フラワーガーデン

ようやく再会したハルナとトオル。
2人の下す決断は?

人命救助

2005年12月26日 21時22分50秒 | 第10章 恋愛分岐編
「おい。お前!」
キンケイドは、アタッシュケースの蓋を乱暴に閉じると責任者を指差した。

「ケッチャムさんはよぉ!つまりは退院してぇって言ってるんだよ!!
患者の意志を無視してもいいってぇのか?
お宅んとこのインフォームド・コンセントはどうなってんだよ!」


男はクスリと笑うと、
「随分な鼻息ですねぇ。Mr.キンケイド。
わが社にはそれに優先するリスク管理ってものがあるんですよ」
そう言って、懐に手を素早く忍ばせた。

キンケイドは、テーブルの上のアタッシュケースを、男の顔目掛けて投げつけた。

アタッシュケースは男の顔面を直撃し、男は布の人形のように壁に叩きつけられぐにゃりと体をしならせながら床に崩れ落ちた。


「キンケイド!」
僕は彼を睨むと、男のもとに駆けつけた。
息がある。
気を失っただけらしい。

「人を殺しちゃいけない!」
僕は彼を叱咤した。

「やらなきゃ。俺たちが、確実に殺られてたさ・・・・・・。
見ろよ」
キンケイドは、男を足で転がすと懐の銃を見せた。

「こいつ、オレを知ってやがった。
・・・・・・オレも有名人になったもんだぜ」

僕は手早く男のジャケットから銃と鍵の束を抜き取った。
それとほぼ同時に非常ベルが棟全体に鳴り響いた。

「来い!ケッチャム!!」
キンケイドは彼を抱えるようにして、走り出した。



「人命は大事だ。殺すなよ」
僕が念を押すと、キンケイドは目を皿のようにして、肩をすくめた。
「ったく。お前は根っからの医者だなぁ。
あいつらの人命よりも、俺達の人命を尊重してくれよ」




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崩れるシナリオ

2005年12月25日 22時42分45秒 | 第10章 恋愛分岐編
C&H社は患者を最高ランクの保険が下りる病気であると診断を下すことが実に多く、入院患者の9割がそれに該当した。
他の病院が3割と言うから、実に3倍近い患者が重度の病気と言うことになる。

そして、入院期間も他院に比べ最も長く、患者の保険が下りるMAXまでその入院期間を設定していた。
そのため、患者を退院させて欲しいと言う家族からの訴えや、入院で使われた保険に関する訴訟問題が絶えなかったのだ。


保険が下りなければ、彼らにとってもケッチャムが入院するメリットは無く、彼らはケッチャムの退院を快諾するだろう・・・・・・
それが、シナリオの大方の筋書きだった。

しかし、その筋書きを考えながらも僕は漠然とした疑問を持っていた。
何かがおかしい・・・・・・
なぜケッチャムはC&H社のラボに入院しているのか。
なぜ精神病と言うことで・・・・・・。
疑問点は多々あったものの僕は強引なシナリオを書いた。
時間が無いと言う思いが、このシナリオの詰めを甘くし、見切り発車をしてしまったのかもしれない・・・・・・。


キンケイドは、契約書を前に、
「では、今後はケッチャム様が自費での治療となりますが・・・・・・」
と唸った。


「うちにそんなカネはない!」
ケッチャムの一言で、僕達の視線は責任者だと言う男に集中した。

男はゆらゆらと立ち上がると、契約書を丁寧に折りたたみ、懐に仕舞いこんだ。
「分かりました。では、こうしましょう。
ケッチャム様の治療費は私共の関連事業団体から寄付させて頂きます。
彼はまだ精神病の治療中でしてねぇ。
それに彼は大事な・・・・・・、それは大事な患者様ですから、それを治療途中に強引に退院させてしまうことなど出来ませんので」

ケッチャムの口が一瞬歪み、僕達を凝視した。

男は、ケッチャムの肩に手を掛けると、
「トーマス君。君のお父さんの病気は我々が治してあげるから、安心しなさい」
と、僕に微笑み掛け、ケッチャムを伴い部屋から出ようとした。


