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凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

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熱燗・ぬる燗・人肌

2005年12月06日 | 酒についての話
 燗酒が美味い季節になったのは嬉しいことなのだが、前回も書いたように居酒屋では常に「熱燗一丁!」である。これはいったいどういうことなのかとも思う。当方は熱燗にしてくれとは全く頼んでいないのに、手で持てないような熱々の徳利をよく供されてしまう。うーむ。
 これは、つまり燗の温度が決まっている専用の機械でつけてくるからだ。「自動酒燗器」の登場からであろうと思う。よく居酒屋のカウンターの向こうに、一升瓶を逆さまに取り付けた機械を見たことがあるだろう。あれである。
 あれは実に興ざめする機械だ。あれは瞬間加熱方式でじっくり温めることをしないので味わいが消えてしまう。最新の機械では徳利一本ごとに温度調節が可能らしいがそんな面倒なことはしたくないのでたいていは温度設定を最強にしてあるのだと思う。その温度設定とは65℃であるらしい。うーむ。
 流行っている居酒屋は忙しいので、いちいち湯せんになどしてはいられないだろう。客ごとに燗の温度など聞いていられないに違いない。僕が燗酒を頼み、「熱燗ですね~」と言われて、断固「いや、ぬる燗で頼みます」と言うと一瞬間があって「あ、はい、ぬる燗ですね」と言う。面倒なのに違いない。でも注文をちゃんと聞いてくれるのはいい方で、露骨にイヤな顔をされたり無視したりするところもたまにある。そんな店には二度と行かない。

 燗酒の適温とはいったいどのくらいなのだろうか。
 食べ物、飲み物の温度というのは微妙である。風呂の温度と同じだろう。肌に直接触れるので1℃、2℃で全然違ってくる。風呂だって41℃ならちょっとぬるいが43℃だと熱く感じる。難しいのである。
 一般に言われる燗酒の温度の分類は、以下のような感じだろうか。
  熱燗  45~50℃
  ぬる燗 40~42℃
  人肌  35~37℃
 これについては諸説もちろんあり、僕も念のために検索したらいろいろなことが書いてあった。熱燗は50℃から55℃と書いたあったサイトもある。定義は難しいのかもしれない。感じ方なのだろうな。つまり、季節、土地によっても変動するだろう。秋田の燗と高知の燗じゃ感じ方が違って当たり前。初秋と厳冬でも違うだろう。熱めに感じるのが熱燗、呑み易く感じるのがぬる燗、ちょっとぬるめだな、で人肌、こんな感じだろうか。人肌という艶めかしい表現の仕方にも実に趣がある。
 他にも言い方はある。上記の温度区分で言うと、じゃあ43℃の燗はなんと言うのか、と言えばこれは上燗と言う。熱燗とぬる燗の間が最高の燗どころなのだろうなとも思う。しかし割烹でもよっぽど気を遣ってくれないと「上燗」は通用しないだろう。また「日向燗」という言葉もある。これは人肌よりぬるめ。日のあたる場所に出しておいた温度、とでも言うべきか。30℃オーバーくらいの燗である。

 しかるに、65℃の熱燗とはいかがなものか。徳利が手で持てない程の熱さ。こんなもの熱くて呑めないではないか。アルコールの沸点というのは水よりも低い。ちゃんと調べなくてはいけないのだけれど記憶で書いてしまうと70℃台ではなかったか? それだと65℃の燗というのは…もうアルコールが沸騰する間近なのである。
 世の中に「燗嫌い」の人は多い。女性に顕著だ。あのアルコールの臭いがイヤ、とみんな言う。立ち上る湯気にそれだけで酔っ払いそうだ、とも。こんな熱い酒であればさもありなん、である。揮発してゆくアルコールが目や鼻に沁みる。ツンとくる臭い。香りを楽しむなどと言うレベルではもはやなくなっている。だって、もう少し熱すれば、マッチを近づけると燃えるのである。なんでこんなのを供するのか。ここまで熱いと、イワナのコツ酒やフグのヒレ酒の世界に近い。

 酒の技術の粋を集めた吟醸酒。薫り高い酒の王様である。これは普通常温、或いは冷やして呑み、燗をつけるのなどとんでもないことだとよく言われる。しかし、僕はある人のすすめで吟醸燗をいただいたことがある。
 これは旨かった。先ほどの分類でいけば「日向燗」であろう。ほのかに温かい。その特有のフルーティな吟醸香がやわらかく立ち、ゆっくりと鼻から抜けていく。これを至福と言わずしてなんと言おうか。温度をうまく操ることによって最上の旨さを紡ぎだす、そこが日本酒の実力なのである。

 燗酒というのは実に難しく奥が深い。ひとつの料理の極みとも言えないか。ちょうどいいあんばいにするには神経を使う。いい居酒屋ではお燗番の人が専属で居て、常に湯せんにした徳利を触って温度を確かめている。割烹着を着た主人のお母さんらしき年配の人がずっと燗の前に居て、気配りをしながら燗をつけている風情はそれだけで絵になる。最高の燗具合ですっと出してくれるのを杯に注ぐその一瞬こそ酒呑みの喜びの最上のものだと言えるだろう。こんな文化はもう完全に廃れてしまったと言っていい。呑む側ももう熱燗が当たり前になっていて、それで満足している。日本酒離れはこういうところに原因があるのだろう。立ち上る湯気が目に沁みる熱すぎる酒が燗酒では決してないのに。

 そういう僕だって、えらそうなことを言っているわりには自宅では散々なものである。呑んべの僕に女房は決してお燗などつけてくれたりはしない。僕も面倒になってつい電子レンジに入れる。すると、徳利の上部と下部で温度差のある燗が出来上がる。これではとてもいい燗とは言えない。しばらく置いておけば対流して適温にはなるが、それはもはや燗冷ましである。情けないとは思いつつ、それでもよしとしているのだからこんなことを言う資格などない。激しく反省の日々である。
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燗酒の季節

2005年12月03日 | 酒についての話
 本格的に寒くなってきた。

 僕は暑い夏が大好きだけれども、何故暑い夏が好きかというと「服をたくさん着なくてもいい」ということに尽きるのであって、ズボラ以外に理由がない。
 寒い冬は重ね着が面倒なので困るのだが、冬のいいところは「食べ物が美味くなる」ことだろう。鍋物が恋しくなり、魚に脂が乗り、そしてなにより僕の好きな「燗酒」のシーズン到来という素晴らしい季節でもあるのだ。重ね着くらいで冬を嫌ってはいけない。

 燗酒。しかし僕は冬でなくても燗酒をよく呑む。居酒屋では一年中燗酒だ。ひとつには「手酌」という行為が好きだということがある。杯、もしくはぐい呑みに徳利を傾けて注ぐ楽しさ。ままごとの世界かもしれないがこれって酒呑みの一つの愉悦ではないかと思う。僕だけかな。
 尚、手酌は好きだが人から酌をされるのはさほど好きではない。ペースというものもあるし、宴席では無理に注ごうとする輩も多いので困る。「まー呑め」「ささぐーっと」みんな相手を酔わせたいと思っているのだな。酒くらい自由に呑ませなさいよ。文士の手酌という言葉を知らないな(しかし妙齢の女性に酌される場合はこれを除く)。
 まあ酌をしないと「失礼なヤツ」と思うおっちゃんも多いのでしょうがないけど。酌をされることで上下関係を確認しようとするこの日本の文化はなんとかならんかな。(しかし僕も仕事で呑まねばならないときはこの日本文化に倣って酌を繰り返す。激しく自己嫌悪に陥ります)

 話がそれたが、燗酒。日本の基本的アルコールである日本酒というのみものは昔から温めて供する。世界的にも珍しいのではないかな。類似のものに中国の老酒がある。あれも温めることが多いが、本場中国ではどうなんだろう? ちゃんと調べてないのでまずいのだが、老酒を燗するのは日本発祥なのだと聞いたことがある。どうなのか調べないと。さらに、氷砂糖を入れて呑む場合も多いが、あれは本場ではやらないのではないか。
 日本酒を何故燗するようになったのかには諸説あるようだが、よく「酒に含まれるフーゼル油を飛ばすため」というのが定説化しているように思う。フーゼル油とは杉に含まれる油脂で、防腐効果があると言われる。なので酒は古来より杉樽に入れられた。樽酒の香り、というのはこのフーゼル油の香りであることが多い(多い、と書いたのはフーゼル油は米にも含まれ発酵段階で生じるとも言われるため、一概に杉=フーゼル油とも言えない)。これはいい香りなのだが頭痛を誘発すると言われ、それを揮発させるために温める、というのが一般的に言われている。
 しかしこれは俗説であるらしい。というのは、フーゼル油の沸点は100℃を軽く超えていて、揮発させようと熱しても飛ばない。それより先にアルコールも水分も沸点を超えるので俗説だ、というわけ。冷酒より燗のほうが悪酔いしにくいと言われるのはフーゼル油のせいではなく、冷やは口当たりがよいのでつい呑み過ぎてしまう、というのが原因ではなかろうか。

 じゃあ、何故日本酒は温めて呑むのだろう。
 燗酒の起源は平安時代に遡るとも言われる。孫引きで申し訳ないが、ものの本によると藤原冬嗣(勧学院を建てた人ですな)が、寒い秋の行幸時に当時の嵯峨天皇に温めた酒を献上して暖をとってもらい、大いに面目を施したとか。それから始まったとされる。左大臣冬嗣がそういうアイディアを出したとは驚きだが、冬嗣は風流人であったのでこの話は面白い。しかしこれは文献上の初出で、それより以前からあったかもしれない。結局起源の決め手はないのだ。
 一般的に燗酒が普及したのは江戸時代から、と言われる。そもそも酒自体が庶民に普及するのは大量生産が可能になった室町時代以降であろうし、ちょいと燗でもつけて…などと言えるようになるのはそりゃ平安時代からずいぶん時を経なければならなかっただろう。
 しかし、これでは燗酒が普及した説明にはなっていない。フーゼル油が関係ないとすれば、ただ寒かったから温めた、だけが理由なのだろうか。
 やっぱり僕は、「温めて呑んだら旨かった」から普及したのだろうと単純に考えたい。実際に燗酒は旨いのだ。特に寒い季節は。

