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凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

角打ち・酒屋呑み

2013年02月09日 | 酒についての話
 前回の続き。
 僕は京都生まれで、あちこちに引越しを繰り返してきたものの今はまたしばらく関西に住んでいる。そういう状況下において「角打ち」という言葉は全然聞いたことがなかった。知ったのは、近年である。
 どうも九州や関東において「酒屋でのむ」ことをそういうらしい。最近、この言葉は便利なので全国区になりつつあると思われる。
 なにゆえ「角打ち」というのかは全く知らない。こういう時代だから検索すれば正答を得られるかなとも思ったが、諸説あるらしく決定打はない。しかし「北九州角打ち文化研究会」という団体があるようで(いかにも遊びを遊びと知っている大人が集まっている感じがしますな)、そのHP内の角打ち(かくうち)とはを読めば、辞典の「酒を升にはいったまま飲むこと」という定義を引用しておられる。枡は角ばっているのでそこからかもしれないな。「打つ」とはなんだろうか。もしかしたら地方独特の言い回しか、明治以前の言葉であるかもしれない。古語かなー。
 こんなことも書かれている。
関西では、酒屋で飲むのは、「立ち呑み」、立ち飲み屋で飲むのは「立ち飲み」らしい。東北では、「もっきり」とも。
 関西では言葉が未分化であるようだ。呑むと飲むの書き分けは後付けだろうと思われる。この未分化の理由は、少しわかるような気もしている(後述)。「もっきり」は知ってる。つげ義春の「もっきり屋の少女」という佳作は僕も持っている。おそらく「盛りきり一杯」からきた言葉だろうと確か推測されていたっけ。

 さて、角打ちの定義である。これも前記「角文研」さまに教えていただくことにする。
「ところで、酒屋は酒を販売するところであり、飲ませるところではない。飲ませるところは飲み屋であって酒屋ではない。」 
「酒屋は酒を売るのが商売であるから、酒を買ってくれる人はお客である。しかし、そこで立ち飲みし始めた人はお客ではないはずだ。飲んでいる人にサービスをする必要はないし、サービスすれば違法である。」
 なるほど、こう言っていただくとはっきりしてくる。
 あくまで、酒屋なのである。酒屋で酒を買って、通常は持ち帰って呑むのだが、その場で「勝手に」呑んじゃうのが「角打ち」だ。
 酒屋は飲食店ではない。上記引用で「違法」というのはそういうことだろう。酒を燗したり水割りにしたり、さらにはつまみを出したりするには飲食店免許が必要となってくる。保健所から食品衛生法に基づく営業許可を得て、さらに食品衛生責任者の資格を持つ従業員が必要となる。そういう準備がもちろんない普通の酒屋では、酒を呑みに来る客に対して一切のサービスは出来ない。テーブルや椅子なども、飲食店のサービスのうちだろう。なので、立ってのむしかない。テーブルは、せいぜいレジカウンターということに。
 つまみの類は、酒屋で珍味、乾き物や缶詰などを売っている場合があるので、それをその場で食べることは可能だが、あくまで売っているものを勝手に食べているのであって、店側が調理して提供しているのではない。
 酒をコップに入れて供することすら、厳密に言えば問題があるのではないか。仮に酒樽を置いて量り売りをしていたとしても、店側が食器を提供することになり、洗浄がしっかり出来ているか保健所の監察が入らねばならない事態にならないとも限らない。
 だから角打ちは、安い。当然だろう。全て店で売っている小売価格ですむのだから。

 さて、角打ちは、酒屋があって、そこの人に「ここでのんじゃってもいいかな?」と聞いて「いいとも!」と言ってくれさえすればそれで成立する。その店を「角打ち可能店」にするのも、店の方とのむ人の意思だけで決まる、ということになる。
 もちろん、断られるほうが多いのではないかと思われる。店の中でのまれたら営業妨害だと考えられるむきもあろう。それだけに「いいとも!」と言ってくれる店は呑み助にとっては有難く、呑ん兵衛があちこちから集まってきてしまうかもしれない。
 角打ちの名店などは、そういうふうな過程で生じてくるのだろう。
 だが、そういう角打ちが出来る酒屋って、本当に今もたくさんあるのだろうか。
 
