街の風景

散歩の時に出会った何気ない風景、手押しポンプ、使われなくなったコンクリート製のゴミ箱、懐かしい洋館付き住宅などなど。

江田島のマンホール…広島県江田島市

2009-10-30 21:53:35 | マンホール
9月23日に「ピースウォークひろしまツーデー」のせっかくウォークが呉・江田島で行なわれました。

江田島には呉中央港からフェリーで小用港に向かい、小用から歩いて海上自衛隊第一術科学校に見学に行きました。

術科学校内の見学の団体申し込みをしているので、名簿提出や時間の打ち合わせのため皆より先行して、

独りで歩いていく途中に第一マンホールを学校の近くで見つけました。

急いでいますが見逃すわけにはいけません。すぐ足を入れてパチリ。

「えたじま」「おすい」「さくら」の字入り。さくらの絵柄は旧江田島町の町の花と木がさくら。


すぐ近くで上のマンホールの小型版も見つけました。



海上自衛隊第1術科学校見学の手続きが終わり「せっかくウォーク」参加者の皆さんは、

旧日本海軍の幹部候補生を養成した海軍兵学校の旧跡や展示物などを1時間半にわたって、

案内の方の説明を受けて見学しました。



学校の校内にもマンホールがありました。

しかし、江田島町のとは違っていますが、中央にはさくらの花です。

海軍のシンボルはさくらだったかな?




見学した大講堂と術科学校の校内のマンホール。

大講堂
鉄骨煉瓦石造の大講堂は大正6年(1917年)に兵学校生徒の入校式、卒業式また精神教育の場として建築されました。
外壁には瀬戸内海産の花崗岩を使い、内部はほぼ吹抜けとなっており、約2000名の収容能力があります。
90年以上経った今日も、変わらぬ姿で、建っております。
現在は幹部候補生、自衛隊生徒等の入校式、卒業式等儀式に使用しております。
*第1術科学校のHPより





新装の小用港で参加者105名で記念写真を撮りました。


せっかくウォークに参加の皆さまはこの写真をコピーしてください。よろしくお願いします。


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ベンチ…広島市紙屋町旧広島市民球場

2009-10-27 21:48:29 | 建物
一ヶ月前の「ピースウオークひろしまツーデー」の2日目に、

旧広島市民球場で「リレー・フォー・ライフ・ジャパン2009 in 広島」が開催されました。2009年9月22・23日です。

これはがん啓発サポートキャンペーンで、がんと向き合う24時間チャリティイベントが有りました。、

旧広島市民球場を24時間歩き続ける中で、参加者とがん患者が一緒にがんと闘うための連帯感を育み、

がん患者の人たちに元気をつけようとするイベントです。

ウォーキングですから、我が広島ウオーキングクラブも縁がないことはありませんので、喜んで参加しました。

しかし、「ピースウオークひろしまツーデー」の大会が終了してからしか参加できません。

会場を片づけてから、大会の儘の恰好でクラブ員が10名参加しました。


ここでグランドを一周したチェックを貰います。

チームとしてリレーをしながら24時間歩く、個人で歩けるだけ歩くなどですが、

我々は次の日も呉で「せっかくウォーク」を開催しなければならないので2週半で終了しました。

1晩中歩けと言えば歩ける猛者達ですが、泣く泣く次の日の事を考えて2周半で止めました。




旧広島市民球場のスタンドはたびたび行っていたのですこしは知っているが、

グランドに降りるのは初めてでしたので見る物すべて興味が有りました。

その中で、一番気を引いたのがベンチです。

カープの選手はこんなベンチで試合をしていたのかと同情しました。

写真では綺麗に写っていますが、はっきり言って汚く、座るベンチも貧弱だし、これでは万年下位だったがしょうがないか…。

しかし、まあ、ベンチがいくら綺麗で豪華でも優勝するとは限らないが、新広島球場のベンチはどうなのかな?


