人生いろいろ

何事も『楽しむこと』をモットーに生活しちょります。
ところで、モットーって何語かね。

胃ろう入院7 日目

2010年04月26日 20時46分33秒 | 入院生活
胃ろうの傷も大分よくなり、土曜のお昼から重湯からの食事がスタートして、昨日は三分粥、今日は五分粥。
昨日には点滴が終わり、今朝にオシッコの管が取れ、やっとこさ自由の身になることができた♪
なので今日はちょっと早い快気祝いU^ェ^U
入院前に注文した石屋製菓の白いバウム(写真左)と大地のバウム(写真右)が病み上がり初スイーツ!

食事が五分粥だろうが関係ありませ~ん。
前居た病院では患者さん、胃ろう造った後の最初の食事からがっつり普通の食事食べてたから、大丈夫なんだよ。たぶん(^m^*)

で、で、
待望のバウムクーヘン。
やはり美味かった(T-T)
スーパーで売ってるのと全然ちがーう!
とにかくふわっとして、しっとり~。
特に、ホワイトチョコを練り込んでいる白いバウムはまた買って食べたいな♪

胃ろうの入院6 日目

2010年04月25日 09時15分23秒 | 入院生活
入院したら、携帯でピコピコブログの更新でもして暇つぶそ~♪
と思っていたけれど、胃ろうの手術、侮るなかれです。。
後日詳しく書きますが、水曜に手術をして、予定では翌日の木曜に車いすに座れるはずが、ようやく昨日車いすに座ることができました。
写真は訪看さんから頂いたお花♪

庭に咲いてた花をちょんちょんと切ってきたものだから、見栄え悪いけど

ってとんでもない!
こんな素敵なお花が咲いている庭っていったい・・・
とってもゴージャスな庭を想像しちゃいます。

と、まずは無事?胃ろうが付いたことのご報告まで。

胃ろう入院4日目 vol.2

2010年04月23日 22時56分23秒 | 入院生活
※入院中の出来事を日にちを遡って書いています。
ーーー
4月23日(金)

食事が再開を目前にして、出血によりまさかのお預けとなってしまった・・・。
先生に胃ろうの様子を見ていただいただき、じわじわ出血しているので患部を少しきつく押さえ、お昼過ぎまで様子をみてみたのだけれど残念ながら出血が止まらず、追加で縫合することに

手術の時麻酔の効きが弱かったから、非常に嫌な予感したんだけど、やっぱり予感的中。
またまた拷問のような痛い思いをしました。

なんでこんなに痛いのぉ??
ちゃんと麻酔打つところ合ってたのかしら。。
すこーし・・・というか、かな~りそんな疑問を抱きつつも、拷問のような縫合が終わったのですが、するとどうでしょう。これまで服がちょっと擦れただけで飛び上るほど痛かった胃ろうが、縫合から間もなく驚くほど痛みが弱くなってくれた。
看護師さん曰く、もともと手術した時から縫合が甘く、ろう孔とシャフトに遊びがありすぎて痛かったんぢゃないのかな・・・だそうだ。

頼んますよ、せんせー。

胃ろう入院4日目 vol.1

2010年04月23日 19時47分41秒 | 入院生活
※入院中の出来事を日にちを遡って書いています。
ーーー
4月23日(金)

昨日のレントゲンで問題がないとのことで、今日から重湯からの食事がスタートするはずでした。
が、問題発生・・・。

朝食前に、看護師さんが「今日から食事再開だね~♪」と言いながら、胃ろうの状態を確かめたところ、何やら様子が変。
病衣を直してそそくさと部屋から居なくなり、今度は他の看護師さんと共にやってきて、胃ろうを見ながらあーでもない、こーでもない、先生に連絡しようかと話している。。
私は横になった状態なので胃ろうの状態は見ることはできなかったけれど、胃ろうの傷口から出血しているのだと言う・・・

動いていないのに何で??
と言われ、確かに動いていないのだけれど、思い当たる節がないわけでもなかったりする

遡ること数時間前の明け方、眠っていたら不意に腹が攣ったんだよね。
しかも胃ろう付近が
痛くて痛くて悶絶!
おまけに体に力が入ってしまった瞬間に足まで攣ってしまって、、
ちょっとモゾモゾというか、結構ジタバタしましたです。
これが原因?