 呑んで暖まろう、という場合、燗酒は即効性がある。温かいと胃から早く浸透する、という説もある。冷たい酒であると吸収に時間がかかり、ようやく身体が暖まった頃には酩酊、ということもある。冷やは後から来る、冷やは悪酔いする、とはよく言ったものだ。
 それに、冷やはのどごしはいいが、酒の味わいとなると温かい方が増すような気がする。香りも立つ。やはり旨いから普及したのだろう。こういう文化を持つ日本人でよかった、としみじみ思う。

 ところで、困ったことに、居酒屋で燗酒を頼むと、「はーい、熱燗いっちょお♪」と注文を通されることが多い。おいおい、ワシは熱燗は頼んでないぞ、燗酒と言っておるだろうに!
 この昨今の燗酒=熱燗、という図式には本当に困る。日本には「人肌」と言ういかにも艶めかしい表現もあるのに。なんでもかんでも熱燗では困るのだ。
この話をすると長くなるので、また次の機会にしたい。うーん。


 ついでに過去記事の日本酒についての話。
 吟醸酒の味わい  
 日本酒あれこれ  
 普通酒そして三増酒について  
 特定名称酒について 

コメント (3)
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ギネスのビール

2005年10月08日 | 酒についての話
 先日、ちょっと女房と呑みに神戸をぶらついていた。いつもなら知っている数軒の居酒屋のどれかで呑むところであるのだけれど、ちょうど日曜日ということもあっていずれも休みであり、またうちの女房はあんまり日本酒を呑まないので居酒屋ばかり出入りする僕に少しながら不満もある様子。女房はビールならよく飲むので、それならと一軒のビアホールに入った。
 ここは僕もまだ2回目。外観及び内装はいわゆる「ビアホール」という感じではない。ビアホールと言えば「銀座ライオン」のように広いホールでわいわい、というのが一般的だと思う。それはつまりドイツのビアホールの雰囲気を模しているのだと思うが、今回入ったところは長いカウンターを持つ。なので注文をとりにウエイターさんがまわってきたりしない。直接カウンターの向こうに「黒で中ジョッキ!」と叫ぶと目の前のサーバーからすぐに注いでくれる。美味い。
 これはつまり、英国式パブの雰囲気。隣ではハンチングをかぶった一人客がスポーツ新聞片手にグビリとやっている。僕達はちょっと記念日だったので普段より少しおしゃれだ。女房がスカートをはいている(これは珍しいのだ)。その隣は結婚式の帰りなのかもっとおしゃれをした、盛装と言っていい中年カップルがいる。こういう雑多な雰囲気が実によろしい。
(もっともドイツにもイギリスにも行ったことはない。あくまで想像。)

 そこで気分良くソーセージなどを食べながら何杯もおかわりを続けて酔っ払っていたのだけれど、ふとメニューを見るとドリンクの欄に「ギネスビール」がある。

 「ギネスか…」

 アイルランドが生んだ世界で愛されるビール、ギネススタウト。その特徴は濃厚な色合いと味わい、そしてきめ細かい泡。
 スタウトとは、上面発酵ビールの雄である。
 上面発酵とはここでも以前ふれたが、比較的高温で発酵させ、発酵中に酵母が浮き上ってくることから「上面発酵」という。日本で通常飲まれるビールはほとんど下面発酵ビールである。スタウトの語源は「強い」という意味で、アルコール度数も高い。ローストされたモルトで醸造された黒色に近い色のビールである。かと言って黒ビールとは違う。飲んでみればわかるのだが、味の表現は難しい。僕はスタウトの味を「黒糖のうまみと香りから甘さを全てカットしたもの」と言ってビール通に「そんなんじゃない」と怒られたことがある。うかつに言えない。名代のブラックコーヒーのようだ、と言っても反論をくらった。難しい。ただ本当にコクはある。香ばしい。深い。
 そんなスタウトを世界で初めて造り販売したのがギネス社である。そして世界を席巻し、ギネスと言えばスタウト、スタウトと言えばギネス、となった。アイルランドにとどまらない世界のビールである。
 (ちなみに世界一のギネス・ブックはここが発行している。)
 初めてギネスを飲んだのは20代の半ば、東京でだった。ビールと言えば乾杯用、ノドが乾いていないと美味くない、というふうに思い込んでいた僕にそれは衝撃を与えた。深い味わい、濃厚な旨み。そしてまるでホイップクリームのような細やかでなめらかな泡。とにかく美味くて美味くてたまらず、大好きになった。

 大きな酒屋でもギネスは売っているが、ギネスの身上はあのクリーミーな泡にあり、サーバーから注がないと無理だと思っていた。しかしギネス社の執念は凄く、缶ビールなのにあの細かい泡を生み出す仕掛けを考え出した。
 それは、「フローティング・ウィジェット」というもの。缶の中に丸い玉(どんな材質なのか、とか細かいことは知らない)が入っていて、これの作用で泡がクリーミーになるらしい。理屈はわからないのだが、確かに自宅で注いでも細やかな泡が生じる。これはやってみるとちょっと驚く。確かに美味い。
 ただし、グラスに一気に注がないとダメ。注ぎ足しなどもってのほかである。
 この存在を知って、ギネスが家でも飲めるようになった。有難いことである。ちょっと値が張るのが難点なのだが。なので普段は発泡酒を飲み、いざという時にはこのギネス。2正面作戦でやっていた。
しかし最近はちょっとギネスはご無沙汰していた。

 さてビアホール。もしかして「生ギネス」かと思い聞いてみた。
 「いえ、瓶です。申し訳ないのですが」
 そうか。もうアタマの中がギネス一色になっていた僕は、そのとき非常に落胆した、未練たらしい顔になったと思う。その顔を見てカウンターの兄ちゃんが、

 「絶対美味いです。秘密兵器がありますから」

 秘密兵器? 何をふざけた事を、とも思ったがアタマがギネス一色の僕はいやしいと思いながら注文してしまった。
 実は「秘密兵器」には心当たりがあったのである。昔、ギネスを泡立てる機械があった、という話はビール好きから聞いていた。撹拌して細やかな泡を立てる機械らしい。なんだかレバーをガチャンと動かして空気を送り込む仕掛けの…。もう製造されていないと言われていたのだが、おそらくそれを使うのだろうと。すると…。
 兄ちゃんは瓶入りギネスをグラスに注いだ。ジョッキではなくグラスなのがさすがギネスである。そして、ある機械にそのグラスを乗っけた。
 その機械は、撹拌する機械などではなく、ビールサーバーそっくりの形をしている。しかし注ぎ口はない。グラスを乗っけるだけである。しばらくすると、その機械が細かく振動しているかのように見えた。

 「え、揺れてるの?」
 「いや、揺れているというより、超音波を発生させているのです」
 「なんですと?!」

 眼鏡を使用している人なら見たことがあると思うが、眼鏡屋さんに「超音波メガネ清浄機」がよく置いてある。その精製水入り容器に眼鏡を入れると、超音波が発生し眼鏡の細かな汚れを落としてくれる。どうもあの理屈と同じらしい。
 グラスのギネスは徐々に細かな泡を発生させ、瞬く間にあのクリーミーな泡を作り上げてしまった。うーむ。ギネスはすごい。このビールサーバーのような超音波機械も、ギネスをその生命線である細やかな泡と共に輸出したい執念なのだろうか。

 「はい出来ました」

 僕はグラスを傾けた。

 おお、美味い! 自宅で飲む缶入りよりさらに細やかな気がする。女房にも一口やった。ふふふ、美味さに驚いているな。一口だけだぞ。
 しかし撹拌機械といい、缶のボールと言い、超音波システムといい、ギネスはその泡の再現に執念深さを感じる。あのきめ細やかな泡なくして俺を評価するな、という矜持に溢れているような気がする。立派だと思う。ところで。

 「生ギネスを飲ませる店はないの?」 兄ちゃんにさりげなく尋ねた。

 「ああ、ありますよ。何軒かね」

 さすがにそこは教えてくれない。そりゃ教えたらそっちへ行っちゃうからだろう。自分で探せということですな? そりゃ望ましいことである。あるのなら必ず探し出してやるぞ。わはは。

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生牡蠣とシャブリ

2005年09月13日 | 酒についての話
 ワインブームと言われるようになってもう20年くらい経つのか。僕はその流れの中に身を置いていないのでよくわからない。
 しかし、その気になって観察すると、寿司屋でもワインセラーを設置してあるところがある。僕はそういうのに非常に違和感があるのだが、ニーズがあるからそうしているのだろうからこれは文句を言う筋合いのものではない。合うと思うものを飲めばいいので、寿司にワインが合うと思う人はそうすればいい。僕はちょっと困るので強要されても困るのだが。
 しかし、刺身と白ワインは本当に合うものなのだろうか。うーん。

