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私の中国投資・出張・旅行日記

約30前に香港より当時広州への航空便が難しく、汽車にて中国本土広東省広州に入国し、光景にビックりしたのが始まりです。

上海より青島

2013-12-30 22:29:02 | Weblog

上海より青島

上海より青島へ-215   当ブログ№.214では上海・張家港を記載しました。今回は上海より青島・済南への旅です。日本より上海に到着したのは紅橋空港で其の当時浦東空港は開港していませんでした。上海での宿泊のホテルは東南アジアの国と合弁(其の当時中国では多い)で建築された建物で共用のトイレに入った時、隣との仕切りが下から40~50㎝程度の隙間があったのには暗いのと併せて驚きました。最近でも中国東北に旅すれば一般市民の入る市場ではトイレの仕切りはありますが扉の無い処があります。皆様も旅行をして経験した事があると思います。上海から青島へ飛行する為に空港に赴いたところ、出発時間になるも一向にアナウンスがない。問えば政府高官が空港を使用する場合一般乗客は待たされるそうです。何時間待っても出発の合図がありません、日も暮れて来るのにどうなるのか、此の当時は連絡手段が少なく行く先々で出発・到着時間を連絡しあい到着場所に迎え者が必ずおられました。それ故、時間が変わる事は大変でした。その内にアナウンスがあり集まって下さい、そして引率され空港外に出バスに乗りホテルへ、今日は便がありません明日搭乗します。今日はこのホテルに宿泊して下さい、部屋が割り当てられ私は台湾人と同室となり、同宿泊人はこの様な事はよくある早く寝た方が良いですよと言う。しかし、初めての事で如何するかと暫しベッドの上で過ごしていると、又、集まって下さい晩食です、食事を済まし部屋に帰り過ごし(台湾人は風呂に入る)如何なるのかと不安に思っていると支度をして集合出発します更にビックリ。青島に到着時23時頃で空港にて待ち人と一緒にホテルへ。今日は遅いので明日済南へと告げ帰り、早朝迎えに来られ一路済南へ。各地での待ち合わせの時間があるため少し遅れたりすると大変で、高速道路などでは大変で一度バウンドすると収まるのに時間が掛るぐらい高速で走りシガミついていました。すこし長文になりましたので次回青島より済南への旅を記載します。    

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張家港より寒山寺-214

2013-10-20 00:06:48 | Weblog

張家港より寒山寺-214

張家港より寒山寺‐214   1994年5月張家港への新規投資を希望され見学の為上海を経由し自動車にて張家港に向かう。此の頃の中国は発展途上で上海でも浦東地区の開発もなく国際空港は紅橋空港のみです。此の頃の空路・道路は要人が使用する場合、一般客は要人が通過するまでは全面使用禁止・通行止めでした。此の頃の中国は電気が不足し何処も暗く上海より張家港への往来道路は晩には大変暗く怖く感じた記憶があります。其の頃、張家港は大きな船が係留可能に長江を改良し外国企業の誘致をしており未だ未発展の地でした。現在は多くのホテルが建ち発展しているそうです。其の当時は上海より日帰りの為朝5時頃出発し張家港見学後寒山寺に立ち寄りを希望しました。私が高等学校の頃漢文の教科にて張継の七言絶句“楓橋夜泊”月落鳥啼霜満天 江楓漁火対愁眠 姑蘇城外寒山寺 夜半鐘聲到客船 を習っていたので如何なる風光明媚な処かと思いきや壁だけが綺麗で大変朽ちていたのには驚きました。本堂の処では再建の寄付を募っていましたので私も記念に金一封を寄付しました。皆様ご存知のように門前では書道具等色々な物が販売されており、その一角で写真の如く長い筆を使い毛筆で希望の文面を書いてくれる書家がいました。新婚の娘の為に次の文面を書いて頂きました。大雁比翼飛万里 夫婦同心楽百年 写真の寒山寺の鐘楼の鐘は二つあり一つは日本の総理大臣伊藤博文が発起人となり寄付を集め唐風の銅鐘で寒山寺に寄付され銘文(姑蘇寒山寺・・・・・)が鋳されているそうです。この鐘は現在大雄宝殿の右側にあるようです。写真に通訳と写る『鉄鈴関』古関は現存する蘇州の唯一の関だそうです。      