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耐震工事…広島市東区役所

2009-10-25 23:58:45 | 建物
一昨日の10月23日に久しぶりに東区役所の前を通りました。

区役所の建物の仮設のシートが取り払われているし、役所の前の道も綺麗になっています。

仮設のシートが無くなっているので、耐震工事で新しく造られた窓の周りのブレース?が目を引きます。

中越地震が起きて5年が経ったと朝のニュースで報じていたので、耐震工事に目がいったのだと思います。

阪神大震災の時も、神戸市役所がぺしゃんこになり、公共の建物の耐震化が急務だったので、

広島の東区役所の耐震化が出来、いざと云う時に頼りにする事が出来る様になった。


窓の外に耐震器具が取り付けられているが、見栄えより建物を守る方が優先だ。
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お祭り…広島市東区牛田早稲田神社

2009-10-19 23:42:54 | 東区牛田

10月10・11日に牛田町内はお祭りでした。

9日に家の周りにしめ縄を張り、御幣を取り付けました。
                                   11日は御神輿を担いで、早稲田神社に奉納に行きます。


神輿は小さくても本神輿の造りです。
                                    屋根の上には金属製の鳳凰が羽ばたいています。


まずは町内を練り歩きます。
                                    狭い路地は車が来ないので子供神輿が勢いよく練ります。


町内を半分ぐらい回り、一休み。
大人にはお酒、子供にはジュースで一服。
                                    今度は神輿を早稲田神社に奉納で町内を練ります。


本神輿は、台車に載せて運びます。担ぎ手の中高生が出てこないので・・・。
俵神輿は、若いお父さん達が担いでいます。
                                    神社への坂道を一生懸命押します。


早稲田神社の境内は、各町内の神輿の奉納で混んでいます。
                              やっと順番が来て、町内会長の2拝2拍1拝に合わせて、参拝します。


早稲田神社の参拝の後は、又全員で昼食をしながらの懇親です。

特に男性陣は、日頃町内の人と話をする事も少ないし、誰が町内の人かわかりませんので、

隣の人とお酒を酌み交わしながら交友を深めました。

狭い町内ですが、子供たちやお母さんたち、若いお父さんと若い老人が140名も集まってお祭りを盛り上げました。

皆さんの所のお祭りはいかがでしたか?



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10月4日の広島空港大橋…広島県豊田郡本郷町

2009-10-17 00:02:23 | その他
半年前も書きましたが、この橋の下を通る時はいつも気に掛かります。

今回は10月3・4日にしまなみ海道を歩いた帰りの電車から写真を撮りました。

しまなみ海道は10の橋が有りますが、このような橋は有りません。

大三島大橋がアーチ橋ですが、道路部分の位置がアーチの上に乗っていません。


下の写真を良く見ると、道路部分が両端まで繋がっています。

3月の時は、まだ両端が2スパンづつ開いていましたが、道路が開通したように見えます。



近づいてみると、アーチ部分は巨大で力強いですね。しかし、道路部分は大丈夫かなと思うほど細く見えます。


もっと近づくと、道路部分の床盤を支える鉄骨の梁も大きくてピッチも狭いですね。

アーチがあまりにも大きいので梁も小さく見えるのかもしれませんね。

これだけ大きな鉄骨の梁なら大型車両が通っても大丈夫だろう。


この広島空港大橋は完成すると東洋一のアーチ橋で、

アーチスパンは380m、アーチ部の最高地上高は190mとの事。

この橋の完成は2010年度らしいが、政権が変わってもこの橋や道路工事の予算は附けて欲しい。


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続・100キロウォークに参加して来ました…福岡県行橋~大分県別府市

