小田の橋を間の山へ100mほど行き左側の駐車場と階段のあるところの上に妙見堂がある。
不思議にスノコ橋から行くと、距離は変わらないのに、すごく近く、また爽(さわ)やかに感じる。(山の尾根づたいの道は どこでも そうなんです)
と言っても現在、日蓮宗によって復興されつつある妙見堂といったほうがいいかもしれない。
日蓮宗との関わりは、日蓮が天台宗の常明時(廃仏毀釈で廃寺となる)に篭っていたときに日蓮の前に妙見菩薩が現れたそうです。
妙見信仰は 世の中を明るく、人々を幸せにする宗教です。
妙見とは 北極星や北斗七星 です。 この天の道標である北極星の信仰は、バビロニアの遊牧民からインドや中国に伝わり、日本では、大衆から官吏まで 人気で 朝廷が796年に 妙見祭 を禁止するほどでした。
なお 朝熊山の虚空蔵 菩薩は 明けの明星(金星)です。
妙見堂の案内板には
859年 11月15日。外宮の子良館の 神官 度会高主は、15歳の娘が 、勢田川に流されたので、必死にさがしていたが見つからなかった。ところが水中から妙見童子地蔵が発見されたので、娘の代わりとして、現在の場所に、岡崎宮を建てそこに妙見地蔵を祀った。
のようなことが 書かれています。
おそらく、妙見地蔵の発見は 話ができすぎ、お話しです。水中でと言っても 木製でぷかぷか浮くから、後で、造ったでしょう。
でも、亡きいくら娘の弔いのためだとしても、
お堂を建て 妙見地蔵まで造るとなると それは大変なことです。
そもそも若い父親に そこまで余力はないはずです。
ただ
この娘は 大物忌だったとも 書かれています。
大物忌??