極端なと言っていい寝不足に追い込まれてから、今日で『五日目』となる。
そんな私に「強烈な」電磁波、、即ち「殺人」兵器による照射が始まって数時間も経ち午後二時半辺り頃までそれは続いた。
しかし、、午後四時現在でも相当強い、、眉をしかめなければならない様な電磁波を君らは打ち続けている。
心底怖がっていた変態はすっかり元気を取り戻してもいる。
── これが君らの『回答』、ということとはなる。
ただ、、これは私如きの言うことではないが、この事件は幼稚園児の妄想・遊びなどでは決してなく、実際の強面とも言い得る事件だ、、と言うことを君らは確りと認識をしているのだろうか?
君らはすぐに「財閥・財閥」と言う。
しかし、、君らが来る「以前に」この団体の幹部クラスが「全員」ここから逃亡したのを、君らは知っているであろうか?
マセラティ・ベントレー・ベンツ、、こう言ったそれこそ高級外車に乗っている様な幹部が全員ここから逃げたのを知っているであろうか?
マセラティに乗っていた者はいかにも恵まれた階層出身の中々に品のある人物であり、幼い女の子を持つ父親でもあった。
この人は昔は私がバルコニーで見ていても平気でその幼児をマセラティに乗せたりなどをしていた。
しかし、、ある時を境に私をちら見しながら不安げに急がせ幼児を車に乗せる様なことをし出し、そして最後には顔の下半分を手で覆うことまでし始め、そこから三週間もしないでこのマンションから家族全員でその姿を消した。
黒いベンツ。 この車輌をまだ四十代位の若手の幹部が使用をしていた。
或る時、、この黒のベンツがメインエントランスの車寄せに移動をした。そこには前もって別の車輌が用意されており、そのすぐ横にはスーツ姿の大男が立っていた。
この大男は黒のベンツが車寄せに来る前からチラチラ不安げに私のことを見ていたが、、黒のベンツがやって来ると直立不動になって、黒のベンツからそのすぐ横にあった別の車輌に幹部が移動する際、九十度近くの最敬礼を取り続けていた。
ここで問題なのは、、黒のベンツからすぐ横の車輌へと車から車へと移動する際、僅か二秒もない時間しかかけずに幹部は「非常に急ぎ」移動を行ったことである。
これは明らかに銃撃などを危惧してのことであり、しかもそれは平日真昼間のことなのであった。
そして横の車輌に幹部がわざわざ黒のベンツから乗り換えると(常にこのベンツを利用している為、マークされ何らかの攻撃を受けることを怖れたのであろう。)、即座に運転手は車輌を発進させ、その速度は加速の速さも含め相当のものがあった。
そして、最敬礼を取っていた大男も急ぎ黒のベンツに乗り込むと急ぎ幹部乗車の車輌を追いかけ、一mもない相当に詰めた車間距離で、そのままこの二台の車輌はこのマンションから速度を速め走り去って行った。
この車間距離を詰めるのは、、間に入られ幹部乗車の車輌が追突攻撃を受けたり銃撃をされたりすることなどを避ける為のものであり、、仙台駅近くと言う都会での白昼に行われた平和な日本では有り得ない緊迫したシーン、、まるで映画そのもののシーンであり、それを眺めていた私もまた形容し難い感情が湧いて来た。
この時以降黒いベンツの幹部はその姿をこのマンションに現すことは二度と無く、これを持ってマンションから幹部級「全員」の撤収が完了したのである。
この撤収劇は僅か一ヶ月程の間に次々とほぼ全ての幹部が行ったものでもあった。
この幹部全員撤収の『以降に』マンションに来たのが新司令そして君達全員なのである。
つまり、新司令を含め貴方方はこれだけの危険な状態を知らされもせずに、ここに来たこととなるのである。
であるから、、この危険なマンションでの事件の現場に財閥の御嬢さんが来てくれた時には、私は正に驚愕をしたものであった。
「なぜ財閥令嬢程の人がこの事件の危険性を知らないのだろうか?」と驚愕をしたのである。そして口を極めて御嬢さんを私は罵り、早く帰京する様にと何度も促したのであった。
これだけの危険な切迫した状況だったこのマンション。
それを『知らされることもなく』資金提供を続け、撤収すら決断をできなかった大越社長。
この人物が世界統治者会議とやらで一体どういったポジションに居るのか、、容易に解るのである。
この大越社長率いる大財閥を超越的存在・超国家と信じ、今現在もまた君らは「殺人兵器」として、超寝不足の私に電磁波を打ち続けてはいるのである。