2009-10-16 00:39:39 | ウォーキング
中津駅から第2チェックポイントまでは、25km有るし、真夜中の時間で普段はぐっすり寝ている時間だし、

独りで歩くより誰かに付いて行くことにした。

この大会に5回以上の参加した人は指導員の腕章を付けておられるので、

同じようなペースで歩かれる人を探して歩くことにした。

中津を出てしばらくして、北九州の方で7回目の指導員の腕章を付けた人が、

1回目の方と歩かれている二人組の後ろにつかさせてもらいました。



宇佐まで12km。他のグループはどんどん追い抜いていきます。

しかし、ペースは変わりません。



気温も13℃になっているが寒さは感じない。



宇佐神宮参道入り口の交差点。56km地点。



国道10号線から国東半島に行く分岐点まで来た。

前を歩く人は、柵につかまってストレッチ。

第2チェックポイントまで、1.7km。あと20分ぐらいか。



第2チェックポイントでは、うどんが売っていたので食べる。

熱くて、うまかった。

ここでも、足を冷やし痛みを少しでも和らげ完歩できる様に時間を取る。

これから3つの峠を越えなければならないので靴下も取り換える。

こんな事をしていたら、ペースメーカーをして頂いた人達がわからなくなった。

第2チェックポイントでは、リタイアする人や仮眠?をしている人、うどんを食べる人でごったがえしていた。

私も、眠いし、足の手当、うどんで写真を撮るのを忘れた。

とにかく、あまり休んではいけないので30分ぐらいで出発。

風が冷たいので薄いジャンバーを着て歩きだしたが、立石峠に向かって緩やかな上りで汗をかく。

峠を下り、前後の人が少なくなり、一人で下を見ながら歩いていると絵柄のマンホール発見。

2kmぐらい歩くと又発見。

「やまが」は旧山香町のマンホールらしい。オランダの風車、
町の木のヤマモモ、町の花のサツキツツジが描かれている。
風車はどこかにあるのかな。
                                    こちらのマンホールは「山香牛」有名らしい。



山香町は丁度国東半島の付け根あたりの山の中なので、8℃だ。



夜が明けてきた。72kmぐらい。


2番目の峠は、七曲りの迂回道路。

杖を貸してくれるので、杖を精一杯使って登る。

少なくなっているエネルギーを使い果たしそうになりながら歩く。

このコースを考えた責任者出て来い!!!

などと喚きたくなる。


3番目の峠は赤松峠。

ここは国道10号線の側道。登坂車線をトラックが轟音を上げながら登って行く。

私も、これが最後の登りだと気力で上る。


赤松峠も超えて、別府湾が見えてきた。

どこがゴール地点か分からないが足が少し速くなる。

第3チェックポイントはもうすぐだ。

そこから、ゴールまでは14kmしかない。



第3チェックポイントからが大変だった。

あと、14kmが大変でした。

14kmがあんなに遠いとは思いませんでした。

あと6kmのところで、大音量のがんばれの応援を貰ったがそこからも遠かった。

ゴールまでの途中に、別府の色つきのマンホール発見。
ツツジ柄。
                                    ホテルの前に丸ポスト発見。

疲れていても見つけるのです。嬉しい。しかし、足取りはよたよたのまま。



足を前に出しているとゴールはできます。


ゴールして、温泉に入り、ちゃんぽんを食べ、「特急ソニックの指定席」に乗り、小倉で「のぞみの指定席」で広島に帰りました。

指定席にしたのは、良く頑張った自分にご褒美なのです。

100キロウォークを歩いたものにしか分からない嬉しさがこみあげてきます。

やったな自分と褒めたくなります。


完歩証。

下半分の小さな字の部分。

 2009年10月10日午後2時、行橋正八幡宮を出発したあなたは、両親に授かったそ
の体で、今川、長井浜、稲童漁港を抜け、国道10号線を築城から椎田、豊前、中津、宇
佐と進み、立石峠、七曲り、赤松峠野坂を越え、日出、亀川と別府湾岸道路を歩き続け、
ついにゴールである的ヶ浜公園に到着されました。

 100キロウォーク。決して楽ではなかったはずです。中津駅では「まだ3分の1なのに…」
宇佐では「歩きたくない、歩けない…」リタイアという言葉が頭をよぎったかもしれません。

 しかし、あなたは今、ここゴールに立ち、想像もできないことに果敢にチャレンジし、自分
で決めた目標をとうとうやり遂げたのです。挑戦をした人でないとわからない幾つもの極度の
苦しみ、それらを乗り越えた人だけが味わえる真の喜び。この勝利者体験はあなたの宝物
の一つになるでしょう。本当によくがんばりました。
 これから先、何度も何度もやって来るであろう雨の日、嵐の夜に、100kmもの距離を苦
しみながらも諦めずに最後まで歩き徹した、この「すばらしい体験」を思い出してください。
  またお会いしましょう。 “GooD luck"

