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MとAのミュージカル・ラン日記 ♪♪♪

音楽を聴きながら走る市民ランナーのブログです。ランと音楽以外のスポーツについても書きます。今は大谷翔平に夢中です!

4度目の北海道マラソン2016、なんとかゴールしました。

2016-10-18 | 参加マラソン大会
 ずいぶん前から書き始めたのだが、すっかり古びた報告になってしまった。記憶も相当怪しくなってきたけど、来年以降の参考のためにもとにかくアップしておこう。
※コース図は北海道マラソン公式HPからお借りしました。



今回試してみたこと

 北海道マラソンは4度目の参戦。毎回その暑さにやられ、未だ歩かず完走したためしがない。タイムもサブ4が一度だけ。しかも、ギリギリ。まあとにかく、この夏マラソンは自分にとっては最も過酷なマラソン大会となっている。

 で、今回新たに2つのことを試してみることにした。
 1つは、タオルを持って走ること。基本、何も持って走らないのが一番いいと思っているのだけど、ただでも汗っかきなので、リストバンドだけでは、この半端ない汗を十分拭き取れない。水なんかも今回ずいぶんかけた。首、腕、膝、顔、そして後半は頭からも・・・というわけで、小さなタオルをウエストバッグに挟んで時折汗をしっかり拭き取ることにした。
 2つめはふくらはぎサポーター。CEPの蛍光グリーンのものを新調。ザムストを持っていて、ただ、この何回かは使用をやめていた。ふくらはぎがつりやすくなる懸念を持ったからだ(この何回かよく足をつっていた)。
 でもかならずしもふくらはぎサポーターの製ではないのではないかと考え直し、気分をあげるためにも新調してみたというわけだ。偶然だが、今回新たにおろしたターサーの色と偶然同じで、スタイル的にも短い足が多少長く見えて気に入っていた。
 マラソンレースでは特に、普段はとても着れないような相当派手な格好でも、誰も気にもとめないし、むしろ派手なくらいが気分も盛り上がるし、観客の皆さんにも好評なんじゃないかと思う

 もう一つあった。北海道マラソンでは初めてだと思うけど、あまりハードでないショートタイツを履いて走った。骨盤が安定して走りやすくなる。事前に試してあった。また、汗を大量にかくと、乾いて塩が出てきて股とか膝の内側とか脇の下とかがこすれて傷になり痛くなることがある。タイツはその防止になる。ちなみに今回、各所にワセリンも久しぶりに塗ってみた。もちろんマメ防止に足指にも。

 そんなこんなで色々やってみたが・・・

ジリジリと暑さが

 今回家人の兄が北海道マラソン初参戦で、当日の朝健闘を誓うべくブラックスライドマントラの前で待ち合わせをしていた。そんなこともあっていつになく余裕があったので、これまたいつになくしっかりウォームアップをしてからスタート位置に並ぶことができた。こんなの何年ぶりだろう。最近はいつも割とギリギリでスタートする事が続いていた。ちょっと緊張感も薄れてたんだと思う。
 ホテルが近いこともあり、連泊で荷物も最低限の持ち出しだったので、その点でも楽だった。トイレもホテルで済ませていた。

 スタート時気温17~18℃。この大会としては絶好の気象条件。ただ、快晴の空は抜けるように青く、新川通では直射日光下ジリジリと気温が上がるだろう事は容易に想像できた

 序盤はゆっくりと、流れに身を任せて走った。最初の1kmは5'46。5kmが27'46(5'33/km)。歩かず完走してサブ4が達成できたら最高!という目標だったのでいいペースだ。
 5km過ぎあたりから少しペースが上がって5'10前後のラップを刻む。集団が多少ばらけたのだと思う。

 割と調子よく、暑さも例年ほど気にならず走っていたように思うのだが、10km手前の長い創成トンネルに入り涼しさにホッとした記憶があるから、それでもやはりじわじわ暑さを感じ始めていたに違いない。序盤から中盤にかけて、なんだかんだいってみんな所々ある小さな木陰を意識して走っていた。私ももちろん。

 17km付近で義姉(といっても年下だけど)が応援してくれていると聞いていたので、まずはそこまでは元気に走りたいと思っていた。そうした意味でも、身近な人の応援は走る力になる。この大勢のランナーの中からいつ来るかもわからないのに自分を見つけることは相当難しい。両手に我々の名前を書いた団扇を振って応援してくれている彼女を見つけて声をかけたが聞こえなかったようで、離れ際になんとか団扇をたたいて通り抜けたことを知らせた。やっと気づいてくれて「頑張って~~」という彼女に手を振って応えた。

昨年のいびがわデジャビュー 

 19kmあたり。いよいよ今年も新川通を迎えた。「今年もきたなあ~」という感じ。一にも二にもここが勝負所なのだ。26km過ぎの折り返し地点まで片道約7km、折り返してさらに7km、計約14km。考えてみればフルマラソン42km余りの実に3分の1がこの新川通ということになる。
 片道7kmまっすぐなコースなんて走ったことあります?
 これは本当に長い。途中で向こうの方に小さな小屋が見えた。「ああ、あそこだったなあ、折り返しは確か」と思い込んでしまった。その小屋までもなかなか到達しないんだけれども、やっと近づいたら、そこは折り返しなんかじゃなかった。その落胆たるや、言葉にできないほど大きかった。

