桜 夕口ーの明るい森林ブログ

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罪悪感の無い殺人犯 平成22年9月

2010-09-17 | Weblog
押尾被告に懲役2年6月=女性放置「致死」認めず-保護責任者遺棄で有罪・東京地裁(時事通信) - goo ニュース

 日本社会全体が、無神経になっているのを象徴しているのかもしれない。
殺害という社会に対する背信行為をしても何とも考えていないからなぁ。 他の背信行為の指摘をしても改善が行われない場合がある。

 やはり、日和見主義と向上心の欠落並びにキリスト教社会の否定の合併症に陥っているから日本は、住みにくい社会になってきました。
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国際通貨競争はニクソンショック以降から始まっている 平成22年9月

2010-09-17 | Weblog
 国際通貨競争はニクソンショック以降から始まっている。 一部の貿易商人に限っては、常識になっている。 通貨は、ゴールド(黄金)を交換することを保障した制度はニクソンショック(*1)以降廃止されてしまい、基軸通貨がゴールドのような役割を果たしてきた。 所が、経済に混乱というか悪影響をもたらしている。 元々は、通貨とはゴールド(黄金)が保障していたのです。 今となっては、戦車の砲弾に使用が可能だから注目されているかもしれません。 
 変動相場制が、世界経済を動かしてきた。 これが、なぜ存在しているというか、世界から認められた。理由はやはり、得をする可能性があるからです。 通貨が、高いか安いだけでは無いのです。 各国毎に通貨に対する考えは違ってきます。 
 資源輸出国は通貨高並びに資源高を望む。 半ば、当然ですね。 中近東はお金持ちが多いですね。 日本の借金はどこの国の悪影響でしょうか? やはり日本? 自虐的だが、そういった部分は大きい。 オイルショック以降、日本は赤字国債を発行する国になりました。 実際には、通貨や資源が安値になる場合もございます。 だから、脱却を考えている。 どのような、脱却か? 加工貿易国になりたいと考えているようです。 但し、ペッグを導入するか否かは相当、思い悩むでしょうね。  

 資源輸入国というか、日本のような加工貿易国はどうなのか? 適正な通貨を望む。 元々、¥360であったのが、不適正な3分の1を下回る状態になっている。 私は、US$1を日本円に換算して¥120以上が適正な水準ではなかろうかと考えています。 そうなるまで、マイナス金利を実施すれば日本経済は改善する。 第三者の通貨高についての評論を読まれるのは、一向に構いません。一つの基準を設けたいと思います。 具体的に、通貨なので数値について情報公開をしているか否かが重要です。 さらにお伝えすると、現状からどのような水準になるのが日本にとって得をするか否かが伝えられていないとあまりよろしい情報公開とは言えないです。 
本当は、通貨高というものは、それなりに国が賞賛されている証といった長所でもあるし、一部の輸入業者は喜んでいる。 だが、日本全体を考えると損をする可能性がある。 輸出産業が困るのです。 冷戦崩壊後の今となっては、似たような仕事が他国でも行えるようになってきました。 
いわゆる、ドルペッグ制を導入していなくて変動相場制を導入しているから、通貨取引で注目される国になった日本でもありますね。 世の中には、私が行った訳ではありませんが、外国為替への投資で巨額の利益を得ていて自慢している人もいるようです。 中間のような制度もあって、多少の変動を許容しているドルペッグ制度を導入している香港のような例もございます。

 当然なんですが、基本的に内政を考えているのが、各国政府の意向です。 だが植民地は、宗主国の以降を注視している。
 各年代に一回以上の割合で為替市場は激変しています。 1970年代は、ドル・ショック。 これから以降、通貨はゴールドとは交換が別口になってしまいました。 無論、ゴールドはこの時期でも購入が行えたでしょうが、保証がなくなったのです。 
 1980年代は、プラザ合意。
この時期に、海外移転を決断した日本企業も少なくなかったのですが、品質を高めたり規格というか提案を見直して乗り越えた企業や、部品を輸入して組み立て企業に転身というか転進した企業も多かったです。 
 1990年代は、冷戦崩壊。 前述したような行いを更に行った企業も存在しています。 日系企業が、海外工場へ日本から部品を輸入するのを取りやめたのが多くなってきた時期かもしれません。 
 平成10年代は、BRICs(ブリックス)等の第3世界の国々の台頭。 戦争を辞めて国を平和にして日本のような加工貿易国を目指す国々が増加した時期です。
1990年代を含めたこの時期は、一部の超ハイテク商品は、マダ、日本に存在していました。 平成10年代初頭は、1990年代です。 繰り返しになるようですが、平成10年と平成11年は、90年代です。
 極めつけは、インターネットかもしれません。 なぜならば、それまでは情報を得るのが難しかったのですが、世界中瞬時に情報を得る機会が得られるようになったからです。 国内企業の競争から世界競争に切り替わった時期でもあります。 サービス業に限っては、海外との価格競争は存在していないかもしれませんが、販売業に限っては輸入品との競争が激化した時期でもあります。 何も、中国製だけではありません。ゴルフ用品を買うとしても、一部の消費者はUSAのゴルフ用品販売店から購入(インターネット通販)するか日本の地元の小売店で買うかを真剣に比べる時代になりました。 小売業者は、かつてのような利益率を上乗せするのは難しい時代になりました。 

