某国破壊工作団体幹部氏 へ

某破壊工作団体と某被害者とのごく内輪の遣り取りの場所です。

18/5/31 其の三

2018年05月31日 | 日記


今度の睡眠時間は約一時間半だそうです。


ここ最近ずっと、、(例外を除いて)睡眠時間は全て二時間以下のものしか彼らは許してくれません。



人間の睡眠サイクルは一時間半の睡眠でまず「肉体的」疲労を取り、、ついで一時間半の睡眠で「精神的」疲労を取るのだそうです。

ですから、、 一時間半で睡眠を一旦切られると、精神的疲労が取れることはなく、これを長期間やられると人は発狂するのだそうです。


まだ妖怪の夫が生きていた時から、この睡眠を正確に一時間半で切れらる、、と言いますのは散々にやられたことでありまして、彼らの残酷さがよく解ると言うものです。


実際、、やられる身になりますと真に苦しいものがあり、遂には死に至るものをも濃厚に感じますことがしばしばあります。




そして、、 これに加えて例のディールが始まったのですが、

ここから高血圧的攻撃が始まり、怖いと言えば怖い思いを致しました。


しかし、、 何でもかんでも怒っている積りは、私には毛頭にございません。

このディールの「後で」、、明らかに最早出入りがなくなっているにも拘らず、『例の調子で』無意味な高血圧的攻撃が延々と数時間に渡って続いていることを問題視しているのです。


このパターンで一日の殆どで苦しい攻撃が続くならば、何時か私は倒れたりするのであり、、 『なぜ』かく暴虐を彼らは続けるのだ? と問うているのです。


18/5/31 其の二

2018年05月31日 | 日記


「また」睡眠時間約二時間です。実際は約一時間半でしょう。

もう体はふらふらになって居ります。



最低限の運動もできなくなり、働くこともできなくなって十五年になります。

猛烈な電磁波の苦しみも始まってから六年半近くとなりました。


年齢も五十六歳と四捨五入すれば六十歳ともなりました。




この事件を巡る続く極端な心労もあり、、倒れてなんぼの体調に正直なって居ります。


どうしてなのか詳しいことは解らないのですが、、私が死ねば財閥乗っ取りは完了するようです。

昨年十月末頃から、、つまり令嬢が彼らの仲間である在日男性と実質上結婚をしてから、、本気の殺害行為が私に向けて始まったことは今でも鮮明に覚えて居ります。



財閥乗っ取りに成功した暁には、、新司令や出入りの若い御兄さん達も全員、莫大な報酬、、財閥家の大資産からの分け前を貰えるのに違いありません。


私はよく言いました。


 『妖怪、、何時かはこの事件も終わる。
 そうしたなら、、何の能もないアンタは老後を含めて、一体ど
 うやって生きていくんだい?
 アンタは借金だらけで預金も一円もないじゃないか?』

 『あはははは・・・』


いつも楽しそうな色気もかました笑い声でした。


18/5/31 其の一

2018年05月31日 | 日記


ここの処彼らのトレンドになっていますのが、、『暑さ・蒸し攻撃』

真夏の不快感が襲うのですが、、これを何時間も何時間もやられ続けます。

夜を中心に窓を開ければ寒く、閉めれば暑苦しい。

──また、、かっての苦しみの再来です。


彼らのどこまでもどこまでも自分達のやりたい様にやる。

撤収しないだけでなく、、人が苦しもうが死のうが御構いなしに、どこまでも振る舞いたい様に振る舞う。



そして、、そんな在日犯罪者集団と夫を、どこまでも恋い慕う財閥親子。

この在日団体にも財閥家にも、、私は心底うんざりして居ります。



午前四時五十分頃から動脈を意図的に切られ、真っ赤な血が溢れ出しました。そしてそれがその後も続いて居ります。

彼ら若者もそれを命じている幹部らもきちんとした覚悟を持ってこれを行っているでしょうか?


これら全員に厳しい処断がくだることが、一日も早く起こることを祈って止みません。


18/5/30 其の二

2018年05月30日 | 日記


やや久しぶりに、、(また午後四時頃から)動脈を露骨に切って私を出血させる攻撃を彼らが始めました。


この出血攻撃を取らずとも、、(今朝以降を含めて)日々出入りを彼らが平気で行っているのを、私は良く知って居ります。


五月七日に始まり、もうのべ三週間以上続いている出血。
私の姿を見て、、母はどれだけ心配をしていることでしょうか?