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100キロウォークに参加して来ました…福岡県行橋~大分県別府市

2009-10-14 23:52:58 | ウォーキング
10月10・11日に、0泊2日で100キロウォークに行って来ました。

福岡県の行橋市から大分県の別府市まで歩く大会です。

広島を9時過ぎに出発して、翌日の夕方に帰って来ました。

0泊は、宿泊しないで夜中にも歩いていたので0泊なのです。


12時少し前に行橋駅に着きました。

小倉からの電車も歩く姿の人で満席でしたが、駅前もうろうろしています。


スタート地点の行橋正八幡宮は、受付を待つ人、ゼッケンをつけたり、テーピングする人、荷物を預ける人、

仲間を探す人・・・で大混雑です。

なんせ、参加者が3,400人もいるらしいのですから。


ウェーブスタートと云う事で、自分が100キロを何時間で歩けるかを申告して、最初に16時間以内、

次は18時間、20時間・・・とグループ分けをしてスタートする方式でした。

12時半ぐらいから八幡宮の境内に順番に並んで待ちました。

やっと開会式が始まりましたが立ったままなので、疲れてしまいこれから100キロ歩けるか心配になりました。

14時に第一陣の16時間組がスタートです。

私の組は22時間~24時間組なのでまだまだ待たされ14時24分でした。

開会式で覚えているのは、あのTVで有名な丸山弁護士が100キロウォークを一緒に歩くようです。


やっとスタートして、すぐに今川の河川敷を歩きます。

対岸に渡っていますが水の中を腰までつかって歩いているように見えます。


こんな風に、沈下橋を歩いていたのです。


海岸線に出て、周防灘の海岸の砂浜も歩きます。


15kmぐらいの、自衛隊築城基地横。もう太陽は低くなってきた。



お昼に食べようと思って広島の「むさし」のおむすびを買っていたが、スタート前に食べることができなかったので、

日が暮れる前にコンビニの前で食べる。18kmぐらい歩いたので腹ぺこだった。


ヘッドライトをつけて歩きだす。

国道10号線沿いに南下。26.2km地点の中津バイパス別れまで来た。

5時間ぐらい歩いてきたが、まだ前後に大勢の人がいるので寂しくない。

佐世保~島原の105の時は、参加者が900人ぐらいだったので、列も続いていなくて独りで歩くことが多かったが、

参加者が多いだけ安心して歩ける。

真っ暗な道を独りで歩くのは不安で寂しいですよ。


やっと、第1チェックポイントの中津駅に到着。

36.2km。

バナナ一切れと梅干し2ヶと水を補給、それとボランティアの人の励ましが嬉しい。

足が少し痛いがまだ歩ける。

テーピングを遣りかえ、足を冷やして元気になりスタート。

これからが大変だった・・・。           
                                                               続く
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続・しまなみ海道スリーデーマーチに参加…広島県尾道市~愛媛県今治市

2009-10-12 23:52:21 | ウォーキング
10月3・4日に瀬戸内しまなみ海道スリーデーマーチに参加して、40km・2日間縦断コースを歩いて来ました。

の続き。


ウォーキングの大会に参加する時の宿泊は、たいてい安いビジネスホテルをネットで探し、

一番安い所に泊まりますが、このしまなみ海道の大会の時は宿泊するとろが少なくて自分では探せないので、

大会がお世話してくれる食事つきの旅館に泊まります。

ですから、2日目の朝食も豪華です。

ですから、ご飯は山盛り3杯は食べます。

ご飯は、昼からのエネルギーとなって40kmを歩かせてくれるからです。

(科学的にはどうかわかりませんが、私の少ない経験からです。元を取ろうと思っている訳ではありませんので・・・

だから、家では夕食にご飯は1杯しか食べないのに、3杯も頑張るのです。

安いビジネスホテルに泊まった時は、何時もコンビニのおむすび3個とペットボトルのお茶です。

卵が生卵だったら、ご飯をもう1杯食べれたかも!!