 「生牡蠣とシャブリ」論争というものがある。
 従来より、フランス料理界では生牡蠣に合う酒として、辛口白ワインでキリっとした味わいの「シャブリ」を推奨してきた。当然フランス料理なのでワインを合わせるのだが、伝統があるので相性というものはもう確立しているらしい。
 さほどの舌も持たない庶民派は、「そういわれればそうなのだろうな」と信じてワインと料理を組み合わせるのであるが、例の漫画の「美味しんぼ」がこれに一石を投じた。
 「ワインに含まれる有機酸塩は魚介類の生臭さを増幅させる。特に生牡蠣とシャブリの組合せはダメ。生牡蠣には日本酒が最高である」とのこと。
 これがワイン好きに火をつけ、「作者の雁屋哲はなんもわかっちゃいない」「キリリと冷えたシャブリと生牡蠣との相性がわからないヤツはグルメ本を書くな」「日本酒は生牡蠣の生臭さを消すだけ。シャブリを飲むとその磯香に相乗効果がある」などとあちこちで言われた。僕の知り合いも「美味しんぼはだから信用出来ない」と言う。さらに「漫画の言うことを鵜呑みにしてワインを知りもしないのにエラソーに言う輩には耐えられない」のだそうだ。
 僕などはワイン知識皆無で、シャブリとはシャトーブリアンの略だろうとずいぶん長く思っていたくらいの人間であるからして(汗)、ただただふーんと頷くだけである。しかし日本酒派も負けじと論を繰り出す。
 「生臭みを助長してどうする」「魚介類には圧倒的にグルタミン酸を多く含む日本酒が最適なのは科学的に証明済み」「そもそもフランスの牡蠣は鮮度が悪いので、酸味の強いシャブリで殺菌効果を期待して合わせているだけ。味の相性からじゃない」と強烈だ。僕などは、「なるほど、殺菌効果か。だから酢牡蠣にしたりレモンを絞るのは生活の知恵なのだな」と感心する。当方生牡蠣で中毒した経験がありうなづいてしまう。
 そうこうするうちに「お前フランスの最高のブロン牡蠣にシャブリ合わせたことあんのか」「奥深い吟醸酒と最高の真牡蠣で一杯やった事もないくせに」と感情的になってくる。もうここまでくれば「好みの問題」として片付ける以外になかろう。

 「美味しんぼ問題」にはさらに「キャビア論争」もある。「キャビアに合うワインはない。それはフランス人でもわかっていることで、しょうがないのでみんなウォッカを呑んでいる。ウォッカは食事にあわせる酒じゃないのに、日本酒を知らないフランス人は他に方法を知らないのだ。」とコミックスの中で山岡士郎が言う。これにも「フランス人がキャビアでワインを飲まないなんてことはない」「ロシア産だからウォッカを合わせてみよう、程度でワインだってよく飲んでいる」「シャンパンは合うんだぞ」「お前ベルーガの最上質のキャビアにシャンパン合わせた経験もないくせに」「日本酒でキャビアが食えるか」等々、美味しんぼにワイン好きはやっぱり噛み付いている。僕はそんな上質の食の組み合わせなど経験したことがないので全く意見を挟むことは出来ない。

 しかしながら、みんなワインを愛しているのだよなぁとしみじみ思う。ここまでワインに「愛」がある人なら刺身食べながらキリリと冷やした白ワイン飲んでいても納得してもいい。ただし僕にはすすめないで欲しいし強要も困るが。
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みんなワインがそんなに好きなのか

2005年09月11日 | 酒についての話
 ワインについては全然知らない。

 もちろん飲んだことがない、というレベルではないし、どんなふうに醸されているか、などの知識はある。しかし、圧倒的にいただく機会が少なくてワイン好きから見れば「お話にならない」というレベルである。
 これがまわりの人たちにとっては不思議らしい。

 僕は自他共に認める酒好きであって、守備範囲はある程度広い。広い、というのはレベルが高いという意味ではないですよもちろん。つまり日本酒であるならば、山廃純米大吟醸から三倍増酒まで、という広さである。ベテラン杜氏の手で醸された最高級の味わいをもつ酒も呑むし、ワンカップの品評までする、といった広さである。日本酒マニアから言わせればそれは日本酒好きではない、と言われるだろうが、ピンキリを知ってこそ美味い酒の価値がわかるというものですよ、といつも煙に巻いている。ただの呑んべであるという意見はとりあえず置いておいて。

 しかし、ワインについては困ったくらいに経験値が低い。
 経験値が低いことについては自分なりに原因はわかっている。決して嫌いだからではない。それは食べ物との相性の問題である。
 僕は、外で食事をする場合、滅多にレストラン、ビストロといったところには出没しない。もちろん連れ立って行くときには居酒屋であるし、個人的にこういうところへ行くときは何かの記念日とかの「ハレの日」だ。堅苦しいからだということではない。しかし、メニューを組み立ててコースとして食事をするのはあまり性にあっていないのかもしれない。一品づつ料理をチョイスしてつまみつつワインを飲む、といった形態のワイン・バーもしくはバール、ビストロ的雰囲気のところなら居心地がいいかもしれないけれども、いい店を残念ながら知らない。
 それに結局、酒は食べ物に奉仕させるもの、という気持ちで呑んでいる僕にとっては、ヨーロッパ系の料理よりもアジア系(日本含む)の方が好みなのだな。それでワインがちょっと縁遠くなってしまったのかもしれない。居酒屋が主流だからワインを飲まないのだ。

 そんな話を先日していたら、意外そうにある若い人が言った。

「凛太郎さんは居酒屋でワインを飲まないのですか?」

 これは僕のほうが意外だ。なんで居酒屋でワインなんだ? 居酒屋の王道メニューと言えば刺身、焼き鳥、モツ煮込み、おでん、もろきゅう、冷奴てなもんじゃないですか。どこにワインが入り込む余地がある?

「焼き鳥でも煮込みでも、僕達はワインですよ」

 と、さも常識であるかのように言う。うーん。なんだかヘンな感じがするな。
 しかしこの「焼き鳥に赤、天ぷらに白」という飲み方については賛同者が多いのである。僕より年配の方でも「そっちのほうが飲みやすい」という。なるほどね。否定する気はありません。そういった飲み方の方が今では主流なのかもしれない。
この「和食にワイン」という組み合わせについては、実は先達が多くいる。例えば作家の開高健もその一人。
 開高健は僕も敬愛する作家の一人だが、この人は「刺身に白ワイン」ということを提唱し始めた一人だろうと思う。そんなふうに随筆に書かれている。料理屋に上質のワインを持ち込み、相性の良さについて言及している。しかしそれは、質の悪い日本酒が主体だった時代になんとか呑める酒を…ということでやったことだと解している。今のように吟醸酒が出回る時代だったら開高健も白ワインを持ち出さなかったのではと思うのだが。

 好みというのは難しい。僕はワインを飲むと、どうしても香りが果実酒であるがゆえに、醤油との相性に疑問が生まれるのだ。なので、刺身とワインという組み合わせは出来ればしたくない。しかし、これは好みの問題なのだよなぁ。
 ちなみに、日本酒でも吟醸酒は、その吟醸香(フルーティな香り)がどうも食べ物とバッティングするので、食前酒などに呑むことが望ましいと以前にも言ったことがある。誤解を恐れずに言えば「美味すぎる酒は料理を殺す」とも言えるのではないか。

 ちょっと袋小路に入ってしまった。経験値の少ない僕はワインについてはやっぱり語れないな。
 ワイン好きは「ワインはアルカリ飲料なので血をサラサラにするのだよ」「赤ワインのポリフェノールは身体にいい」「世界中で最も飲まれている酒であり中国人も飲んでる」と言ってすすめようとする。はいはいそりゃわかってますって(汗)。
 とりあえず僕の感想としては「ワインはつい飲みすぎる」と言って逃げる。「健康のために不味い日本酒や焼酎を呑んで節制しているのだよ」と言ったりする。好みというのは本当に難しい。
 僕がこういうところに書く際に、日本酒やブランデーや焼酎は「呑む」、ビールやワインは「飲む」と書き分けていることに気が付いてくださる人もいると思う。つまり、僕にとってワインはそういう感覚なのですな。修行が足りないと言われそうだが、これ以上修行したら肝臓のカラータイマーが点滅してしまう。



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札幌の出来立てのビール

2005年08月17日 | 酒についての話
 以前書いたことがある話なので二番煎じなのだが暑いので思考が停止している。勘弁していただきたい。

 手首の炎症が治まって以来、僕は毎日ビールを飲んでいる。暑いからねぇ。
 僕はこのブログ内で、「ビールはあまり好きではない」といい続けているのだが夏は別である。さすがに燗酒は呑みたくない。
 いや正確には「第3のビール」だな。本当のビール党はこういうものは飲まないだろうけれども、僕はこの国に税金を少しでも払いたくないので昨今はこいつを愛飲している。まあこだわりがあまりないのだ。
 
 さて、初めてビールを飲んだときの印象は、誰しも「大人はよくこんな苦いもの喜んで飲んでるなぁ」ではないだろうか? 僕もそうだった。いつくらいから、あれを美味いと感じるようになったのだろう。記憶にはないのだが、既に大学生のときにはガブ飲みしていた気がする。大人になったことへの喜びもあったのだろう。どれだけ美味いと思って飲んでいたかは疑問である。

 いつから手放せなくなったのかの記憶は曖昧でよくわからないのだが、はっきりと「ビールってこんなに美味いものだったのか」と初めて感嘆した記憶は残っている。
 それは、北海道の「サッポロビール園」に行った時のことだった。

 21歳の冬のこと。季節感を無視して寒いときの話をする(暑い話は書きたくないのだ)。
 僕は北海道をウロウロと一人で旅行していた。札幌に居たある昼のこと、前日に知り合ったある旅行中の女性が(旅先では人と友だちになるのが早い)、「ビール園に行ってみたいな」というので、それに便乗して出かけた。特に下心があったわけではないが、こちらは学生の分際でありそういうふうに人が言ってくれないとなかなかキッカケがつかめないのである。
 サッポロビールの工場直送の出来立て生ビールが、ジンギスカンと一緒に飲み食べ放題、という楽しいコースを選んだ。その時の僕の懐具合からして3000円は痛かったけれども、しかしそれは学生貧乏旅行中の価値観であって、実際はこの値段は安い。
 早速ジョッキになみなみと注がれたビールが運ばれてきた。んぐんぐ…と喉の奥に向けて流し込んだ。

