瑠美から葵に電話があった日から、あかりは泣いてばかりた。泣くというより涙が制御できなくなってしまったのだ。
考えるのは悪いことばかり。家政婦の姿をして家事をしていても寝室の天井の写真があるうちは大丈夫と自分を鼓舞しても涙が止まらない。
考えるのは傍観することしかできない自分を責めることばかり。
あかりの「気の病」は治っていない。
いつから、この病気に罹ったのか自分でもわからない。物心ついた時から、自分は「女王様」だと周りの者から言われ、厳しく教育され、親も友達もいなかった。居たのは乳母であり女官長の穂月だけ。
文字を読むことも書くこともできず、教育は全て口頭で行われた。
「女王」らしい物言いをするように強要され、可愛らしい色の好きな衣を着ることさえ禁止されていた。
おまけに仕事はたくさんあって「女王様」には休日もない。自由になるのは陽が落ちて寝るまでの時間だけ。忙しくてたまらないのに弟達と協力することもできなかった。
月詠は、交代勤務の相手。スサノオは、乱暴狼藉を働いて仕事を増やしてくれた。
何もかもが嫌になって、プチ家出して岩戸に引きこもったりもしたが、引き摺り出され周りの者達から非難された。
逃げることができない「女王様」という奴隷をずっと演じているうちに、少しずつ「気の病」に冒された。
病気になっても自分の役割から降りる自由さえなかった。
自分が悪い。。。病状が悪くなってくると、病になったのは自分が弱いからと刃は自分に向く。
死にたい、消えてしまいたいと思っても、それも叶わない。
心が健康だったら、自分の夫の昔の恋人が現れたくらいで自我が崩壊するようなことはなかったのに。今だって、こんな想いにはならないのに。夫が消えてしまうことも、こんな過去の時間に来てしまうこともなかった。
葵が瑠美と約束している日まで、後数日。その日が来たら自分がすることは決めた。
それしかできないことも分かっていた。
いっそのこと自我が崩壊した方がいいのだとも思ったりもする。「自我の崩壊」は私という個性がなくなることだ。
キキの策にはまって、私の気はバラバラになった。そして、キキはリンを作り出した。
ああなれば、涙も出なくなるだろう。
瑠美から電話があった日の夜から、葵は同じ夢を見るようになっていた。
赤い背中までのうねった髪の自分と同じくらいの男が葵を見つめている。表情はすごく怒っている。やや上から目線で葵を非難しているようにも見える。
見た覚えがない男。紅い髪。目も紅い。彼は何も言わない。
すごく鮮明な夢で毎日同じ。気味が悪い。
これって「悪夢」なのかなぁと葵は思う。睡眠障害の一つかも知れない。お父さんが死んじゃってショックだからかもなと精神科医として分析してみたりする。
明日は瑠美と会う日。気晴らしになるだろうから、こんな変な夢はみなくなるかもな。明日を考えると少しは明るい気持ちになる。葵は明日の用意をしていた。
隣で姿を消したあかりが見つめていることも気がつかずに。
あかりは涙が止まらない。この状態を「感情発露」というのを葵は知っている。けれど人間の彼には、あかりの姿は見えない。
9に続く。。。