雑感「日々是好日2」

NO MUSIC,NO LIFE.音楽好きなのんびり屋さんの日常をつづってゆきます。きょう一日が良い日であるように…。

眠れないので。。。

2007-08-31 04:02:22 | Weblog
昨夜就寝前にアップ予定だったにもかかわらず
消えてしまった内容を
思い出しながら打っています。

もちろんいま、本当はぐっすり就寝しておくよう
指示受けている時間帯ですが、
このところずっと眠れていません。
それ用の頓服も処方して頂いているんですが、
ぜんっぜん効いていません。


愚痴書いちゃっていいですか?
(↑誰に向かって了承得ようとしてるんだ?
 つか了承あろうがなかろうが
 そのまま続きを書くだろーが!って(^_^;))


同様なご経験のある方からは
「甘えるな!」とか内心
ご批判やお叱りを受けるかもしれませんが・・・
コイツ愚痴モードだ・・しょうがねぇな・・と思って頂いて、
流してくだされば幸いです・・・



休養指示の診断書を出してくださっている
神経内科医(開業医)さん以外に、
違う科(複数)の開業医さんのところへ掛け持ちで
日替わり通院せざるをえないのですが、
通院でかなり疲れています。
療養開始当初とあまり変わらない。
帰宅後はシャワーすらフラフラして危ない日があって
そういう時はせいぜい足湯です。
調子が良ければシャワー出来ますけど…



総合病院にかかりたかったんですけど、
原則としてかかりつけ医さん(開業医さん)からの
紹介状が要るでしょう?
棲み分けというか…医院どうしの役割分担というか…
いまはそういう仕組みになっているみたいなので、
開業医さんにお世話になっています。。


身体の不調に起因する不眠が
ずっと続いています。
皮膚の痒みが原因で目を覚ましたり、
胸痛が原因でずっとガマンしていて
寝付けなかったり・・


胸痛なんて夜中だけじゃなくて
ここ数日…毎朝、起き抜けにも突然来ます。

前にも書きましたが、体力が弱る一方なので、
せめて、ストレッチと一環で、
負荷を弱めた腕立て伏せと逆(リバース)腕立てと
腹筋をやってるんですけど、
序盤で激しい胸痛が来ます・・・

10分~15分ぐらい?
うつ伏せでただじっとうずくまって
痛みが治まるのを待ってから
また始めるんですけど
腹筋や腕立ての回数を
減らさざるをえません・・・



路上とかバス停留所でも
胸痛などは
何の前触れもなく不意にやって来ます。
路上やバス停での胸痛だの吐き気だのは
もう一年ぐらいガマンしてましたけど、

毎朝起き抜けに
うずくまらないとやってらないほどの胸痛が来るのは
ここ数日になってからです。



ところが
皮膚の痒みや胸痛の原因が結局不明なんです。。
皮膚科医さんとか内科医さん、
内科医さんから紹介状を受けた循環器・心臓血管外科医さんの
検査とか投薬処方で引っかかって来なかった旨
先日も書きましたが・・・

きょう(日付的には昨日)
某法人総合病院を勧められて
そこへ行って心電図波形とってもらいましたけど
(また安静心電図検査やんのかよ!って思いましたけどね(^_^;)
 トーゼン検査費請求されるじゃん、もったいねぇ、って・・・)
やっぱりというか予想通りというか・・・「異状なし」です。
「気のせいじゃないのぉ?」とまで
医師に言われてしまいました・・・。


毎朝痛むなんて普通ありえなくね?
でも心電図検査で引っかからない以上は
「異状なし」ってことになるんですよね・・・
「とりあえず様子見てください」(=お引取りください)パターンです。



医療行為は、検査で引っかかって初めて手が施せるというか、
「切ったり貼ったり切除したり出来る世界のもの」だから
(↑実際そういう仰り方をなさった医療従事者サンもいましたから)、
検査や造影で引っかからないと
意味を成さないんでしょう。。。



どんなに痛かろうがツラかろうが
立っているのもやっとだろうが
くちに入る食事が少なくて
日常生活に支障があろうが、

きょうあすのうちに処置を施さなければ
命にかかわるものじゃなければ
それは患者の当然の受忍範囲というか・・・
「ガマンせい」「それで暮らせ!」ということに
なってしまうんですよね・・・
それは生きている限り続くわけですやね



「身体の異常や症状は、その専門科の先生のところで
 診て貰って解決するように」との指示を受けて、
各診療科の開業医さんのところを受診するわけです。
時にはネットで調べて、時にはいわゆる「広島のお医者さん」本で調べて。
ピンポイントでOKそうなところを・・・。
いかんせん空振りに終わってますけどね・・・。


ある科では
「困ったねぇ」とだけ言われて。
別の科では
「神経内科の先生んとこで何とかしてもらうように
 言えばいいじゃん!」とも言われたし。
板ばさみになった立場としては
いったいどうすればいいんでしょうかね・・・

まさしく・・
♪マドワッサレ~ オドラッサレ~ (←from「Puzzle」by SE7EN)



外来患者として罹る病院を選ぶのも、
そのために各方面から情報を事前収集するのも
 (いい評判も酷評も欲しかったので…
  …いわゆる「まちBBS」もざっと見ましたよ
  …たまたま自分の欲しい情報があまりなかったけど…
  見るのも疲れますよね)、
お医者さん側よりご提示ご提案を頂いた中から
最終的にどの治療法を取捨選択するか決断するのも、
診察時間中の円滑なコミュニケーションを図るのも
(お医者さんから必要な情報を引き出すことも)、
すべてが患者側の“自己責任”なんですよね。。。

結果を背負うのももちろん患者自身。。。

医療従事者の皆様は、
患者側の治癒とか生活の質の向上の援助者にすぎないと。。。


自分の身体の話だから、
それは当たり前な理屈だとは思いますし、
理屈のうえではわかっているつもりなんですけど・・・

“自己責任”って言葉の響きが重たいよなぁ
袋小路に追い詰められているような
切迫感があるんだよ。。。
「責任」っていう熟語だけでさえ
随分響きが重たいと思うんだけどね。。



おうどんとかあっさりした和風パスタとか、
以前よく食べ慣れていたもの・・
むしろ好物の類のものも
口に入らなくなりました。
汚い話ですみませんけど、脂汗が出て激しい腹痛がして
下してしまうんですよ。
いまは異物として身体が認識してしまっているのか何なのか
これもわからないままなんですけど、
出し切るまで何度も下したり吐き気があったり。

でも、ちいさい菓子パン(タカキベーカリーの「朝のマフィン」)は
主食として辛うじて口に入るから、
小麦アレルギーとは違う、ってことだよね?



いま辛うじて口に出来るのは

主食としてそういう小さい菓子パン、
またはお粥1膳もしくはおにぎり1個、

副食として水菜を主としたサラダ
(または枝豆少しとか、ふかしたかぼちゃひと切れとか)。
それ以上のものは身体が出そうとしてしまう。

でも体重は減ってないんですよ。
むしろ増えてるときがある。
たべられるものが
偏ってしまっているからでしょうかね




アレルギー科さんにも行きましたが、
検査項目の多さにビックリしました。
血液だけ採取してもらえばいいんじゃなくて、
自分で選ばないといけないんですよね…調べて欲しいアレルゲンを。
それぞれに安くない検査単価がかかってくる。
コメントでファイヤーさんが書いてくださってましたが、
診察室で見て予想以上だったのでたまげました。。。
ダニで4種類、ハウスダストで2種類、蛾で何種類あったっけ?
ほかにも害虫ありーの、食品名の羅列ありーの…
結局湿疹(じゃなくて蕁麻疹?)出た日に食べたものを思い出して
それを検査項目にして頂きましたけど、
先生のお話によると、
東京にデータ送るそうで、結果出るまでに1週間かかるらしいです。


広島駅の新幹線口と在来線口(南口)。
広島市東区と南区。
その両側に開業医さんがあります。
双方を行き来するためには、地下道を通るしかないんですが、
平生はなんともなくても
この地下道の果てしなく長いこと…
特に階段と坂がきつくてきつくてフラフラでした。
手摺り伝いでゆっくり歩いたのに。