 なんとか折り返し地点にたどり着いたが、そこに至るまでにすっかり気持ちも脚もやられてしまった。今回わずか一度の試走で急遽新しい靴で臨むことになった。そのせいだと思うけど--そしてこの大会の給水所付近は水浸しなので靴の中が濡れるせいもあると思う--割と早い時点から足の裏が痛くなっていて、おそらくいくつかマメができているのだろうと想像がついた。

 前半の調子の良さは一気にすぼんで、折り返した時点で「とにかく30kmまでは絶対止まらないで走り抜こう」という気持ちになっていた。そして這々の体で30kmの表示にたどり着き、コースをそれて止まった。その途端自分の息の荒さにびっくりする。ハアハアハア。
 これはどこかで同じ事があったな。そう思う。昨年のいびがわだ。あのときもとにかく30kmは決して止まらない・歩かないと決め30km地点で止まった私は思いがけない息の荒さに驚いたのだった。全く同じ光景。

 膝に手を置いて、思う存分息を切らし、しばらく休んだ。座って靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ、足も休ませた。やっぱりでかいマメがいくつかできていた。ストレッチも十分にやった。10分くらいはそこにいただろうか。
 そして、再び靴下を履き、靴を履いた。まだ終わりの見えない新川通を進まないわけにはいかなかった。再スタート。

今年も氷なしでは走れなかった 

 しばらくは歩いては走り、給水所に寄っては立ち止まって水を飲んだりスイカを食べたり。ここまでは氷なしでやってきたが、この先を進むには氷は不可欠に思えた。今年も給水所ごとに「氷ってないですか?」と問い合わせながら走った。だが、今年は去年と比べて氷をもらえるチャンスは格段に少なかった。なぜかはわからない。「デカいのしかないんだよね」と何度か言われた。そして最後はコップにはとても入りきらないやつを1つもらうことにした。片手で持ってどうにか走れるくらいの大きさ。それでも氷があるのは有り難かった。あと10km。氷なしでは到底走りきれる自信がなかった。ほかのランナーがなぜ氷なしでこのレースを走りきれるのかまったくもって理解できなかった。北海道の人たちはおそらく慣れていない分実は暑さに強いんじゃないかと疑うほどだ。

 氷を片手に握りしめて走ったが、冷たくてさすがに何分も同じ手に握っていることはできない。時々反対の手に握り替え、時々は氷をなめながら走った。

 そこからもしばらくは概ね給水所ごとに止まっては給水し歩いてはまた走りの繰り返しだった。34km付近で(行きの17km付近の道向かい)再び義姉を見つけたけど、もともとここにいるとは知らなかったし、一声かけたが知り合いとおしゃべりの最中でまったく気づく気配もなかったので、再び呼びかけることはやめた。応援どうもありがとう。今年は家族では一人だったから大変だったろうな。

最後は例によってラストスパート、300人抜き 

 37~38km。北大の構内に入ったところで少し歩いた。もう止まらずに行こうと思ってたのだが、最後まで走り抜く自信がなくなった。北大内はまた沿道の応援のが増えるし、何せ道も狭く観客が近いのでなるべくなら歩くところは見せたくなかったが、それでも少し歩かないと、最後のスパートができそうもなかった。
 そして、いよいよラストスパート。もう氷もいらない。最後の給水も取らなかった。最終盤のこのあたりになると、歩いているランナーはどの大会でも少なくない。いつもの通り数えたわけではないが300人は抜いたと思う。コレもいつも思うことだが、角を曲がるともうゴールだろうとワクワク期待するのだが、曲がってからゴールまではいつだって結構な距離があるのだ。しかしここではもう止まるわけには行かない。ゴールがどんなに遠くても(まあそんなに遠いはずもないんだけど)フィニッシュラインを駆け抜けるまで走り続けるしかない。苦しくったって、悲しくったって。
 40~41kmは6分台に落ちたラップだったが、41km以降の1.195kmを6'09でカバー(5'09/km)。なんとか今年も完走したのだった。

 大会関係者やボランティアはもとより札幌市民の皆さんの暖かな応援に感謝いたします。来年も走れますように。

<追記>
 今回並々ならぬ思いで給水所のコップ散乱撲滅に取り組まれたと聞いてたけど、結果的には改善効果は薄かった。ゴミ箱を大幅に増やしたり、ゴミを拾ってくれるボランティアを増やしたり、目に見える対策を施したのになぜだろう? それとも減るには減ったんだろうか?
 個人的には、ゴミ箱を給水所からもう少し離れた位置にもおいてもらえたらいいと思う。だって取ってすぐ全部飲んでコップ捨てるって無理がある。特に区給水所の終わり近くで取った場合ほんと捨て場所に困ることがある。
 ゴール後、新党大地の鈴木宗男代表が大通公園前の路上で演説をしていたのでじっくりと聞いてみた。話がうまいし説得力がある。こういう政治家はすっかりいなくなったなあ、なんて思いながら立ったまま聞き入った。それなりの人垣もできていて、人気ぶりもうかがえた。ただ、細かなことはもう忘れたが話の内容はまあたいしたことじゃなかった。


