1966年
東京・永田会長が韓国からスカウト、呼び名問題などで話題をまいた李源国投手(18)=1㍍85、82㌔、右投右打、ソウル中央高出=が、一日のイースタン・リーグ対東映戦(東京)ではじめて投げ、初勝利をあげた。七回で被安打七、一ホーマーの2失点。李は「自信はあったが、やはり堅くなった。スピードもなかったし、フォームを完全にマスターしていないため、カーブも悪かった。船渡のホームランはスライダーがすっぽ抜け、内角高めにいってしまったもの。まだまだ不満足」といっていた。一週間前に純粋なオーバースローにかえたばかり。フォームもぎこちなく、東映・多田コーチは「スピードもカーブのきれも打者にこわさを感じさせない。まだ未完成」ときびしい見方。濃人二軍監督も「東映がボールに手を出さなければ、もっとゆさぶられたろう」といいながらも、どんどん使っていく方針だ。
東京・永田会長が韓国からスカウト、呼び名問題などで話題をまいた李源国投手(18)=1㍍85、82㌔、右投右打、ソウル中央高出=が、一日のイースタン・リーグ対東映戦(東京)ではじめて投げ、初勝利をあげた。七回で被安打七、一ホーマーの2失点。李は「自信はあったが、やはり堅くなった。スピードもなかったし、フォームを完全にマスターしていないため、カーブも悪かった。船渡のホームランはスライダーがすっぽ抜け、内角高めにいってしまったもの。まだまだ不満足」といっていた。一週間前に純粋なオーバースローにかえたばかり。フォームもぎこちなく、東映・多田コーチは「スピードもカーブのきれも打者にこわさを感じさせない。まだ未完成」ときびしい見方。濃人二軍監督も「東映がボールに手を出さなければ、もっとゆさぶられたろう」といいながらも、どんどん使っていく方針だ。
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