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芝居

2005年12月25日 10時22分01秒 | 第10章 恋愛分岐編
「何で、保険屋が?」

いいぞ、ケッチャム。
僕はケッチャムがストライクゾーンにボールを放り込んでくれたことに感謝した。

「実はケッチャム様・・・・・・」
キンケイドは持参したアタッシュケースを開けると、一枚の契約書を出した。

その時、不意にドアをノックする音がした。
僕が歩み寄り、そのドアを開けると、1人の男が立っていた。

黒髪に白髪混じりのその男は、このラボの責任者だと言って挨拶をすると当然のように椅子に座した。

キンケイドは一つ咳をすると、話を続けた。
「実は、ケッチャム様。
あなた様にお入り頂いた保険でございますが、当社の手違いで加入期限が間違っておりまして・・・・・・」
「加入期限が間違い?」

ケッチャムはキンケイドの言葉を復唱しながら、ちらっと責任者だと言うその男の方を見た。

「はい。期限が切れまして・・・・・・」
「いつ?」
ケッチャムは、徐々にこちらの意図を理解し始めたようだ。

いいぞ。このまま、シナリオ通りにことを運ぶぞ。
僕とキンケイドの目が合った。

「本日の、正午です。今、11時50分ですから、それ以外は保険外での治療となります」
キンケイドはちらりと腕時計を見やった。
「どう致しますか?契約を継続される場合は、この書類にサインの上、この金額の小切手を」
キンケイドは胸のポケットから万年筆を取り出すと、クリップボードに書類を乗せ彼の目の前に差し出した。

流れを読めケッチャム。
君は入念なリサーチを重ねた記者のはずだ。

ケッチャムは、万年筆を手にし、蓋を開けようとした。
そして、書類に目を通すと、
「4000ドル?!こんな金額は払えない!」
ケッチャムは大声を上げながら机を叩いた。
「ですが、あなたの現在の入院費は高額でしかも継続となりますとこれくらいは頂きませんと・・・・・・」

キンケイドは、眉をしかめると「困りましたねぇ」と呟いた。




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救出

2005年12月24日 23時48分23秒 | 第10章 恋愛分岐編
最初の関門はケッチャムその人だ。
彼が僕らの打つ芝居に乗ってくれれば、それでよいのだが、そうでなければ、事態は暗転し、多少の犠牲を払わざるを得なくなってくる。
それはなるべく避けたい最悪のシナリオだ。


ガードマンの誘導でサナトリウムのある中庭を抜け、突き当りを進むと、大きな病棟が姿を現した。
僕とキンケイドは、個室に通されるとケッチャムが来るのを待った。

恐らくこの部屋にも盗聴器が仕掛けられているのだろう。
窓一つ無い真っ白な部屋の中で、僕達は一言も言葉を交わさずに、ケッチャムが入ってくるはずの扉を凝視した。

コンコン

2回ノックの後、無精髭を生やし、痩せて目のうち窪んだ背の高い男がガードマンに付き添われて入ってきた。
キンケイドより4歳は年下だと聞いていたケッチャムの髪は見事な白髪で、随分老けて見えた。

「パパ!」
僕は、ケッチャムの側に走りより、抱きついた。
「パパ!ごめんなさい。ママが、心配させちゃいけないからって、パパの入院を僕に知らせてくれなかったんだ。
・・・・・・今まで一度も来れなくて本当にごめんね!」

ケッチャムは呆然とした顔で僕の瞳を見詰めた。
僕は彼から目を逸らさず、そのまま彼の目をじっと見返した。


「あっ、・・・・・・ああ。いいんだよ。お前にはお前の生活がある。どうだ?寄宿舎は?」
「快適だよ」
「そうか」

ケッチャムは僕の肩越しに見えるキンケイドの存在を認めた。
「キ・・・」
彼の口からキンケイドの名前が出ることはまずい!

