多く在り、その折歩行者は止まらない自動車を避けながら危険ですが渡ります。広い道路にはセンターに柵が設けられ横断不可能になっていますが、日本では見られないような自動車がUターンする箇所があり、その部分は柵がありませんので自動車のUターンと歩行者の横断と同時で大変危ないです。すこし描写が困難ですが基本は歩行者・ドライバーに交通法規の遵守が見られません。私などは恐ろしくて運転等は出来かねます。私1人の時などは信号のある道路でも自動車のドライバーを信用せず必ず左右を見て走り渡ります。       http://www.obea.or.jp   大阪ビューティプラザアカデミー

  


都会陸橋下旧駐輪場-137

2009-12-25 23:16:16 | Weblog

都会陸橋下    広州新市内幹線道路下の写真です。この様な中心部の橋下は少し前までは大方有料駐輪場に使用しており、その様な場所には駐輪料金を徴収する係員が数人駐在しておりました。最近はこのような場所の自転車置き場は無くなり明るくなりました。一時に比べれば自転車に乗っている人は少なくなり、自動車・乗合バスも多くなりました。通勤時バス乗り場は大変混雑し、私はその様な混雑時間に乗車した事はありません。路線も増えバスも大変綺麗になり料金も安く急速な経済発展がみてとれます。写真奥が高く坂を下るような旧道路の上左右に造られたのが幹線道路です。その道路は只今地下鉄の工事中です。道路際に建築中の建物が在り、工事用のテントが張られていますが簡単な様ですが昔に比べれば其れなりの物です。少し前までは竹材で上まで足場が組まれておりましたから、其れに比べれば進歩しました。わが国ではバブル崩壊後経済は崩壊し低迷を続け、人口の多い隣の国の急速な発展をみていると日本の今後の取る道筋が大変問題に思います。しかし、国民はあまり深く考えていないのではないのでしょうかね。      

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民芸風レストラン-129

2009-10-26 00:03:37 | Weblog

民芸郊外レストラン    当レストランは広東省広州市郊外の少し変わったレストランです。家屋の建っている処は深さ一様に四・五十センチ程度水がありました。池なのか、其れとも何かの目的で掘られたのかは少し暗くなっていましたから、よく分かりませんでしたが底は一面白く透明度はありました。そこに杭を建て写真の様な民芸風な建物が大小3棟あり、食事をした部屋は12畳程度の広さの個室部屋でした。この部屋は端にありその横は少し広いコンクリートデッキが作られていました。その位置から携帯電話にて写真を写したものです。見かけより内部は雑で虫が入り風流には感じられませんでした。中国では自動車の普及で最近色々な趣のある店が郊外に造られています。この店もその一つで当付近は未だ開発が進んでないような場所でした。夕闇み迫り既に電気が灯いている暗さですが、写真右の部屋で私は食事をしました。、その向う奥も客室で、部屋の左側に通路が在り(コンクリートデッキより階段を上がると通路に通じます)、その通路左の建物は調理場です。

追伸:写真では付近の状況が判明困難でしょう、右側に一部付近の風景が写っています、水面の面積はかなり大きなものです水際は土手でした。交通機関もない付近の状況を考えると、日本でのファミレスでもなく裕福層を相手にする料理店のようです。在来のレストランには駐車場が少なく、急速に車社会に変貌した経済情勢が大きな要素を占めているのでしょう。中級レストラン(100150人程度の客席)での食代は4~6人程度個室にて食事をしても約500元程度迄です。約15年前商社マンが市民は給料が安いのにどうしてこの様にレストランが何時も満員なのか分からないと良く云っていましたがその当時は社用族が多く食事をしていたようです。現在は少し変化した様子です。     

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