 角打ちのルーツは、江戸時代にさかのぼると考えられる。太田和彦氏は著作「超・居酒屋入門」において「居酒屋は江戸時代、酒屋の店頭で立ち飲みさせたのがはじまりと言われる」と書かれている。
流通用小売り瓶のない当時は酒も醤油も量り売りで、客は容器を持って買いに行った。(中略)大都市江戸は地方からの出稼ぎ労働者であふれ、彼らは一日の手間賃をもらうとまず酒屋に行き一杯となった。徳利も何もないからその場で、量った枡で飲む。これが居酒屋のはじまりだ。
 なるほど。居酒屋のはじまりの説明だが、これはそのまま角打ちのはじまりの説明でもある。枡で呑むところなどまさに角打ちと言える。
 だが、太田氏は続ける。「やがて、煮〆やおでんを置く『煮売り屋』となり、酒と一緒に安直に小腹を満たす所となった」と。つまり酒屋が居酒屋になっていく過程だが、これは必然ではないか。江戸時代には飲食店免許など関係ないが、角打ちが評判となればそれは居酒屋へと発展していくのも摂理と言える。
 大阪で広く立ちのみ処を展開している「赤垣屋(HP)」。全国初の立ち呑み店であることを謳っているが、その沿革を見れば、最初は酒屋から始まったことが記してある。その酒屋時代に酒を店頭で呑ませてくれていたとしたらそれは角打ちだが、居酒屋へと発展となれば、その時点で赤垣屋はもう角打ちの店ではなくなったことになる。
 ここから先は、推測。
 関西に「角打ち」に該当する言葉がなく、「立ち飲み」「立ち呑み」などと無理に分類していることについて角文研さまの言を引いて前述したが、もしかしたら関西では、酒屋でのませる店は、サービス精神旺盛な土地柄ゆえにどんどん居酒屋に衣替えして、純粋な「角打ち」は早期から少なくなっていったのではないだろうか。なので「酒屋呑み」に該当する言葉が生じる間がなかったのではないか。なんせ、全国に先駆けて立ちのみ屋が酒屋から発展して生まれた場所柄なのである。
 関西には、酒屋の立ちのみは多い。僕が知る中でも、神戸元町のA松酒店、十三のI中酒店、梅田のU田酒店、京橋のO室酒店などいずれも名店だが、これらの店は酒販店ではあるものの厳密に言えば角打ちではない。立ちのみ居酒屋である。僕の分類によればその形態は「通常飲食店由来型」となる。酒屋がルーツなのはよくわかっているのだが、店の形態は既に居酒屋である。
 U田酒店を例にとれば、ここはもちろん現在でも酒販店である。酒の小売もちゃんとやっている。だが、酒のつまみとしていろいろ料理したものも出してくれる。これは飲食店も兼ねていないとできない。もちろん缶詰や乾きものなど調理不要の角打ちらしいメニューもあるが、おでんもぐつぐつ煮えている。コンビーフにマヨネーズをつけると+30円となったり、焼酎ロックを頼むと氷代は別料金となったりで極めて角打ちっぽいのだが、決定的なのは店頭で缶ビールを買い持ち帰るのと、店内でその缶ビールを飲むのとでは若干ながら値段が違うのである。本当にほんの少しだが店内でのむと高くなる。これは、飲食店であるからなのだ。

 僕は今関西に住んでいるが、この地で純粋な「角打ち」を経験したことはない。
 もちろん探せば、そういう「店頭でのませてくれる酒販店」はあるのだろう。だが、機会がない。酒屋で酒を買うときに「ここでのませてくれますか?」と確かめることもなかなかしないし(フィールドワーク精神が欠如しているな^^;)、それにも増してまず、酒屋に行くことが少なくなった。
 酒は、量販店やスーパーで買ってくる。そっちのほうが安いから。
 例えばこういうことはある。妻といっしょにスーパーへ行く。惣菜売り場で、出来立ての焼き鳥を見てつい「ああうまそうだ」と思い購入する。アツアツだ。しかしそこで気がつく。これを持って帰って家でアテにするころには冷めてしまう。レンジでチンしても当然味は落ちる。いいや、もうここで食べようよ。幸いスーパーの片隅に休憩できるスペースがある。ここでスーパー製の弁当を買って食べている人もいて、冷水器まで完備してあり紙コップもある。じゃビールを買って、小宴会といこうじゃないか。なーに、人目など気にならないよ。
 これ、角打ちと言えるだろうか。違うよねやっぱり。
 駅のキオスクでビールやカップ酒を買う。その場でぐーっとのむ。これもやっぱり違うよね。 