僕は、すぐさま彼のほうを向いて説明を始めた。
「パパ、こちら、保険会社のアメリカン・ハート保険社のアダム・ロイド氏で、僕は彼の話を聞いて、ママの代理人として来たんだ」

ケッチャムは僕たちの意図を測りかねているようで、慎重に言葉を選ぼうとしているところだった。


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戦闘開始

2005年12月24日 00時31分59秒 | 第10章 恋愛分岐編
空港に着くと、既にキンケイドは着いて、紺のスーツに身を包んで、VIP専用ロビーで待ち構えていた。

「打ち合わせ通り、スーツで着てくれて有り難う。
ところで今日のアポは取ってくれた?」
「久し振りに会った旧友にハグなしで、着く早々、それかい?!」
キンケイドは、手を広げて肩を竦めると、オーバーなアクションで失望したと言ったポーズを取った。
しかし、僕は彼に構っている時間が全く無かった。

「頼んでいた資料は?」
「・・・・・・はいはい。これですよ」

キンケイドが持って来た資料にざっと目を通し、「じゃ、行こうか」と彼の車に乗り込んだ。

木枯らしが吹く冬のワシントンの景色を余所に、僕とキンケイドは車内で念入りな打ち合わせをした。



C&Hメンタルケア・ラボラトリィはワシントンのやや郊外にあり、真っ白なペンキで塗りたくられた壁が見えてきた。

周りの牧歌的な建物とは対照的なラボの外観は、禍々しい雰囲気を醸し出している。



キンケイドが車を正面玄関に横付けすると、警備員が走り寄って来た。



「すみません。本日、面会をお願いしたロナルド・ケッチャムの息子のトーマス・ケッチャムです。こちらはアメリカン・ハート保険社のアダム・ロイド氏です」
と、キンケイドを紹介した。

小さなボックスに入っていたもう1人の警備員が、面接台帳に目を通すと僕達を取り囲んでいた警備員に目配せをした。
彼は「どうぞ」と、いかにも事務的な挨拶をすると、ボタンを押して扉を開けた。



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東京上空

2005年12月23日 19時58分12秒 | 第10章 恋愛分岐編
あれから、僕はハインツがチャーターしたヘリコプターに乗り込み、自家用ジェットへと乗り替えた。


「休暇中のところ、無理を言って申し訳ありません」

自宅で寛いでいたと言うパイロットに謝罪し、握手をすると、長椅子にゆったりと体を横たえた。

僕の手にはロナルド・ケッチャムが1年前に書いた記事を載せた雑誌が握り締められていた。


ロナルド・ケッチャムはタブロイド紙ながら、その執拗なまでに緻密な取材を重ねたことから、『スネーク・ケッチャム』の異名を取っていた。

彼は、常に記者としてのプライドを賭けた記事を追っていた。

一流の雑誌社で活躍することを夢見ていた彼は、決して中途半端な記事を書くことが無く、事実を徹底した取材力で明らかにしていくことを信条としていたようだ。
そのため、幾度となく扇情的な記事を好む上司と衝突していたと言う。



「アメリカは一つの間違いを犯した。
私達は、あらゆる階層の人々が平等で十分なケアを受けられる医療制度を目指したはずである。
しかし、現実は理想郷とは程遠い苛酷な状況に晒されていることにいい加減に気付かなくてはならない。
とある企業が(仮に、C社とするが)医者と癒着し、彼らの需要を満たし、患者の人権も蔑ろにした医療で私腹を肥やし、更に醜悪な汚臭を漂わせながら、M&Aと言う一見合法と思われる手段を隠れ蓑に、健全な他の病院をも呑み込もうとしているのである・・・・・・」

この記事が、仮に(イヤ、恐らく間違いないだろう)C&H社のことを言っているのだとしたら、彼は更に多くのデータを入手しているはずだ。
それは、C&H社の根本を揺るがすようなものではないか。

この記事はシリーズ化されるはずだった。
だが、連載は急遽打ち切りとなった。
たった1度のこの記事を残して。

しかも、この雑誌自体も発行されてから幾日か経って自主回収され、全ての記事が店頭から消えた。



そして、今、ロナルド・ケッチャムはC&H社の研究機関で系列子会社でもあるC&Hメンタルケア・ラボラトリィに入院していると言う。

不吉な予感が脳裏をかすめる。

「一刻も早く彼を救い出さなくては・・・・・・」


僕は東京の上空を徐々に高度を上げていく自家用ジェットの中で、アイマスクを掛け、深い眠りに落ちていった。



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アメリカの病巣

2005年12月22日 20時46分36秒 | 第10章 恋愛分岐編
C&H社のやり口は巧妙かつ卑劣だと言う悪評は聞いていたが、まさかその手がケッチャムに伸びていたとは・・・・・・。