現場復帰したら外勤はこんなもんじゃ済まないんだよな。
手摺りのない山道歩きがありますから・・・
こんな調子でいつ復帰のメドが立つのかな・・・?
身体のオカシイ箇所がどんどん噴き出していて
自分としてはガマンの限界超えてるんですけど
温度差がありすぎるからなぁ・・・


夜中に胸痛をガマンしていて
よほど病院の夜間救急外来に行こうかと思ったんですけど、
こういう経験を6回ぐらい既に繰り返していて、
「どうせ2時間待ちのあとに
 安静心電図とか血圧とか
 通り一遍の検査をしてそのまま
 痛み止めの処方すら何もしてもらえないままに
 結局そのまま帰されるだけだろうな」
失礼だけどそういう意識が経験上働いてしまって
ガマンするしかない…orz って思ったんですよね
2時間半ぐらい耐えたっけ・・・
倍ぐらいに思えましたけどね・・・
不眠時用の薬とかまったく効かなかったです。

さすがに情けなくて涙出ましたね・・・
思い当たるフシがないのに
なぜこんなことになってしまったのかと思うと・・・
命ある間はこの先ずっと
こんな痛みと毎日闘って衰弱するしかないのかと思うと・・・
(↑仲良く共存という気持ちにはなれないので
 「闘う」ということばを使わざるをえないと思います)
人間は目前の現実を避けられないですからね・・・



*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。 ♪ *・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。



ま、こんな愚痴ばかりさんざん書いたので、話題変えて
SE7EN のことでも書こうか!と思いましたが・・・



SE7EN、
アメリカでいったいキミは何がやりたいんだ???????
つか
あのヘアスタイルは何だ!!!!!!!
「ベース持って『佐賀県』か『伝説の男』歌えよ!」とか思いました(苦笑)
あ、でもベースは弾けねーか!
(中退だけど檀國大学校実用音楽科出身っしょ!ギター弾けるんだったらベースも練習してみたら出来るかも?=笑)



しかも
はなわさんの髪型が地味に見えるんですよね。
SE7ENの場合は、
鶏冠(トサカ=頭頂部)が ぱっきん!! (=金髪) でしたから。
(名古屋城の“金のシャチホコ”じゃないんですから・・・笑)

何を思ってあんな髪型にしたのかね。。。


  ♪た~~らこ~~~、た~~らこ~~~ ・・・


ちなみに、白いTシャツ越しには
さらに急成長したのではないかとおぼしき
胸筋・腕筋がモリモリと・・・
仮に…なかやまきんに君と並べたら
遜色なさそうです(^_^;)
いったいSE7ENは何をめざしているんだろう。。。?(笑)

ちなみに、その笑撃…もとい、衝撃写真画像(笑)の背面には、
J&D ENTERTAINMENT GROUP・・・(←GROUPの続きがわからん!)とかなんとか
書いてある文字がチラリと見えましたよね。




SE7ENファン歴2年半ぐらい?になりますけど、
いまだに未知数無尽蔵というか・・・
わたしの理解を超えた感覚が彼の中には多いです
まぁ理解しようとも思いませんが(←ごめんねSE7EN)


日本での活動を終えて
「やっとボクのント(←“ホ”にアクセント来るのがSE7EN口調)の
 個性が出せる~~~!! アメリカだぁ~~~!!」って
開放感から文字どおり“ありのまま”に
ハジケちゃったのかなぁ?あれは。。。
初ドラマとか…ほかにも韓国語のわからない人を相手に
日本語で話さなきゃいけない日本活動とかが
実はストレス要因の連続(?)になってて
別の意味でちょっとハジケちゃった?ってことは
まさかないですよね。。。
わからん。。。


SE7ENのことをまったく知らないひとに
あの写真 だけ を試しに見せたとして、
コリアントップR&Bシンガー(もしくはコリアントップイケメンアイドル)って
分かってくれる方は
どのぐらいいらっしゃるんでしょうか・・・



アメリカ在住の友達(←ってずっと連絡取ってなくてゴメンネなのですが・・
今でも友達だと思って頂いてるんだろうか・・・)に
ああいう22歳(韓国の数え方では23歳)の男性をどう思うか
試しに聞いてみたいなと
一瞬思いましたけど…
リアクションが怖くてやっぱり出来ない…(苦笑)

「ま!い~んじゃない? 本人は良くてやってるんでしょ(爆)」って
案外、あっけらか~ん! と返して来そうな気もしますけど…(笑)



まぁ、自由の女神様のお膝元の国にいることですし、
やりたいことをやりたいように出来ることは幸せですから、
気楽に力まずにありのまま
アメリカでの音楽活動へ
自由な気分を繋いでくれればいいですかね(^_^;)。

かつてアメリカで彫ってもらったTattooの如く、
ト音記号(=音楽)と共に羽ばたいて頂ければ
何も言う事はございません。
御本人さんが狙っていることは単なるデビューじゃなさそうだし
難しいことではないかと思いますから・・・
アジア人としては頑張ってくれとしか言いようがない。
兵役のあるお国の男子の人生ですから
御本人の気がすむように好きにやれば!ってのも
あるでしょうかね。
鉄は熱いうちに打て!とも言いますし。


♪若いうちはぁ~ やりたいこと~
な~んでも で~きるのさぁ~~
 (←from「YOUNG MAN」by西城秀樹さん)



アメリカデビューアルバムのジャケ写が
どんなことになってしまうのか、
次回来日時(=秋に来日予定、という話が以前ありましたが)は、
ヅラなしで(←日本活動用の長髪カツラ=ヅラが不評だったので)どうするのか、
まぁ、楽しみにしておきます。。。


昨夜の月食

2007-08-29 09:40:56 | Weblog
連日通院ネタの投稿ばかりになってきたので
(きょうも投稿しそうになりましたが…
 それはまた改めて…って書くんかい?!。。
別の話題を。


昨日は「皆既月食」の見られる日でした。

小さいデジタルカメラで
家から撮影したので、
残念ながらきれいな写真じゃないんですが…。

「皆既月食」…赤い月の瞬間は撮れませんでした(^_^;)。
つかコンタクトレンズ既に外して
度数を弱めた眼鏡かけてたんで、
皆既月食状態時のお月さま・・・つまり
“赤銅色の月”は
正直よくわかりませんでした。


その後の
月が欠けてみえる様子だけを
時間の許す限り撮ったものです。
写真(画像)は6枚あります。



↓それではどうぞ<(_ _)>。


(写真1)



(写真2)



(写真3)



(写真4)



(写真5)




(写真6)

湿疹の件ですが…

2007-08-27 20:56:02 | Weblog
先日の投稿 で、
突然湿疹が出来て眠れずに
皮膚科医さんへかかった話を
書かせて頂きましたが、


その後、処方して頂いた軟膏を
塗ってみたんですけど、


湿疹そのものは小さくはなりましたが、
かえって身体全体どこもかしこも
カサカサして痛痒くなってきて
結果としては
夜また無意識のうちに掻いてしまい
苛立ってまた一晩中(=パムセドロbySE7EN)
眠れないという
同様な状況のままでした。



アレルギー科の開業医さんに予約アポの電話をしまして、
直近の日にちでは
あす午後5時台以降だと空きがあるとのことでしたので、
その時間で診察予約をお願いしました。
食べ物などについてアレルギー体質の有無を
調べて頂こうと思います。

…それと同時に
あそこの皮膚科医さんに
経過説明をしに
一応行っとかなきゃいけないんだろうな・・・orz



ところで、
処方して頂いた軟膏の印刷面上部に
「外用合成副腎皮質ホルモン剤」って
書いてあるんですけど
(↑総量5グラムの小さいチューブ入り軟膏ですから、書いてあるその文字も当然ながら小さくて、
写研=写真植字研究所=独自の書体・・・“ゴナ”の7級か8級ぐらいの書体と大きさみたいな感じに思えるんですけど・・・。
かつて就いていた職種関連の、偏った話題を持ち出してすみません)



これって早い話が
ステロイド だよ~ん!ってことですよね?