 もうひとつ大きなことは、酒屋そのものが減少しているのではないかということ。
 前述したように、僕だって酒は主として量販店やスーパーで買ってしまうフトドキモノである。酒屋に行くときは、地酒や珍しい酒が欲しいときくらい。それも、機会は少ない。消費者がこれでは、町の酒屋さんは苦しかろう。誠に申し訳ない。
 昔、よく行っていた酒屋さんがあったが、代替わりでコンビニに衣替えしてしまった。酒を売るには酒販免許が必要なため、こういう例が多いとも聞く。
 コンビニで角打ちが出来るだろうか。酒は揃っていて、アテも数多く売っていておでんまでグツグツ煮えている。飲食スペースを設けている所もあり実に環境がいいが、見ると「店内飲酒禁止」の文字が。そりゃそうだよな。コンビニの店内で酔っ払いにたむろされたら困るだろう。それに、風情もないし。
 僕は前回、前々回と立ちのみについてクドクド書き、立ちのみを四形態に分類した。それは①「通常飲食店由来型」②「屋台露店由来型」③「海外由来型」であり④「角打ち」で終わるのだが、①などは隆盛を極めているのに④「角打ち」はどうも消えゆく運命であるのかもしれない。これは僕のような消費者が悪いのであって、残念だ、などとひとごとのようには言えない。

 さて、僕は今住んでいる関西では純粋な角打ちの経験がない、と書いたが、それは関西での話であって、全く未経験であるわけではない。もっとも、今にして思えば、の話なのだが。
 関西に再び移り住む前は、とある地方都市にいた。忙しくしていた。
 ストレスがたまることも多く、酒ばかり呑んでいた。当時はまだ独身だった。酒場で呑むことが多かったのだが、家でも呑んだ。
 最寄のバス停から自宅の途中に酒屋があった。そこで、帰り道によく酒を買った。今から20年以上前の話。
 あるとき。やっぱりいつもの酒屋に寄ったのだが、もうすぐにその場でのみたくなってしまった。そういう精神状態だった。
 店のおかみさんに言った。
 「ビールください。ああ袋に入れなくていいです。すぐここで飲むから」
 「そうですか。じゃ、あっちでどうぞ」
 え?
 僕は店舗を出てすぐ路上で飲むつもりだったのだが、指されたのはレジ横の扉。開け放たれたその扉の先には、スペースがあった。倉庫兼配達用車駐車場みたいな広い場所で、もちろん冷暖房があるような所ではなかったが屋外ではない。
 なんとそこには、先客がいた。ビールケースに座ってカップ酒を呑んでいるおっさんが二人いる。
 左様か。こういうことを黙認しているのか。
 僕も座って、ビールを飲んだ。さらに調子にのって、また店舗に戻って酒を買いさらに呑んだ。
 これは、今にして思えばつまり「角打ち」と言っていいのではないか。もちろん当時はそんな言葉も知らなかったし、酒屋で呑む文化というものがあるのも知らなかった。もっとも「立ちのみ」ではなかったが。
 このぼんやりとした空気感は、なんだか妙に落ち着いた。尖った神経へのクールダウンの要素があった。
 この店が実際に「角打ち店」であることがわかったのは、次回訪問時だった。
 前に来たときに先客のおっさんが何かを食べていた。サキイカだったか。店にそういうものも置いてあるので、それを購入していたのだろう。そんな話をレジのおかみさんにしたら、何でも買って食べてくれていいと言う。そりゃ向うも商売だから買って欲しいだろうが、レジ横につま楊枝を常備していることを教えてくれた。なるほど。つまりそういうことだった。これは酒屋呑みのためのサービスなのだ。そういうことを、前提としていた。
 僕は焼き鳥缶(ホテイ製)を手に取った。そして酒のつまみとした。
 これはもう完全に「角打ち」ではないのか。(繰り返すが当時はそんな言葉も文化も知らない)
 
 その酒屋にはその後何度も行ったが、もちろん酒を買って帰るのが主で、その場で呑んだのは結局4、5回くらいだっただろうか。そうこうしているうちに所帯をもち、まっすぐうちに帰るようになった。酒は、妻が用意してくれている。
 そうして酒屋呑みのことも忘れて行かないうちに数年経ち、その酒屋はリニューアルした。ディスカウントショップになったようで、倉庫兼駐車場兼角打ち場だったあのスペースも無くして店舗を広くした。レジにはバイトの若い人がいる。もう「ここでのませてくれ」と言ってもダメだろうな。
 時を同じくして、僕は転勤した。その後のことは知らない。

 立ちのみの話、おわり。


6 コメント

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酒屋 (よぴち)
2013-02-25 19:55:12
凜太郎さん

