憔悴報告

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現代SF国家

2005年12月30日 | 世の中
注)非常にめんどくさい(ひょっとしたら不快な)長文になってしまったので読みたい人だけどうぞ。

「洗脳」と「教育」の違いがやっと分かった。
何でこんな簡単なこと今まで気付かなかったんだろうってくらいあっさりと。

洗脳:新しい思想を繰り返し吹き込んだりして、それ以外の考え方を捨てさせること。
教育:洗脳のこと。社会的に善とされる思想で洗脳することを特にこう呼ぶ。


いや実にすっきり明快。
こんなこと誰でも知ってるのかどうか、知らなかったのはおれだけなのか、興味がある。
ただ確実なのは、これが分かった時点でおれは反社会分子、もっと言えば国家的危険人物になっちまったということだ(でも行動力がないからほっといてくれるでしょ)。
しかし、今までぼんやりしか感じられなかったことが言葉として完璧に理解できてしまった今、世の中(ていうか日本)がどんな風に動いていかが手に取るように分かる。

SFだ。
もう完全にSF。

学校で習った「法の支配」という言葉の意味が恐いくらいリアルに分かる。
法、つまりシステムを頂として成立する社会。
人口知能(システム)による支配というSFがイメージしたのはこういうことだったのか。
かつて人が支配していた世界を、システムに譲り渡すこと。
「現代社会」とは、それが行われた後の社会を指す。

こうなると、一例としての日本という国が、おもしろくてしょうがない。
日本における学校とは、教育施設だ。
最初に書いた教育の意味に従うと、当然それは洗脳施設を指す。
徹底的な洗脳。
学校教育の洗礼を受けた人=基本的にすべての日本人は、それがすさまじい完成度を誇る美的とすら言えるシステムであることは承知のはずだ。
アレはホントにすごい。

しかし完璧に見える我が国の支配体制にも、現在ひとつだけ問題がある。
大学の存在だ。
個人的経験に基づいた話であることは承知してもらいたい。
大学というのは、高校までと違って洗脳施設としての側面が非常に弱い。
逃れようと思えば、洗脳から逃れるのは実に簡単で、本来の意味で「勉強」することも十分可能なのだ
(まさか高校までの方式で本当に何かを学んだと思っている人はいないっしょ)。
だから現在、大学はある種の「国家反逆施設」としても認識されている。
社会を支配するシステムからすると、何かを自主的に学んだ人間というのは厄介なのだ。
だって、反逆するかもしれないんだから。
高卒の人間と大卒の人間、どちらが社会に対する服従心が高いか。
当然高卒の方であり、洗脳されたてほやほやの高卒は、従順な労働者になってくれる割合が高いので、とっても好都合だ。
しかし、大卒の人間の中には、高校までの「社会服従」という洗脳が解けている人間がけっこういる。


ここでひとつ補足しておくと、現在における「社会服従」とはほとんど「金銭価値服従」のことだと思っていいはず。
金銭価値(まあ市場原理価値とか自由競争主義価値と言い換えてもいいけど)という、本来多様でごちゃごちゃな世界に転がるあらゆるものを数字で表すことによって一直線上にのせる価値観、これはものすごく強烈だ。
あらゆるものに順位が付けられるのだから、「Aはこういう面で良い。Bはこういう面で良い」という認識が通用しない。
ひょっとしたら「そんなことない。金銭価値がすべてじゃない」と言われるかもしれないが、そういう発言は現代社会価値に反逆することなのだ(おれは反逆するけど)
「立派な社会人」になるということは、金銭価値を完璧に信じるということとイコールである。
だからおれは立派な社会人じゃなくてけっこう。
別に社会的に認められなくてもいいし、金持ちじゃなくてもいい。
社会貢献なんて出来ればしたくないけど、まあこの社会で生きてくためには最低限の金は稼がなきゃいけないから、そういう意味で有給労働はする(サービス残業なんていう最高の社会貢献は絶対ヤダ)。
おれの場合、不思議な言い方になってしまうが「金銭価値社会を否定するために、金のためだけに働いている」というのが現状だ。


で、話を戻すと、洗脳が解けると最初すごくつらい
自分がそうだったからとてもよく分かる。
なにせ、今まで叩き込まれてきた価値観その他がすべて崩壊するのだ。
「人生こういうものだ」というのが何もかもなくなって、今まで頼ってきたものがすべて消える
じゃあその後どうするか。
洗脳が解けたつらい状態から脱出するには、別の何かで自分を洗脳するしかない。
一度色を塗った画用紙を別の色で塗りなおすしか、方法はない。
一度塗った色は消せないのだ。多分。

だけど正直な話、自分で自分を洗脳するのってすごくつらいけど、すごくおもしろい。
今までの人生で一番やりがいを感じた。
自分で洗脳するって言ったけど、正確には「何に洗脳されるかを自分の意思で取捨選択する」ってことで、こういう経験ができる人が果たしてどれくらいいるんだろうか。
その面では、おれはやっぱり恵まれてると思う。
死ぬまで学校教育に洗脳されたままの人もたくさんいるんだから。

さらに器用な人の場合、そういった道筋を経て、かつ社会的成功を手に入れる。
こういう人は確かにいる。
まあ、その人が自分で選択したんだから別におれがとやかく言うことじゃないし、反対でもない。
ただおれの場合、現状そうではないということだ。
だから貧乏だ悪いか。

結論めいたこととしては、大人になるってそういうことなんじゃないかと。
大人って何だ。
おれが今思っているのは、「人生善いことなんて何ひとつない。それをはっきり認識した上で、前向きに強く生きていく」という人生観をしっかりと持てている人のことなんじゃないかと。
善いことがないというのは、気持ちいいことや気分よくなることがないってことじゃない。
絶対善というものはこの世に存在しないってことだ。
別にそれを認識するのは絶望でも何でもない。
ただ身の程を知るってこと。
それが分かってないヤツは年齢なんぞ無関係にガキ
「がんばってればいいこともあるさ」とか本気で思ってるヤツはみんなガキだ。
今のおれから観たら、日本は年ばっか食ったガキが偉そうにしてふんぞり返ってる国だ。
非常に遺憾ですなまったく!
「日本には大人がいなくなった。昔は・・・」とか言ってるその人がガキなんだもの。
でもしょうがないか。
ていうか理には適ってる。
今社会を支配するシステムが望んでるのは、従順なガキなんだから。

そんなわけで、今日はなんかスッキリした気分だったので長々と書いてしまいました。
失礼。

業務報告
●こんなことを考えた日に、職場の人が「学校で何勉強してきたんだ!」とバイト君に怒鳴ってました。「それを言うなら勉強じゃなく洗脳」と心の中でツッコミつつ素通り(非情)。でも学校ってのもホント不思議なところだなあ。日本の学校って教会の役割もあるんだろか。
●『Before Sunrise & Before Sunset』のサントラ(輸入版)を購入。なかなかいいです。
●ブログ更新ってけっこう時間かかりますね。そりゃあんたが長々と書くからじゃ。


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