 


<追記2>
 今年も走後にまず食べたのは大通公園名物「焼きトウキビ」。1本324円也。香ばしくて相変わらずうまい。



 それから参考のためレース中の札幌の気象数値をアップしておく。気象庁の「過去の気象データ検索」による。札幌と言っても広いのでコース上とはもちろん異なる。あくまで参考まで。



 「日照時間」が終日10となっていて一日中好天に恵まれていたことがわかる。スタート20分後には20度を超えた、スタート3時間後(サブ4ランナーで30km付近。まだ10km残る一番きついところ)に25℃に達し、その後はほぼ25℃をキープしている。体感はもっと熱かったが、それでも例年よりは気温の低い好コンディションだった(のだと思う)。

 以上

<おしまい>
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今年は31分と32分。2016いびがわマラソン、エントリー。

2016-06-10 | 参加マラソン大会
いびがわマラソン2015、今年は21分。

 中日新聞の記事によると、2015年、今年のいびがわマラソンはフル21分、ハーフも22分で完売、いや、定員に達したらしい。フルの枠は5150人、ハーフ3250人。昨年は37分だった...


今年の激戦模様と、再びの失敗について

 昨年はフル21分、ハーフ22分で終了だったので、数字上は今年は少しエントリーしやすくなったということなのか。
 実際の印象は、去年並みにエントリーできるかどうかわからない状況だったと思う。
 わが家では夫婦2人で」エントリーを狙って2台のパソコンで8時1分くらいからエントリー画面へのアタックを始めた。「入金完了までの操作を終えたもの勝ち」なので、まずは、それぞれがアクセスして、早めにどちらかがつながれば家族エントリーでまとめて、やはりなかなかつながらないようなら、それぞれ自分の分だけでもというような方針で臨んだのだった。

 というのも、以前、家族エントリーをしようとして失敗。やり直しは聞かず、結局、エントリーできなかった(ような気がする)というような痛い目にあっていたからだ。 
 
 ところが、今回また同じ轍を踏んでしまった。ただ、今回は「自分の分だけでもエントリーして」という家人の言葉にまずは自分の分をエントリーした。まだ時間は15分ほどしか経っておらず、自分もすぐ家族エントリーのために、再アクセスした。

 どういう失敗をしたのか。
 「家族エントリー」だと、下のほうにある家族エントリー・ボタンをまず押さなくてはならない(のだと思う)。ところが、まず、個人の「エントリー」というボタンが目に入り、これを押してしまったというわけだ。やり直しはきかない。もう一度一から始めるしかない。「死なばもろとも」というやり方もあろうが、上述の通り、まずは1人、さらに今度は2台のパソコンでもう1人のエントリーを取りに行ったのだが・・・結果から言うと家人のエントリーはできなかった。

 家人のPCでも何度か「エントリーできる!」と喜んだ瞬間があった。1度目。エントリー画面につながり「ログイン」ボタンを押したら再び「待ち」のカウントダウン画面に戻った。2度目。ログインができて途中まで入力したのだが、時間がかかりすぎたのか、「待ち」画面に戻ってしまった。おそらく、定員に達してしまったのだと思う。画面ではカウントダウンが続いていたけれども、私のPCではもう終了したことを表示していた。それゆえに、途中まで入力した人は、ひょっとしたらすでにエントリーする権利を有しているということではないか?という希望的な観測を持ったのだった。
 しかし、しばらくして、非情にも、家人のPCでも「こと」が終わったことが告げられたのだった。The End.


教訓

・家族エントリーをするなら、一番下のほうにある家族エントリー・ボタンをまず押す(のだと思う。最近うまくできていないので確信がないから、実際にやる人は時間のある時によく確認しておいてください)。
・8時5分前にはPCの前で準備を終えておくこと。今回「待ち」画面に到達したのが8時1~2分だった。
・入力内容はしっかり決めておく。カードも手元に用意しておく。

 なんだか、慌ただしくて嫌だが、どうしてもエントリーしたいなら、そうするしかない。現実は厳しい。ただ、救済の意味もあるのだと思うが郵送による抽選枠がまだ残っていて(申請手数料専用振込用紙をもらうための文書依頼が10日必着だったはずなので今からでは間に合いませんが)、一応手数料振込用紙を依頼した。手数料500円を振り込んで結果は7月とか。さて、どうにか当選するといいんだけど。
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「恵那峡ハーフ」で2年5か月ぶりのハーフ参戦。

2016-05-10 | 参加マラソン大会
 ハーフはこれまで11回走っている。

■2009年
◇読売犬山HM ( 2/22) 1時間44分26秒 ※ハーフマラソン初参戦
◇関シティM ( 3/15) 1時間50分31秒
◇余呉湖健康M (10/12) 1時間46分58秒 ※最後の大会開催

■2010年
◇読売犬山HM ( 2/28) 1時間42分45秒 ※2年連続2回目
◇焼津みなとM ( 4/11) 1時間41分13秒

■2011年
◇ぎふ清流M  ( 5/15) 1時間36分44秒 ※第1回開催
◇水都おおがきHM(10/30)  1時間34分55秒 ※2008年以来2度目(前回は10㎞に参加)