彼ら一人一人の親も苦しみ心配をすればいい、、そんなことすら思ってしまう最近ではあるのです。



この傲慢さ。

この醜悪さ。


自分達に力が及ばないことをいいことに、どこまでもどこまでも卑劣な手法を平然と取って来る彼ら。

そしてそれが自分らの「当然の権利だ」、とする無茶苦茶な論法。



彼らの『甘え』『甘え』『甘え』

まともな大人が彼らを観察すれば、誰しもが感じるその構造。



彼らの何が不快なことと言えば、、

こうした極論を実行していながら、この国の中で今も「その後も」平和・幸せな生活を彼らが送れると考えている処です。


   『さて、、それはどうなのでしょうか・・??』



最近、鏡を眺めていましたら、、ここ僅か一ヶ月間位で二十歳は老け込んだ自分の顔が写って居り、軽くショックを受けました。

母親にも心配をかけさせた、くたびれた黒い眼(まなこ)二つで確りと見届けて行こうと思って居ります。




  《追記》

疲れ果てて床に横になれば、、胸だの頭だのにお灸攻撃などをされ、一瞬も休ませようとは致しません。
そして、、その時に聞こえる声は正に夢見ごごちの妖怪声、です。


上述の出血の最中に財閥家との遣り取りで、何とも言えず嫌な想いをまた致しました。
どこまでも在日御主人の身を案じ、凶悪犯罪者サイドに(本心で)立ち続ける令嬢らの繰り返される嫌な側面です。


この団体と財閥家。

私がこうしてここで苦しみ続けることに、一体何の意味があると言うのでしょうか?


18/5/30 其の一

2018年05月30日 | 日記


何が何でも彼らには「撤収」の二文字は決して脳裏に浮かぶことはありません。

加えて、、 「妥協」「譲歩」の二文字もまた決してないのです。



真夏の暑さ・湿気。

そう言って全く過言ではない攻撃を、昨日は一体何時間仕掛けられ続けたことでしょうか・・?

たぶん一日トータルで十時間近くに及んだのだと思います。


そして今もまた、、『二時間半以下』の睡眠時間で叩き起されたのが午前五時半頃のことでした。

短時間分断睡眠が始まったのが昨年一月二日。

ここから今日まで、、連続して三時間以上眠れた日は恐らく両手あるかないか、、のことです。




      『世界統治者』

      『世界統治者』

        ・
        ・

      『世界統治者』


彼らの繰り返す言葉がこれです。

これを固く信じる彼らにとって怖いものは何もありません。

自分達が世界統治者であると思い込んでいる彼らには、、何が起こっても妥協・譲歩など行う必要すらないことなのです。



       『麻原尊師』

       『麻原尊師』

         ・
         ・

       『麻原尊師』


彼らと同じです。彼らと全く同じなのです。

彼らと同じ脳内構造で、平然と実行されるのが「殺し」「拷問」なのです。


18/5/29 其の一

2018年05月29日 | 日記


最近、、一種の寝たきりになった女優さんの苦闘の日々をテレビで拝見を致しました。

リハビリその他の日々の苦闘・・そして重なる医療費の支払い。

自宅売却で何とか、という処で番組は終了をして居りました。



寝たきりは本当に大変なことだと思って居ります。
妹が数年間も寝たきりになっていましたので、それを嫌と言う程に解っているつもりです。


当たり前なのですが、、『一旦寝たきりになったなら、二度と元に戻ることはありません。』

ところが、、彼らはごく安直に私を寝たきりの危険に晒すのです。



たった今がそうです。

二時間も眠らせないで叩き起こし、、そして座った先では電磁波を浴びせ続ける。

寝たきりへの恐怖をはっきりと味わい続けました。




私が寝る直前まで、妖怪は正に震え上がって居りました。

ところが、、上述の様に私が短時間睡眠で起されますと、極めて機嫌が良く浮かれ上がって居りました。


答えは簡単でして、、私が眠ったと言って一旦撤収する際に、厳しく妖怪に私を眠らせるように言うどころか、、

「この菅原の馬鹿が眠って時間が経過したなら、また事態が急変してここに居られるといいな。もしくは、今度こそ菅原の馬鹿が死ねばいいな、寝たきりになればいいな。そうすれば財閥乗っ取りは成功、ということで莫大な報奨金も貰える。」

こう考えて、、「笑顔で」妖怪の元を去るので妖怪は浮かれ上がったのです。



繰り返します。

一旦、寝たきりになったならば、もうどうしようもないのです。


私は憎むます。

自分達の私利私欲で、人を破滅の淵に平気で立たすここの団体の者達を憎みます。



安直にカッカッ、カッカッと怒っている仕方の無い人間が私なのでしょうか?

