私の中国投資・出張・旅行日記

約30前に香港より当時広州への航空便が難しく、汽車にて中国本土広東省広州に入国し、光景にビックりしたのが始まりです。

張家港より寒山寺-214

2013-10-20 00:06:48 | Weblog

張家港より寒山寺-214

張家港より寒山寺‐214   1994年5月張家港への新規投資を希望され見学の為上海を経由し自動車にて張家港に向かう。此の頃の中国は発展途上で上海でも浦東地区の開発もなく国際空港は紅橋空港のみです。此の頃の空路・道路は要人が使用する場合、一般客は要人が通過するまでは全面使用禁止・通行止めでした。此の頃の中国は電気が不足し何処も暗く上海より張家港への往来道路は晩には大変暗く怖く感じた記憶があります。其の頃、張家港は大きな船が係留可能に長江を改良し外国企業の誘致をしており未だ未発展の地でした。現在は多くのホテルが建ち発展しているそうです。其の当時は上海より日帰りの為朝5時頃出発し張家港見学後寒山寺に立ち寄りを希望しました。私が高等学校の頃漢文の教科にて張継の七言絶句“楓橋夜泊”月落鳥啼霜満天 江楓漁火対愁眠 姑蘇城外寒山寺 夜半鐘聲到客船 を習っていたので如何なる風光明媚な処かと思いきや壁だけが綺麗で大変朽ちていたのには驚きました。本堂の処では再建の寄付を募っていましたので私も記念に金一封を寄付しました。皆様ご存知のように門前では書道具等色々な物が販売されており、その一角で写真の如く長い筆を使い毛筆で希望の文面を書いてくれる書家がいました。新婚の娘の為に次の文面を書いて頂きました。大雁比翼飛万里 夫婦同心楽百年 写真の寒山寺の鐘楼の鐘は二つあり一つは日本の総理大臣伊藤博文が発起人となり寄付を集め唐風の銅鐘で寒山寺に寄付され銘文(姑蘇寒山寺・・・・・)が鋳されているそうです。この鐘は現在大雄宝殿の右側にあるようです。写真に通訳と写る『鉄鈴関』古関は現存する蘇州の唯一の関だそうです。      

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