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酎天おやじの人間風景

他人に合わせることが苦手な酎天おやじ。
酎天おやじがこれまで見た人間や風景、これから会うであろう人間や見る風景。

大晦日

2017-12-31 22:51:14 | 日記

今年もあと少し。

氷点下の朝が続いています。

大掃除も計画的にやってきたのですが、昨年していないのでなかなか見落としが多いようです。


家庭的にも色々ありました。

3月に妻の障害年金の申し込みをしました。

初めてのことでネットなどで調べたり、行政に聞いたりしたのですが、ど具体的にうしたらいいかは教えてもらえませんでした。

申請のやり方とかの書類はもらいましたが、とにかく難しいと感じました。

また、1回申請が受け付けられないとどこが悪いのか、教えてもらえないようなことも記載されていました。

とにかく個人では難しいと思わせる内容でした。

国の助成金制度や還付金制度はとにかく分かりにくく、自分で申請しないと時効などで貰えないものが多いように感じます。

行政の中にも障害年金申請制度を知っているのか、いないのか、教えてくれる人は妻が半身まひになってから今年まで誰もいませんでした。


でも幸い、ネットで障害年金のことを調べているときに地元の社会保険労務士事務所のことを知り相談する事ができました。

申請が通るか半々ですよという話でしたが、10月に最初の障害年金をもらいました。


一安心しましたが、3年後に再度医師の診断書の提出と国の審査があるということです。

ここで障害の等級を下げられることもあるということです。

リハビリをして少しでもよくなったら等級を下げられるということでしょうか?

リハビリをし、自分で何でもできるようになろうと努力することは、年金額を削られ、自分の生活をできなくするということでしょうか?


今年は今まで知らなかった障害年金のことや初夏保険労務士制度などいろいろなことがわかり、家族的には割といい年だったのではと感じています。


氷点下の日々

2017-12-18 15:57:45 | 日記
今月になって朝、氷点下の日々が続いています。

晴れの日が続き、大掃除をするにはいい天気です。



先ずは先週、2年ぶりの障子の張替えをしました。

TVで障子の張替えは曇りの日がいいといっていましたが、俺は晴れの日にアイロン張りをし、張り終わったら霧吹きで水を吹き、太陽の光でパリッとなる・・・それが気持ちいので晴れの日に張替えをします。

今年は風が強かったり、曇ったりと障子紙を3日くらい張れなくて夜寒い思いをしました。


でも、今週の午前中は風があるととにかく寒い。

朝10時ころまでは水たまりやバケツの中は少し厚い氷が張っています。

でもここ2日間は割と風も少なく、1階の9か所の窓と網戸を洗いました。

仕事をしていたころは12月の今頃から始めていた作業です。



後は2階のベランダと家全体の室内の窓ふきです。

今年は妻も元気だし、すべてを終わらせるという気持ちではなく、できることだけやろうという気持ちでやりたいと思った1日です。

11月はいろいろと・・・

2017-12-02 14:16:27 | 日記
これまで11月にいろいろなことが起きていました。

妻が脳出血で倒れたのも11月。

その翌年の11月に症候性のてんかん発作ということで、この年3度目の40日間の入院。

昨年の11月にも母親の入院に伴って、疲れが出たのか、尿道炎で高熱が出て、ここ5年で2度目の入院をしました。

ほんとに魔の11月と感じています。



妻が自宅で転倒しました。

25日の夜に今年は何事もないかと思い、俺は寝る準備で歯磨きをしていました。

するとど~~んという音がして『あいた~(痛い)』という声が聞こえました。


床に座ることができないので、椅子式のこたつにしています。

その掛けてあるこたつ布団に右足の装具を固定するマジックテープが引っ付き、足を取られて転倒したみたいです。

歯ブラシを咥えたまま、体を起こすと、右手と体が痛いといいます。

土曜日だったので、シップをし、様子を見ることにしました。


次の日、日曜当番医を見ると内科だけ。

俺も仕事柄、整形が見ることができるかどうか知っています。

腫れや内出血は特に目立たなかったので、冷シップを変えてもう1日様子を見ることになりました。


次の月曜日の午前中、リハビリに行っている整形外科でX線撮影と診察を受けました。

すると右手首の橈骨骨折と診断でした。


取り外せるギブスを処方してもらいました。

痛さは感じているみたいです。

麻痺があり自分の意思で動かせないのでこれくらいで済んだのかなと思っています。


それにしてもけがをした時の外科や整形に限らず、病院や医院が少なくなったと実感しました。

具合が悪くなっても我慢するしかない時代になっていくのかなと思った1日でした。




-3.2℃

2017-11-22 21:26:09 | 日記
暑さは盆地気候での高温、寒さは『鹿児島の北海道』と言われています。

子供たちも大きくなると寒さにも暑さにも慣れてくるのか、そんなに大騒ぎしません。

昨年は北海道より寒い日がありました。


昨日、地元では今年最低気温―3.2℃だったそうです。


家の周りは霜で真っ白、水溜まりには今年初の氷も張っていました。

庭のキウイなどの葉はしもやけして下に落ちています。

TVでは地元の小学校の例年恒例の初霜、初氷コーナーで紹介されていました。

昨日は暦の上では『小雪』。

これからもっと寒い日が来るような予報です。

体調を崩さないようにしなければと思った1日でした。

今日で満5年

2017-11-18 13:52:43 | 日記
平成24年の今日は日曜日でした。

妻がパートのレジ打ち中に発症し脳出血で倒れてから本日でちょうど5年たちました。



俺は妻が倒れたとの連絡を受け、現場に着くと後輩の救命士たちが来ていて、Drヘリを要請したということでした。

でも別事案に対応中で出動できないということで、地元の病院へ。

地元の病院では当直が内科医で対処できないということで、CTを撮り、そのまま脳外科のある人吉総合HPのICUにQQ搬送されました。

搬送中のQQ車内で意識が混濁してきて、手足を押さえつけながらの搬送でした。

これまで俺も脳疾患の傷病者を鹿児島や人吉の脳外科に搬送していました。


地元に脳外科がなってから10数年。

搬送時間の延長を心配していましたが、Drヘリの運用で搬送時間の短縮ができるということでした。

でも、Drヘリが運用できない時間や天候時など、当時からの心配が俺的に現実となった瞬間でした。


その後、2週間で人吉から地元病院へ転院し、その後2また週間で霧島のリハビリ病院へ自家用車で転院しました。

霧島で5か月をリハビリをし、平成25年5月15日に退院となりました。


平成25年は入院の連続、症候性のてんかんで6月、8月、10月と3回も入院しました。

6月の発作時はパンを詰まらせ、窒息状態でのQQ要請でした。

この時もDrヘリを要請してくれましたが、悪天候で出動できませんでした。

8月は風呂上りに意識消失。

日没でDrヘリ出動不可。

10月の発作時は本人もわかっていたようで、俺を呼びながら意識消失。

3度目の正直で、Drヘリが来ました。

Jターンということで地元病院への搬送となりました。


その後、俺の退職の日まで、俺の勤務日には一人で頑張ってくれました。

5年間、それまで知らなかった色々なことがわかりました。

身体障碍者手帳の申請や自己負担額の減額申請、C型肝炎の自己負担額申請など各種手続きを勉強しました。


まだ右半身麻痺は回復していませんが、C型肝炎は新しい薬で現在は消えているようです。

今日から6年目、一緒に歩いて行こうと思う1日でした。