「3日経って治らんかったら
 また来んさい」

たったこの一言で、
医師としては
ステロイド剤の軟膏を処方したって
説明したことになるんですかね・・・?
患者側としてはそう理解しろ、ってことですかね・・・

皮膚科さんにめったにかからないから
よく事情わからないんですが、
そんなもんなんすか?
そういうのも
外来患者として備えておくべき
一般常識なんでしょうかね・・・?


つか
そんなもん、
きちんとした説明って言えるのかよ!(苦笑)
憤りを通り越してしまいました。

エーちゃん

2007-08-26 20:22:51 | Weblog
去年から、サントリーの「プレミアムモルツ」という
ビールのCMに
広島の生んだ立身出世ロケンローラー、
矢沢“エーちゃん”永吉氏が御出演中なんですが、

今どきの50代の男性って
かっけーなと思いましたね…
エーちゃんに関心持つようになったのは
CMがきっかけですから。



多少気障(キザ)だろうが
「成り上がり」だろうが
このヒトがやるのなら
このヒトが言うのなら
許されます
認めます
サマになります
ブザマには決してなりません
そんな圧倒的な存在感…たたずまいと説得力・・・
顔に刻まれた皺でさえ
開拓し疾走してきた人生の年輪そのもの



CM見て
「エーちゃんがこんな撮影の注文にまで応じて
 それも嬉々として
 いい表情しとるじゃん」
SUNTORYウェブサイト プレミアムモルツ CMギャラリー


卵をカッコつけながら割って
お好み焼きをつくるエーちゃん、
ショッピングカートをひくエーちゃん、
桜並木のなかを歩くエーちゃん、
アクアパッツァをつくるエーちゃん、
尾道の坂道を
風呂敷包み片手に歩くエーちゃん、
枝豆を茹でて花火を眺めながら美味しそうにつまむ
浴衣姿のエーちゃんなどなど。。。

いいじゃありませんか。




50代の現役ロッカーであるエーちゃん。

今年還暦というのに
NHK朝ドラのみならず
今夏クールのフジテレビ「月9」枠ドラマの主題歌を
ハイトーンで歌ってしまう
現役シンガーソングライター小田和正さん。

マジすげぇわ…



おふたりのおかげで
将来の加齢に希望が持てるというものです。
あんな年齢の重ね方って出来るもんじゃありませんが(^_^;)。



NHKの 「SONGS」 という
今年度から始まったオトナな音楽番組があるらしいのですが、
エーちゃん2週にわたって御出演。
しかも放送日は既に終了(6月最終~7月初回)だそうです。。。
あぁぁぁぁ……orz
時すでに遅し、とはまさにこのことです。


以前某所で細切れに動画ありましたが…
俳優の浅野忠信さん(=Charaの旦那様)と対談ありーの、
某ギター名手とのコラボありーの、
「アリよさらば」まで歌いーの…

ちなみにナレーションが
前の「英語でしゃべらナイト」MCだった松本アナ。
言わずと知れた灘高~京大出身のビートルズフリーク。
しかも元ロック少年でしょ?
言うことないですよねぇ…



NHKの「SONGS」番組自体
リアルタイムでも録画でもまだ見たことはないんですけど、

韓国で言えば
「ユン・ドヒョンのラブレター」とか
「キム・ドンリュルのフォー・ユー」とか
「音楽空間(MUSIC SPACE)」みたいな…

そんな感じの
落ち着いて音を見聞き出来る様な
『“音楽番組”の名にふさわしい音楽番組』なんでしょうね、たぶん。

出演する歌手も力量が試されるでしょうし、
制作者側も力量が試されるでありましょう…そんな音楽番組。
出演できることそのものが
歌手にとっては一流の証しであり名誉であり勲章であるような番組。

日本では
そういう音楽番組って減りましたもんね・・・
さぞかし見ごたえあったんだろうなぁ・・・SONGSって。


後悔先に立たず。

突然の失神…じゃなかった湿疹

2007-08-25 08:02:22 | Weblog
いきなり漢字変換(“変漢”)いじりで
クソ寒いネタをタイトルに使ってしまいましたが…



3日ぐらい前?に手足を中心に
突然湿疹が出まして…

それも夜中に無意識に手や足の
湿疹の出来た箇所を
猛烈に掻いている自分に気づいて目が覚めてしまい
はじめて気が付いたという…
とりあえず市販の使い慣れている
某かゆみ止め薬を塗り、
再び眠りに就こうとするものの、

しばらく時間がたつとまた同じ事を繰り返しているという。。。
結果よく眠れないまま朝が来てしまいました。
そんな状態が二晩続いてます。


ビックリでした
つか
なんでやねんっ!!



父親は肌のキメが粗くニキビ面で、
背中一面にも吹き出物がたくさんありましたが、
肌質は弱くはなさそうでした。


母親は敏感肌で化繊が着られない。
冬場は肌が痒い痒いとよく言っていました。
家には赤ちゃん用の「てんかふ(天花粉)」がありました。

それに、なぜか白髪の出来た箇所が猛烈に痒かったらしく、
私ら子供の帰宅~入浴終了等を待ちわびるかのように、
白髪を抜いてくれ、とよく言われました。
特に短い白髪や、太いしっかりした毛の白髪が生えると、
痒くて痒くて我慢できなかったようでした。
母親の白髪を抜くのは
いつしか私の役目になりましたが
(わたしは“臨時小遣い”なし…無料で抜きましたから=笑)、
私らが学校に行っていて家にいない間に
地肌を猛烈に掻いてしまったのか
赤くブツブツした状態になっていました


弟は大人になってから
突然アトピー性皮膚炎デビューをしてしまい、
シャンプーや洗剤や石鹸等の選択にさえ
気を使わなければならない生活になったようです。
どちらかといえば弟は、母親の体質を受け継いだのではないかと
思っていました。


私はといえば、父親の体質・肌質を受け継いでいると
思っていました。
その他方で、
かつて内臓を手術した際に
肩口から麻酔を打った箇所の皮膚が
その後、ミミズ腫れみたいなケロイド状に膨れて腫れ上がり、
酷くなるままです。
ほかにも酷いケロイドがあったので
数年間治療に通いましたが(内臓手術した某総合病院皮膚科で)
結局治療効果はみられませんでした。
ですので、私の場合は
肌に関しては弱い部分もあるみたいです。


今回のは
毎日飲んでいるお薬のせい?
でも前々から飲み続けているお薬です。
もちろん虫さされではないし。

但し、一度だけ…
たった一度だけですが、数年前、便秘気味だった折、
食べ慣れていたはずのヨーグルトを食べたのですが、
その夜に、
突然手足を中心に
皮膚が今回と同様な状態になったことがあります。
ヨーグルトを他のメーカーのに変えたら
湿疹は何故かビタリと止まり、すっかり良くなりました…
ヨーグルトと因果関係があったのか、なかったのか、わかりません。
自分自身の体質…カラダのことについて、
いまだに分からないことだらけです。
体質って変わりますしね。



とりあえず前回の広島在勤時代に
かかったことのある(=手元に診察券のある)皮膚科開業医さんを
訪ねました。
前回受診からえらく年数が経過しているせいか、
どんなお医者さんだったか、全く記憶がありませんでした。

市販のかゆみ止め薬の効果がないことと、
なにが原因の、どういった状態なのか、
内服薬の影響はあるのかないのか
診て頂こうと思って。




学校が夏休み中でもあるせいか、
待合室は小さなお子さん連れの親御さんで
ごった返していました。

お母さんが受付に呼ばれて子供さんの診療費を払っている間に、
突然お子さんが「おしっこ~~!!」と叫びだす光景とか…
(病院がテナントビルの中ですし皮膚科なので、
 院内にお手洗いがありません)
お母さんが「ガマンできる?」と呼びかけると
お子さんは「うん」と小さく返すものの
傍目に「ヤバくねぇ?」という手足バタバタモジモジ状態が…