ガラガラと音を立てて、私の食事が近づいてきていたのに、、直前でまさかのお預けとなってしまいました

胃ろう入院3日目

2010年04月22日 21時10分47秒 | 入院生活
※入院中の出来事を日にちを遡って書いています。
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4月22日(木)

昨日の術後の痛みで眠れない夜を過ごしましたが、朝には胃ろうの痛みは慣れてきたのか薄れてきたのか幾分和らいでくれていました。
それよりも、マットレスが合わないための腰痛のほうが酷い!
ということで、日勤の看護師さん6名ほどに集結してもらい、エアーマットレスに替えてもらいました。
実は入院初日の夜、寝ていてお尻が痛くて手術日当日に厚みのあるマットレスに替えていたのでだけれど、結局もっと合わずに酷い腰痛に・・・。
マットレスとの相性を確かめたうえで手術に臨めたら、こんなにも痛い思いをしなかったのだけれど。。
っつうか、病院では最初からエアーマットレスにすべし!
一つ勉強になりました。

午前中に腹部のレントゲンを撮り異常がないとのことで、車いすへの移乗許可&明日から重湯からの食事の許可がでました。
が、胃ろうが少しでも服と擦れただけで痛むので車いすへ座る勇気がでず、結局ギャッチアップ止まり。明日は食事がスタートするから、その時までのお預けとなりました。

それと、お腹の胃ろうはまだ自分の目で見ることができないでいましたが、清拭の際に看護師さんが、「最初からボタン付けたんだ」とつぶやいて行ったので、事前に訪看さんから仕入れた情報や、前いた病院で見てきた情報から、てっきり最初はチューブタイプが付くのだと思っていたら、私のお腹には最初からボタンタイプが付いているのだということが分かりました。
他のみなさん、チューブがプラプラしていて邪魔くさそうにしていたので、これは良かったとニンマリです。

参考までにチューブタイプとボタンタイプの形は以下のとおり。

(PEGドクターズネットワークさんより)

胃ろう造設手術 vol.4

2010年04月22日 20時54分19秒 | 入院生活
※入院中の出来事を日にちを遡って書いています。
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4月21日(水)

座薬が使えるように、点滴を速めて血圧が上がるのを待つ間、ちょっとした事件がおこりました。

だんだんと筋肉注射の効き目が薄れ痛みが強くなっていくので、もっと痛くなる前にとお小水をお願いしました。痛みのせいか尿意は全く感じられないけど、点滴もしてるし時間も数時間経っているので、多分たまっていると思ったのです。
看護師さんが差し込み便器を持って現れ、布団をはがしたところ、下半身が冷やっとするのでおや?っと思いました。
看護師さんも、
わっ!何これっ・・・、一体どうしたの?!
と、びっくりしています。。

私の腰から膝近くにかけて、シーツやら布団がびっちゃびちゃ

何だか、この感覚・・・
遠い昔に経験したような・・・
もしかして気付かないうちに私、32才にしてやらかしちゃった?
大きな地図書いちゃいましたか?
一気に痛みも忘れ、心臓バクバクで懺悔の時を待ちます。。

すると看護師さん、私が一人できょどってるのをよそに、おもむろに私の腕をつかみ調べ始め、
あっ!こっから漏れてるぅ
と叫んだのです。
そう、びちゃびちゃに濡れていたのは私がやらかしたのではなく、点滴の接続部から点滴が大量に漏れていたのです。

さぁどうしよう。。

まずはお小水から片を付けることに。
当初は差し込みで処理する予定でしたが、痛みが強く大変だろうと急きょ予定を変更して尿道カテーテルを入れました。

ここからが大変。
濡れたシーツやら病衣を替えなくてはいけません。
応援を一人呼び、シーツを替えるため、右へゴロゴロ左へゴロゴロ。
下着や病衣を着替えるためまたまた右へ左へゴロゴロゴロゴロ。
いやはやとんだ目にあいました。。

でもまぁ、この出来事で体がびっくりして血圧が上がってくれたのでしょうか。
ようやく座薬にありつくことができました。

とはいえ、期待した座薬もあまり効かず、この後夜中いっぱい傷口の痛みと、マットレスが柔らかすぎて合わないため腰の痛み(密かに腰の方が痛かったかも)が酷く、全く眠ることができなかったのですけどね。。

胃ろう造設手術 vol.3

2010年04月22日 20時00分32秒 | 入院生活
※入院中の出来事を日にちを遡って書いています。
ーーー
4月21日(水)

手術を終え、病室に戻りましたが、痛みが酷くひたすらうなり続けました。

少し話は逸れますが、この病院、完全看護で通常は付き添いは遠慮願うと入院のしおりに書いておきながら、看護師さんから開口一番、付き添いはどなたが・・・なんて言われて、ちょっとびっくり。
私はそれほど手も掛からないから、あまり呼ぶことないと思うので誰も付き添いませんけど。それに親にはこの機会に休養してもらいたいし。
といったところ、何だか看護師さんは非常にお困りの様子。
急患が入ると呼ばれても来るの遅くなったりすることがあるからと、入院中毎晩の付き添いを求められ、母をつぶす気かと、ぶっちゃけかなりイラっとしてしまいました。
おまけに母も付き添うモードに入ってしまうし・・・。
入院初日は説き伏せて家に帰ってもらいましたが、結局手術当日は手術が終わりうんうん唸ってる私の知らない間に、母が付き添うことに・・・。