■2012年
◇読売犬山HM ( 2/26) 1時間34分34秒 ★PB
◇背割堤R (11/4)  1時間42分22秒 ※第1回開催

■2013年
◇関シティM ( 3/17) 1時間39分31秒 ※参考記録。新コース
◇背割堤R   (11/23)  1時間43分00秒 ※2年連続2回目

 読売犬山が3回、関シティと木曽川・長良川背割堤が各2回と割と同じ大会に出ている。なぜかと言えば、自分の関心の中心はフルマラソンにあるのでフルマラソンの準備の一環として走ったり、揖斐川マラソンのエントリーに失敗したために代わりに出たり、というケースが特にここ数年は多かった。
 今回はそうではなくて、久しぶりに純粋にハーフマラソンを走ってみようと思ってエントリーしたのだった。私が走った8大会目、12回目のハーフマラソン。恵那峡ハーフマラソン。

ハーフマラソンに戦略はほぼない

 トップを争うような選手ならともかく、ほとんどの市民ランナーにとってハーフマラソンでは戦略などあまり考える必要がない。ただ、持てるスピードで走りぬくのみ、というのが私の考えだ。
 辛うじてあるとすれば、出だしで無理なスピードを出しすぎないことくらいだ。というのも、十分なウォーミングアップをしていないランナーでは、体が温まっていない状態で無理な走りをすると序盤で失速しかねないからで、フルマラソン同様、最初の1~2㎞は無理をしないに限る。

恵那峡ハーフのコースの特徴



 恵那峡ハーフでは概ね前半は上り、中間点以降は下り、と聞いていた。実際に走ってみるとそう単純でもなくてアップダウンが結構ある。なかなかハードなコースの部類だと思った。とはいえ、さほど急な坂が待ち受けているわけでもなく、出だしはみんな元気もあるからなんとか坂もこなせるし、きついのはゴール直前の上り坂くらいだと思う。
 実際、これはきつかった。ラスト3㎞からスパートをかけたのだが、この坂が想定以上で、止まってるか歩いてるか程度のスピードになってしまった。
 また、競技場を出るところで出口が狭いせいだと思うけど、前が詰まって止まってしまったところは改善をお願いしたい。



 ここで家人が待ち受けていて応援してくれた。「銀河鉄道999」の哲郎のごとき風貌だったので--トレッキングハットに派手目の大きなレインポンチョといういでたちといういでたち--、誰だかわからず、しかし、熱い応援ありがたいなあと思っていた。

暴風雨のレース

 けっこうな暴風雨で、足元もあちこち水たまりや川のようになっていて、スタート早々から靴の中まで水浸しだった。結局最後までビニールのかっぱを着たまま走った。昨年の「いびがわ」もそうだったし、最近こういう天候のレースは珍しくない。暖かかったからさほどつらくはなかった。
 雨のレースで大変なのは、むしろスタート前。これは参加者のモラルの問題でもあるけど、狭い更衣室で着替えが終わっても居座っている人が多かったり、非常に限られた雨をしのげるスペースが、一部の集団に占拠されていて、スペースはあるのに入ることができなかったり、まあ、こういうのは花見と同じで早い者勝ちが世の常なのかもしれないがまったくもってあきれるしかない。一緒に連れられてきた子供がいるとすれば、それが当たり前なんだと思って同じことをするだろう。



 晴れてるなら、どこでだって時間を過ごせるので構わないのだが、悪天候の時くらい、もう少し譲り合いの精神を持ちましょうと提案したい。

レース結果

 走る前は、天候も最悪の部類だし、体重も減らせず練習量も大幅に不足しているし、「どこも痛くもないのに、つらくて途中で歩くようなことになったら、ジョグノートもこのブログもやめてひっそり走るべきかもしれない」という考えが頭をかすめた。なんとか走り抜けると確信したのは15㎞あたりだったろうか。
 2度の折り返しでは、先行するジョグノ仲間のebaさんが笑顔で声をかけてくれて、都度力が湧いた。ありがとうございました。
 


 ごく走り始めのころ、いまだ原因がよくわからないが、たしか歩くのもつらいほど膝が痛くなってしばらく立ち止まっていた関シティの記録にわずかに届かない自己ワーストだったけれど、内容的にはよく走りぬいたと思う。
 このスプリットを見ると、上り坂と下り坂でのスピードの変動が手に取るようにわかって面白かった。坂練習が明らかに足りない。重い体重も影響しているだろう。
 天気も悪かったし、タイムも冴えなかったけど、満開の桜があちこちで望めたり、里山の景色を楽しめた。リーズナブルな参加費にもかかわらず、ゴール後のぜんざいとトン汁もうまかった。

 雨の中大会の準備をしていただいたスタッフの皆さん、沿道で応援してくれた地元のみなさんに感謝申し上げます。

<おしまい>
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2015いびがわマラソン、時間内ゴールしました。

