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凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

ギネスのビール

2005年10月08日 | 酒についての話
 先日、ちょっと女房と呑みに神戸をぶらついていた。いつもなら知っている数軒の居酒屋のどれかで呑むところであるのだけれど、ちょうど日曜日ということもあっていずれも休みであり、またうちの女房はあんまり日本酒を呑まないので居酒屋ばかり出入りする僕に少しながら不満もある様子。女房はビールならよく飲むので、それならと一軒のビアホールに入った。
 ここは僕もまだ2回目。外観及び内装はいわゆる「ビアホール」という感じではない。ビアホールと言えば「銀座ライオン」のように広いホールでわいわい、というのが一般的だと思う。それはつまりドイツのビアホールの雰囲気を模しているのだと思うが、今回入ったところは長いカウンターを持つ。なので注文をとりにウエイターさんがまわってきたりしない。直接カウンターの向こうに「黒で中ジョッキ!」と叫ぶと目の前のサーバーからすぐに注いでくれる。美味い。
 これはつまり、英国式パブの雰囲気。隣ではハンチングをかぶった一人客がスポーツ新聞片手にグビリとやっている。僕達はちょっと記念日だったので普段より少しおしゃれだ。女房がスカートをはいている(これは珍しいのだ)。その隣は結婚式の帰りなのかもっとおしゃれをした、盛装と言っていい中年カップルがいる。こういう雑多な雰囲気が実によろしい。
(もっともドイツにもイギリスにも行ったことはない。あくまで想像。)

 そこで気分良くソーセージなどを食べながら何杯もおかわりを続けて酔っ払っていたのだけれど、ふとメニューを見るとドリンクの欄に「ギネスビール」がある。

 「ギネスか…」

 アイルランドが生んだ世界で愛されるビール、ギネススタウト。その特徴は濃厚な色合いと味わい、そしてきめ細かい泡。
 スタウトとは、上面発酵ビールの雄である。
 上面発酵とはここでも以前ふれたが、比較的高温で発酵させ、発酵中に酵母が浮き上ってくることから「上面発酵」という。日本で通常飲まれるビールはほとんど下面発酵ビールである。スタウトの語源は「強い」という意味で、アルコール度数も高い。ローストされたモルトで醸造された黒色に近い色のビールである。かと言って黒ビールとは違う。飲んでみればわかるのだが、味の表現は難しい。僕はスタウトの味を「黒糖のうまみと香りから甘さを全てカットしたもの」と言ってビール通に「そんなんじゃない」と怒られたことがある。うかつに言えない。名代のブラックコーヒーのようだ、と言っても反論をくらった。難しい。ただ本当にコクはある。香ばしい。深い。
 そんなスタウトを世界で初めて造り販売したのがギネス社である。そして世界を席巻し、ギネスと言えばスタウト、スタウトと言えばギネス、となった。アイルランドにとどまらない世界のビールである。
 (ちなみに世界一のギネス・ブックはここが発行している。)
 初めてギネスを飲んだのは20代の半ば、東京でだった。ビールと言えば乾杯用、ノドが乾いていないと美味くない、というふうに思い込んでいた僕にそれは衝撃を与えた。深い味わい、濃厚な旨み。そしてまるでホイップクリームのような細やかでなめらかな泡。とにかく美味くて美味くてたまらず、大好きになった。

 大きな酒屋でもギネスは売っているが、ギネスの身上はあのクリーミーな泡にあり、サーバーから注がないと無理だと思っていた。しかしギネス社の執念は凄く、缶ビールなのにあの細かい泡を生み出す仕掛けを考え出した。
 それは、「フローティング・ウィジェット」というもの。缶の中に丸い玉(どんな材質なのか、とか細かいことは知らない)が入っていて、これの作用で泡がクリーミーになるらしい。理屈はわからないのだが、確かに自宅で注いでも細やかな泡が生じる。これはやってみるとちょっと驚く。確かに美味い。
 ただし、グラスに一気に注がないとダメ。注ぎ足しなどもってのほかである。
 この存在を知って、ギネスが家でも飲めるようになった。有難いことである。ちょっと値が張るのが難点なのだが。なので普段は発泡酒を飲み、いざという時にはこのギネス。2正面作戦でやっていた。
しかし最近はちょっとギネスはご無沙汰していた。

 さてビアホール。もしかして「生ギネス」かと思い聞いてみた。
 「いえ、瓶です。申し訳ないのですが」
 そうか。もうアタマの中がギネス一色になっていた僕は、そのとき非常に落胆した、未練たらしい顔になったと思う。その顔を見てカウンターの兄ちゃんが、

 「絶対美味いです。秘密兵器がありますから」

 秘密兵器? 何をふざけた事を、とも思ったがアタマがギネス一色の僕はいやしいと思いながら注文してしまった。
 実は「秘密兵器」には心当たりがあったのである。昔、ギネスを泡立てる機械があった、という話はビール好きから聞いていた。撹拌して細やかな泡を立てる機械らしい。なんだかレバーをガチャンと動かして空気を送り込む仕掛けの…。もう製造されていないと言われていたのだが、おそらくそれを使うのだろうと。すると…。
 兄ちゃんは瓶入りギネスをグラスに注いだ。ジョッキではなくグラスなのがさすがギネスである。そして、ある機械にそのグラスを乗っけた。
 その機械は、撹拌する機械などではなく、ビールサーバーそっくりの形をしている。しかし注ぎ口はない。グラスを乗っけるだけである。しばらくすると、その機械が細かく振動しているかのように見えた。

 「え、揺れてるの?」
 「いや、揺れているというより、超音波を発生させているのです」
 「なんですと?!」

 眼鏡を使用している人なら見たことがあると思うが、眼鏡屋さんに「超音波メガネ清浄機」がよく置いてある。その精製水入り容器に眼鏡を入れると、超音波が発生し眼鏡の細かな汚れを落としてくれる。どうもあの理屈と同じらしい。
 グラスのギネスは徐々に細かな泡を発生させ、瞬く間にあのクリーミーな泡を作り上げてしまった。うーむ。ギネスはすごい。このビールサーバーのような超音波機械も、ギネスをその生命線である細やかな泡と共に輸出したい執念なのだろうか。

 「はい出来ました」

 僕はグラスを傾けた。

 おお、美味い! 自宅で飲む缶入りよりさらに細やかな気がする。女房にも一口やった。ふふふ、美味さに驚いているな。一口だけだぞ。
 しかし撹拌機械といい、缶のボールと言い、超音波システムといい、ギネスはその泡の再現に執念深さを感じる。あのきめ細やかな泡なくして俺を評価するな、という矜持に溢れているような気がする。立派だと思う。ところで。

 「生ギネスを飲ませる店はないの?」 兄ちゃんにさりげなく尋ねた。

 「ああ、ありますよ。何軒かね」

 さすがにそこは教えてくれない。そりゃ教えたらそっちへ行っちゃうからだろう。自分で探せということですな? そりゃ望ましいことである。あるのなら必ず探し出してやるぞ。わはは。



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