 これは美味い…(驚)。

 喉に少しも引っかかることなく、爽やかな喉越しで、ビールでは感じたことのない香りまでする。僕は元来炭酸系飲料がそれほど好きではなくてコーラも滅多に飲まない人間なのだが、このビールはそのシュワシュワ感も強くなく、さりとて発泡感が失われていない。簡単に言えば「なめらか」なのだ。
 出来立てのビールと言うのはこんなに美味いのかと僕は驚いた。喉の奥が「もっとビールを! 」と叫び出し、飲み放題をいいことに次から次へとおかわりを要求した。果たして何杯飲んだことだろう。昼間からほろ酔いなんていう状況ではなくなってしまった。酔っ払いですな。
 これが、今までビールを飲んだ中で最高に美味かった記憶。その後大人になって丁寧に注がれた本当にコクのあるビールも飲んだことはあるし、名のあるビアホールにも行ったことがあるが、そういうことを超越した鮮烈な記憶である。もしかしたら飲んだ量も最高だったかもしれないが。

 一緒に居た彼女も酔っ払っていたが、その日彼女は東京へ帰らなければならない日だった。旅の最後に思いっきりビールを飲んで帰ろうという腹だったのだろう。その相手になぜ僕を選んだのかはわからないが、僕より4~5歳上だった彼女にしてみれば、酒の話ばかりしている体力自慢の僕が安全で相方に相応しいと思ったのだろう。
 酔ってはいたが札幌駅まで彼女を送った。周遊券を持っていて列車乗り放題状態の僕は、千歳まで送ろうかとも思ったのだが彼女は「ここからは一人で帰る。ありがとね」と言って長い髪をハラリとさせて踵を返し改札口に消えた。

 僕はそのあと一人で街をなんとなしに歩いた。街は日も傾き、黄昏色に染まっている。冬なのに珍しく晴れている札幌の、積もった雪で真っ白の街がなんとなく夕陽に染まっていく情景を酔眼で見ていた。ちょっと好きになりかけていた彼女のことを思いつつ、酔いを覚ましながら寒い街を無言で歩いた。徐々に夕闇が迫り街にはイルミネーションが輝きだした。
 
 彼女は今元気なのだろうか? 飛び切り美味かったビールとリンクしたある旅の思い出である。


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「禁酒時代」

2005年07月28日 | 酒についての話
 僕は、アルコール中毒ではないと自分では思っている(当然です)。

 アルコール中毒(正式にはアルコール依存症とでも言うのだろうか)とは、酒なしではいられない人のことを指す、と言われる。また、呑み始めると止まらない、自分で量を調節できないし意思をコントロールすることが出来ない人を言うのだと思っている。医学的に定義はあるのだろうが詳しくは知らない。
 もちろん僕はそんなことはない。毎日呑んでいるが、家での量はたいしたことはない。ビールも350mlの缶を一本、日本酒だと一合から二合。それも食事とともに摂る。そののち「寝酒」的にウイスキーならシングルないしダブルを一杯程度だ。気分が良くなるくらいで、酔っ払うまでもいかない。以前に「ブログを書きながらの一杯」で書いたように、食事をおいしく食べるために酒に奉仕させているという感覚で、酩酊することは滅多にない。外で呑むときには確かにもう少し呑むが、それは毎日ではない。

 しかし、アルコール抜きの生活というのは実に寂しいものだ。どうしても必要なものではないが、うるおいがなくなる。
 僕は現在禁酒中である。左手首の付け根に、レントゲンで見るとなんだかわからないが「小さなカルシウムの固まり」のようなものが突然出来て、炎症をおこし痛くてたまらなくなったため、医者に言われて酒を一時ストップした。詳細はHPに書いたとおり。治るまでは、アルコールは炎症を助長させるため禁酒である。一週間程度で治るのでは、と言われたがまだ完全には痛みは去らず、かれこれ二週間近くなる。
 発症して一週間は左手を固定されて使えなかったために、PCのキーが叩けずブログも更新出来なかった。現在は、痛くない程度なら左手を使ってもいいと医者から許可が出たのでこうして書き込みも出来るのだが、酒は、薬を呑まなくても大丈夫な状態になるまでお預けである。

 しかし、存外平気である。たかが二週間くらい。ご存知の方もいるだろうが僕は、約一年前に椎間板ヘルニアを発症して、そのときは七ヶ月も禁酒した。隠れて呑むなんてことは一度もしなかった。なので、僕はアルコール依存症ではない、と宣言出来る。それまでは周りの人たちの中で「あいつアル中じゃないの?」と疑っていた人もいたが、これによって疑惑を晴らしたので価値があった。酒に取り込まれる人間ではないと立証したのだ。ふっふっふっ。だいたい、日常だって昼間から呑んでいるわけでもないし、人をつかまえてアル中呼ばわりは失礼である。

 ではあるが、「アルコール抜きの生活は寂しい」と書いた。それはなぜ寂しいのかと言えば、

「夕食の時間が約10分で終わってしまう」

からである。普段であれば、まず一杯のビール、そして少しづつ夕食を食べながらゆっくりと酒を呑む。誰に急かされることもなく、別にクダをまきながらというわけではないが、あーだこーだと話をしたりテレビを見たりしながら少しづつテーブルの上のものを頂いていくのが普通である。これを「酔っ払いの長っ尻」と言って同居人は嫌うのであるが、作ってもらった食事をじっくり味わって食べているということも言えるわけで、それはそれで尊重しているつもりなのである。
 しかしながら、晩酌をしないとどうなるか? これは、最初からご飯を片手にパクパクと食べるわけで、昼食を食べているのとさほど変わりがない。そうなると、どれだけゆっくりしようと思っても10分くらいで食べきってしまうのである。
 作った側としては、一時間かけて作ったものがあっというまに消費されるので、一抹の寂しさがあるらしい。もう少しゆっくり味わって食べなさい、と言われても、不味いものならともかく美味いものであるなら箸がストップすることはない。「はいごちそうさま。」 美味いからすぐ無くなるのだ、と言ってもどうも釈然としないらしい。晩酌の重要性がここにも表れている。家庭円満のためには晩酌をすべきなのだ。

 もう一つの問題として、

「味覚嗜好の幼児化現象」

がある。酒のある食卓というのは当然、酒の肴を欲しがるわけで、特に珍肴を欲するわけではないが、比較的オヤジが食べたがるものを好んで食する傾向がある。夏だと冷奴とか、ですね。最近はナスやキュウリが美味くて、すっかり野菜中心の低カロリー的食卓だ。年齢的にもこういったものを食べていると身体にいい。僕は太る傾向があり、なおかつ尿酸値が高いので、肉を食べているより魚や野菜の方が望ましい。
 しかし酒を呑まないと、食の好みが逆戻り現象というか退行というか、どうも幼児化してしまうのだ。

「今日何が食べたい?」
「ハンバーグがいいなぁ」

 酒を呑んでいればハンバーグなど絶対に食べたいと思わないのに。酒を知らなかった少年の頃の嗜好に逆戻りしてしまうのだ。コロッケやトンカツ、赤いウインナーなんかが無性に食べたくなる。酒に合う食べ物よりも当然飯に合う「おかず」を欲するわけで、好みが完全に「ガキ」になってしまう。これはヘルニア禁酒の時も痛感したのだが、カレーライスならもう何日続いてもいいなぁと思える始末である。
 並べてみるとどうも高カロリー食品が多い。むしろ酒を呑んでいたときの方があっさりとした食卓であり、同居人も「このままでは肥満する」と言うのだが。実に困ったものなのです。やはり晩酌は健康のためにも有効なのだ(屁理屈)。

 今はビールの美味い季節。早く喉を鳴らして呑みたいと切に願っている次第なのである。ふぅ。




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ブログを書きながらの一杯

2005年06月28日 | 酒についての話
 いきなり日常の話になる。

 僕は家で食事をする場合、必ずと言ってもいいくらい晩酌をする。それには理由がある。
 生まれてこのかた、僕はずっと大食漢であった。母親が「家畜を飼っているようなものだ」とよく言って嘆いた。家計を圧迫するほど食べていたのだろう。飯を必ず5杯食べていた。確かにウシやウマと変わらなかったかもしれない(汗)。なので小学生の一時期、かなり肥満した。体育の成績が落ちた。走るのもフウフウ言っていたのでしょうがないだろう。小学生も高学年になったとき、僕は逆上がりが出来なくなったことに気がついた。これはかなりショックだった。子供ながらに悩み、「痩せなくては」と固く心に誓った。
 中学生となって、僕は部活動に力を入れた。入ったクラブは「テニス部」。当時「エースを狙え」が流行っていて、テニスをやれば藤堂さんや尾崎さんのようにカッコよくなれるのではないか、と想像したからだ。
 だが同じように考えるヤツはたくさんいて、テニス部は同学年のヤローどもに人気で100名近い入部者が居た。テニスはコートに入る人間がそんなに多くては練習にならない。なので、先輩たちは人数を絞りにかかった。つまり「シゴキ」という手段にでたのである。
 これは厳しかった。とにかく走り、腹筋や腕立て伏せなどばかりやらされた。ラケットなど持てない。そのせいで夏には部員は12~3名になった。幸いにして僕は生き残り、その時点で僕はシゴキにより痩せて、筋肉質の身体を持てるようになった。肥満児からの脱却に成功したのである。

 全然晩酌の理由にまで話がいかないので端折るが、肥満児でなくなっても僕はやっぱり「ご飯好き」は直らなかった。運動をしていた頃はよかったのだが、いったんそれを止めるとまた太り出してしまう。
 一度肥満を経験すると「脂肪拡大因子」が体細胞に出来てしまうとも聞いたことがある。太りやすい身体になっちゃったらしい。なので、社会人になって忙しさで全く運動というものをしなくなってしまって、僕はまた太り出してしまった。これではいかん、と思い出した頃、僕は「ご飯の量を減らす」方法を思いついた。
 性格というか習慣というか、僕はおかずが何品か並ぶと必ずそれとともにご飯を大量に食べてしまう。「おかずだけ食べることが出来ない」人間なのだ。しかし、酒を呑むとそれらのおかずは「酒の肴」になり、ご飯を食べずに済む。そうして僕は合理的に(?)ご飯の摂取量を減らすため、酒をやむなく、本当にしょうがなく呑み始めたのであった。これが、晩酌の理由である。