2015-12-02 | 参加マラソン大会
フルマラソンにフロックはない。

 レースから1か月。今年もいびがわマラソンに参加することができました。微妙な言い方なのは「歩かず走りぬいてゴール」がいつだって第一目標なのに今回もそれが叶わず、3度も歩いてしまったからです。走る前から覚悟はしてたのですが、その点については悔しいし、つまらないですね。ただ、フルマラソンは特に「戦略」も重要なのでレベルに合わせた楽しみ方が可能で、名物ともいえる町ぐるみの親身な応援とともに、楽しく走らせてもらいました。
 今年の自分のランについては、語るべきことはほぼ何もないです。
 マラソンの楽しみ方は人によって千差万別でいいんですが、私にとってのマラソンレースの核心は「お祭り」とか「旅」とかではなくて、あくまでも練習してきた成果を確認し、自分の「今」を見つけるような作業なのです。フルマラソンにはほぼほぼ「フロック」が入り込む余地がない。何でかといえばまず相手がいないスポーツであること。そういう意味では陸上競技はどれもそう言えるかもしれません。それから「的に当てる(ゴールに入れる)」ような競技ではないこと。サッカーやバスケや色々ありますね。ほかにも弓道とか射撃とかボーリングとかゴルフとか(私はゴルフがアスレチックな意味でのスポーツとは思っていませんが)。野球もある意味そういう要素が多いし、ラグビーのプレースキックもそう。こういう競技は「たまたま」入っちゃったとかありうるので、回数を重ねればちゃんとした練習を重ねた人にかなわないけど、1回の勝負ならジャイアントキリングもありうる。少なくともその可能性は高くなるでしょう。
 話がそれましたが、だから練習しないでレースを走っても私個人としては面白みは大きく損なわれています。キチンと練習して、試行錯誤したり、あれこれ考えたりしたうえで走りたい。だから、それができなかった今回は、総じていえばあまり面白くなかった。結果にも見るべきものはすくなかった、ということになるのは必然です。

 過去三か月の練習でノンストップで走った最長距離が13㎞あまり。最も長いのが8月の北海道マラソンのスタートから20㎞ほど。それなのにいきなりフルマラソン、歩かず走りとおせるはずもありません。
 とはいえ、走ればそれなりに思うところや発見もあります。以下、思いつくままにメモっておこうと思います。今回も朝から雨が降り続きました。これで4年連続雨開催。ゲストの西田ひかるさんは挨拶で「ただでも過酷ないびがわマラソン。そんな大会に参加する皆さんには雨もまた過酷さを増し望むところなのではないでしょうか(ってな趣旨だったような)」と言ってましたね。だから、もう写真も全く撮ってなくて(さすがにこんなのは初めてです)、ゴール後這う這うの体で退散しました。故に写真もなくてごめんなさい。ただ、雨の中、揖斐川沿いの紅葉は今年も美しかったですよ。どうしても、という方いびがわマラソン公式HPでどうぞ。

故障

 10月に入ってから右足の甲と側面外側の痛みに悩まされ続け、治らないまま今回のレース。スタート前にロキソニン1錠をのんだ。レースだと大概の痛みはこれで抑えられる(もちろん限度というものがあるけど)。今回も違和感程度にとどまってくれたのだが、雨で道路の水たまりを踏んで走らねばならず、あっという間に靴の中まで水が浸透、加えて、やっぱり走りのバランスがおかしかったのだと思う、左足の小指と親指、指の付け根あたりの広範囲に比較的早い段階でまめができて、爪もどうにかなったようで終盤は足を引きずりながら走った。
 レース中はあまり感じなかった右足の痛みだが、レース後(そして今も)痛みがぶり返してなかなか治らない。薬で抑えると往々にしてこうなるのかもしれない。

30㎞まで

 まあとにかく、直近ノンストップランが10㎞あまりという事実から、「歩かず完走」は至難の業となっていた。せいぜい20㎞かな、と心の中では思っていたが、ここは踏ん張って30㎞までノンストップで駆け抜けた。30㎞のスプリットは2時間57分35秒(5'55/㎞)。32㎞手前から、いつもつかまる長い2段坂があり、今の実力からしてここでいったん歩くのがベストだと少し前から考えていた。歩き始めて自分の生きの荒さにびっくりした。息を整えるのに思いのほか時間を要した。500mほど歩いて再び走り出したら脹脛をつりそうになり、本格的につらないよう用心しながら超スロージョグ。足がつらないように確認しながら坂を一歩一歩駆け上がる。坂自体は大して急というわけでもないのだ。ちゃんと余力を残しておけば克服できるとわかった。

ハイタッチ

 大会のシンボルともいえる子供たちとのハイタッチ。今年はまたさらにその長さが伸びたんじゃなかろうか。ゴールタイムへの意欲が希薄だったので、今年も積極的にハイタッチにいった。こんな雨の中、自分たちの意思とは思えないけど、子供たちなりに「せっかく来たんだし」と楽しんでるようでもあった。元気が出る。
 日本の大会のあちこちで頑張ってるQちゃんとのハイタッチ。今年のQちゃんも元気だったけど、今回初めてハイタッチを一回もできなかった。というかコース上で一回もその姿を見なかったなあ。来年は、(リオオリンピックの関係で)いびがわ参加は難しい予感がすると本人がおっしゃてました。