「ヤツは病院から出たがっていた。『オレは病んじゃいねぇ!』ってね」
キンケイドはそれから更に彼の近況と家族構成を教えてくれた。

「分かったよ。僕が彼を出そう。ワシントンに着いたら連絡するから、君も手伝ってくれないかな」
「何でオレが!」
「ネタを提供するから」
「ピューリッツァークラスか?」
「それは、君の腕と運次第」

僕はキンケイドに彼をラボから出す単純なシナリオを話した。

「そんなんで、ヤツはラボから出られるのか?」
「出すさ」
「トールはヤツをそこから出してどうするんだ」

キンケイドは僕の言葉を引き出そうと躍起になっていった。
たかがタブロイド紙の記者になぜこんなに入れ込むんだと彼は興味を持ち始めたようだった。



C&H社という病巣にメスを入れることは、そのままアメリカの医療システムに一石を投じることになるのかもしれない。

だけど、時間を掛けて彼らを翻弄することが出来れば、それだけ彼らの買収の手から逃れるための時間が稼げる。
二重、三重にトラップを仕掛けていく必要があった。

その上で彼らの行為を白日の下に晒し、世論を味方につけるしかない。



「肝の据わったヤローだぜ」

キンケイドの言葉にジョージを思い出し、はっとなった。


「お前が我を忘れたり、取り乱したりと言うことはないんだろうなぁ」

しみじみと語るキンケイドの言葉を聞きながら、さっき片岡に捕まれてアザを作りつつあった腕を固く握り締め、

「そんなこともないよ」

と笑った。


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ケッチャムの行方

2005年12月22日 00時32分17秒 | 第10章 恋愛分岐編
ハインツからの電話を切ると、すぐさまキンケイドに電話をした。




ダイヤルインで3コール目に電話は繋がった。

「はーい。こちらヒューバート・キンケイドです。
ただいま、離席しておりまーす。
御用の方はメッセージをどーぞ!ポー!」

キンケイドらしいメッセージに思わず失笑した。

「ハロ。トール・フジエダです」
「なぁんだ。トールか」
「・・・・・・いるんなら出てよ」
「何かと忙しいんだよ。オレも」
「その忙しいところ悪いんだけど、人を探して欲しいんだ。君のそのネットワークで」
「人探しは探偵事務所をご利用下さい。ではぁ・・・・・・」

僕はキンケイドが電話を置こうとする瞬間に言葉を滑り込ませた。
「待って!ロナルド・ケッチャムを探して欲しいんだ」

彼は受話器を持ち直し、声を押し殺して返事をした。
「・・・・・・タブロイド紙のケッチャムか?ヤツなら会社を辞めたって聞いたぜ」
「だったら、その後の消息を追って欲しいんだ」
「知ってるよ」


想像以上に早く彼の情報をキャッチできた僕は小躍りした。


「え?!本当に!!是非彼に会いたいんだけど、紹介してもらえないか」
「そいつは難しいな」
「そこを何とか会えるようコーディネートして欲しい」
「許可がいるからなぁ・・・・・・」

いつものキンケイドと様子が違っていた。
妙に歯切れが悪い彼の対応に戸惑いを覚え、慎重に質問を重ねた。

「許可って?どこの?」
「ヤツは今、C&Hメンタルケア・ラボラトリィの精神科に入院しているんだよ」

彼の意外な返答に僕は思わず、手の上でくるくると転がしていたペンを落としてしまっていた。



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マネーゲーム

2005年12月20日 21時56分42秒 | 第10章 恋愛分岐編
イスラエル社会にはその宗教と共に伝えられるものがある。
彼らは子供のうちからその教えをゲームの中から学んでいくのだ。

そのゲームの中には、世の中の全てが凝縮されている。
秩序、忍耐、思考、チャンス、運・・・・・・

それらは全世界を席巻するユダヤマネーのパワーの根源となっている。

僕は大学に入った時、そのゲームに夢中になった。
ルーレットを回し、サイコロを投げ、運を願い、思考をフル回転した。
しかし、あれは単なるゲームだった。

今、アメリカを蝕むダーウィニズムが僕にそのマネーゲームに参加しろと囁く。



「どうしますか?トール!C&H社の持ち株会社であるC&Hホールディング社の株を密かに買い占めますか?」
「いや。パックマンをすれば、いたずらに消耗戦をするだけだ」
「では、大株主のリストアップをして、私が彼らを説得に・・・・・・」
「いや、それは無駄だ。TOBで買い付けた後、一気にマジョリティを取るシナリオは出来ているはずだ」
「では、どうすれば!」
ハインツの声は悲鳴に近かった。

