
名取川に架かる河口から1Km程の閖上大橋(ゆりあげおおはし)
橋の北側、仙台側の付け根付近から橋を背にして左側(西側)を見ています。
本来、田畑が広がる平坦地が、一面の湖状態に流れてきた瓦礫で埋め尽くされる。
地震発生後、自宅に帰っていた仲間が戻ってきました。
仙台東部道路が堤防となり、名取川が近くでも西側に自宅があった為、津波に流されず
助かったようです。
だだ、残念ながら同級生が5名命を亡くしてしまったと無念そうに話してくれました。
その悲惨な現状を知ってもらいたくて携帯カメラで撮ってきたようです。
橋を背にして北側方向
正面奥に見える黒煙は、新仙台港にある石油コンビナートの火災。
消火手段が無いため、燃えるに任せるしかない状態。
夜は赤く空が染まっていたそうです。

同じ場所で少し右側方向
道路よりこちらは民家の密集地域
住宅がずーっと立ち並んでいたはずが、一面の水と瓦礫だけになっている。
左にも道路沿いに民家がありその後ろは田畑が広がっていたはず。

もっと右側
画面右端は海岸方向
閖上大橋は河口から1Km以上あるのに、海岸線が目の前のような状態になり
どこなのか解らなくなっている。
瓦礫も多く漂い、見わたす限り建造物は一切なくなっています。
ここまで来る途中にも、車の中で亡くなった方を数名見かけたそうです。
そんな訳で、捜索活動の自衛隊員は一般人の立ち入りを注意していたそうで
個人での不明者探しは危険でもあり、無理のようでした。
あまりにも生々しく足の震える思いで聴いていたが、すぐ隣県の話で
けっして人事ではない悲惨な現実です。
橋の北側、仙台側の付け根付近から橋を背にして左側(西側)を見ています。
本来、田畑が広がる平坦地が、一面の湖状態に流れてきた瓦礫で埋め尽くされる。
地震発生後、自宅に帰っていた仲間が戻ってきました。
仙台東部道路が堤防となり、名取川が近くでも西側に自宅があった為、津波に流されず
助かったようです。
だだ、残念ながら同級生が5名命を亡くしてしまったと無念そうに話してくれました。
その悲惨な現状を知ってもらいたくて携帯カメラで撮ってきたようです。
橋を背にして北側方向
正面奥に見える黒煙は、新仙台港にある石油コンビナートの火災。
消火手段が無いため、燃えるに任せるしかない状態。
夜は赤く空が染まっていたそうです。

同じ場所で少し右側方向
道路よりこちらは民家の密集地域
住宅がずーっと立ち並んでいたはずが、一面の水と瓦礫だけになっている。
左にも道路沿いに民家がありその後ろは田畑が広がっていたはず。

もっと右側
画面右端は海岸方向
閖上大橋は河口から1Km以上あるのに、海岸線が目の前のような状態になり
どこなのか解らなくなっている。
瓦礫も多く漂い、見わたす限り建造物は一切なくなっています。
ここまで来る途中にも、車の中で亡くなった方を数名見かけたそうです。
そんな訳で、捜索活動の自衛隊員は一般人の立ち入りを注意していたそうで
個人での不明者探しは危険でもあり、無理のようでした。
あまりにも生々しく足の震える思いで聴いていたが、すぐ隣県の話で
けっして人事ではない悲惨な現実です。


実は、2007年から、貴ブログに勝手にリンクをつけさせて頂いております。もしお許しを頂けない様であれば早速はずしまうので、いかがでしょうか?
お清めの水と塩を持っての作業だったと。。
3連休で、燃料補充し、今度は仙台に入ると話してました。
兄が、メデイアは
「今、一番欲しいものは、何ですか?」
と聞くのが許せないと。。
一刻も早く、布団で寝たい
温かいものを食べたい
風呂に入りたい。
家族に会いたい
見たら、分かるだろ!!と怒ってました。。
地震の被害が心配ですね。避難生活も厳しいし。
隣県となる山形にも知り合いや親戚のある方が沢山いらっしゃいますから、気が気でないです。
ちなみに経営なさっているロッジは昔から知ってますよ。HPにリンクして頂き嬉しいくらいです。
私も一部のマスコミのインタビューの仕方に疑問を持っていました。
被災者の方は言葉では表せないような恐怖と家族を失った悲しみを持っているのに、PTSDを誘発しそうな聞き方を繰り返し、テレビ的な画面を求めているように感じます。
自衛官のお兄様のがんばりを応援しています。
あまりにも、身近に起きた大災害。
受けた衝撃と悲しみも大きすぎました。