そんなこんなの光景の中でやっと順番が来た途端
まずは看護師さんに面会して症状や経緯の説明を求められ、
患部を出した状態でそのまま待つよう指示されました。

それから少し経って先生の御登場…。
宮本“マルサの女”信子さんにちょっとだけ似た感じの容貌から
「アンタ何しに来たん? ウチ忙しいんじゃけど」とでも言いたげな、
高圧的かつ冷淡で怖い視線が……
(↑すみませんけど率直にそう思いました)

ひととおり簡単に症状と経緯は申しあげましたが…

「虫さされにアンタが自分で気づかんかっただけじゃないんね?!
 ハァ?外に出とらん?
 アンタ何しよるん? 一日中子供でも見よったんかね?
              (↑ウチは子どもいないんですけどね…(^_^;))
 軟膏出しとくけぇ塗って、3日間やって効かんかったら
 また来んさい。
 それで問題ないけぇ。じゃ。」

まくし立てるような一方的説明を受けて
診察終了しました。
早送りの動画かよ!と思いました。

 “シュワッチ”ウルトラマンの
  もしそこにあったとしても(←古っ!)
  安全圏の青色 のままだったでしょう。


「お薬手帳」も持参していましたが、
 内服薬と今回の湿疹との関係の有無とか
 こちらが訊かなければならなかったことは
 まったく言葉が出せませんでした…
 患者としてはそんなことでは失格なんですが、
 あまりの先方の態度にたじろいでしまい、
 ドン引きもしてしまい…

受付窓口の診療代に(内心「ハァ?」)…唖然としてしまいました…orz



肝心な事を訊けずじまいだった、と後悔したのは、
調剤薬局で軟膏代の支払を終えた後でした。 
それから帰路以降、
腹立たしくなってきていました。
自分自身に対してもですが、
皮膚科医のアノ態度に対しても…。。。




翌日(=昨日の金曜日)、
診断書を出して頂いている主治医(神経内科医さん)のもとへ
イレギュラーで受診をさせて頂いて
経緯報告。
「専門医がそういう言い振りなのなら
 まぁ薬剤による湿疹ではないんでしょう」てことで…。
不眠のためのお薬が出されました。

皮膚科で、肝心な事をハッキリと念押しして訊かなかった
患者としての私の態度については
暗に反省を求められたように思いました…


湿疹については
しばらく様子をみるしかなさそうです。。

昨日消えた原稿の再チャレンジです

2007-08-21 13:35:34 | Weblog
…つっても昨日の原稿を保存してませんからねぇ…
「どんなこと書いたっけか?」と
ぽつりぽつりと思い出しながら入力中なんですがね…(苦笑)



一昨日(日曜日)、こっちでは夕方から雷鳴のあとに
バケツをひっくり返したような雨。
「夕立」だぁ・・・だんだん少しずつでいいから
涼しくなってくれるかなぁ?と思っていたんですが、
(↑あとは風がけっこう強かったし、雷も相変わらず鳴ってましたんで、
 パソコンの電源とスカパーのアンテナの心配をしてました(^_^;)
 いちおう「雷ガードコンセント」って書いてあったのを買って
 パソコン周辺機器の電源用に使ってるんですけど、
 それでもなんか「絶対に大丈夫なのかな?」と心配だし、
 日曜夜にはスカパーで
 タイマー録画セットをしていた番組があったので…。
 「ハゲタカ」諦めて、JUNEの青山円形劇場アコースティックライヴと、
 SE7ENの幕張メッセライヴを録画セットしてました。)


日曜夕方には大雨洪水警報と雷注意報が出ていたうえに、
新幹線が一部運転を見合わせていたらしい(広島~徳山間?)ことを
あとから知りました。
「夕立」って英語でshowerなんですね(へぇ~~)。
ケータイのウェブ辞書引いたら出てました。
そういえば、徳山って市町村合併か何かで
いまは「徳山市」じゃないんですよね?
さすがに駅名はそのままでしょうが…


yahoo!の天気では
土曜日は「熱中症厳重警戒」表示でしたが、
きょうもいまだに「熱中症警戒」表示です。
昨日の月曜日はどうだったか見てませんでしたが、
朝からすげぇ暑かったです。


昨日はよのなか的にも「お盆休み」モードから
「通常営業」モードに戻ったことですし、
療養開始指示からほぼ一ヶ月経過しますんで、
診断書を出してくれたお医者さんのところへ行きました。
しかし…


「その状態では復帰はまだムリですねぇ。
 もう一ヶ月間、要加療期間延長しましょう。
 診断書出しておきますから」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


たしかに今の状態で
あの勤務の渦のなかに戻るのはムリがある、とは
思っていましたが…
ハッキリ言われてしまうとですね…
職場に向ける顔がないというか……。
職場には取り急ぎお詫びかたがた連絡をしまして、
お許し頂けたんですけどね……。



食事は相変わらずお粥が中心です。
先生からも「お粥を主に消化のいい、負担のないものを食べなさい」と
指示が出ているので・・・。
さっきも あさつき を散らしたお粥食べました。
外で食べる時は
おうどんか、あっさりしたおにぎり1個をゆっくり食べる程度。

勤務していた頃も、最後の1ヶ月ぐらいは、
職場近くのイートイン可能な地場パン屋さんチェーン
「リトルマーメイド(タカキベーカリー)」で、
きなこボールとかチョコボールとか、小さい菓子パンを探して、
それとプリンと飲み物で凌いでました。
まともな食事は入らないし、かと言って、
執務室にいれば昼休憩なしで仕事せざるをえなくなるから、
逃げ場をこしらえていただけかもしれません。
(↑「リトルマーメイド」といえば、
 小田和正さんがそこのパンお好きらしくて、
 広島公演のとき本通店にいらしてたらしいですよ
 小田さん、パンお好きですからねぇ。
 かなりずっと前「スマスマ(SMAP×SMAP」に出演なさった時も
 料理オーダーは「パン」でしたから。)



心臓検査の日、アポ時間より早めに、
大病院近くに出てきて、おうどんを食べたんですけど、
それから少しして、脂汗が出てうずくまるぐらいに
おなかが激しく痛み始めて。
急いでお手洗いにかけこみました。
お手洗いと外とをその後も4往復ぐらいしたのかな。
12時半ぐらいでしたから、まだあいている内科に駆け込んで
受診後にお薬を処方して頂きました。
おうどんとか、おうどん屋さんのせいではなくて、
私の身体にまだ
消化吸収のちからが足りないんだろうな、と
いうことでしょうね。。。orz




別件では、お薬のせいか、溜め込んだ疲れのせいか、
日中、11時ごろから午後2時ごろの間のどこかで、
とてつもない睡魔がきて、
クラっと and フラっとする。
とにかく眠い…というか身体を横にしたくなるんですよ。
立ってる場合かよ!みたいな。
身体起こしていると少し危ない。
(現にちょっと眠け来始めてるんですよ…(^_^;))
療養中の今はまだ、横になれるからいいですけど、
執務始めてしまうと耐えるしかないですからね…。。。


そんなこんなを、診察では
正直に申告するしかないんですが、
ついお医者さんに訊いてしまいました。
療養開始まるまる4週経って
未だにこんな調子ですから
いつまでもこんなことやってられるワケがないし、
先のことを考えると焦るし不安にもなる…。




「休み始めてから正直
 あまり変わり映えしないんですが、
 こんなにも時間かかるもんなんですか?
 治りがえらく遅くないですか?