旅館「さわき」でご飯を腹いっぱい食べて、ご機嫌で旅館を出ると、絵柄のマンホールを見つけました。

昨日はそばを歩いて来たのに目に入らなかったのか!旅館での生ビールに目がくらんでいたようだ。

旧大三島町の町の花はミカンの花だったので、周りはミカンの花で真ん中はミカンの絵柄。

旧大三島は、平成の市町村大合併で今治市となったがマンホールは残されている。

良いことだ。


きのうゴールした多々羅しまなみ公園にバスで戻り、そこから2日目の40kmはスタート。

多々羅大橋はしまなみの海道一の美しさを誇る斜張橋です。

スタートセレモニーが始まったので皆そちらに行って誰も居なくなったので、美しい多々羅大橋を独りで眺める。


スタートしてすぐに吊り橋の絵柄のマンホール発見。

斜張橋の多々羅大橋だ。町章の様なマークがあるが大三島町の町章かどうかわからないが、

橋が開通したのが10年まえだから旧大三島町が設置したのだろう。


尾道から5番目の大三島橋。しまなみ海道で最初に出来たアーチ橋。



6番目と7番目の橋の伯方・大島大橋。繋がっている。

6番目が大島大橋は鋼箱桁橋で、手前の人が歩いている所。

7番目が伯方橋で吊橋。


大島大橋を渡って村上水軍の幟旗を持った武者の絵柄のマンホール発見。

宮窪は村上水軍の本拠地が有った所だが、ちょっと迫力不足の水軍武者(海賊)だ。

大島は、以前は東側が宮窪町だったので、「みやくぼ」の字入り。


大島の西側に入って歩いているとYOSHIUMI-TOWN(吉海町)の字入りのマンホール発見。

やはり、来島海峡大橋の絵柄だ。旧吉海町の町の花のつつじも書かれている。


よしうみいきいき館で昼食をして、来島海峡大橋に向かって歩きだす。

ちょうど、ここらあたりで3年前に私たちが写真を撮られ、その写真が第7回大会の大会誌の表紙になった所です。


その表紙です。右が私。左が今度も一緒に歩いているKさん、真ん中はIさん。

第7回には、私とKさんは参加していなかったがIさんが気付いて知らせてくれたのだ。

顔が写っていないのが残念だ。


来島海峡大橋は、3つの吊り橋が繋がった大橋です。

3つの繋がった橋の長さは4,105mも有ります。急いで歩いても橋の部分だけで40分もかかります。

こんな美しい風景が40分も続くのです。

君と行く、海の碧、空の青 です。


橋を渡り切ると今治市内です。

今治市のマンホールは3つの帆が有る和船です。水軍と関係があるのかな?

2日目のマンホールは橋か水軍関係の絵柄が多かったので地方性がよく出ていて見つけるのが楽しかった。

ただ、夏に歩いた「角島大橋」の橋の上でマンホールを見つけたので、

しまなみ海道の橋の上にも有るかなと探しながら歩いたが、見つけることができなかったのが残念だ。

もしかしたら、橋の上にはマンホールはなかったのかも・・・。


しまなみ海道の橋と海と楽しんで、新装の今治城にゴールしようとすると、ミスしまなみ大使が笑顔で出迎えてくれた。

ゴールしたおじさん。 デレ~。





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しまなみ海道スリーデーマーチに参加…広島県尾道市~愛媛県今治市

2009-10-09 17:04:52 | ウォーキング
10月3・4日に瀬戸内しまなみ海道スリーデーマーチに参加して、40km・2日間縦断コースを歩いて来ました。