 さて、夕食時に呑む酒は料理に合わせるので決まっているわけではない。まあたいていは日本酒、焼酎、ビール(発泡酒)のうちのどれかなのだが。家ではかしこまって食べない関係上、和食中華エスニック系が多いので、ワインは滅多に呑むことはない。
 夕食時、疲れていたり、または好きな肴があったときは酩酊してしまうこともあるが、たいていは「ほろ酔い」程度である。そうしてTVを見たりビデオを見たりして過ごし、夜も更けた頃に楽しい「PCタイム」となる。かつてはこの時間はずっと本を読んで過ごしていたが、今はネットサーフィンをしたりこうしてブログを書いたりしている。寝る前の小一時間、僕にとっては「至福のとき」だ。
 その頃は晩酌の酒も醒め加減なので、また呑みだしたりする。このときはウイスキーやブランデーなどのスピリッツ系が多い。家具の配置にも問題があって、PCの隣にはサイドボードがあっていつも酒が何本か並んでいる。どうしても手にとってしまうのだ。

 この一杯は美味い。好きなことをしながら呑むという行為がこんなにも美味いものだとは子供の頃にはわからなかった(当たり前ですが)。
 僕は読むことも好きだが書くことも更に好きで、文章の語尾を「である」にするか「だった」にするか、といった実につまらないことで苦吟しながら呑む酒の美味さについては、おそらく誰も理解してはくれまい。
 昨今とくにブログの文章が延びてきた。以前は「簡潔に書かにゃいかん」と抑えたこともあったが、現在は野放し状態である。ブログが公開を前提としているもので、多くの人がコミュニケーションツールとして活用しているのは知っているが、僕は滅多にトラバとかしないしブログ同士の交流も少ない。ただひたすら「書く」ために活用している。そりゃ読んでいただける人がいるに越した事はないが、こっちから働きかけて「読んでくれ!」と叫ばない限りはブログの数が400万とか言われている現状では無理。それに迎合して書くのもつまんないので現状に満足している。「公開していればいつか誰かが読んでくれるかもしれない」と思うだけで結構ワクワクするしねぇ。
 こんな状態なので、自分が書いていて「酒が美味くなる話」を中心に記事はアップしている。それは何かと言うと「思い出話」であって、楽しかった旅の追憶や凄かったバックドロップなどをアタマに思い浮かべながら呑んでいると実に精神衛生上いい。書き終えたときはアタマから昼間の現実という毒素はすっかり抜けている。

 今日もこうしてヨタ話を書きながらの喜んでいるわけで。タグを打たなくてすむブログとはありがたいツールだ。呑みすぎによる肥満だけには気を遣いつつ…。


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安いウイスキーを呑みながら

2005年05月26日 | 酒についての話
 僕だって上質のウイスキーを呑む。(たまには)
 たいていはもらい物であるが。まだお歳暮その他の進物用としてウイスキーを贈る風習はあり、僕はチンピラなのでそういうものには滅多にありつけないが、偉いさんなどは余るほど貰う人も居て、そういう人の中にはさほど呑めない人もいる。そういう人と付き合っていると、「これ呑まないか」などと有難い声がかかることもあり、丁重にいただいてくる。
 もちろん自分で買うこともある(当然だが)。疲れた夜半過ぎ、一杯のストレートが心を癒してくれる。そういうときには、上質のモルトウイスキーが欲しくなる。
なので、家にはオールド・パーもあれば、シーバスのロイヤルサルート(21年もの)も寝ている。時々は夜も更けた頃に一人グラスを傾ける。

 だが主体はむろん安ウイスキーだ。
 ウイスキーなどという飲み物は食事中に呑むものではもちろんない。上記のように食事後にゆっくり呑むのが正しいとは思っている。しかし、年齢からか食べすぎか、昨今尿酸値が高くなり(汗)、痛風が怖いのでプリン体を多く含むものを避けなれけばならなくなったある時、ビールの代わりに冷やした安ウイスキーを水で割って氷を浮かべて呑んだ。ビールはプリン体の含有量が多い。
 これは案外いけるものなのだ。意外にお好み焼きや串カツにも合う。外ではやらないが、家では誰に気兼ねすることもないので、ビールを控え安いウイスキーをガブガブ呑んで健康に気を遣っている。しかしそういうふうにして呑むのにバランタインやホワイトホースではもったいないでしょう。なのでウイスキーは2種類を呑み分けている。

 しかし、安ウイスキーはそんなに捨てたものではないのである。最近では、明らかに不味い、というウイスキーは少なくなってきた。メーカーも研究を重ねているのだろう。
 安いウイスキーとしてよく知られるのは、サントリーだとトリス、レッド、ホワイトなど。ニッカだとハイニッカ、ブラックニッカなど。これらのウイスキーはそれなりの味わいがある。もちろんローヤルやリザーブ、スーパーニッカなどとは別物だけれど、昔から呑み続けて来た郷愁の味とも言える。
 かつて、学生の頃、酒を覚えたての時分は、ホワイトやブラックニッカなどは最上級の酒だった。その頃はもっと怪しいウイスキーを呑んでいた記憶がある。もう今では無くなったが、21(トゥエンティワン)やNEWS、Q、コブラ…といった名称のウイスキーを覚えている人はいないだろうか? 中には無色透明のウイスキーまであった。まさしく「ウイスキー風飲料」であったと思うが、なんせ廉価で学生にはうってつけだった。しかしさすがに生のままで呑むのはあまり美味くなく、よくコーク・ハイにして呑んだ。騒ぎながらただ酔うためだけにゴクゴクと呑んだ。青春であったと思う。
 年を経て多少口がおごってしまった今になっても、例えば旅に出るときなどはわざわざトリスのポケット瓶を探して購入して夜汽車に乗ることもある。トリスと言えば、かつては「トリスをのんでHawaiiへ行こう! !」という山口瞳のコピーが一世を風靡したこともある国民的ウイスキー。しかし今では探さないと見つからないようになった。これを過ぎ行く車窓を眺めながらチビリチビリとやると、その舌にピリピリくる味わいがなかなかに旅情を喚起させてくれるものなのである。

 そういうことを書いていると、「オマエは結局ウイスキーの味がわからないのだろう」と言われること必至である。うーん。確かに利き酒が出来るほどウイスキーの味わいはわからないかもしれない。しかし、シングルモルトと「ウイスキー風飲料」の区別くらいはつくつもりである。
 実に簡単な見分け方がある。水割りにして飲んでみるのだ。
 例えばジョニーウォーカーの黒などは、シングルの水割りであってもさすがにジョニ黒の味わいを残している。いい香りだ。ところが、「ウイスキー風飲料」であると…。
 これはもう水の味しかしなくなってしまうのですね。ウイスキーの香りなどまるでナシ。薄めると馬脚をあらわしてしまうのである。一度試してみられるといい。
しかし、だから安ウイスキーはダメだ、とは言っていない。好みもあるのだ。重たい味わいを避けたい日もあるだろう。

 昔、僕が酒に興味を持ち始めた頃は、サントリーでも角、オールド(ダルマ)くらいがせいぜいのところで、リザーブ、ローヤルといったものがようやく浸透し始めたところ。上等のウイスキーと言えば舶来物(なんと古臭い言い方か)ばかりだったように記憶している。ところが税法も変わり、いい輸入ウイスキーが比較的たやすく手に入るようになった。そしてまた、サントリーでもモルトの山崎、白州などが発売され、国産と輸入物の差がなくなってきている。先日モルトウイスキーの「山崎50年」がなんと価格100万円で限定発売され、即日完売したと聞く。不況なんて何処吹く風だが、それだけ後進国の日本のウイスキーにも歴史が刻まれてきたのだとも言える。
 それだけに、安いウイスキーを帳尻あわせのように発売して欲しくないのである。安くて混ぜ物をしてあるウイスキー風飲料であってもここまで技術革新でレベルを上げてきたのだから、もっとプライドをもって発売して欲しい。ライトな味わいが欲しいときだってあるのだから。

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ウイスキーの定義 Ⅱ

2005年05月25日 | 酒についての話
 ウイスキーの定義について、大まかに世界中で納得されるであろう定義について書いてみた
 では、日本の酒税法における定義とはどうなっているのか?
 ちょっと抜粋する。

(ウイスキー類の定義)
イ 発芽させた穀類及び水を原料として糖化させて、発酵させたアルコール含有物を蒸留したもの (当該アルコール含有物の蒸留の際の留出時のアルコール分が95度未満のものに限る。)
ロ 発芽させた穀類及び水によつて穀類を糖化させて、発酵させたアルコール含有物を蒸留したもの(当該アルコール含有物の蒸留の際の留出時のアルコール分が95度未満のものに限る。)
ハ イ又はロに掲げる酒類にアルコール、スピリッツ、香味料、色素又は水を加えたもの。ただし、イ又はロに掲げる酒類のアルコール分の総量がアルコール、スピリッツ又は香味料を加えた後の酒類のアルコール分の総量の100分の10未満のものを除く。


 法律用語は難しいので僕なりに解釈すると、イはモルトウイスキー、ロはグレーンウイスキーについて書いてあるのだと思う。発芽させた穀類、とは大麦麦芽のことで、これを100%使ったのがモルト。ロは、穀類を大麦麦芽によって糖化発酵させる(麦芽に含まれる酵素の働きで発酵)もので、グレーンウイスキーを指していると類推される。ややこしいな。
 問題は「ハ」である。
 これはつまりどういう事かというと、「イ」「ロ」つまりモルト或いはグレーンに混ぜ物をしてもウイスキーと認めますよ、そしてその混ぜ物は全体の90%以下であればウイスキーと見なしますよ、ということである。

 なんですと! ! !

