1961年
ゲームの前に堀本のところへ差し入れがあった。大阪にいる上の姉の山本誠子さん(38)からだ。いま流行のアンブル入り栄養剤。堀本はストローでそれをのむと足でダッグアウトの床をたたいた。「ああ、きいてきた」テレビのコマーシャルでよくきくせりふだ。ふつう先発前の投手はソワソワしているものだが、堀本はまるで違う。伊藤が報道陣の望遠鏡で熱心にスタンドをながめているとすかさずひやかした。「オッチャン(伊藤のニックネーム)いやに落ちつかないな。彼女がきてるんと違うか。それともオッチャンの彼女がアベックできてるんかいな。それやったらまずいな」マウンド上の堀本もずうずうしかった。むずかしいコースがボール判定されるとチラッと歯をみせる。球の切れもマウンドの態度も去年の堀本とまったくかわりがなかった。「マウンドで笑っていたかいな。そら気がつかなんだ。しかしきょうは気分がよかったな。球も思うところにいってくれはったし、カーブがよく切れた。この間の広島戦ではじめてシャットアウトしたけど、あのときよりカーブがよかった。カーブがようなればまあまあ安心やね。完投もしたかったけど、そら仕方ない。まだ余力は残ってたけどね」いままでの堀本はいつでも「まだあかん、これからや」といっていたが、ことしはじめてまあまあという言葉を使った。しかしそれ以上に力強いことはいわない。それでも「まだわからない」とか「こんどはKOされるかもしれん」といったあと「リバイバル・ブームに片足のりかけたといったところやな」とちょっぴりカムバックをほのめかした。評論家の天知俊一氏は「シュートがよくなってきたし、カーブも悪くない。あとはカーブのコントロールにもう一つの確実味をつけることだ」といっている。球場を出た堀本がバスへのりかけた。この夜は警戒厳重でファンは遠くから人がきをつくっていたが、堀本の顔をみるとたいへんなヤジがとんだ「堀本や。にくたらしいやっちゃ。アホゥ、こんどはおぼえとれよ」という男の声。最前列にいた女性ファンのはもっとすごかった。「なんや、けったいな顔して。好かんわ」阪神をがっちり1安打におさえ込んだからいいヤジがとぶわけがない。打線の爆発と堀本の復調。阪神には3タテといいことずくめ。巨人ナインのバスはそんなファンをしりめに威勢よくスタートした。
ゲームの前に堀本のところへ差し入れがあった。大阪にいる上の姉の山本誠子さん(38)からだ。いま流行のアンブル入り栄養剤。堀本はストローでそれをのむと足でダッグアウトの床をたたいた。「ああ、きいてきた」テレビのコマーシャルでよくきくせりふだ。ふつう先発前の投手はソワソワしているものだが、堀本はまるで違う。伊藤が報道陣の望遠鏡で熱心にスタンドをながめているとすかさずひやかした。「オッチャン(伊藤のニックネーム)いやに落ちつかないな。彼女がきてるんと違うか。それともオッチャンの彼女がアベックできてるんかいな。それやったらまずいな」マウンド上の堀本もずうずうしかった。むずかしいコースがボール判定されるとチラッと歯をみせる。球の切れもマウンドの態度も去年の堀本とまったくかわりがなかった。「マウンドで笑っていたかいな。そら気がつかなんだ。しかしきょうは気分がよかったな。球も思うところにいってくれはったし、カーブがよく切れた。この間の広島戦ではじめてシャットアウトしたけど、あのときよりカーブがよかった。カーブがようなればまあまあ安心やね。完投もしたかったけど、そら仕方ない。まだ余力は残ってたけどね」いままでの堀本はいつでも「まだあかん、これからや」といっていたが、ことしはじめてまあまあという言葉を使った。しかしそれ以上に力強いことはいわない。それでも「まだわからない」とか「こんどはKOされるかもしれん」といったあと「リバイバル・ブームに片足のりかけたといったところやな」とちょっぴりカムバックをほのめかした。評論家の天知俊一氏は「シュートがよくなってきたし、カーブも悪くない。あとはカーブのコントロールにもう一つの確実味をつけることだ」といっている。球場を出た堀本がバスへのりかけた。この夜は警戒厳重でファンは遠くから人がきをつくっていたが、堀本の顔をみるとたいへんなヤジがとんだ「堀本や。にくたらしいやっちゃ。アホゥ、こんどはおぼえとれよ」という男の声。最前列にいた女性ファンのはもっとすごかった。「なんや、けったいな顔して。好かんわ」阪神をがっちり1安打におさえ込んだからいいヤジがとぶわけがない。打線の爆発と堀本の復調。阪神には3タテといいことずくめ。巨人ナインのバスはそんなファンをしりめに威勢よくスタートした。