「いや、こんなもんだと思いますし、
 思ってましたよ」
 


さらに一ヶ月後、身体の様子を
お医者さんが診察されて、
もう大丈夫だろうな、と思われてからひと月後を
おおむね復職可能始期とされているのだそうです…


♪このままぁ~~焦るなぁあぁあぁ~~~(←from「ありのまま」bySE7EN)



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  
 他方で、昨日は、
 出身地市内唯一の総合病院脳神経外科病棟から
 父親が退院した日でもありました。
 利き手である右手に、まひが依然としてあり、
 力が入らず自由が利かない後遺症が残りました。

 こんな日にきちんと帰省して
 手伝ってやれなかった親不孝者です・・・
 
 

 心配だったので電話したら、
 逆にこっちのことを心配されてしまいましたが…




 さきは長いのかなぁ・・・・・


 

 ↓写真は、病院(開業医さんです)の入居しているテナントビルの
 エレベーターホール付近の窓から見える景色。
 なんか、広島のいまの街の特徴を凝縮したような風景が
 わりときれいに見えるので、
 通院中は気が重いんですが、唯一癒されます。
   


きのうはヤマハで夕方から・・・

2007-08-19 07:28:12 | Weblog
「レコーディング実習」がありました。

ヴォーカル科生徒の任意参加実習で、
月謝とは別に参加費のかかるものですが、
ヤマハ広島センターの中にあるレコーディング設備を使って、
BackingTrack(カラオケ)入りのCDを
参加生徒が自由に選曲して持参し、
講師立会い・御指導のもとで、
そのカラオケに合わせて歌うレコーディング。
その場で即刻ミキサーさんの手によって
歌ったばかりの曲をCD-Rに落として頂くものです。


いわゆるパンチインレコーディング(継ぎはぎ&イイトコ取り)はナシで、
キーの調節も修正も
音声多重録音もナシです。
声とバックの音的バランスをチェックしたあとは
原則的に一発録りで終了です。
なので作業的にはすぐ終わります。

あまりこういう機会がないので、
以前から参加希望を出しておりました。



録音は正直です。
歌い損じも弱点もその日の調子も
そのまま記録としてディスクに残ります。
だからこういう機会があれば一貫して
極力参加するようにしておりました。


今回は調子悪いなりに歌いました。
うたうこと以上に
難航したのが事前の選曲でした。

録音時の身体や喉の調子で
臨機応変というか…曲を差替できるように
曲目を複数ピックアップして、
カラオケを有料でダウンロードできるウェブサイトで
複数ダウンロードしました。
(うたいたい曲は、CDにカラオケが収録されていない曲だったので…)

選曲基準は
・単独(単音)でうたって支障ないもの
 (どこかの音声を部分的に省略しなくて済むもの)
・キーの調整が要らないもの
・カラオケが原曲のバッキングに比べて
 著しく陳腐(=失礼)でないもの
・ラップのないもの(笑)…出来ないんですよ、ラップが。

↑これだけでも、だいぶ曲がカット(却下)されます。




ピックアップしていたのは…
・安室奈美恵さんの「Should I love him?」
・嶋野百恵さんの「Next Lounge」「baby,baby,Service」
・スタレビの「木蘭の涙~acoustic」
・ゴスの「アンジュナ」「Sweet」
・JUJUさんの「奇跡を望むなら...」
・今井美樹さんの「新しい街で」
・東方神起さんの「ZION」
・インコグニートの「Don't You Worry 'Bout a Thing」
……曲数を絞った結果にしても多数ありますね(苦笑)。


ところが、
ダウンロードした音源の場合、
音響機器によっては再生ができない場合もありうることに
当日午後になってから(←バカですね)ふと気づきまして。。。

ヤマハさんの機材で
ダウンロード音源再生不可の場合も考慮して
あわてて手持ちCDから1曲
ケミストリーの「This Night」を追加持参。
出たばかりの曲です。
ちなみに、ダウンロード音源の再生テストを
やらせて頂いたのですが、
再生ダメでした。。。
ほかにも今回
同様な生徒さんがおられたそうです。



ケミの新曲は、
MTVでたまたま2回PVを見て
ひさびさにケミらしい…というか
自分の好きな感じだったし、
歌詞もよさそうだったので、
病院帰り・バス乗り換えの間に
バス停近くのパルコ新館にあるタワレコでCD買って持ってたんですが、
それ以降、通しで聴いたのは3回ぐらい。
自分でうたったためしがなかった(苦笑)。
SONY Music Online Japan-CHEMISTRY (「This Night」 の試聴ができます)
要っち(川畑要さん)のジャケ写すげぇ……。
SE7ENの「ありのまま」限定盤ジャケ写が
かわいく見えますもん……。
要っちの趣味は「ボイトレと筋トレ」らしいですし、
数年前だったと思いますが、雑誌「Tarzan」で
鍛えた肉体を誌上で披露なさっていましたもんね。



通常のレッスン(「絢香×コブクロ」の曲を今やってます)が
終わったあと、
実習までには時間がありましたので、
小声で何度かケミの曲を練習したんですが、
Aメロ・Bメロの低音域が出たり出なかったりする・・・
これはヤバイ!と思いました・・・
歌いだしでコケたらそのあとがどうしようもない・・・



歌詞は、A4のノートに
歌詞カードを自分でひととおり
黒字ペンで筆写します。
実際の音源を聴きながら、
歌詞カードに書かれてないフェイク(即興)を書き加えたり、
御本人さんたちの歌い回し方に合わせたりします。
目線を動かしやすい改行にしたり、
ブレス(息継ぎ)箇所は1字空白にしたり。
その「自筆ノート歌詞カード」を
譜面台に置いてうたいます。
ほかの生徒さんは少し驚かれたようでしたが(^_^;)。


結局、
ケミの上記の曲(This Night)に加えて、
東方神起さんの「Choosey Lover」も持参しまして
(↑Choosey~ はブリッジの英語が不安でした)、
現場でいずれかに決めることに。


先生に低音部聴いて頂いて
「出とるけん大丈夫よ」とのことで、
ケミの曲で録音しました。
選曲最終決定判断と低音チェック目的で
1コーラスだけ軽くうたったあと、
そのままフルコーラスで録音本番。
チェック時に歌詞や符割りをかなり間違えたので、
本番はかなり緊張しました。
あのフルコーラス一発で精いっぱいでした。


帰路バスの中で聴いてみたところ、
大サビの前、それから、ラストに入れた
フェイクの裏声(ファルセット)が音程低かったな…orz
うたっている間は気づきませんでした。



今回は、同様の時間帯に実習をおこなう、
ほかの生徒さんのレコーディングを
ミキサー卓のある部屋のソファに座って
見せて頂ける形式になっていました

おひとりだけ、同じクラスで通常グループレッスンを
受講している生徒さんもいらしたのですが、
絢香さんの新曲を歌われました。
ほんの少しだけハスキーだけど、
全体的には、澄んできれいな声色のかたで、
ふだんのレッスンでは、譜面に忠実な、
おとなしい歌唱をなさるのですが、
レコーディングでは絢香さんのような、力強く凛々しい歌唱法でした。



ほかには、今回初対面の生徒さんおふたり。
(木村)カエラの「HAPPINESS」を歌われたかたは、
高音域もすべてフルボリュームでなおかつ地声(!!)。
喉が潰れるとか痛くなる、というような事には
まったく無縁そうなパワフルさ
聴きながら「すげぇなこのひと…」って言ってしまいました。
それと…カエラって、音程のとりにくいメロディーを
簡単そうにうたってるんだな、と
いまさらですが感心してしまいました。


もうおひとかたは、一青窈さんの「ハナミズキ」を
なんと譜面と歌詞双方を見ながら歌われてました。
真面目そうなかたでした。
「ハナミズキ」は自分でもライヴでコピーしたことがありますが、
キーをかなり下げました。
一青さんそのままのキーでは、私はうたえません(苦笑)。


皆さんむずかしい曲を選ばれるなぁ・・・
勉強になりました。




通常レッスンクラスで、5月から一緒に受講してきた
うちのクラス最年少の生徒さんが、
就活(就職活動)のために
今月いっぱいで退会されることになりました。
ドラムもなさる方でしたが
(↑春のPMSイベではクラプトンの曲♪Change The Worldで、
  正確なリズムキープが光りました)、
ヴォーカル強化のために毎日腹筋&背筋運動を欠かさない、
リズム感抜群なうえに、熱意のある生徒さんでした。
先生の御指導(熱の入れ方)が、彼女の存在によって
おおきく変わりましたから・・
(↑先生すみません!)
それぐらい、クラス全体に対して
刺激と好影響をくださった生徒さんだった、と思います。
「就職きまったら復帰してね!」と申しあげました。
就活がうまくいきますように




=無関係なついしん=
・新潟でおおきな地震があったばかりなのに、
 今度は千葉で立て続けに震度4…?
 暑さも相変わらずで、昨日は「熱中症厳重警戒」表示が
 「yahoo天気」には出ていたほど…
 どうか容赦してください、お天道様。。