 平成20年代は、リーマンショック。
 チャイナの国作りの成功で高くなりすぎた資源価格が一応下落し、不況が発生した時期です。 
 今となっては一部の商品に限ってなんですが、日本製の商品を作り出している日本企業が品質世界一でありますが、これからは、どうなるのでしょうか? 円輸出は、全滅するのでしょうか? 激しい憤りを感じさせる人物と同じ位に嫌な一国を除外して品質の良さで世界中に商品を販売(輸出)している日本だから、各国政府はどうしたら良いかを真剣に考えています。 
 日本には、第2次世界大戦以降は、植民地がなくなったから世界一の品質の商品を作り出す以外にはやっていく道が無かった。 USAの外圧もあったかもしれない。

 一部の貿易商人が、仕事に嫌気をさして鎖国してしまった方が得だと考えているようですが、そうなると自給自足しないとやっていけません。 「ハイテク商品や家電よさようなら。」なので、かなり不便な生活を強いられます。
 地球温暖化の悪影響があるなかでクーラーが無い生活は、死に直結するかもしれません。 また、冬場は空気清浄機が無いとウイルスに体が負けてしまうかもしれません。 

 日本は、今後マイナス金利を導入した後に、ペッグ制度を導入しても良いが、国内外の圧力の結果、否定されるかもしれない。 USAと同じ位に、輸入業者と貿易とは余り関係が無いサービス産業や、国内向け商品の販売等をしている産業の圧力は小さくないであろうなぁ。
 *1 ニクソンがチャイナへ赴いたのではなくてUS$とゴールドとの交換廃止のドルショックの方です。 
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ファラフェルガーデンさんについて 平成22年9月

2010-09-17 | Weblog
 ファラフェルガーデンさんは営業は継続しています。 
 しかしながら、ホームページは無くなった状態です。 よくあるお話しかもしれませんが、そういった状態です。 少なくとも、昭和の時代はホームページの紹介は無かったから、ある意味、普通かもしれない。 
但し、平成10年代以降は、ホームページを保有している飲食店が一般化してきました。 
 下記の画像をクリックされると、ファラフェルガーデンについての過去ログを閲覧出来るようにしておきました。 
恐らくは、URLは変更されるかもしれませんが、ホームページは再度、製作(保有)されるでしょうね。
 地元民は別口としても、2010年代であってもチラシがたくさん設置されているお店等で情報を得てから赴く人や昭和の時代から存在しているマスコミの紹介をキッカケにして来店する人は多いであろうなぁ。
 ホームページの紹介と一言で言っても、私のホームページの場合は情報公開しているように一日およそ、100名以上閲覧するのが関の山です。 月に何回かgooブログ全体のトップ10000に行くか行かないか位です。無論、一部の大人数が閲覧するホームページ(ポータルサイト)等は別口です。 
 何らかの機会で、イスラエルを知った人が、かの地の料理を食べたいと考えられたら赴かれてはいかがでしょうか? 個人的には、こういった野菜料理を気に入っています。 実際の所、お肉を用いた料理も販売されています。 野菜料理がお店の名物料理というだけであって肉料理を販売していない訳ではありません。

京都市並びに奈良市で営業されておられるファラフェルガーデンさんは、ファラフェルやフムス等のイスラエルで一般的な野菜料理を販売されておられます。イスラエル人がオーナーをされておられます。日本人従業員も雇われています。日本語でも安心して店内で食事が行えます。
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二兆円では、円安は購入出来なかった 平成22年9月

2010-09-17 | Weblog
首相、為替介入継続の方針 介入、2兆円規模か(共同通信) - goo ニュース

85円台でも円安に戻ったという認識ない=自工会会長(トムソンロイター) - goo ニュース
 
 まずは、この両者の報道を閲覧してください。

 日本国内で、企業が組立工場を保有が行えるかどうかの水準が、US$1=¥90
位では無いでしょうか? 
 日本国内の部品工場にも良い状況を作り出せるとしたら、恐らくはUS$1=¥120では無いでしょうか?
円高が進むと、日本国内の完成品工場が激減する恐れがございます。
 少なくとも確定しているのは、二兆円であっても円安を購入出来なかった。 マイナス金利を導入した方が債務不履行よりも日本にとっては、有益だと思います。

 過去と違い、諸外国が、日本を見習い始めている。 本当に、近日中にUS$1を日本円に換算して¥78を下回る恐れがある。 海外では、平和を作り出したから真面目な労働者が増加してきました。 従って、円高の影響でハイレベルな商品の製造を海外に委託する時代になったのでしょうか?  ワッセナー条約が存在しているのが、せめてもの救いでしょうか?
 日本を見習うというのは、賞賛されているから喜ばしいかもしれませんが競争相手が増加するから嫌悪する人も増加するかもしれません。

 過去に、ニーファイ人やレーマン人が多く住んでいた中南米からも移民が日本にやってきてましたが、この不況で苦しむ人が多くいるので帰国も多いようです。 激減したとは言えども中南米から日本にやってきたから、イスラエルの十支族の集合かもしれません。 実際には、中南米の日系人に限っては、日本に入国しやすくなったのです。
 彼らが日本で行っていた仕事は、工場で部品を組み立てる仕事が多かったそうです。
 為替も移民と関わってくる。 従って、政治・経済・宗教の三者は密接に関わってくる。
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