話戻って、
手術中から痛かったけど、中途半端に効いていた麻酔が切れてきて、痛みは酷くなるばかり。
病室に向かう途中から痛み止めをお願いしました。
が、血圧が低く効き目の強い座薬が使えないとのことで、筋肉注射を使いました。
徐々に痛みがとれ、これで一安心♪
と思ったのですが、時間的にどれくらい効いたのかは全くわからないけれど、また直ぐに痛みだします。。
何故こんなにも効かないのだ・・・。

けれどもまだ血圧が低いからと、座薬はお預けです。
点滴を速めて血圧が上がるのを待つことになりました。
この時間のなんと長いこと。

つづく

胃ろう造設手術 vol.2

2010年04月22日 18時30分35秒 | 入院生活
※入院中の出来事を日にちを遡って書いています。
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4月21日(水)

お腹に局部麻酔がかけられ、いよいよ手術開始です。
眠くなる薬をすっかり忘れられたまま…。
手術は針?を刺し穴をあけ、その穴をを少し切開もして少しずつ広げていくのですが、麻酔を打っているのに何だか痛い…。
というか、痛い!
間違いなく痛い!
ものすごーく痛い!
痛いと訴えようにもタンが絡んで上手く話せないし、看護師さんが気付いてくれたと思ったら、吸引を訴えていると勘違いして(確かに吸引もだけど)気付いてもらえないし(泣)
一気に脂汗タラタラに(爆)
この汗で痛がっていると気づいたらしく、ようやく麻酔を追加してもらいましたがまだ痛い…。
その後何度も訴えたけど、
もう少しだから、頑張ってね
と鬼のようなエールを頂くだけでした
それと胃が空気でパンパンで、それだけでも苦しいのに、外からは穴を広げるためとにかくぐりぐり押し込んでくるし、胃カメラもちょこちょこ存在感を主張してくるから、次第に気持ち悪くなってきて、そこに止めの一発。
吸引で管が口の中に入ってきた瞬間、思い切りリバース
痛いは胃もリバースで濡れ髪や首筋が気持ち悪いはで、半泣き状態で(私の中では)長い長い手術が終わりました。

手術を担当した先生、(多分私より)若くてナイスキャラな先生なんだけどな~。
とにかく痛かったのですよ、先生。。。

つづく

胃ろう造設手術 vol.1

2010年04月22日 18時00分36秒 | 入院生活
※入院中の出来事を日にちを遡って書いています。
ーーー
4月21日(水)

入院2日目。
胃ろう造設手術当日です。
朝から絶食となり、抗生物質やらの点滴を付けてその時を待つ。

胃ろうの手術方法には何種類か方法がある様ですが、説明を受けた内容からダイレクト法で行ったようです。
胃カメラは生まれて初めてで不安だったけれど、事前の説明で「苦しくないように、眠くなる薬を使いますから」の説明と、前いた病院では造設した2日目にはリハビリだと言って、階段を1階から3階まで10往復していたり、食事再開の最初から常食が出てたりするし、訪看さんは手術と呼べない内容だと言うので、たいしたことないっしょ!とちょっと強気な私。
それがまさか、あんなに大変だとは・・・。

手術は検査が立て込んだらしく、遅れに遅れ夕方に始まりました。

あれよあれよと言う間に喉と鼻に麻酔を吹きかけられ、ムセにムセ涙がボロボロ喉はタンでゴロゴロ。
ようやくムセが治まったと思ったら、心の準備のできないうちに鼻からカメラが入ってきて、ぴったり閉じたままの私の喉を何度もツンツンツンツン突っつかれ、非常に苦しい。
力を抜けと言われたって無理。
なかなか入っていきません。

とここで私は気付いたの。

眠くなる薬は??

訴えようと思った瞬間、

ア゛ーーーーーーーーーーーーーー!!!!

カメラが一気に喉を通過し、自分でもびっくりするくらいの声が勝手に出て、胃に到着してもなかなか声と涙が止まらない。
この時点で既にぐったりの私。。

(胃の中が)きれいと言われてもちっとも嬉しくないし。

そしてお腹に空気を送り込み、場所を決め局部麻酔がかけられた。

つづく

胃ろう入院初日

2010年04月20日 20時00分00秒 | 入院生活
※入院中の出来事を日にちを遡って書いています。
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外来にて診察を受けた後、病棟へ移動。
訪看さん経由で、病室はトイレに歩いて行けるようトイレに近いところで大室でも構わないと伝えていましたが、病棟が脳神経外科ということで、声をあげる患者さんがいて眠れないと困るだろうからと、トイレから遠い個室に入ることになりました。
お陰でトイレには車いすで行く羽目にはなりましたが、今にして思えば個室だったお陰で夜遅くまで起きられたし、TVや音楽もイヤホンなしで聞くことができたからよかったかも。