 つまり、全体の一割以上ウイスキーが入っていれば、それはもうウイスキーなのだ。これは驚くべきことではないか。10倍に水増ししてもいい、ということなのだから。
 僕は普通の人の感覚でモノを言おうと思うのだが、10のうち9がウイスキーではなく工業用アルコールや甲種焼酎、水、着色料、香料であったとしたら、それはもはやウイスキーではないだろう。
 百歩譲って、日本の技術の進歩でそのようなウイスキーまがいのシロモノであっても、限りなくウイスキーの味わいに近づいた、素晴らしく旨いものが出来たとする。しかしそれでもそれはウイスキーではないだろう。以前僕は「日本酒テイスト飲料」という言葉を用いたことがあるが、それに倣えば「ウイスキーテイスト飲料」であるだろう。

 日本の国家と国税局というものは本当に情けない存在である。日本酒について言及したときにもそう思ったが、つまり税金が取れるとなったら平気でウソをつくのだ。世界基準で考えれば、9割が混ぜ物のウイスキーなぞウイスキーだとは誰も呼んでくれない。それをウイスキーと呼ぶのは世界中で日本の国税局、そしてそれに追従するメーカー、そして騙されている日本の酒呑みだけである。

 しかし僕は、こうしたまがい物ウイスキーを撲滅せよ、と主張するものではない。
 日本酒について言及したときにも書いたことと同様のことを僕は言いたいと思う。
 混ぜ物絶対反対、というのではない。しかし、混ぜたなら混ぜた、とはっきり書きなさい、ということである。そして、混ぜたものは世界基準に照らして既にウイスキーではなく、それは混成酒(リキュール類)に相当するから、はっきりとリキュールです、と書きなさい。そして混ぜてもウイスキーの味がする、と言ってメーカーは自慢しなさい。僕は「ウイスキーテイスト飲料」もしくは「ウイスキー風飲料」と明示するのが一番正しいやり方であると思う。
 そしてメーカーは、もはやウイスキーではないのだから税率を下げてもっと廉価で販売できるように国及び国税局に働きかけなさい。ビール業界を見ろ。安くするために発泡酒を発明し、「これはビールではない」と大見得を切って税金を抑えて廉価で提供した。それにも税金をかけると国が言うと、今度は「第三のビール」だ。あの態度は消費者の味方である。なのにウイスキーメーカーは(日本酒メーカーもそうだが)国とつるんで、ウイスキーじゃないものをウイスキーだと言い、ウイスキー分の税金を我々から取り立てようとする。

 世界基準のウイスキーの定義である原料・蒸留・熟成について、きちんと明示出来るようにならないものか。混ぜ物ウイスキーが本物と言われる日本では難しいのかもしれないが、モルト○%、グレーン○%、そのグレーンの材料は何かを明示、混ぜ物は何が○%、そして熟成は何年、とはっきり書いてくれればわかりやすい。それでも美味くて安ければ買う。現に僕も、こういう知識がありながらペットボトル入りのウイスキー(飲料)だって購入しているのだ。ああ美味い、とまでは思ってはいないが、普段呑むのであればいっこうに差し支えない味の水準はあると思うのだ。だからこそ業界はもっと奮起して欲しい。国に追従しているだけでは消費者にいずれ見放されてしまう。


 関連した過去記事:日本酒についての話
 吟醸酒の味わい  
 日本酒あれこれ  
 普通酒そして三増酒について  
 特定名称酒について 
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ウイスキーの定義 Ⅰ

2005年05月24日 | 酒についての話
 話は日曜日のことなのだが…。
 普段呑み用のウイスキーが無くなったので近所のリカーショップへ出かけた。
 そこで、僕はペットボトル入りのウイスキーを購入した。酒にうるさい人がもしこれを読んだら、「ペットボトル入りのウイスキーを呑むのか?」と言われるかもしれない。バカにされて結構。僕は場合によってはこういう廉価のウイスキーも呑む。質より量とは言わないが、質が欲しいときは質を選び、量が欲しいときは量を選ぶ。僕はウイスキーをいつも家に二種類用意してある。純粋にウイスキーの芳香を味わいたい時に呑むためのもの。もう一つは普段食事時などにガブガブ呑むためのものである。酒にこだわりがあるような事を普段から言っているので僕のことを酒にうるさいヤツだと思っている人もいるらしいが、実態はこういうものである。日本酒だって、味わいたい時は吟醸酒も呑むが、いつもは普通酒(日本酒テイスト飲料)で結構だ。三増酒はさすがに避けたいが。日本酒のことについては以前に書いた。

 そこで買ったのは、普段は清酒・焼酎メーカーとして知られている○カ○酒造発売のウイスキー、2.7Lである。これで2000円程度なのだから安い。まあ度数は37度しかないのだけれどもそれでも安い。「なんでこのウイスキーを選んだの?」と同居人が聞いてきたが、それは僕が凛太郎だからだよ、とは言えず適当に誤魔化した。つまり僕のHNに似た名前の酒なのですね(バレバレですな)。
 同居人はこうも言う。

「これって本物のウイスキーなの?」

 そう言われるとちょっと返答に苦しむ。このウイスキーのラベルには、「穀物原料100%使用」と謳われている。原材料名は「モルト、グレーン」。これだけ見れば「本物のウイスキー」であると言える。しかし、これだけしか情報がない、とも言える。ラベルを完全に信用したとしても、そのモルトとグレーンの比率、またどのくらい熟成させているか、などの点が書かれていない。やはりそういう点はしっかりと誇りをもって言及しておいて欲しいものである。

 というところで話が終わっていればいいものを…
 僕は余計なことまで言いたくなってしまうのである。
 それは、日本のウイスキー現状についてである。ちょっと話が面倒になるがご容赦いただきたい。

 ウイスキー、という言葉から僕たちが連想するのは、やはりスコッチ・ウイスキーである。イギリス北部、スコットランドでつくられるウイスキー。彼の酒の代名詞のようなもので、日本のウイスキーもこのスコッチを模範にとして醸されていった歴史がある。ピートで燻される大麦から生まれる独特の煙臭が生命線とも言える。
 そのスコッチに代表されるウイスキーの定義というのは、もちろん本場イギリスでも明確に法律で決められているが、まあうるさいことを言わずに世界基準で定義すると、以下のようになる。

・原料が穀物であること。従って、ブドウから作られるブランデーやサトウキビを原料としたラムはウイスキーではない(当たり前だが)。
ウイスキーは、その原材料の穀物で大まかに3つに分けられる。モルトウイスキー、グレーンウイスキー、ブレンデッドウイスキーである。モルトウイスキーは、ピート(泥炭)の煙臭をしみ込ませた大麦麦芽を原料とするもの。グレーンウイスキーはトウモロコシ、小麦などの穀類と麦芽を原料とするもの。ブレンデッドウイスキーはその両者のブレンドである。

・蒸留した酒であること。従って、蒸留しない醸造酒(ビールやワイン)はウイスキーではない(これも当たり前だが)。本当は単式蒸留だの連続蒸留だのもあってモルトとグレーンでも違うのだが、細かい事はさておき。

・木樽で熟成したものであること。従って、穀物が原料だが樽で熟成をしないジンやウォッカはウィスキーではない。この樽もオークの樽でないといかんとか年数とかいろいろあるのだが細かい事はさておき。

 以上の3点を満たしていればウイスキーである、と世界的に言っていいのだとされる。当然日本のウイスキーも、スコッチを模範として造られてきた歴史がある以上、当然以上3点をクリアしているはずである。
 しかし、日本の酒税法の「ウイスキーの定義」は、この国際的な基準とは少し違うのだ。

 どんどん話が伸びていく傾向がある(汗)。次回に続く。
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泡盛に魅せられて

2005年05月08日 | 酒についての話
 連休後半は沖縄にいた。

一年に一度くらいは沖縄に行きたい、とは思っているのだけれどもなかなか果たせないでいる。しかし、長く沖縄に行かないと僕の中の「沖縄病」が疼き出して始末に負えなくなるので症状が悪化する前に行かねばならない。…というわけで行ってきた。
 しかし、20歳で初めて沖縄に上陸して以来(そのときは2ヶ月居た)、かれこれ20年も経って、何度も足を運び特に新しく観光しに行くところなどはあまりない。今年はそれでも、初めて浜比嘉島という小さな島へ行った。ここには、沖縄開闢の祖アマミキヨの墓をはじめとして様々な聖地がある。沖縄の神話が好きな僕にはとても有意義な時間だった。あとは…御嶽うたきと言われる聖地をあちこち廻りうがみ、また裏道を選んで歩き(細道をすーじぐわと言う)、なんとなしにブラブラして過ごしたに過ぎない。

 よく言われる。「なんのために沖縄に行くの?」
 僕はここ10年は沖縄に行っても泳いでいない。それどころか海を近くで見ないときすらある。リゾートホテルなどは行った事がない。では沖縄のどこが好きかと言われれば、それは文化であり歴史であり風習であり空気なのだが、具体的に「何をしに」沖縄に行っているのかと聞かれれば、端的に言えば「酒を呑みに行っている」と言うのが正解だろうと思う。
 とにかく沖縄の食べ物と「泡盛」が大好きなのだ。

 泡盛。沖縄が産んだ世界に冠たるスピリッツ。
 泡盛とは何か。定義は、「米麹(黒麹菌を用いたものに限る)及び水を原料として発酵させたアルコール含有物を蒸留したもの」とある。こう書いてもなんのこっちゃわからない。蒸留酒であるから、つまりウイスキーや焼酎と同じ仲間である。
最近は第何次沖縄ブームかなにかは知らないが、泡盛を知らない人は少なくなった。全国どこでも売っている。昔は「泡盛って何? 」と言う人が多く、米焼酎と勘違いしている人も多かった。いいご時世になったものだ。