高校野球ぜんぜん見てないんですが、
 広島代表の広陵高校も
 愛媛代表の今治西高校(通称“今西”)も
 ベスト8まで行ったんですね。すごいぞ!
 しかし…準々決勝でその両者=広陵と今西が当たるなんて
 双方の県に思い入れがあるから
 もう少しあとで対戦してほしかったですが、
 組み合わせってクジ引き?抽選でしたっけ…しょうがないですね…。
 どっちを応援ってことはないですね。
 怪我なく悔いなく(←悔いなく、ってのはムリだよね…)、
 いい試合をして頂ければ
 もうそれでいい。
 
 学生時代、同級生の中に今西出身のひとがいて、
 高校から甲子園に応援に行った、って言ってました。
 うらやましかったです。
 母校は甲子園にほぼ無縁でしたから。
 後年、うちの高校は
 21世紀枠でセンバツ(春の甲子園)に出て、
 初戦敗退しました。
 「甲子園に出ることなんてありえない!」と思っていましたから、
 出場決定時はやっぱり嬉しかったですよ
 平日勤務中でしたから、応援に甲子園まで行くとか
 テレビ観戦するとかは出来ませんでしたけど…。
 当時の雑誌が未だにウチにあります(笑)。
 東北高校時代のダルビッシュ有さんも掲載されてました。
 (↓「センバツ」:2004年3月/毎日ウイークリー臨時増刊)


 

 世間一般の「お盆休み」も終わりか・・・
 週明けからまた通院かぁ・・・

せっけん

2007-08-17 17:20:00 | Weblog
去年?…いや今年に入って以降だったかな?
それすら忘れてしまいましたが(情けなぁ…



台所用(ふきん洗いとか)せっけんや、
洗濯用(洗濯機に入れる前の下洗いとか)せっけんに、
↓このせっけんを使うようになりました。

石鹸箱に収まりのいい
大きさが気に入りまして



石鹸がチビて(←これって方言ですか?
使ううちに摩り減って、というような意味合いなんですけれども、
「ちびる」って言い方を普通に使うんですよ…
広島でも愛媛でもそういう言い方してました…)
なくなりかけたら、
面倒ですが買い足しに行きます。
1個税込で189円。
東急ハンズで売られています。


宣伝のために
こんな内容の投稿をしているワケでも
なんでもないんですけど・・・



大地の恵みせっけん」と言いまして、
どこかの作業所のかたが作っておられるような
説明書きを読んだことがあります。


種類が4種類=緑茶よもぎアロエラベンダー

そのうち、
緑茶よもぎ が「洗濯用せっけん」で、
アロエラベンダー が「台所用せっけん」じゃなかったかな?

おそらく、香料等が入ってないからだろうな、と思いますが、
緑茶やラベンダーなどの色や香りは
いっさい感じられません!!!!!(笑)





「大地の恵み 緑茶のせっけん」 包装のオモテ面です。
こちらは洗濯用せっけん、だそうです。



↓“緑茶のせっけん”のウラ面です。
上のほうに「品名 洗濯用石けん」と書いてあるのですが・・・
アップした画像からは読みづらくてごめんなさい。







「大地の恵み ラベンダーのせっけん」 包装のオモテ面です。
こちらは台所用せっけん、だそうです。



↓“ラベンダーのせっけん”のウラ面です。
中央部あたりに「品名 台所用石けん」と書いてありまして、
しかも、
こちら(台所用石けん)については
上部に「化粧石けんと同品質です」と書いてあります。
さらに、
他の文字とは違うフォント(書体)&違う大きさの文字を
わざわざ使ってあります・・・
アップした画像からは読みづらくてごめんなさい。






双方とも、東急ハンズ広島店 で言うと、
1階に置いてあるんですよ。
洗顔用とか浴用の石鹸売場に。


初めて買いに行ったときは、
まず他の階(台所・洗濯用品フロア)で探しましたから、
いくら探してもないはずです!


1階の石鹸売場だと分かっていても
未だに
この石鹸を探すのにはちょっと苦労します。
見つけたときは
「あ!ここだ!」
ほんの一瞬だけですが、
ごくごく小さな喜びに浸ります(^_^;)。

8月9日の話になりますが…(6)

2007-08-16 07:07:01 | Weblog
(↓2007 夏 さだまさし 広島から」の話題の続きです)


この話題、
(6)まで来ちゃいましたか…
いや、(1)については無関係な話題を
書かせて頂いたはずですので、
5編に亘ってしまった、ってことですか・・・

しかも
ひとつひとつが文章長いよなぁ・・・
読んでくださっている皆様、申し訳ありません。。。


最後は、
まっさん御自身が
持ち歌の曲間に仰ったことを、
思い出すままに(順不同で)書いていきたいと思います。
一言一句再現出来ないので、
ニュアンス等が違っていたらすみません。
箇条書きっぽく書かせて頂きます。




・ボクたち音楽家の仕事は、
 こうやって自由にうたえる環境を守ること。
 それは思想でもなく、運動でもなく、
 宗教でもなく。
 音楽家としてやらなければいけないこととして。
 「平和」は守っていかなければいけない。
 でもそれは、
 力づくで奪い取る、というようなものではなく。


・20年前に(「夏 長崎から」を)始めた頃は
 ちょうど35億(←と仰った記憶があるのですが…
 数字が違っていたら大失礼ですよね…(^_^;))
 借金を抱えていた頃でもあるんですけど…
 20年続けて来れて。
 そして今回、念願だった、広島から長崎の空へ向かって
 うたうことが実現して嬉しいです。


・さっきエイショウ(=BEGINヴォーカルの比嘉栄昇さん)が
 「こっちのひとにも、あっちのひとにも歌おうと思います」って
 言い方をしたと思うんですけど、

 伊藤イッチョーがもし生きていれば、
 きょう、ここに駆けつけてくれていたと思います。
 (↑故・前長崎市長の伊藤一長=かずなが氏。
  通称「いっちょう」さん。市長選立候補中に選挙事務所近くで撃たれて
  亡くなったんですよね・・・)

 残念ながら凶弾に倒れてしまったけれど、
 ボクの知っているイッチョーは
 そういう人間じゃないと思う。

 稲荷山(=「夏 長崎から」)には、いつも駆けつけてくれてね。
 県議時代から知ってるんだけど、
 両手に紙袋を持って、
 『佐田さん、こっちは市から、こっちはボクからですから』つってね。

 終わったらご飯も連れて行ってくれてね、
 『市長、(市民から)誤解を招くようなことがあっちゃいけませんよ』なんて
 ボクが言うとさ、
 『いいの、いいの。これは市じゃなくて、ボクの財布なの!』ってね。


 (「夏 長崎から」の)第1回に出てくれた村下孝蔵くんも
 もういなくなってしまったけど、
 (↑コンサートリハーサル中に倒れた後、
  脳内出血で若くして亡くなったんですよね。享年47歳ぐらい?
  九州御出身で、かつて広島でピアノの調律師さんをなさってたんですよね。
  たまにテレビ御出演で拝見したのですが、素朴な感じの方でしたね。
  「踊り子」とか「初恋」とかが好きでした。
  村下さんも、加山雄三さんやベンチャーズに憧れた世代でしたね。)

 ボクたちは何かしら
 先に逝ってしまったひとたちが残したものを
 背負っているんだと
 背負っていかざるをえないんだろう、と思う。

 さっきエイショウが言ったように、
 イッチョーや村下くんにも届くように
 きょうは歌いたいと思います。


・ボクたちの世代は幸い、平和に暮らせているけれど、
 もしかしたら、
 ボクたちの次の世代が、
 異国の、罪もない、知らないひとに対して
 銃口を向けなければいけないような
 世の中になるかもしれない。
 でも、
 銃口を向けた相手にも
 愛するひとや家族がいて、
 銃口を向ける本人にも
 愛するひとや家族がいる。
 みなさん、どうか、
 自分の愛するひとのことを思ってください。


・みんな、しあわせでいるように
 約束しましょう。
 元気でいれば
 また、逢えるから!!






