『お腹すいたよ ずっとここで待っていたから』
海も突然の出会いを不思議とも偶然とも言わなかったし、
スタジオの中から感じていた、確信みたいな想いは逢った瞬間に消えていた
何年も前から付き合っている恋人の様に、海はごく自然にギターを持っていない左手に
自分の右手を繋いで言った
その時には深く考えなかったけど、自分の中にずっと住んでいた親友の俺は居なくなっていたな
『俺もだよ 海は何が食べたいの?』
『光は?』
『俺はハンバーグ』『私はハンバーグが食べたい』
殆ど同時に言って、同時に向き合って笑った
渋谷駅に向かうセンター街を歩く二人は、誰が見てもお似合いのカップルに見えただろう
ハンバーグ屋さんも初めて入ったお店なのに、不思議とお互い前から気に入っていた
お得意のお店に入った様に、自然な振る舞いだったに違いない
その夜、海の家まで送る道筋も何故か自分が進んで歩き、
途中にある公園も初めて立ち寄ったのに 前から知っている感覚が心地良かった
夜の公園
当たり前の様にブランコに座り、小さく漕ぎ出す俺の横で海は立ち漕ぎをして、
『あの時と同じだね』
と言った
あの時と一緒
今、こうしてあの時止まった時間が動き出した事を、二人共幸せだと感じていたよな
沢山話し、沢山笑った 内容は何でも良くてさ
数時間の出来事がまるで 永遠の時の狭間に陥った様にゆっくり過ぎて行く
海のマンションの下まで来た時、ロビー入り口にある街灯がチカチカと点滅して
『もうね、ずっと調子悪いのに大家さんが変えてくれないの 可笑しいでしょ』
故障している事が可笑しいと笑う海が、指を刺して見上げた街頭に俺も目を向けた
『光、背、伸びたね』
頭一つだけ俺の方が高いみたいだ
『もう19歳だから止まったよ』
見下ろした俺を見上げる海の目がやっぱりブルーに輝いた
・・・きれいだ・・・
その目がそっと閉じた時、人生初めてのキスは軟らかい唇の感触より、
仄かに香る海の髪の匂いが、長い間眠っていた俺の記憶を覚醒させていく
ずっと抱きしめていた
ずっと
思い出したよ
海が好きなものも、海が見ていた夢も
叶えると誓った俺の約束も
迷う事無く、この日から俺達は一緒に歩いて行く
永い永い時間
君は俺の中で翼を休める天使の様に 目を閉じて俺の胸の鼓動を聞いて居たね
お互いが背負ってきた傷だらけの翼は、二人が一緒に居られる事で折りたたまれて
もうきっと 広げる必要も 思い出す必要もなくなったんだ
海・・・
あの日の海へ帰ろう