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絵じゃないかおじさんぐるーぷ
(昭和の終わりころ~)
* 浦島太郎に?!(053)
あれは、紀伊半島の何カットめのことだったのだろうか?
私は、紀伊半島一周走破を計画していた。
土曜日だけのツーリングだとそうそう走れるものではない。
そのため、何回にも分けて紀伊半島を走った。
42号で黒い普通車に後を付かれたので横道に逸れてやった。
ヤツは、私がスピードを緩めると緩め、
速めると同じように速めて、後に付いてきた。
時間にすれば、10分間ぐらいだったろうか?
うるさいので逃げたのだ。
黒い車は要注意車だ。
概してまともな走り方をしない奴が多い感じを受ける。
しょっちゅう、ブレーキを踏む車も要注意車だ。
そういう車に会えば、即、私は離れることにしている。
事故に巻き込まれる可能性が大きいからだ。
難は排す。
事故から遠ざかるには、この一語に尽きる。
脇道でも道があれば、またどこかで国道にぶつかるだろうと、
安易な気持で走っていた。
目的は太平洋岸沿いに進むことだから、それで十分なのだ。
太平洋は左に広がっていた。
海はいい。
傍で生活するのとは違い、たまに見るからいいのだ。
私は海の傍で育ったが、今は盆地のど真ん中で暮らしている。
だから、海などこうしてツーリングでもしないと見られはしない。
同じ環境で暮らし続けていると、たまには変ったこともしてみたくなる。
その点バイクでツーリングに出掛けるのは、私にとっては、
まさに持って来いの気分転換になっている。
その道は海岸沿いの小道だった。
最近では、どんなに細い道でも舗装が為されている。
そこに住む人々にとっては、そうなる方のメリットが大きいのだろうが、
私のような通りすがりの者には未舗装の方が望ましい。
とは言いながら、自分の生活道は舗装されている方を好むのだから
何とも身勝手な話だ。
未舗装の道は、特に雨降りの日にその本性を現わす。
水溜りやぬかるみ道となって反撃してくるのだ。
車社会にとっても大敵となる。
風の強い日にも似たような迷惑を人にかける。
泥や砂埃が人家や洗濯物を襲うのだ。
舗装は彼らの武力を弱める手段の一つでもあるようだ。
道を広げた名残りの雑草が真ん中に数列も生えている田舎の小道。
そんな道に出会うと、たまらなく懐かしくなってくる。
小さい頃、朝露や雨の日に苦しめられた苦い記憶は薄れ、
良い思い出のみが顔を出す。
けれども、そういう道には中々会えない。
そのあたりも過疎地とは呼ばれるものの、
道だけは都会並みになっていた。
ただ少し金のかけ方が少ないのか、
痛みはかなりのものではあったのだが。
車の通りはほとんどなかった。
砂浜がずっと続いていた。
波が大きく押し寄せているところで、サヤカを止め一休みする。
砂浜に打ち寄せる波は、日本海も太平洋も似たような塵を運んでくる。
洗剤の容器、ビニール袋、釣り糸、雑誌、空缶、ぬいぐるみ、
スリッパやズック靴など、数えあげたら限りがない。
遠くに目を走らす分には気持がいいのだが、
人間との接点の部分では、
陰湿な戦いを繰り広げているようだ。
お互い要らないもの同士を押しつけ合っている。
もちろん悪いのはどちらか判りきっている。
私自身もその一員なのだろうが、
気がつかないという事は恐ろしいことだ。
あの塵ラインの中で、私が昔、
何気なく、奈良県のS市の小川に投げ捨てた
煙草の吸い殻が、寺川、大和川を通り、
大阪湾に出て波に乗り、
この紀伊半島の名も知らない砂浜で、
からからに縮みきった黄色のフィルターと
なって睨みつけているかも知れない。
そんな事を思うと一人で居るのが恐くなってくる。
軽く体操をして、また走り出す。
しばらく走っていると、砂浜で犬が2匹、
何かに吠えかかっているのが見えた。
吠えながら、時々、前足でチョッカイを掛けている。
サヤカを止め観察する。
海亀みたいだった。
クラクションを鳴らしてやる。
けれど、ヤツらは逃げなかった。
かなりの大きさの犬コロである。
まともに2匹も相手にしたら、細身の私は負けそうだ。
サヤカから降り小石を拾いあげて、立て続けに投げつけてやった。
肩の筋肉がギクッと音をたてる。
まともに飛んではいかない。
それでも有り難いことには、犬は逃げてくれた。
低く唸り声を上げて、面を切りながら離れていった。
私は、仲間を引き連れて仕返しにくるのではないかと恐れた。
こんな場所から早く離れようと、サヤカに跨がった。
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