「ハインツ。大丈夫だ。落ち着いて・・・・・・」
「喉元にナイフを突き付けられているんですよ!どうやって落ち着けと言うんですか!!」
「大丈夫だよ。金だけで繋がっている組織は脆く、その体質も脆弱だ」
僕は、彼に説明をしながら、カラカラと回るルーレットの先に、僕が打てる手があるのかを模索していた。

「・・・・・・ハインツ!今から僕が言う名前を書き取ってくれ。

アリス・バーニー
メグ・グルーバー
エリザベス・オーウェン・・・・・・」

ハインツは書き取りながら、怪訝な声で質問した。
「この方達は一体・・・・・・」
「専業主婦だよ。彼女たちの住所は追ってメールするから」
「専業主婦!!お気は確かですか?!」


彼は、信じられないと言った声を挙げ、書き取ったメモをくしゃくしゃにしたようだった。
「お願いです、トール。ちゃんと指示をして下さい」
「ちゃんと指示してるよ・・・・・・。攻撃は最大の防御なりって言うだろう?
彼女達はそのキーウィミンなんだ。
・・・・・・C&H社の奴らには、自ら蒔いた罠を踏んで瓦解して貰う」

ハインツはそれでも納得が行かないようだった。
「僕は急いで向かうから・・・・・・」そう言い掛けて、一瞬、ハルナの顔が浮かんだ。

ハルナ・・・・・・
ごめん。
今週末の約束は守れそうにない


「・・・・・・自家用機の手配を頼む」


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アメリカからの知らせ

2005年12月20日 03時07分25秒 | 第10章 恋愛分岐編
緊迫した空気が車内を支配していた。
やがて車列が途切れそうになった頃、片岡は僕に一瞥くれると無言のまま車から降りた。



僕はそのまま車を葉山へと走らせながら、以前聞いた老師の言葉を思い出していた。


トオル、人はな感情の生き物だ。
間違えを指摘し、正そうとしてもおいそれと認めたりゃぁせん。
恨まれるだけじゃて。
相手の考えを思うままに支配しようとしてはいかん。
理解し、歩み寄るんじゃよ。


理解・・・・・・。
僕は、片岡の何を理解すると言うんだ。
あいつは間違っている。
僕は今、確かに感情に支配されているのかもしれない。
だけど、それは正当な感情じゃないのか。




空を仰ぎ見ると、冴え冴えとした空には美しい星が煌き始めていた。

ハルナ、今、ここに君がいないことがこんなに淋しいなんて・・・・・・


僕は君の声が聞きたくなって、車を路肩に寄せてケータイに手を伸ばした。
すると、同時に、ケータイが鳴った。


「トール。大変なことが起こりまして。
急ぎ、アメリカにお戻り頂きたいのですが」
声の主は、ハインツだった。

「何があった?」
「C&H社が、当社のマジョリティを取る動きを見せています」

C&H社は、僕が日本に来る前に、怪しい動きをしていることは事前に察知していた。
だけど、なぜ今頃になって彼らが買収を仕掛けて来るのか、その意図が図りかねていた。

「キャッシュは?」
「フリーで20億ドル程です」

まずい。
彼らが、敵対的M&Aを仕掛けてくる隙をいつの間に作っていたのか。

「CEO(最高経営責任者)の権限は全てライアンに委譲してきたはずだ。
彼の指示は?」

僕は今、日本を離れるわけには行かない。
彼女を置いて、戻るなんて出来ない。



「トール。助けて下さい。彼にこの危機を乗り越えられるだけのカリスマ性も、経営手腕もありません。
あなたの日本での売却の仕事は済んだと聞きます。ですから、どうか・・・・・・」

ハインツの緊迫した声は、僕から帰国の言質を取るまで引き下がらないことを告げていた。



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