・・・たぶん
まっさんが会場で仰ったことは
このほかにもまだまだたくさんあるはずですし、
伝え切れてない部分ばかりだと思うんですが、
現時点で残念ながらこれ以上思い出せない・・・
すみません。

NHKのBS放送枠(8/24)のほうで、
どのぐらいフォローして頂けるだろう・・・?





=無関係なついしん=
石屋製菓の 「白い恋人」 、好きだったんですけどねぇ・・・
残念ですね・・・
札幌コンサドーレ(サッカー球団)のユニフォームに
「白い恋人」のロゴありませんでしたっけ?
どうなるんだろう?



8月9日の話になりますが…(5)

2007-08-16 06:34:46 | Weblog
(↓「2007 さだまさし 夏 広島から」関連の続きです)


最後は、“まっさん”こと
さだまさし氏について、
思い出すままに書いて行きたいと思います。
ほんとうに…思い出すままに…順不同にしか書けなくてすみません。
正直言えばアタマの中もまだまとまってないですし…
本当は8月15日までに
投稿間に合わせたかったんですけどね…

お盆でも診療を行なっていらっしゃる
某総合病院の整形外科に事前連絡して
頚部診察のために受診したりしたので、
投稿に使える時間が限られていたから
15日じゅうの入力・投稿完了はムリだなと・・・
(実家の親から電話もかかってきたんで(^_^;))




他のゲストの方たちが入れ替わる間の
繋ぎMCも
まっさんが務めていらしたのですが、
広島市民球場への気づかいが
その端々に感じられました。

広島市民球場は、「広島市民“窮状”」とも言うべき
老朽化の進んだ球場であり、
しかも、
新しい球場の移転建設計画があるために、
50年間現存するこの球場に対して
修繕などの予算をたくさんかけることができないらしいです・・・
アストラビジョンは耐用年数が切れているそうです・・・



「さっきから、お客さんに西日が当たらないように
 微妙に球団職員の方が看板の位置をずらしてくださってるのに
 お気づきですか?
 ボクがわざわざこんな話をしたのは、
 そういう気配りを球団の方がしていらっしゃることを
 みなさんに紹介したかったからです」


「(キャパシティ3万人で埋め尽くされた球場の観客席に向かって)
 きょう初めてここに来たひと、
 つまり…野球ではここへ見に来たことのないひと、
 いらっしゃったら手を挙げてみてください…
 ……あ!けっこういるんだねぇ……
 (↑たしかにけっこういらっしゃいました。
   客席には他県からお越しの方もいらっしゃると思うので
   そのせいもあるのかな・・・?
   私は・・・過去野球見に来たのは3~4回ぐらいです(^_^;))
 手を挙げられた方、
 これからは野球のほうでも
 こちらに足を運んでみてください」


「(だんだん暮れてゆく空の微妙な色合いを見上げながら)
 この時間帯がボクはとても好きでね。
 照明灯がこのあと灯されますよね。
 これからカクテル光線が当たると
 ますますキレイだと思いますよ」


「このキレイな天然芝!ごらんなさいよ。
 こんな天然芝を使ってる球場、
 いまどきほかにないと思うよ」

 
「ボクさっき『オーロラビジョン』って言いましたけど、
 『オーロラビジョン』は三菱電機の商品名だそうです。
 正しくは『アストラビジョン』パナソニック製だそうです。
 お詫びして訂正させて頂きます」

 (↑NHKローカル放送では当然カットされました・・・ というか
  MCはほとんどカットでしたね(^_^;)。
  「オーロラビジョン」だの「アストラビジョン」だの、
  特定会社の商品名をどう言い換えるんだろう?と
  ふと思ってしまいました。
  某新聞社で校閲のお仕事をさせて頂いていた当時、
  共同通信社の作成した『記者ハンドブック』という
  B6変形版ぐらいの大きさ?の本がありまして、
  校閲マンにとっては辞書代わりでした。
  その本には、商品名の言い換えも掲載されていて、
  例えば、エレクトーン、テクニトーン→電子オルガン、
  ネームランド、テプラ→ラベルライター、というような
  言い換え方法が掲載されていたように
  うっすら記憶しております)


まるで、まっさんから
「地元の球場のありがたさをもっと大事にしろよ!」とでも
言われているような気分・・・
地元にいると有難みが分からなくなるんでしょうね・・・


↓なんと、こんなことまでしてくださっていたなんて・・・<(_ _)>。
中国新聞社ウェブサイト>地域ニュース>「さださん、新球場建設へ寄付」('07/8/11付)




 




加山“若大将”雄三さんが退場されたあとは、
いよいよ最終イニング=9回、
まっさんの再登場です。
8時過ぎ頃だったでしょうか?・・・記憶が定かではありませんが(^_^;)。
(↑ちなみに、
 「わかだいしょう」で変換すると「和歌大小」って・・・
 さすがIME(=苦笑))



「つゆのあとさき」「関白宣言」「道化師のソネット」
まっさんファンではない(←すみません!)私でも知っている
おなじみのナンバーが続いたあとは、
きょうのライヴの趣旨のため、というような楽曲を
(バラードがほとんどでしたが)
まっさんは立て続けに、切々と歌われました。
中国新聞社ウェブサイト>地域ニュース>「さださん、広島で平和を熱唱」(’07/8/10付)


「関白…」のラストでは、
♪ラララ、ラ~ラ、ラ~ラ、ラ~ララ~ラララ、
 ラ~ラ、ララランラぁ~~… の箇所を
何度も客席に歌わせて…しかも
だんだんテンポを速くして。
遊んでいらっしゃいましたよね?まっさん・・

主メロにユニゾンでついて来られる
マリンバ?(木琴)御担当のかたが
タイヘンじゃないかと思いましたけど(^_^;)、
プロのバックミュージシャンさんって凄いですね。





球場の中央に円形ステージが組まれていたので、
「どこを向いてうたっていいのかわからないから」と仰って、
スタンドマイクを3台(3箇所)設置されていました。

また、途中で
「きょう雨もう降らないから、テント外していいよ」と仰って、
テント(の白い屋根)を外してもらって、
その中にいらしたバックバンドさんを
客席からより見やすくなさっていました。


私が座っていた客席から
通路を隔てたお隣に、
小さいお子さんを連れたお客さんがいらしたのですが、
長時間ライヴだし、バラードだし、
テーマとしてむずかしい内容を含んだ曲でもあるので、
お子さんにしてみれば退屈だったのかな?
「ねぇ~~まだ終わんないのぉ~~~??」
「帰りたぁ~~いっっ!!」
「早くぅ~~~!!」
「まだぁ~~~?!」
まっさんが懸命にメッセージをうたに託す間もずっと
お子さんはぐずってました(^_^;)。
親御さんはその様子を
ずっとほったらかしていらっしゃったようですけど、
9時過ぎにお帰りになりました・・・



それはさておき・・・
毎年少しずつメンバーが欠けてゆく「戦友会」を
題材に取り扱った曲や、

背番号51番の選手(=イチローさんのことでしょうね)が
海を越えて活躍する他方で、
「日本はその国の51番目の州」と揶揄するひとがいるような
現実もまたある・・・というような内容の曲、

「遥かなるクリスマス」という曲、

「原爆が落とされた日にも
 蝉はいつものように鳴いていたらしい」といった
フレーズが含まれていた曲などなど・・・



初めて聴く詞・曲ばかりでしたが、
断片的に耳に残るものが多かったです。
20年「長崎から」イベントを
一心に継続されてきた
まっさんの思いが綴られた楽曲たち・・・
アンコールでも
そういった楽曲だけを選んでいらっしゃいました。




さきほど「私はまっさんのファンではない」と
書きましたが、
旧友2人とかつての同級生が
まっさんのファンでした。
幼稚園の頃からずっと知っている友達、
18歳頃から親しくさせて頂いている友達、
高校当時のクラスの秀才副委員長さん・・・

奇しくも皆さんそれぞれが
国語国文学専攻に進まれました。


かつて「加速度」という楽曲が好きだった私は
『私花集(アンソロジー)』という
その曲の収録アルバムを
自分で持っていて、
「加速度」は耳コピーで練習していました。

