ホテル屋日記

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黙祷 ホテル屋が見た阪神大震災。

2007-01-17 09:19:38 | ニュース

黙祷。6434柱の御霊の安からんことを。

あの震災から早や12年である。当時私が住んでいた豊中市も激震に見舞われた。まるでマンションをゴジラが揺さぶっているのではないかと本気で思ったものだ。

当時私はホテルの宿泊部門に勤務しており数日後に予約が入っている団体の手配業務を担当していた。この団体は非常に複雑な手配を要するもので何日も前から準備を整え、この日手配内容の最終チェックとデモを行うはずだった。駅に向かうも大阪市内に入るための淀川に架かる橋という橋が通行止めで市内に入れない。とりあえず勤務先に電話をしようとしたが加入電話も公衆電話も通じない。そのうち住んでいたマンション1階のコンビニの公衆電話が通じることがわかった。電話を入れると大阪市内在住のスタッフが出勤しており用件を切り出すまでもなく「あの団体キャンセルになりましたよ」とのこと。ほっと一息。ただ、ホテルもかなりの打撃を受けているらしい。
電車が開通し出勤してみると予約部門は電話が鳴り止まずパニック状態。フロントは地震当日のナイトシフトのメンバーが交代要員が出勤できないため3日3晩ほとんど不眠で勤務を続けており皆目が血走っている。
私も席に着きとにかく狂ったように鳴り続ける電話を取った。「家が全壊して寝る所がないんです。どんな部屋でも結構ですから一部屋使わせて下さい」、「寝る所は階段でもどこでも良いからせめてシャワーだけでも・・・」といった悲痛な内容がほとんどだ。われわれも被害状況が把握できておらず何室が販売可能か分からない最悪の状態だった。その混乱に拍車をかけたのがいわゆる上顧客と呼ばれる連中からのわがままな電話である。「これから家族を連れて行くから部屋用意しとけ!俺が誰か分かってるやろ、こんな時に言うこと聞かんかったら二度と使わんぞ」と一方的に電話を切る。なにが社長だ!なにがLIONSのメンバーだ!次第に予約スタッフも殺気立ってくる。
そのうちフロントから徐々に被災状況が伝えられ部屋タイプごとに正の字で予約状況を管理するという原始的なやり方で対応していった。
この電話の嵐が収まると今度は全国から復旧作業の応援に来阪する電力会社やガス会社のスタッフの宿泊手配である。氏名はともかく人数も到着するまで詳細は掴めない。胃の痛くなるような毎日だった。
そんな中私が一番印象に残った業務は大阪市内に本社を置く某金物専門商社の団体手配だった。直接の担当者は震災で姉上を亡くされ本来彼がまとめるべき宿泊者の部屋割りなどの作業が全くできていないと言う。彼は担当役員と共に来館し部屋割りはホテルに任せるのでこの参加者リストから適当に部屋割りを組んでほしいと言い役員と深深と頭を下げる。「お任せいただけるのなら当方で引き受けますが、そりの合わない人と同室になったりすると部屋割の変更を求められることもありますよね。当日は全館満室ですからご要望に沿えないことが多々発生すると思いますが」、「結構です。宿泊者には勝手な要望をしないよう釘を刺しておきます。ホテルには迷惑をかけないよう重々注意しておきます」ということで私は2冊の部厚い バインダーを受け取った。デスクに戻りリストを見て私は頭の中が真っ白になった。宿泊しない人もリストに含まれている。まずは宿泊者のピックアップ。さらに到着日、宿泊日数等の条件別に分類し部屋をアサインしていく。この膨大な作業は徹夜で2日間を要した。当日を迎えさてチェックイン。結果は惨憺たるものだった。「俺に商売敵と同じ部屋で寝ろと言うのか!別の部屋を用意しろ!」という要求が次々に発生。フロントクラーク、客室スタッフの協力で何とか乗り切ったが、1週間ほどは胃を掴み出されるような毎日だった。

あれだけの激震の中身内に犠牲者が無かったことを幸いとしなければなるまい。

 



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