遺体屋の仕事

日常生活では見ることも聞くこともない「遺体屋の仕事」とは・・・

限界点の話

2007-12-26 08:56:02 | Weblog
自分の限界と人が思う限界ってそれぞれ大きく違うものです。
この仕事をでは葬儀屋さんとの温度差を時々ですが感じる事もあり残念な事もあります。

準備が整ってご葬家待ちのため、故人様と一緒に暇を持て余していると
必ずと言っていいほど“誰かがおしゃべりにやってくる”葬儀社があります。
いつも“○○さんが来る”と誰か一人に限定されるわけではなく
その時、暇な人が来て世間話をするのです。
とはいっても共通の話題など無いのでもっぱら“仕事がらみの話”から
発展させて“楽しいひと時”を提供しなければいけないような気分になり
『あたしゃ下町のスナックのホステスか』とも半ば感じます。
これも地道な営業活動なのでしょうか?

ある日「最近あったすごい仕事」という話題になりました。
その葬儀屋さんは「練炭での集団自殺につい最近行ってきたよ」とのことでした。
例のごとく、ネットの自殺サイトで仲間を募りそちらの葬儀社のある地元の山奥で決行されたそうです。
「最近ニュースで聞かないですけど、まだやってる人いるんですね」
もしかしたらマスコミは報道を自粛するようにどこかから言われているのかもしれません。
そのような報道が流れるたびに、影響される人は必ず現れてしまいます。
でもごまんとあるネットの情報までは取り仕切る事ができないから
未だ集団自殺が無くなる事が無いのでしょう。

「うちにお声かかりましたっけ?」とトボケて聞いてみると
『いやーあれは無理無理。もう顔色も黒くなり始めてたし、ニオイがすごくって。すぐ火葬したよー。』と葬儀屋さん
「4人ともですか?」
『地元に住んでる一人だけ。あと東京の人だったよ』
「顔も溶けてたんですか?」
『いやー』
「膨らんでたとか?」
『いやー』
「えーそれなら出来たハズゥ!」と言う前にご葬家がやって来たのでおしゃべりの時間は終了しました。

皮膚があればどんな顔色をしていてもメイクはできるのです。
「溶ける」というのは腐敗が進行し皮膚が弾力がなくトロっとした状態で
もっと進行すると少し触っただけでもぺろっと皮がむけてしまうことです。
でも、練炭のその故人様は顔色とニオイだけなので
都内の葬儀社なら余裕で仕事の依頼を受けるケースです。
こちらは田舎の葬儀屋さんなのでスゴイお仕事もあまりないようで
「無理なものは無理」と判断されてしまうのかもしれません。

あぁ残念だな・・・と内心思いつつ
でもうちの会社がその故人様のお仕事を請けることが無かったのは
やはり「ご縁が無かった」ということなのでしょう。
ご家族だけじゃなく、あの世の故人様が望まなかったのでしょう。
と、自分を丸く治めておきました。





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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2007-12-26 18:40:30
言い方が悪いかもしれませんが、そういった亡くなり方の場合、メイクして、きちんとした形で葬儀・・・というのを遺族が望まなかったのでしょうか。
田舎のほうだと特にいろいろ気にされる方もいらっしゃるでしょうし。
でも、遺族の方にとっても、最期の顔はずっと記憶に残るものでしょうから、やっぱりきれいにお顔を整えた状態で記憶に残ったほうがいいのにと思います。
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