そんなことは断じてありません。

今までどれだけ私は我慢をして来たことでしょうか?
どれだけ死亡・寝たきりの恐怖を味わい続けたことでしょうか?


18/5/28 其の一

2018年05月28日 | 日記


洗濯物を干すのに(やや長い時間)バルコニーに居りました。

外は爽やかな気候で若干寒く感じる程でした。


作業が終わり室内に入ろうとしただけで、中がムッと暑くなっているが簡単に解りました。家の中では暑さの中母がまだ寝て居りました。




「妖怪を連れ出す」という美名の下、いや私への騙しの下、彼らは出入りを繰り返します。そして、「出入りを守るのだ」と言って拙宅への攻撃を行うのです。

問題は、、それが朝から晩まで『一日の大半に及ぶ』ことにあるのです。



彼らは階下の部屋、1008号室でどうも覚醒剤密造・搬出を再開しているように私には(個人的な意見として)思われます。

それで1008号室には数名の若者が居住して居り、遊びに行くだの何だので若者の多数回の出入りも当然発生をするのです。

また攻撃手法を与えられたらそれを徹底的に使い尽すという妖怪の狂気・変態性(この女は自分の幼馴染にして夫である男を己の意思で惨殺に追い込んだのです。)があり、またそれを真剣に注意しようともしない団体の姿勢もあります。



以上は昨日五月二十七日に作成したものです。

さて、、本日五月二十八日はどうなっていますでしょうか?



今日、五月二十八日の睡眠時間は、、「約一時間半・約一時間半」
─また元の木阿弥です。

確かに大出血攻撃などはありましたが、、睡眠の方は二日間連続で三時間以上の連続した睡眠を久しぶりに取ることができました。


この二日間、、妖怪は本当に震えて居りました。
若者らが厳しい態度を妖怪に取るからです。だからきちんと私は眠ることができました。

それが元の木阿弥、、つまり若者らの態度が妖怪などに良くなった、ということとなります。



この短時間分断睡眠の状況で、、高血圧的攻撃をやられ続けるととても辛いものがあり、倒れたりする危険性を感じることさえ始まるのですが、、

正に今、その状況に私は置かれて居ります。



この仕様も無い、、どこまでも調子をこく、自称「世界統治者」のこん団体の者らに今後どういったことが起こるのでしょうか?


18/5/26 其の二

2018年05月26日 | 日記


「其の一」を公開してそう時間が経っていない時、、


大量出血が続き、、顔の周りは血だらけ、顔の下のちり紙は血の海が黒く固まり、その上には沢山の血塗れのちり紙。


それをとうとう母に目撃され、ずいぶんと怒られずいぶんと心配をかけてしまいました。





令嬢とやらが仙台に来てくれてから、もう一年と三ヶ月近くになります


この間、彼女は私の敵方の在日男性と結婚をし、素敵な街仙台で素敵な思い出を幾つも作ったそうです。

一方私は、、山程の嫌な想い、、寂しい想いもまた少なからず味わいました。


彼女へ好意を感じたのはせいぜい昨年五月末までの三ヶ月間足らずでした。その後は次から次へと人間としての尊厳を踏みにじられることばかりでした。

──彼女、、並びに財閥家に、「誠意」を感じましたことは唯の一度もありません。


ちなみに、、女性的な非現実的な誠意など、私は一度も要求をしたことはございません。

私も・・老いた母も・・人間なのです。人間らしい扱いをして欲しかった、、ただそれだけであります。



この団体の者達全員。
この団体の外にあって指導している者達。
そして財閥家。

私は、、これらの者を断じて許しません。
許さないものは許さないのです。



今も、、 血相を変えた母に、「救急車を呼ばないといけなくなった時に備えて保険証を出せ。」、と怒られ出しました。

昨夜午後七時過ぎに、英文を読み上げて見せ、「どうですか?発音が中々良いでしょう?」、と彼女の母親と思しき方、、私の母とほぼ同じ年齢の方でしょう、、に尋ねて見ました。

留学経験豊富な相手に、発声など丸っきりなっていない自分を解った上で、あえて質問をぶつけて見ました。


無反応でした。。




午前一時を過ぎました。

出血攻撃がもう一時間以上、続いて居ります。


18/5/26 其の一

2018年05月26日 | 日記


昨日、、苦しい一日が、ようやくのこと終わって日付けが変わり、五月二十六日がやって来ました。



昨日五月二十五日から「また」出血攻撃が始まったのですが、、一体何回この攻撃をやられたのか、全く憶えていない程です。

日付けが丁度変わる前後も、詰めているちり紙の隙間から大量の血が溢れ出続けました。

昨日は一日中、母も元気がありませんでした。




私は今年の二月で五十六歳となりました。
対する彼らは全員二十代の若者です。

これは何を意味するのでしょうか??


