origenesの日記

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四方田犬彦『人間を守る読書』(文春新書)

2008-12-08 23:50:25 | Weblog
四方田犬彦によるブックガイド。サイード、W村上、黒田硫黄、ジャック・デリダ、吉増剛造、エミール・ハビービー、ナボコフ、現代音楽の秋山邦晴(高橋アキの夫!)、マルクス・アウレリウス、ダンテ、ヨナ書、フローベルと古今東西の書物について語っている。タイトルはジョージ・スタイナー『言語と沈黙』より。
私が特に印象に残ったのはイ・ソンチャンの『オマエラ軍隊シッテイルカ』。韓国の青年たちにトラウマを残している軍隊制の問題について切り込んだ本である。韓国でカレー店が流行らないのは、軍隊を経験した青年たちがカレーで当時の生活を思い出してしまうから、という。軍隊時代の青年たちの自殺率の高さは話に聞いているし、軍隊制こそが現代日本と現代韓国を隔てるものなのかもしれない。
古代ローマ帝国の皇帝マルクス・アウレリウスの著作は素晴らしく、私も生きる力を貰ったが、著者もこの帝王の哲学を高く評価している。しかし70年代を生き抜くのには、別のマルクス(マルクス兄弟)が必要だったという。マルクス兄弟に対する著者の思いは熱く、晩年のデリダをハーポ・マルクスと比較(!)して語っている。
吉田健一とホーレス・ウォルポールを比較したエッセイは、著者の比較文学者としてのセンスが効いている。吉田茂の息子である健一は、イギリス初代首相の息子である彼の小説をどう読んだか。やや論理展開に強引さがあるものの、着眼点が面白い。
フローベールについても語っているが、『ボヴァリー夫人』や『感傷教育』ではなく、『プヴァールとペキシェ』である。愚直に物事を綴る行為を繰り返す書記。しかし物を書くという行為は、思考すること以上に、ただ手の運動として文章を綴ることなのではないか。著者は「プヴァールとペキシェは私だ」(もちろん、ボヴァリー夫人は私だ、のパロディ)と宣言する。

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