 初めて沖縄に旅して、泡盛を最初に口にしたときの衝撃は忘れられない。強烈で魅惑的な芳香。南国のけだるい暑さの中で思わず迷宮に入り込んでしまいそうな味わいだった。まだ若く酒の味を云々するほどの経験もなかった当事の僕だったが(今でも云々出来るほどではないが)、これほどに高貴な酒は存在しないのではないかと思い、チャンピオンベルトを贈呈したくなった。
 その旅行の最中、ずっと泡盛を呑み続けた。さまざまな島を巡り、それぞれの島で呑んだ。日本最南端の島で醸される、手作り数量限定で島の外にはなかなか出ない泡盛の旨さ。ちょっとこれはたまらない。
 また、酒税法上の特例で、アルコール度数60度の酒を造る蔵が日本最西端に在る。この蔵を訪れたら、出来立ての原酒があった。ご好意で嘗めさせていただくと、それはもっと強い70度オーバーの原酒だった。口の中が燃えて、そのあとアルコール消毒をしたようにひんやりしたような気がした。しかしそれでも旨いとはどういうことだろう。
 その旅を終えるとき、僕は3合瓶を12本背中に背負って地元に帰った。実に重かったが、その頃は泡盛を扱っている酒屋など地元には本当に見当たらなかったからだ。
 帰って、家族や友人に惜しみ惜しみ呑ませた。しかし感想は「匂いがキツすぎる」「鼻に抜ける匂いに慣れない」ヒドいヤツは「臭い」とまで言う輩もいて、もう誰にも分けてやんないと拗ねたものだ。そうして大事に呑んでいたがしばらくすると尽きてしまい、町中の酒屋を探した。20年前は本当に無かったのだ。デパートにもなく、京都駅八条口の「アバンティ」でついに見つけたときは思わず買い占めそうになったほどだ。ディスカウントストアでも何銘柄も揃う今とは隔世の感がある。

 何度も沖縄に行くうちに、最初の泡盛との衝撃的な出逢いから進んで、もっと深遠な世界も知ることになる。古酒くーすもその一つ。
 ブランデーなどと違って、日本の焼酎はあまり長期熟成はしない。しているところもあるが数少ない。しかし泡盛は長期熟成を行う。甕に入れて、戦前は100年ものもあったという。だが戦争で全て失われてしまった。しかし、戦後から数えても、50年オーバーのものはもう存在するのではないか。
 そんな貴重品は口にしたことはないが、10年ものくらいは呑んだ。まろやかで刺々しくない、でもすっきりとした旨み。艶やかで美しく、ちょっと例えようがない馥郁とした味わい。文化の極みがそこにはあった。

 この旅でもよく呑んだ。居酒屋に入ってまずオリオンビールの生を。それをぐぐっと飲み干し、そして泡盛の出番となる。この地元産ビールと泡盛のタッグは最強だ。
 テーブルに沖縄伝統の料理が並ぶ。僕が愛してやまないてびち、らふてぇ、すーちかー、みみがー等々の豚肉料理。イラブチャーなどの刺身。ぐるくんの唐揚げ。各種チャンプルー。それらをワシワシと食べつつ、泡盛を呑む。最初は水割りだ。ピッチが上がってもしっかり食べているのでさほど急に酔う事はない。
 徐々に食事は進み、腹も満たされてくる。そうなるとロックで呑みだす。テーブルの上は、ジーマーミ豆腐、スクガラス、島らっきょう、そして山羊刺し。だんだん陶然としてくる。酒を呑む喜びここに極まれりである。そして最後はストレートとなる。上等の豆腐窯(豆腐を麹に漬けて醗酵させたもの)をちびちびと食べながら、だ。本当に幸せである。
 妻に呑みすぎと怒られながら店を出て、最後に沖縄そばを屋台で食べて宿に戻る。こんな暮らしがずっと続いたらパラダイスなのだが。

 しかし、この旅でも沖縄の食材をたくさん買いこんできた。泡盛はうちでは欠かした事はないし、しばらくは家でも旅の続きが出来そうである。やめられないんですよねぇ。
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ラガービールに合う食べ物とは? 

2005年05月01日 | 酒についての話
 今日はお出かけ帰り、夜の食事は面倒なので近所のお好み焼き屋に行った。関西では比較的有名な○橋△月(そこまでして伏字にしなくても悪口書くわけではないからいいか。鶴橋風月です^^;)の支店が近所にあり、割引券があってその期限が迫っていたというだけの理由なのであるが。
 ここはチャンポンのような太い麺が特徴で、それを入れたモダン焼きなどを頼み、先ずは生ビールを。

 ふうぅぅ。今日も暑かったからなぁ。

 5月となりもう既に気分は初夏である。ちょっと信州まで出かけていたのだが、あちらも昼間は高地なのに結構暑かった。ましてや今住む街は夏日である。ビールが美味いわけだ。
 そうこう言っている間にお好み焼きが焼けてきた。小さなコテでちょいと一口分切り取っては口に運ぶ。熱い。が、美味い。そして再びビールを喉に流し込んでやる。生きていることの幸せを享受する瞬間である。

 僕は実は自分のHPでも、「ビールにさほど執着していない」と書き続けていて、このブログでも同様のことを書いた記憶がある。しかしこう暑いとねぇ…。ノドごしと清涼感には勝てないのですよ。「気温が25度を超えたら執着する」と訂正しておこう。
 しかしながら、お好み焼きと生ビールの取り合わせはまさしく黄金のタッグであると思う。これを超える組み合わせがあるかないか? などと言った低レベルの話題を、熱い鉄板の前でビール飲みつつ話していた。

 なお、ここで言うビールとは、日本のビールのことである。つまり、下面発酵のラガータイプのビールで、冷やして飲むと美味しいタイプでしかも淡色のものである。
 このような理屈を言い出すと僕はキリがないのである程度自粛したいと思うが、簡単に言うとビールは発酵形態で分類される。比較的高温で発酵させたのを上面発酵ビールと言い、エールと呼ばれるのが代表である。日本ではあまり馴染みが無く、あまり冷やさずに飲む。僕はスタウトという黒くて苦みばしったビールが好物だが、それはこのタイプに入る。対して下面発酵ビールというのがあり、低温発酵させたビールで、ラガーが代表とも言える。たいていは冷やして飲む。 ピルスナーや黒ビールはこちらのタイプ。
 それ以外に色での分類(淡いか濃いか)、産地による分け方(ドイツやベルギー)などがある。ややこしい。また、発泡酒や第3のビールは元来ビールではないのでまた別物となる。おっとまた長くなった。

 コクのある黒ビールなどにはソーセージやアイスバインなどが絶妙に合うが、日本のビールにはこのお好み焼きなど関西の粉もの(タコ焼き、イカ焼き等)が最高だな、というふうな結論に今日のところは達したのである。この傾向の食べ物にはビールしか合わないのではないか?
 さて、このいわゆる「粉もの」と関西では称する食べ物には何故ビールしか合わないのか? それはソース(ウスターソース等のこと。ドミグラスソースやホワイトソースではない)とビールの相性なのではないか? と思われる。どうもソースは日本酒や焼酎やワインとはあまり相性がいいとは僕は思わない。僅かに安物のウイスキーの水割りがなんとか健闘するが、それとてビールには敵わない。

 その他でビールに合うと言われる食べ物はなんだろう。枝豆? あれはビールに最高だとは確かに言われるが僕はさほど執着していない。サヤから豆をいちいち出すのが面倒だと言うズボラな意見もある。しかし、あれは不思議なことにサヤから全部出したのをスプーンですくって食べてもさほど感激しないものなのだ。
 居酒屋評論家の太田和彦氏は、ビールに最高の肴は干鱈と焼き餃子! と宣言されている。しかし人の好みとは難しいものだと思う。僕は干鱈には焼酎が、餃子には中国の白酒(マオタイ酒などの蒸留酒)が最高に合う、と思っている。
 焼肉、という説もある。確かに焼肉と一杯のビールは出合いものだ。しかし、これも僕は長くは飲み続けられない。出来れば韓国焼酎(眞露など)に早く切り替えたいと思う。うーん、僕はやはりビール飲みじゃないなぁ。
 さて、漫画家の東海林さだお氏は、ビールの肴の最高峰は串カツ、と喝破されている。実はこれには僕は大賛成なのである。確かに串カツはビールにしか合わない、と思う。
 よく考えると、やはり串カツもソース系だ。やはりビールとソースをとりまく因縁のようなものが浮かび上がる。それにもう一つ東海林氏は、「油ギトギト系」の食べ物とビールとの相性についても言及されている。なるほどそうか。やはり揚げ物や鉄板系がビールと仲がいいのだな。
 なお、ここで言う「串カツ」とは、あくまで大阪でよくある「ソース二度漬け厳禁」の串カツを指す。 上品な、コースで供される「こちらは塩で、こちらはタルタルソースで食べてください」とかなんとか言われるヤツではない。あれは「串揚げ」という別の食べ物だ。

 えっと、なんの話を書いているのかよくわからなくなってきて支離滅裂なのだけれど、ビールと相性のいい食べ物はなんだろ? という話題で飲んでいたお好み焼き屋での、とある夫婦の会話(むろん僕らのことだが)の内容でした。
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桜の花と酒について その弐

2005年04月19日 | 酒についての話
 前回からの続き。花見の宴会についてまだボヤきます。

 僕も花見の宴会の場所取りには以前行かされたことがある。もう遥か昔の話ではあるが。
 新入社員か、それに毛が生えた頃の話。春先は忙しいのだがまださほど責任の無かった僕は上司から命じられてビニールシートを持って桜の名所と言われる公園に午前中から行かされた。場所は当時居た名古屋の某所。仕事を公認でサボれるようなものなのでイソイソと出かけたものであるが、そこには早朝から居る猛者もいて、絶景の場所を確保出来なかった僕はかなり文句を言われたものだ。しかし、宴会が始まってしまえば誰も桜など見ちゃいない。そのとき必要なのは桜よりも水場でありトイレであった。場所取りも一考を要するなと学習したものだ。