柿とオレンジ

 エイドも充実してて、近年はスイーツエイドなる地元のお菓子も並べられていたりするけど、自分はなるべくエイドの食べ物には立ち寄らない。それでも本当に何か食べたいときには(あるいは気の迷いから)口にすることもある。これまで失敗したと思ったのは揖斐茶(熱くて飲むのが大変だった)と塩むすび(大きくて食べるのが大変だった)。私は食べ物を捨てるということができない(おばあちゃんの教え?)ので、しばらく持ってかじりながら走ったことがある。
 今回は序盤でオレンジと間違えて柿を取ってしまい、しかも2個つかんだものだから困った。柿は走りながら食べるのはなかなか大変だった。なかなか呑み込めない。北海道マラソンで後半氷なしでは完走できない私だが、いびがわでは後半施設エイドでオレンジをいただくことが多い。相当元気がでる。今年もいただきました。
 それから、なぜかよくわからないが、終盤はずっとのどの渇きを感じていた。給水はほぼ全部取ってたのだけれど。アミノバリューは気持ち悪くなりそうな気がしていて、水ばかり、しかもエイドごとに2つもらって、雨中なのに首なんかにも掛けていた。

100人抜き

 坂を上り切り、その後は下り、川べりに出てからは土手を走るフラットなコース。もう歩かないでいけるかな、行こう、行ってやる。そう思っていたのだが、35㎞すぎと38㎞あたりでも歩いてしまった。1度歩いてしまうと2度目は簡単だ。これはどんなことにも言える気がする。だからあきらめないことが肝心で、ゴリラ研究で有名な京大総長の山極寿一先生によれば、人間らしさとは「あきらめないこと」だそうで、この時点で人間らしさを失い、ゴリラ並みになったことを意味する。
 どのレースでも、以前は、ラスト4㎞をスパートして駆け抜けるというのが自分のスタイルだった。だが、今の走力では4㎞はとても無理で、タイミングをうかがっていたのだが、ラスト3㎞、スパートといううにはいささかゆっくりではあるが、本人的には全力で走った。100人は抜いたと思う。いつもは300人くらいのイメージなのだけれど(数えたわけではない)。

雨のレースの手袋は× 

 直前の練習で指先の冷たさが気になり、手袋をして走ったのだが、雨の時は意味がなかった(2014静岡マラソンの時にわかったはずなのに)。途中から水をたっぷり吸いこんだ手袋を絞ってポケットにしまって走ったが、ポケットに入れてても徐々に水をため込んでいき、絞ってはしまいを繰り返した。ポケットが重く邪魔なので、最後はショートパンツに挟んでいたのだが、どこかで片方落としてしまった。
 また、スタートからゴールまでポンチョをかぶったまま走ったのもこの大会が初めて。

感謝 

 とにかくリタイヤせず走れたことはよかったです。この大会の後にも世界では色んなことが--たとえば11月13日のパリの同時多発テロ--ありました。今の世界を見回すに、フルマラソンを走ることができることはそれだけで幸せなことといっていいんじゃないかと思います。しかも、こうして町ぐるみの応援ともてなしの下で楽しく走れて、最高でした。この大会でいつも気合のこもった応援をしてくれるお猿姿のしょくにんさん。今年もありがとうございました。この大会にかかわった皆さんに感謝します。ありがとうございました。
 また来年も参加できますように。そろそろ晴れるといいですね。




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2014「いびがわマラソン」を走りました。

2014-12-18 | 参加マラソン大会
 例によってレースから1ヵ月以上が経ってしまった。そういえば少し前に正式な完走証も届いた。順位は年代別、総合とも半分よりちょっと上ぐらい。
 正式には「完走認定証」と言うらしい。ゴール時の写真が2枚載ってるのだが、写真で見ると意外にほっそり見えるが、実はお腹も出てるし体重はベストから程遠い。

三年続けて雨のレース

 前日の金さんのランニングミーティングに登場した町長さんは「3年連続の雨では洒落にもならないからなんとかしないといけない」と挨拶されたが、これといった有効手段があるはずもなく、雨となった。
 100均で長袖の透明雨合羽を用意した。スタート時の雨は大したことはなく、トイレもさほどの混雑でもなかった。それでも家人のアイデアで簡易テントを用意して行ったのが正解だった。
 右足の状態を確かめるべく、何度か短めのジョグを繰り返した。痛み自体はそれほど強くはない。なんとかなりそうだ。
 荷物を預け、列に並ぶ。雨は降っている。
 ストレッチをしながら待つ。そうだ、ロキソニンを飲んでおかなくちゃ。2錠を水なしで飲む。

着圧ソックス

 足の痛みはほとんど気にならなかった。今回着圧ソックスを履かずに走った。というのもこのところ走後・走中にふくらはぎを攣るケースが多くて、ソックスのせいもあるんじゃないかと考たからだ。
 しかし、もっとよーく考えてみれば、コンプレッションがかかってるせいでけいれんや足攣りが起こるわけではなくて、脱ぎにくいためにあちこち必要な力がかかることが原因だ
 雨で身体が冷えるような天候出会ったことを考えれば、ふくらはぎが冷えて緊張しないようにする意味でも、着圧ソックスを履いておくべきだった