酒屋で「角打ち」、茶戌と時々話題にすることです。
昔、茶戌が育った土地でも、私が育った土地でも、
酒屋で飲む、のは普通に見られた光景。
もう、見ないね、法律に引っかかるからか、って。

でも、私の育った土地…実家の腸内の酒屋さんの前を通ると、今も、かなりの確率で、店主と「座って」話し込んでる人がいる。
まあ、飲んでいるとしか思えない。
田舎では、まだ、あるんですね。本当はいけないことなんだろうけど、なんとなく 嬉しくなってしまう光景。

お酒のPRポスターって、結構 魅力的なものが多いので、昔はよく、貼ってある中でいいものは、「これ、はがす時が来たら私に頂戴」と店主と約束しては、もらって帰ったものでした。
結婚してからも、いつもビールをケースで配達してもらってた近所の酒屋さんがあって、たまに娘とそこに行くと、当時、娘が好きだったスマップがCMキャラになってるポスターなんかを、娘がもらって帰ったりしてました。

ついこの間、久しぶりに その酒屋さんの前を通ったら(引っ越してから、あまり行かなくなってた)、お店は閉めて、ただの民家に改築されてました。
中村酒店、
行かない私が悪いクセに、やっぱり淋しかった。
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>よぴちさん (凛太郎)
2013-02-27 05:59:43
よぴちさんの描写がいいですね。店主と話し込んでいる呑んべのおっさん(笑)。ニヤリとしてしまいますなあ。
「角打ち」自体は法的に問題があるわけじゃないと思いますが、やっぱり減ったのかな。こんなの統計があるわけじゃなくて僕も状況から「そうかもしれない」で書いているのですが。
僕がここで書いている「地方都市」というのはもちろんよぴちさんのお隣の県の県庁所在地ですが、サンプルがその書いた一軒しか知らないもので、よくわからないんですよ。
ただ、人口がさほど多くない町であれば、娯楽が限られます。居酒屋も、数自体が少ない。都会であれば、激安から高級まで選択肢があるのですが。そうなるとその「激安」のニーズに応えるのは「酒屋で直に呑む」しかなくなるのですね。またホントに田舎になれば、もう「酒屋」しか外で呑む場所がない場合もあると思うんです。
男ってバカでねぇ。それでも外で呑みたいと思うわけです(笑)。そうして酒屋が社交場を兼ねたりしてしまいます。
今後は、どうなるでしょうね。車社会が集落の酒屋やよろず屋を無くしていく。配達も減り、みな缶ビールの箱を量販店で買ってくる。僕も、一人で暮らし始めた最初の頃は、車持っていませんでしたから瓶ビールを配達してもらっていたな。彼岸のことのようです。

僕が思春期に始めてポスターを貼ったのは、やはり酒屋から無理言ってもらったものでした。同じだな(笑)。シェリル・ラッドです。セクシーでね。あの「水で割ったらアメリカン」のヤツですよ。
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角打ち (須藤)
2014-10-11 12:13:18
いいですね。
角打ちについて同じように考えている方がいらっしゃって嬉しいです。
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>須藤さん (凛太郎)
2014-12-01 05:17:14
ありがとうございます。
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角打ち (酒屋の若)
2015-08-07 00:57:41
突然の書き込み失礼します。
浦和で酒屋を継いだ者です。
みなさんが缶ビールを量販店やスーパー、薬局を買うのはごもっともです。
自分が酒屋でなかったら安い店で買いますからね。

そんな状況で生き残っていく酒屋になるべく道として
時代を逆に進み角打ちを目指しています。

幸いにも駅からそこそこ近く、厨房が備え付けられている酒屋なので
そこを活かしていくしかないと考えた結果です。

まだまだやることが多いのですが
少しのニーズでもあるということを再確認出来たので頑張ります!

ちなみにウィスキーは苦手ですが
ブラックサバスでウィスキー
りんけんバンドに泡盛の気持ちはわかります(笑)
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>酒屋の若さん (凛太郎)
2015-12-03 04:46:04
ありがとうございます。レス遅くなりまして大変失礼いたしました。
今の時代、酒屋さんは大変だと本当に思います。酒屋さんに限らず八百屋さんや金物屋さんだって同じかもしれませんが、とにかく小売り店舗に厳しい時代となっています。そのなかで、敢然と店を継がれた若さんに、心よりエールを送りたい気持ちでいっぱいです。頑張ってください!
ほかの記事もみていただいたようで恐縮でした。ちょっと身体を悪くしまして昔のようにのめなくなってしまいましたが、それでも酒屋さんに寄与できる人でありつづけたいと僕も頑張ります(笑)。
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