 考えてみれば、それまで花見の宴会などは経験がなかった。子供の頃も家族で花見に出かけたが、酒を伴うものではなかった。花見と言えば昼間にピクニック気分で出かけるもの。たいていは日曜日に当時住んでいた京都の賀茂川のほとりまで足を延ばす。弁当を持ってあちこちの家族が集まっていたものだ。当時の記憶でも、子供たちは走り回っていたが、昼間ということもあってか宴会で放吟している団体などは居なかった。夜桜の設備もあまり整っていなかったせいもあろう。なにせ昭和40年代のことである。
 京都には桜の名所は多かったが、たいていは寺院の庭園であり、座り込んで酒を呑む風情ではなかった。最も有名で人が出るのは祗園の八坂神社、円山公園の枝垂桜周辺であり、さすがにそこには茶店もあり桜のライトアップも為されていたが、団体の宴会がズラリと…という感じではなかったように思う。みな一様に桜を愛で、夜店でビールを買ったり茶店の床几に座ったりすることはあったが、ある程度観桜を済ませると場所を替えて座敷で宴会、というパターンが多かったのではないか。桜の根元に座り込むと観桜の迷惑になったからだ。
 大学へ行って、「新歓花見大会」を企画した学友がいた。千葉から来たヤツが幹事となって(地方出身者が多い大学だったのです)4月の半ば、「まだ京都で桜が咲いてるところはある?」と尋ねられた。地元出身は周りで僕だけだったからだ。「御室の仁和寺の桜ならこれからやで。でも寺やから宴会はちょっとなぁ…」「えっ、桜が咲いてるのに酒呑めないところがあるの?」と驚かれた。そう、関東方面では桜が咲いていれば呑む、が常識だったのだ。

  わたしゃお多福 御室の桜 花(鼻)は低くとも人は好く

 背の低い遅咲きの御室桜は都都逸にも詠まれる風流なもので、そりゃ縁台に腰掛けて一杯くらいは出来るが大学生が騒ぐには向かない。
 僕は桜=宴会放吟、という図式をそのとき初めて体感したように思った。
 TVのニュースで見る上野公園はそりゃ凄い乱痴気騒ぎだ。あれが常識ならそりゃ京都の観賞用の桜は異質に思えたに相違ない。
 その後、僕は社会に出て、花見の宴会にも参加せざるを得なくなる。呑み食べ、酒を注いでまわり歌い騒ぎ…。桜を見るゆとりの無い人間関係で手一杯の花見に組み込まれていった。

  世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし

 在原業平はそう言って桜を逆説的に称えたが、「もし桜がなかったら春は気を使わなくて良いし、二日酔いにもならなくてすむのになぁ」という解釈も成り立つのではないかと思った。

 もちろん桜は好きだし、酒も大好きだ。しかし、しみじみ花見で酒を呑もうと思ったらこれは今ではなかなか大変なことなのだ。ちょっと努力を有する。
 まず、静かに桜が咲いているところへ行かなければならない。これは今では難しいこと。ちょっとした名所だと人がわんさか押しかけているので落ち着けない。従って郊外の穴場へ行かねばならない。僕は数年前、どうしてもそういうことがやってみたくて配偶者と2人で車に乗って穴場へと向かった。交通便利な所ではもはや「静かに」は叶わない。そして、夜は誰も居ない桜の咲き乱れる場所に車を止め(某道の駅です)、はらはらと舞う花びらを愛でながらとっておきの吟醸酒を呑んだ。あたりは風の音しかしない。
 これは至福だった。桜を見ながら銘酒を一杯、そしてぼんやりと思いに耽る、などということは今では最高のゼイタクではないだろうか。
 その晩は呑んでいるので当然車中泊となった。僕の車はパーキングキャンプ仕様にしてあるので苦ではないが、なかなか普通では出来ないことだろう。そこまでしないと「しみじみ花見」は出来ないのだ。

 花見の宴会を全否定するわけではもちろんない。春が来た喜びを全身で享受する機会を持つ事は大賛成である。特に北国ではその喜びは換え難いものだろう。桜前線はまだ北上を続ける。僕の妻の実家の津軽では、岩木山をバックにした弘前公園の桜を日本一だといつも自慢していて必ず酒を持って出かけている。厳しい冬から開放された春の到来の喜びを、酒を呑んで祝い、歌い寿ぐのは素晴らしいと思う。
 困るのは企業の行事としての「花見」なのだ。観桜の喜びとは無縁に騒ぎ、日頃のストレスを一気に晴らそうとしている上役たち、そして気を使って走り回る若手社員、セクハラを我慢する女子社員、木に登ったりしている乱暴モノ…。別に桜が咲いている時期でなくてもいいではないか。花が咲くことの喜びに対して宴を張るという本来の花見に立ち戻ることは出来ないものか。桜のあるなしに関わらずとにかく呑んで放吟して絡んでいるだけでは、桜も酒も立つ瀬がない。

 とまあ適当なことを僕はブチブチと言っているが、本音はもう一つあったりして。
 桜の時期は花粉の時期。この季節に屋外での宴会はツラいのですよ…。(トホホ)

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桜の花と酒について その壱

2005年04月18日 | 酒についての話
 僕の住んでいるところの桜の花はもう盛りを過ぎて、散り行く花びらは季節の移ろいを如実に示している。そういえば今年は花見をすることなしに終わった。
 おっと、正確には「花見で宴会」をせずに終わった、だ。桜の花が咲いているのはさすがにどこへ行っても見ることが出来る。今年はここいらへんは咲くのが遅かったせいもあり、かえっていつになく桜を見る機会は多かったかもしれない。

 当ブログを見て下さっている方はご存知だとは思うが、僕は呑み助である。日頃から「酒なくてなんの己が桜かな」と言い続けている。しかし、またゴネたことを言うようだが、「花見で宴会」は実はあまり好きではない。なので、今年は都合がつかなかったことは誠によかったのぉと思っている次第なのだ。

 花見と言えば、まず「場所とり」から始まり、企業の若手社員がいい場所を占拠し、ビニールシートを広げ、ロープを張り、夕刻先輩社員や上司がやってきて、缶ビールやワンカップ酒を持ち込み、放吟し乱れ、昨今は花見弁当などはもとより焼肉などを始め、カラオケの機械を導入し桜の花も見ずに騒ぐ…というのが通り一遍の儀式のようになっている。これは果たして「花見」なのだろうかと僕は甚だ疑問に思っている。いわゆる「慰安旅行で無礼講」と同じことではないか。
 それについては賛否両論があることだろう。そうやって呑む酒が最高なのだよ、という人にこういうことを言うと喧嘩になってしまうので、いつも花見宴会には虚しい思いで参加している。こういうのはストレスがたまる。
 よく考えてみてくださいよ。そういう機会でないと発散できないのはちょっと寂しいことだと思いませんか。花見と称してはいるが桜なんて見ちゃいない。とにかく呑んで放吟して絡んでいるだけでは、桜も酒も己も不幸だとは思いませんか。桜の美しさを愛で、散り行く花びらに憂いと諦念を感じ、じっくりと酒を味わう。職場の愚痴もセクハラもそこには持ち込まない、そういう花見がしたいものだなぁと心から思うのだ。

 いったいいつからこういった花見が横行し定着したのだろう? 昔から「花見は無礼講」ではなかったはず。
 歴史を調べると、かつては日本では「桜」より「梅」が重視されていたことがわかる。

  東風吹かばにほひをこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ

 菅原道真が詠んだ高名なこの歌は梅が春の象徴だったことを教えてくれる。(春を忘るな、が正しいとも言いますがこっちの方が好き)
 しかし梅は外来種。中国渡来のこの花を愛でるのはやはり古代のハイカラ趣味というべきだろう。桜は日本原産であり、古来から親しまれていたはずだ。TVでふと見たのだが、桜の花見を最初にしたのは履中天皇であるらしい。こうなると相当に古い。5世紀初頭か。天皇は池に舟を浮かべ観桜の宴を催し、杯に花びらを浮かべたという。これは風流だ。
 そもそも古事記に登場する「木花之開耶姫(コノハナノサクヤヒメ)」の木花は桜であるらしい。やはり日本は桜なのだ。ただ原種ということもありもちろん山桜であったので、梅や萩のように庭で愛でるということがなく貴族の間では遠い存在だったのだろう。しかし、その後徐々に桜は浸透し、御所の「左近の桜」を例に引くまでもなく愛されてゆく。
 平安時代末期より武士が勃興し、さらに桜への思いは加速していくのではないか。

  願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ

 おそらく日本の短歌ベスト10に入るとも思われるこの西行の絶唱は、彼が北面の武士であったことも大きく影響しているに違いない。西行は出家して、吉野山にまず居を構えている。言わずと知れた桜の名所。その後、書きつくせないが西行は桜を題材にした歌を詠み続けている。西行は桜に魅了され、宇宙と無常を見ていた。潔く散る花びらを武士に例えたのは江戸時代の価値観かもしれない。

 この時代桜はまだまだ神秘の花であり、人生の無常を感じさせてくれる花だったようだ。しかしその美しさは愛され、文人たちは一様に魅せられている。花見もまだまだ履中天皇以来の風流を愛でる世界だ。
 それが宴会になったのは…。どう考えてもあれがキッカケとしか思えない。
 「醍醐の花見」である。
 太閤秀吉が京都山科醍醐寺で、北政所や淀殿等近親のもの、それに大名などを含め約1300人を集めて催したと言われる一大イベント。派手好みの秀吉が豪華に豪勢に執り行ったとされる。これを機に庶民の間にもお花見が広がっていったと言う。 うーむ。秀吉が始めたのか。
 その後、江戸時代に花見が定着した。幕府が上野などに桜を植え、庶民が晴れ着を着て酒を楽しみだしたとされる。幕府の政策の一環で、庶民の不満を逸らすためのものだとも言われる。

 派手な秀吉によって始められ、幕府が庶民の不満を逸らすために植樹し奨励した…ということを考えれば、「花見で無礼講」に対する見方も少しは変わってくるのではないか。履中天皇や西行の心をみんな思いだして欲しいと思うのだが。

 なんだか酒を呑む話のはずが歴史話っぽくなってしまった。次回に続く。
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