私の攻撃「だけ」が怖い、、だからここで無茶をやる、、
これも何を意味するのでしょうか??



午前零時二十五分、、たった今も昨日時刻から始まった出血が止まず続き、血をごくごく飲み続けて居ります。


彼らの人生に呪いがあらんことを。

彼らの目に二度と幸い映ぜんことを。


18/5/25 其の六

2018年05月25日 | 日記


いつも午前五時前頃に某勢力からの電文らしきものを受領して帰宅していた彼ら。

今でもそれは続いているのでしょうか?
今日からまた始まったこの極論は、この電文にでも記してあったのでしょうか?



午後八時四十分頃から、また大量出血が始まりました。

眼下のチラシでの、穴に詰めてあるちり紙から漏れ出た血の海を眺めながら、この記事を記して居ります。


今日の昼間、とうとう私の出血に気が付いた母の顔はやや土色になって居りました。



彼らのどこまでも暴虐を平然続けるその感覚。

高級タワーマンションの最上階の部屋で夜景を眺めながら、艶然たる笑みを浮かべ、愛するハンサムな夫と食事を楽しむ令嬢。



自分達さえ良ければ、、人がどんなに苦しもうが構わない。楽しいものは楽しいのだ。

この在日凶悪犯罪グループとそれにまつわる全ての人達に、厳正な処分がくだりますことを祈って止みません。


18/5/25 其の五

2018年05月25日 | 日記

 

一体、、何時間この暑さは続いているのでしょうか?

確かに以前の様な極論の暑さではないのですが、、長時間続くと充分体にダメージが来る様な暑さが、北の街仙台でこの五月中に、昼間から延々と続いているのです。

出入りの時『だけ』暑くするのではなく、ずっと暑くし続けているのです。


この財閥家を含め彼らの何をやってもいい、という論法はどこから来るのでしょうか?

犯罪を行うこと、、人を苦しめること、、が彼らの当然の『権利』だ、と言うのはどこから生まれて来る発想なのでしょうか?



今年のGWは五月二日に、財閥家の人達に正に私は嘆願致しました。

 『色々なことを私は甘んじて受け止めます。それで結構です。
 皆様の御家なのだから皆様の御自由にしてください。
 けれども、、このGWにいまだ私も母も苦しんでいる最中に
 わざわざ東京から私の子供を仙台に呼び寄せて、財閥家全員
 でGWを楽しむ様なことだけはしないで下さい。』


何度も私は御願いをしたのですが、、財閥家は全く聞く耳を持つことはありませんでした。。


18/5/25 其の四

2018年05月25日 | 日記


 《拙宅マンション在日団体の人達へ・・》


相変わらず出血を君らは止めませんな。

そこで一言。


君らが断固撤収をせず、こうして大出血攻撃と言う鬼畜なことも平気で行い・・

君らが財閥を欲しくて欲しくて堪らないのはよく解っているから。
君らが切なる程に財閥を欲しているのも、私はよく解っているから。


だから、、君らの自由にすればいい。
財閥は君らのものにして全く問題ない。

最近、令嬢の在日御主人が帰宅する、と言う時にも令嬢の母親と思しき人とやり取りをし、七・八回同じ系統の質問を重ねたが、、とにかく在日御主人路線をこの親子は行きたいそうなのだから、、これで全く構わないのです。



私はこの財閥母子に、、財閥家全体にうんざりして居ります。

自分なりに一生懸命にやることをやったから、、素直にうんざりしているのです。



在日団体諸君!!

財閥家も令嬢も全て君らのものだ!!

私は一切邪魔はしない、絶対に!!



だから、、安心して撤収をして頂きたい。

ごく最近も色々と小細工を弄しているけれども、、最早そんなことは不必要なのだ。

財閥家は「既に」君らのものなのだから。。



(こういう馬鹿馬鹿しいくだらない事件に、一秒でももう私は関わりたくないんだ。)


18/5/25 其の三

2018年05月25日 | 日記


彼らはその後も今に至るまで、『出血攻撃』を持続し止めようともしません。 出入りがない状態でも、一時止めることもしようとは致しません。


こういうものは自分達の出入りへの「守り」などでは決してなく、『煽っている』のだと思います。


過激な表現となり恐縮なのですが、いい度胸をしていると思います。 彼らの未来・運命を確りと目を開きつつ見守って行きたいと思います。