25㎞までは快調だったが・・・

 正直これまでにもまして時間が経ってしまい細かなことは記憶も危ういので、1㎞毎のラップを見ながら思い出していくことにしたい。



 出だしの1㎞も想定より1~2分速くやり過ごすことができて、序盤は順調だった。雨も小ぶりになったので、思い切ってスタート手前で着ていた雨合羽を大会スタッフに預けてしまった(運よく?回収してたのだ)。
 その後雨が激しさを増した事を考えれば(結局最後まで止まなかった)身体の冷えを防ぐ意味で、着圧ソックス不使用とともに、これは大きな失敗だった

作戦おさらい

 とにかく、5分切るくらいのペースで35㎞までイーブンペースが大まかな作戦だった。これはここ最近いつも同じ。きちんと走力をキープできていればそれは可能なはずで、このペースから落ちていくようなら普段の練習が足りていないということなのだ
 たとえ調子が悪かったとしても、5分オーバーのラップを刻んで3時間40分とか3時間50分を狙うというような走り方をするつもりはなかった

しょくにんさんに感謝

 赤い揖斐峡大橋を越えたところで(9㎞付近)、雨の中でもいつものようにお猿姿のしょくにんさんが気合の入った応援をしてくれていた(どうもありがとうございました)。ちょうど第一関門のあたり。この橋の上から見る揖斐峡の景色は息をのむほど美しい。立ち止まり写真を取るランナーも少なくない。Qちゃんもこの辺りでハイタッチしていることが多いが、ちょうど車に乗り込み移動するところだった。

おにぎり

 前半は基本登り。きつい坂では特に腕を下げ気味にして強く振ることを心がける。後半いささか肩の筋肉に疲れを感じるくらいだったから、しっかりできてたんじゃないかと思う(鍛え方が足りないけど)。
 雨だったので多少5分を越えてもいいやというくらいの気持ちで余裕を持って走っていた。
 藤橋の湯の裏、山沿いの狭い歩道を過ぎたあたりで(18㎞付近)、差し出された白いものをお餅か何かだと思って手に取ったら、でっかいおにぎりだった。何も入ってない白飯。大きさにちょっとたまげたが一口食べたらとってもおいしい米だった。それにしても大きすぎてどうしたらいいかわからない。
 雨でびしょぬれの手袋をした手で持って少しずつ食べながら走り続けるしかない。食べ物を捨てるということは、よほどの理由がない限りわたしにはできない。捨てるくらいなら手にすべきではないというのがわたしのモットーなのだ
 結局、食べ終わるのに折り返しをすぎてしばらくまでかかった。お腹が減る頃ではあったので、携行したエナジージェルを摂らずこのおにぎりで済ますことにしたのだが、食べ終えた時点でジェルなんかよりおにぎりが力になってくれるとポジティブに考えようと思った。


※公式HPから拝借しました。

 16~19㎞あたりは一段ときつい上りなので5'20/㎞までペースが落ちたほか、24~25㎞、27~28㎞の間もタイムがかなり落ちているが、いよいよこのコースの肝とも言える29㎞・32㎞の2段坂手前まではまずまずいいペースで走ることができた。
 とは言いながら、25㎞あたりからかなり脚がきつくなっていたのも事実だった。

咳と吐き気

 身体の異変は中間点あたりからはじまっていた。小さな咳が出るようになっていた。併せて軽い吐き気も感じていた。なぜかはわからない。
 この2つの坂をずっと意識して走ってきたのに、それでも魔の手に落ちたのは悔しかった。どんなに遅くてもいいからとにかく止まらないで32㎞からの坂を乗り越えるんだという強い気持ちで脚を動かしていた。しかし、脚だけでなく吐き気のほうもどんどんと強くなってきた。
 きっと弱い自分が止まるためのエクスキューズを無意識のうちに脳が発しているに違いない。騙されちゃいけない。そう思っていた。

終わらない坂

 一方で、外から見たらほとんど止まっているように見えるんじゃないかというくらいゆっくりにしか身体を動かせていない気がしていた。この走りでは上っても上っても坂が終わらない感覚に陥ってもいた
 32~33㎞のラップは走っていたにもかかわらず7分を越えていた。

止まる・ガツン

 そして33kmすぎ、ゼンマイ掛けのおもちゃが動力を失って止まるみたいに、あるいは電池がぴったりとなくなったみたいに坂の終わる直前で止まった。吐きたかった。ひどく気分が悪かった。
 手をついて吐こうとするが、吐けない。何度かそうしているうちに、2度ほどスタッフ(ボランティアのお医者さん)に「大丈夫ですか?」と声をかけられた。「休みながらゆっくりいけば大丈夫だと思う」と答えてしばらく歩いたが、もう一度停まったところでガツンとふくらはぎを攣った
 あまり経験がないような激しい痛み方。今度は女性のお医者さん?が跳んできてくれた。

女医さんに感謝

 余りの痛みにうめき声を上げ、最初はひざまずくことさえできなかったのに、この方がとても親切に対応してくれて、椅子を持ってこさせてくれたり(もっとも椅子に座れるようになったのはずいぶん後だった)、ゆっくり時間をかけてふくらはぎのマッサージをしてくれた。ゴールにたどり着けたのはこの女性ボランティアのおかげだった。

