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1962年 近鉄 入団選手

2019-10-12 13:19:16 | 日記
1962年

近鉄バファローズでは十五日午後三時大阪阿倍野の天王寺ステーションビル内都ホテルロビーで新入団選手十人(大沢、田辺は欠席)の正式契約を行なった。

【投手】
平原修一(18)常盤高、1.82㍍、75㌔、右投げ右打ち、背番号66
吉田勝彦(17)長崎東高、1.80㍍、72㌔、右投げ右打ち、背番号36
伊勢孝夫(18)兵庫県三田高、1・80㍍、73㌔、右投げ右打ち、背番号55
宮本勝寿(18)大阪商大付属高、1.74㍍、75㌔、左投げ左打ち、背番号63
大沢勇(21)山梨県日川高ー日鉱佐賀関、1.81㍍、75㌔、右投げ右打ち、背番号39
田辺修(18)徳島県美馬商工、1.76㍍、㌔、右投げ右打ち、背番号64

【内野手】
大丸忠之(18)豊津高、1.75㍍、72㌔、右投げ右打ち、背番号67
菊川昭二郎(17)鎮西学園高、1.74㍍、69㌔、右投げ右打ち、背番号43

【外野手】
須崎正明(22)多摩高ー信越電電、1.76㍍、67㌔、左投げ左打ち、背番号56
山田勝国(18)博多工ー東圧大牟田、1.79㍍、75㌔、右投げ右打ち、背番号38

このうち非研修生は平原投手だけで、あとの九人は研修制度のため五十ー百試合は出場できない。

別当監督の話 若い優秀な素質のひとたちをどっさりと入団させたのは、近鉄を強くするためのひとつの手段だ。アメリカでも選手たちをどしどし入れ替え、ルーキーを補充していくことで成功している。わたしも年々若い人たちを入れ、みっちりと鍛えることで近鉄を強くしていくつもりだ。わたしが近鉄の監督になって第一段の補強が、これからの若手だ。このひとたちがどれだけのものになるか、わたしも楽しみだし、ファンの方たちにも楽しみにしてもらいたい。

菊川選手の話 からだが小さいから、ひとより倍の努力をしなければならないと覚悟している。一日も早く試合に出られるようがんばる。

平原投手の話 入団できることで胸がいっぱい。ただ、懸命にやるだけだ。

吉田投手の話 一生懸命がんばる。速いタマに自信があるし、将来は国鉄の金田さんのようになりたい。

大丸選手の話 一日も早くプロ野球人となって、みんなに信頼される選手になるよう努力する。二年まで三塁をやり、三年で一塁を守ったが、じぶんとしては三塁をやりたい。

山田選手の話 じっくりからだをつくり、速く第一線で活躍したい。目標はロングヒッターだ。
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