しまなみ海道は、1999年開通した時に最初に歩いてから8回歩いている大好きな道です。

大会テーマが「君とゆく、海の碧、空の青」でまさにピッタリな大会です。

海と島と橋そして感動を味わえます。


今回も、友人達と4人で歩きました。

まずは、尾道駅まで広島発の一番電車で向かいました。

尾道駅前の広場が、40km・2日間縦断コースの出発地点です。



スタートして最初の尾道水道は尾道大橋を渡らず、フェリーに乗って向島に渡ります。



フェリーが着いた向島も尾道市と合併されている。

消火栓の蓋も尾道と書かれ、火消しの纏柄で目立っている。



これが、尾道市の標準のマンホール。中央に尾道市の市章。柄はJIS規格型で広島市などと同じ。

地味。



2番目の島は「因島」。向島からそこに行くには「因島大橋」を渡ります。

写真のように、橋の下に歩道とバイク道がぶら下がっている。



因島もこの平成の市町村の大合併で尾道市に合併している。

しかし、マンホールは因島市の字が入っているが残されている。周りも因島市の花「除虫菊」。

このマンホールは、瀬戸内海の水軍の船だろうがいい絵柄なので、

尾道市の、あの地味なマンホールと取り換えて欲しくない。

頼むよ、尾道市の水道局さん。



次の生口島に渡るには、生口橋を渡ります。

カンカン照りの橋の上を歩くので汗だく、のどカラカラ。



もう少し歩くと「瀬戸田市民会館」の給水ポイントだが、我慢ができずジェラート。

ドルチェに転がり込み「伯方の塩と瀬戸内のレモン」

生きかえる



今日、最後の橋は広島県と愛媛県の県境の多々羅大橋。

橋を渡り切ると、今日のゴールなので足取りも軽い。



今日の40km歩いた御褒美。

冷たいビールと瀬戸内のうまい魚。

これが有るから、しまなみ海道を歩くんです。

大三島町宮浦の旅館「さわき」
                                                                    続く



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8月に見つけた手押しポンプ…大竹・松山・島原

2009-10-02 12:05:59 | 手押しポンプ
8月に見つけた手押しポンプは3台でした。

1台目は、8月6日の平和記念式典の黙祷後にスタートした、長崎までのピースウォークの一行と、

一緒に歩いた大竹までの途中に見つけました。

玖波の町の西国海道の共同井戸の上にありました。

173.大竹市玖波2丁目。2009/8/6


高札場跡と角屋釣井

西国街道における近世宿場町として本陣が置かれた玖波は参勤下向の大名や幕吏をはじめ

多くの旅行者でにぎわい、同時に近隣地域からの諸物資の集散でも活況を呈していた。

なかでも、この地は廿日市関戸へ向けて往来する旅行者のための人馬の継ぎ立てが行われた

交通の要所であり、法度・掟・条目禁令や次駅までの定賃銭等を記した多くの高札や利札が掲げられた

高札場でもあった。

この井戸は「角屋釣井」とも呼ばれて宿場の貴重な飲料水として、また最近まで

西山社行者堂の寒行の水垢離(みずごり)にも永く使われてきたきた共同井戸の一つでもある。

と立札には書かれています。

井戸は昔からあったが、手押しポンプは昭和の時代に設置したのだろう。

ポンプのトレードマークは川本ポンプ。現役のようだった。




2台目は、古い友人たちと松山から長崎に旅行を楽しんだ時です。

広島から松山に渡り、松山の友達夫婦達と一緒に8人で前夜祭をして、

松前の友人宅に泊まり翌日の朝散歩の時に見つけました。

「エミフルマサキ」の向かい側です。


№174.愛媛県伊予郡松前町2009/8/19


ポンプのトレードマークは東邦工業株式会社。現役。



3台目は、松山から長崎に向かい、市内観光で遊び、雲仙の仁田峠で平成新山をまじかに見て島原に寄った時です。

島原の町は、私がこの5月に佐世保から105の大会で歩いたゴールです。

その時も街歩きをしていたのですが、今回も武家屋敷に行って道の真ん中を流れている小川で水遊びをして、

島原城に向かう途中に釣り道具屋さんの所で見つけたのです。

№175.長崎県島原市江戸丁2009/8/21

瓦葺の屋根が架かった立派な井戸で、釣瓶で使われ、手押しポンプに変わっても使われ、

モーターポンプでも使われていたのだろうが、

水道の普及でその後はほったらかしになったのだろう。

島原の町は水が湧き出る所なので生活用水として大切にこの井戸は使われてきたのだろう。

しかし、こらからも緊急の際には役立つかもしれない。

トレードマークはKPの字が見えたが解らない。錆びて使用不能のようだ。モーターポンプも使われていない。




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