 彼女に「救護車呼びますか?」と尋ねる地元スタッフの声を遮り「走ったらまた攣りますかね?」と聞いたら「少し歩いてみてまた攣ったらあきらめた方がいいと思います。歩けるようなら、これから下りが続くから歩幅を狭くしてゆっくりいけばんなんとかなるかもしれない。でも、半分歩くつもりのほうがいいですよ」とアドバイスしてくれた。

 せっかくだからいろいろ尋ねてみたのだが、雨のせいであまり汗をかいていない気になり給水や塩分摂取が不足している人が多く足を攣るランナーが多いそうだ。折り返しで塩タブレットを1つ取ったが足りなかったのかもしれない。
 給水も取ってはいたのだが、たしかにこの2つの坂を挟む区間で吐き気と同時に喉の渇きを感じていた。水が飲みたくて給水所が早く来ないかと思っていた。

リスタート

 礼を言って「とにかく行ってみます」と椅子から立ち上がった。おそるおそる歩き始めたが半分攣ってるような感覚。もう一回同じような攣り方をしたらもう走れないなと思った。
 33~34㎞の1㎞は23分以上かかっていた。といってもこの時は時間など全く気にしてなかったけれど。
 このあとはとにかく攣らないように痛みが強くなってきたら早めに立ち止まり短めにマッサージをし(長く立ち止まってるとまた攣ってしまうリスクが高い)、またゆっくりと走った。

いろはす

 38kmすぎでコース脇でマッサージしていたら、女性二人が近づいてきて水(いろはす)のボトルを差し出してくれた。
 この水はうまかった。ひょっとしてお友達か誰かを応援するために準備していたのかな?と思ったけど厚意に甘えて、厚かましくも半分残ったボトルを指して「これいただいて行っていいですか?」と聞くと笑顔で「どうぞ」と応えてくれた。さっきの喉の渇きが頭をかすめたのだ。
 礼を言って再び走り始める。少しずつ飲みながら結局ゴールまでペットボトルを持って走った。この水がなかったらやっぱり最後まで走り切れなかったかもしれない。ありがとうございました。


※ゴールまでペットボトルを持って走った。

激しく落ち込む

 山を抜けて完全に眺望が開けた井の口橋辺りからは残り3㎞。堤防の上を走り続ける単調なコース。距離の割になかなかゴールが見えてこない。途中40㎞でカウントダウンが聴こえ、通過寸前4時間がコールされた。それまでタイムのことは忘れていたが「あー、サブ4もできなかったんだ」と少し落胆する。

 いつもなら残り4㎞を目安にラストスパートをかけるのだが、さすがにそれは難しかった。
 それでも最後の1~2㎞はもう足も攣っても構わないやという気持ちで走った。気がついたら吐き気も不思議とおさまっていた。
 ゴールまでの間にざっと100人以上はぬいたと思う。数えたわけじゃないけれど。


 最後は大観衆の中を走りぬけてゴールした。悔しさの方が圧倒的に大きかったけれど(ゴールの顔が笑ってなかった)、エントリー15回連続フルマラソン完走だけは成し遂げた。
 先日女性ランナーがフルマラソン1200回完走したというニュースを目にした。
 1200回から見たら15回は0に限りなく近いが、フルマラソンを走り始めて丸6年間計15回、DNFもDNSも1度もないというところが少しばかり誇らしくもある。特に意識してたわけじゃないけど長く続けてるとそんなこともひそかにとぎらせたくない目標になってたりする。丸6年無遅刻無欠勤に似てるけど、完全な自由の中でやってるところが少し違う。
 次も頑張ろう。 



 過去三回とのラップ比較。
 25㎞までは前回のラップをほぼきれいにトレースしているが、そこから少しずつかい離し始めとんでもないグラフになってしまった。

ゴール後のあれこれ。大会の感想。そして感謝。

 ゴールから荷物受取までがいささか遠くてこの間に何度か足を攣った。ゴールしてホッとしたからなのかまた気分が悪くなってきた。ちょっと血の気が引く感じ。
 自前のテントにたどり着き、とにかくずぶ濡れのウエアを着替えてしばらく横になっていた。

 北海道に続いて4時間前後。今回も歩いたり止まったりしている。いろいろ含めて今の実力はこんなもんなのだなというのが正直なところだ
 今回は今までになくいろんな方のお世話になった大会だった。1人だったら走り切れていない。
 
 一時は感想もおぼつかなかった苦しい大会だったけど、時間をおいて振り返れば今振り返ればやはり楽しい、素晴らしい大会だった。だいたいあんなに長いハイタッチの列は初めてだ。以前は整然とした子どもたちの応援に多少「やらされてるのかな」という思いがあったけど、今年はみんな楽しんでるのが伝わってきてうれしくなった。
 いびがわマラソンはわたしの走らなかった3年の間も進化しつづけ、さらにいっそうランナーにやさしい大会になっていた。救護体制の充実ぶりはおそらく日本一だと思うし、どういうからくりかよくわからないがあんなにスムーズな給水も記憶にない。
 この大会を支える皆さんの熱意と努力には本当に頭が下がる。

 雨の中応援してくれた皆さん、応援していただいた皆さんにお礼申し上げます。ありがとうございました。
 

《おしまい》


※おまけ。公式HPにアップされていたゴールシーンの動画。4:03~4:12。

いびがわマラソン2014ゴールシーン フル⑩ 
コメント
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