『急いでパパ マネージャーが来ちゃった』
あまり慌てた風もない紫音に
『大丈夫だよ 少し待ってろってブラの肩紐を片方ずらして言えば
鼻血だして“はーい”ってなもんだろ』
『それが父親の台詞?』
“最低”って声が玄関に向かって行く
俺も着替えなきゃ
何故だろう
こんな街なかに住んでいて 確かに閑静な住宅街だって言っても
海からは程遠いのに 波の音が良く似合う
BGMのバックに入っている波の音
まるで白い砂浜の上にパラソルを立てて・・・そんな錯覚に陥る
一度ベランダに出て 大きく伸びをする
やっぱり夏は良い
『パパ 早く』
玄関から戻った紫音が 親指を立ててこちらにサインを送ってきた
肩紐攻撃成功!ってところだな
あんなところも彼女にそっくりだ
庭には沢山の向日葵達が 夏の朝の光を身体全体に受けて
とても気持ちよさそうに 静かな風に揺れている
“また夏が来たよ”
『えっ なに? 何か言った』
紫音もベランダに出てきて俺の隣に立った
『紫音がまた一つ歳を取るのかって嘆いたのさ』
『馬鹿ね パパだって同じでしょ』
そう言って俺の肩を叩き『行こう』と優しい笑顔で踵を返す
ギターケースを肩に掛けて玄関に向かう時 ふと振り返ると
紫音がベランダから庭に“行ってきます”と言うのが見えた
『ママにかい?』
『ママと向日葵に』
君が残した雫は とても優しくてきらきらした素敵な女性になったよ
君がベッドの上から夕凪を見ながら
『太陽が海に沈む前の 一瞬だけ紫色に輝く波間が好きなの』
って良く話してたな
俺達を繋いだ音楽と君が愛した海の色
『紫音は世界一素敵な名前を貰って幸せだよ』
以心伝心・・・
車に乗り込む前に、太陽に向かって目を細めて言う彼女が
まるで君に見えた
さぁ コバルトブルーの季節が始まる
君の季節がね
海
俺は今から君に逢いに行くよ