クレーメル「バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」


 先日、最も愛聴してきたディスクとしてシェリング盤を取り上げたバッハの無伴奏、クレーメルによる新盤です。
 クレーメルのヴァイオリンの音は刃物のように切り刻む音で基本的に好きではありません。始めに強めのアクセントを置くキンキンした演奏は頭が痛くなります。特にバッハの無伴奏は煩くない演奏が好きなので、世評高い旧盤は聴いていません。
 ところが、音楽ショップでこの新盤をちょっと試聴したところ、なんだこの演奏はという驚きがありました。店内を一周して暫く考えた後、やっぱり聴いてみたいという気持ちがあったので購入しました。クレーメルのディスクを購入するのはピアソラのディスク以来だと思いますが、その前は何だったか覚えていません。

 冒頭のソナタ第1番のアダージョからしてこれまで聞いたことがないような演奏です。ヴァイオリンの奏法の呼称を知りませんが、溜息をつくような大きく弧を描く演奏、ヴィブラートを抑えてさっと弾いてすっと消えるような演奏など通常、この曲で聴き慣れた響きとは異なる音楽が聴かれます。ところが決して作りモノ臭さがなく、必然であるような納得感、説得力があります。
 続くフーガも同じ傾向ですが、クレーメルの地というか刻む音色が出てきて、聴いていて、ある程度の緊張を強いられます。
 その後も聴き慣れない演奏とクレーメルだなあと思える演奏とが続いていきます。有名なシャコンヌも含めてシェリング盤で聴かれるバッハの例えようのない純粋さ、地平線の先までずっと拡がっていくような空間感とは異なる演奏です。こういうバッハもあるんだという驚きに考えさせられます。ただ、決して文学的な胡散臭さはなく、音楽的な真摯で多面的な演奏です。

 このディスクが愛聴盤になるかどうか現時点ではよく分かりません。オーソドックスな演奏でもない、古楽器風の響きを特徴とした演奏でもない、クレーメルによる興味深い演奏です。もう何度か聴きましたが魅力的なディスクだと思います。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« むさし(広島市) 「ダニー・ケ... »