(写真をクリックすると拡大画像が御覧になれます)
『小千畳に建つ』 観漁碑
王城山の山頂の部分を小千畳と呼んでいます。
(平塚の湘南平が大千畳)。 山頂の最後部、
展望の最も良い所に「明治天皇観漁の碑」が
建っている。 記念碑を建てた人は、王城山
を所有し山麓を終焉の地とした財閥、
安田善次郎氏である。
<大磯町刊行「大磯俳句読本」より>
(写真をクリックすると拡大画像が御覧になれます)
『小千畳に建つ』 観漁碑
王城山の山頂の部分を小千畳と呼んでいます。
(平塚の湘南平が大千畳)。 山頂の最後部、
展望の最も良い所に「明治天皇観漁の碑」が
建っている。 記念碑を建てた人は、王城山
を所有し山麓を終焉の地とした財閥、
安田善次郎氏である。
<大磯町刊行「大磯俳句読本」より>
(写真をクリックすると拡大画像が御覧になれます)
『雨が続きます』 メジロ再び
雨が続いていて、写真を撮りにも行けません
高麗山麓に咲く<一本だけの河津桜>に
止まるメジロです。 「メジロには河津桜が
似合う」
(写真をクリックすると拡大画像が御覧になれます)
『高麗山の歴史』 高句麗
標高167・3mの高麗山頂上には<高麗と若光>
と題した説明版が立っています。 「高麗大神和光」
は666年(天智5)に高句麗の使者として来日し、
翌々年に高句麗が新羅に滅ぼされたためか、帰国
せずそのまま日本で官人となって、703年(大宝3)
には高麗王の姓を下賜された玄武若光を指すとする
説がある。 <大磯町刊行「おおいその歴史」より>
写真の下、韓国・大河ドラマ<朱蒙(チュモン)>は
紀元前100頃を舞台に<高句麗>を建国した朱蒙王
の物語です。 それから約700年で高句麗は滅び
ました。
(写真をクリックすると拡大画像が御覧になれます)
『鷹取山へ』 十三仏を訪ねる
大磯のお寺さんには<石仏>が多く祀られています。
その中でも<鷹取山の十三仏石仏群>には感動
すら覚えます。 四回に分けて<十三仏>までの
道筋をご案内をいたします。
① 車で行かれる方は<生沢・東の池>に駐車場が
ありますの。 バスを利用される方は、大磯駅と
二宮から「生沢バス停」で下車。
② 写真左上 <鷹取山十三仏>の石仏群全景
鷹取山(標高219mの頂上左側鞍部)
写真右上 旧粕谷街道から50mほど山側に
入ると、鷹取山への道標があります
写真左下 道標から道筋に100mほでで竹林
の小路が、ここから<小田原・厚木道路>の
トンネルをくぐると
写真右下 トンネルの先に<関東ふれあいの道>
の道標が、この坂道を200mほど登れば尾根に。
(続きは明日)
(写真をクリックすると拡大画像が御覧になれます)
『寺社の蛙股』 金龍寺
西小磯・金龍寺。 四季折々の草花が参拝
する方々をお迎えしてくれるお寺さんです。
3月末~4月上旬には町一番の<桜の古木>
が見事にさくら花を開かせます