明日は手術当日。
昼食後、1週間はお風呂に入れないからとお風呂に入れてもらい、晩ご飯を食べた後は数日絶食となるので、最後の晩餐とばかりに院内のコンビニからUchi Cafeのプレミアムロールケーキの新作、キリのクリームチーズを使ったチーズロールケーキを食べて明日の手術に臨む。
2作目のチョコはちょっと甘めで、私的にはいまいちだったけれど、今回のチーズはさっぱりしていておいしゅうございました


胃ろう入院初日(外来受診)

2010年04月20日 19時37分09秒 | 入院生活
※入院中の出来事を日にちを遡って書いています。
ーーー
入院初日。
朝9時半までに来てくださいとのことで、朝からばたばた。
たった1週間の入院とはいえ、BiPAPも持ち込むので結構な荷物だなぁと思っていたら、BiPAPはメーカーさんが同伴して持って行ってくれるとのことで大変助かりました。

病院へ着き、まずは病棟へ行く前に主治医の診察。
最近BiPAPを着けても、息を吐こうにも、押されるというか、塞がっているというか、抵抗がある感じがして息が吐けず苦しくて、着けて眠れない日が続いていたので、困っていました。

結果、呼気圧を下げてみることに。
私、BiPAPの仕組みをまったく理解していなかった(今更だけど…)のですが、息を吐くとき機械が吸い上げているんだと思っていたら、その逆で圧をかけているのだと。
その圧を下げると吐きやすくなるとのことだけど、メーカーさん曰く、

今の呼気圧の設定値は5hPa、機械で設定できる最小値は4hPaで1hPaしか下げられない。
1hPaじゃ変わったかどうかなんて分からないと思いますよー。

4hPaでも苦しければ、BiPAPはもう着けられません。
何だかプレッシャー。。

診察が終わった後は、お世話になる病棟が脳神経外科なので、脳外の先生に挨拶をしていざ病棟へ…。

今病院にいます

2009年08月19日 19時08分16秒 | 入院生活
といっても具合が悪くなったわけでもなく予定どおりの入院。(前にも書いたけど)
一ヶ月前の退院は、今年の3月に家庭の事情やら何やらで、病院を拠点にした生活を送ると一大決心したものの、7月までの入院生活でその気持ちが揺れに揺れ、実家での生活へと心変わりをし、かかりつけとかヘルパーとかの体勢を整える間もなくドタバタと退院したものだから一ヶ月が条件。
で今日入院しました。
本当は体勢を整えてから退院していたら今回入院しなくても良かったのだけれど、実家に帰るんだと思ったら兎にも角にも早く帰りたくてドタバタと一度退院しちゃったの。
でも一度帰ったお陰で、退院中は自立支援の障害程度区分の審査やら、補助具の購入の段取りやら、かかりつけ病院を探したりすることができました。
入院して早速先生との面談の場を設けてもらい、紹介状を書いていただいたら直ぐにでも帰りたいことを報告。
8/30(日)退院の方向で話しがまとまりました。
10日程の入院だけど、長く感じるだろうな~

帰ります!

2009年07月23日 17時30分19秒 | 入院生活
今日は梅雨の晴れ間。
家に帰ってきてようやく太陽を拝むことができた。
昨日晴れてくれたら部分日食が見れたのに、残念。

さて突然ですが、ご報告てす。
3月に家族と相談をして、長期入院をしてたまに実家に短期で帰るという生活にしようということに決めてこれまでずっと病院で過ごしてきたわけですが、もう入院はたくさん。
入院生活に終止符を打とうと思います。
ほんとはね、実家に帰っても私の入る部屋がなくて、1階にある92歳になる祖母の部屋が空いたら帰ることに決めていたのですが、その祖母がこれまた元気でねー(苦笑)
当分空きそうにないので、同じく1階にある両親の部屋をあ明け渡してもらうことにしました。
両親には迷惑をかけることになるけれど、私も少し我がままになってもいいよね。

さしあたって必要な手続きとして、自立支援の障害程度区分を決める手続きをしたいと思います。

帰りたくなった

2009年07月08日 15時08分07秒 | 入院生活
最近柄にもなく沈んでいました。
何かあったのかと言われれば何もなかったはずなのに、
何もかもどーでもよくなってしまっていた。
たまーにそう思うことがあるのよね。

いかんいかん、病院の空気に呑まれてしまっている!

と思い、急きょ一ヶ月ほどの退院を計画中です。
時期は7月の連休ぐらいから一ヶ月。
よい気分転換になるといいな