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梧州市獅子廟入口-198

2011-10-17 23:39:56 | Weblog

梧州市獅子廟

梧州市街並み・獅子の母廟     当ブログNo.196に梧州市の様子を記載しましたが、数少ない写真では少し分かりにくいのでフオトチヤンネル形式にて重ねて記載します。梧州市は広東省広州市の西に位置し、この地で桂林市より流れ来る桂江と交わり潯江は大河西江となり広州市まで流れます。歴史的にも古くから開け、当地には獅子のお母さんと称する立派な廟(The Doragon Mother's Temple) が桂江の近くにあります。入口より入ると水害を防ぐため小高い山の上に廟館がありました。時間の都合で上には登りませんでしたが、入場料を要する立派な公園のようなものです。潯江に沿う市内は少し雨が降ると水に浸かる為、古くからの建物の1Fは物置、2Fより上が住まいとして造られています。地域は潯江を挟みなだらかな丘陵地です。今日の水害対策がなされない時代は相当な範囲が水に浸かり大変だったと思われます。東北の震災に際しこの地の古くからの対策に考えさせられるものがあります。12Fの階の前面に輪状の金具が取り付けてあるのは水害時のボートを繋ぐもので、今日でも水が出れば使われているのだそうです。        

 

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広西省梧州市-197

2011-09-17 20:01:17 | Weblog

広西省梧州市

広西省梧州の堤防    広西チワン族自冶区梧州市は水害で太古より対策を取られて来た地域です。最近近畿紀伊地方に台風による大雨がもたらされ対策に追われています。中国版大雨対策の一部を当ブログ№.165~167179~178184~186にこの地方の様子を記載しました。広西・梧州は古くより「水に浮く・水に囲まれた街」と大雨・洪水に見舞われて来た地域です。近くには潯江・桂江等三つの河川が合流し西江の大河が流れています。一度大雨が降れば「水に囲まれた梧州」となります。この地域は山間部と言われる地域ではなく平野に大河が流れていると言う感じです。一度雨が降れば川の水位が20メータ程度は軽く超えるそうです。それ故に近年堤防が造られ其れが日本人には大変異質に感じられました。写真は堤防の全面、前部、背面、上部、水位計等を写したものです。前部に写されている吊り環の様な装飾は水が溢れた時の船を繋ぐ器具をイメージしたものです。    

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田舎のホテル事情-177

2010-10-10 16:45:32 | Weblog

田舎のホテル事情    当ブログNO.172に記載しました地方でのホテル事情。中国では過って外国人の宿泊は3つ星以上にのみ許していたようです。又、其れ以下のクラスで日本人は宿泊する事は苦痛でした。しかし、最近の中国は地方においても道路網の整備発展により都会との交流も進み、出かける事が多くなったようです。この様な地域より都会に出稼ぎに出る人も多く、帰省時に一時的に宿泊する町民も多くあるんだそうです。何故と問えばこの辺りの家は整備が色々遅れ、都会よりの帰省人も泊まりたくない事もあるんだそうです。日本とは違い地方とは大変格差があります。その一方で男女の交際も進み離婚も多く、共働きの国のため 三歩下がって影踏まず というような風潮はありません。それ故、中年男女の交際も多く住宅事情も踏まえ日本流ラブホテルの需要があるんだそうです。少し日本と違う点は部屋には厳重に管理されたパソコンが設置されていることです。若者はパソコンを使用する為にも泊まるそうです。この様なホテルは3つ星以下に位置する為、外国人はパスポートの提示もなく同伴の外国人の証明で現在は宿泊可能だそうです。因みにこの辺りには外国人が宿泊するようなホテルは無く、私の保証人は当ブログNo.165の写真に少し写っている人物です。当人はこの旅行後アフリカナイジェリアに赴任しました。写真に写る地域は宿泊したホテルより写した新興の地域で、この様なホテルが密集していました。他の一枚は部屋のバスルーム兼トイレ洗面所(手前)を戸口より写した写真で、一般的に床は3畳程度の部屋です。この様なホテルは地方のみではありません。    

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