いつしか、
私よりも弟のほうがずっと
熱心にまっさんの曲を聴くようになりました。
そして弟も、
国文学専攻を経て
国語の教員の道へ進みました。

自分がファンでなくても、
なにかしらまっさんの曲を聴く機会が
かつては在りました。




ちなみに私は、
「防人(さきもり)」という言葉は、
社会科(日本史?)の教科書からではなく、
まっさんの「防人の詩(さきもりのうた)」という曲で覚えました。

「檸檬」を「れもん」と読むことも、
梶井基次郎の短編からではなく、
まっさんの曲で覚えました。

したがって
いわゆる「昔の曲」以外については
申し訳ないのですが
疎いのです・・・



「パンプキンパイとシナモンティー」「朝刊」「雨やどり」など
かわいらしく、思わずクスッと微笑んでしまうような
情景描写をなさるのもまっさん。

他方で、
「海は死にますか 山は死にますか」(←from防人の詩)と
たたみかけるように
美辞麗句を排してでも
現実をまっすぐ見据えながら、
問題提起を訴えかけるのもまっさん。


「しあわせですか しあわせですか あなたはいま
 なによりそれが なによりいちばん気がかり」(←fromしあわせについて)
「元気でいるか 町には慣れたか 友達できたか
 寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る」(←from案山子)

うたを通じて、
ひとに対するあったかい眼差しを向けるのもまっさん。




まっさんについて凄いな、と思うところは、
「あくまでも“歌詞”として
 訴え伝えてくること」だと思います。

メロディーに載せられたかたちで、
初めて聴いたとしても、
情景が内容が聴き手にきちんと伝わる。

さらに、「歌詞カード」として
活字で読むことにも耐えられる。

つまり、
「うたづくりを自ら行なう、うたい手」という
むずかしいお仕事の基本を
ほんとうに理解して
体現していらっしゃる方なのだろうな、と思う。
一貫した哲学を
内面にしっかりとお持ちの方なのではないか、と思います。




昨今・・・
歌詞カードを見なければ
つまり・・・活字として歌詞を読まなければ、
何を言っているのか
伝わりにくい楽曲も
珍しくないじゃありませんか。。。
意図的にそういう作り方を
今の時代は主流としてやっているのかもしれないから、
制作者側の論理や事情は分かりませんし、
歌番組ではテロップ(歌詞字幕)も出ますしね。

とはいえ、
歌詞って・・・
読み物じゃないですよね・・・?
単に読めば済むものなら
メロディーに乗せる意味がなくなるでしょう・・・?

(↑随分と辛口な意見でごめんなさい。
 実は、かつてヤマハの通信教育部生徒だった当時、
 1990年代後半頃の事だったかと思うのですが、
 指導者さんがこれ↑と同様なことを
 おっしゃったことがありまして、
 そのとき・・・まったく同感だ!と思ったんですよ・・・)


いったん区切りますね。

8月9日の話になりますが…(4)

2007-08-15 08:27:54 | Weblog
(↓「さだまさし2007 夏 広島から」ライヴ関連の続きです)


ここでは加山雄三さんの登場について
思い出すままに書いて行きたいと思います。

まっさんのことについては後ほど項を改めて。
本当に断片的な書き方になると思いますが(←すみません)。



加山雄三さん登場の前には、
客席でスカイジェットバルーン(風船)を持っているお客さんが
たくさんいらしゃいました。
球場(でのライヴ)ならではの光景、
野球の試合の光景そのままです(笑)。
それをジラすまっさん・・・

「まだですよ、まだまだ・・・(笑)。
 あ!(風船が)割れちゃった音がしたね。かわいそうに(^_^;)。
 まだですからね・・・」
風船飛ばしをジラすジラす・・・(笑)。




「いよいよ“8回”に入ってきました。
 野球は『中継ぎピッチャー』が重要だ、とも言います。
 『中継ぎピッチャー』は〇〇〇〇(←ここ忘れちゃいました)とも
 言うそうですが。
 そんな大事な場面で、このひとをお招きしたいと思います。

 ボクは、このひとに憧れて作詞・作曲を始めました。
 そしたら、“作詞・作曲”がカッコイイわけじゃなくて、
 このひとそのものがカッコイイことがわかりました。
 
 ボクのイベントには、後半=第11回からずっと
 参加してくださっている方です。
 
 それではお呼びしましょう!
 若大将~~~~~っっっ!!!!!

待ってました!とばかりに、
球場内で客席からは風船が飛ぶ飛ぶ(笑)!!

(まっさんいわく
 「ジェットバルーン発祥の地は
 ここ、広島市民球場らしい、ですよ」とのことです。)
  



加山さん、「永遠の『若大将』」「海の男」にふさわしく、
颯爽としてお若いこと!
なんと、今年古希…御年70歳だそうです。
古希-goo辞書

「まずは、この場をお借りして、
 このような試みを20年も続けてきた
 佐田くんに、
 感謝の意を表したいと思います。
 
 『古希』といえば、『古く稀(まれ)』ということなんですけど、
 『ジジ大将』ですが…。」


加山さんはけっこう曲数うたわれたと思います(さすが大御所さん)。

谷村新司さんが歌詞を提供なさった
「星の旅人」に始まって、
途中青いエレキを持って、
往年のヒットメドレーを。

♪夜空を~あおいで~ とか
♪ボクの行く~ところへ~ついておいでよ~ とか
♪た~ったひとりの日暮れに~ 見上げる空の星屑~ とか
「どっかで昔聴いたことあるなぁ」って曲が…おなじみの曲が
多い方なんですね。
YahooMusic>アーティスト検索>加山雄三


ラストは「海 その愛」をエレキギター弾き語りで。
「海 その愛」はピアノ弾き語りで見る機会が多かったですから、
ギターの弾き語りもまた良いな、と思って
何か新鮮でした。


「海 その愛」のサビは、さすがに少々キツそうでしたが、
御自分でメロディーを書かれるためでしょうか?
(御自分の音域に合わせて作曲出来る利点がありますよね)、

歌唱が力強く安定していること!!
とても古希とは思えません!!

球場中央の円形ステージを歩き回りながら、
いわゆるカンペをご覧になることもなさそうでしたし、
さすがに貫禄充分な、満点のステージングでした。

終演後にハケて行かれる際にも、
走って退場なさいました・・・お若い!!

そういえば、「旅人よ」では、
まっさんをステージ上に招き入れて、
まっさんとハモリを披露なさってました。


ローカル放送で使われたのは
「海 その愛」と・・・あとは何だったろう?
「旅人よ」だったか、「海…」1曲だけだったか、
忘れてしまいました
(↑録画データ見直して確認すれば済むんですが…手を抜いてすみません)。





8月9日の話になりますが…(3)

2007-08-14 09:46:47 | Weblog
(↓「さだまさし2007 夏 広島から」ライヴ関連の続きです)

ここでは
まっさん(さだまさし氏)の「2007夏 広島から」
広島市民球場ライヴのゲストのうち、

BEGINと、
スタ・レビ(STARDUST REVUE)の根本要さんについて
思い出せる範囲で書いていきます。



野球場が今回のライヴ会場である、ということで、
「9回(9イニング)」にちなんで、
イニング数とともに、
出場ゲストを
MCのまっさんが紹介なさっていました。

山崎まさよしくんと、
スタレビ要さんが
「サプライズ・ゲスト」扱いでした。
山崎まさよしくんが野球の試合のイニング数で言う
「5回」相当でした。


試合が佳境に入ってくる「6回」に
登場したゲストが「BEGIN」。
いわゆる“イカ天”(TBS系の番組「イカすバンド天国」)出身者のうち、
グループ形態でいまも残っているのは
おそらく彼らだけではないでしょうか。
彼らの登場とともに
客席から拍手をなさっていた方も多かったように思います。

彼らは、まっさんの「夏 長崎から」に触発されてか、
10年ほど前から、
「うたの日」コンサートを沖縄で開催しておられます。
沖縄戦終結(6/23)の翌日を「うたの日」とし、
その直近の土日を利用して
無料でコンサートを行なっておられるのだそうです。
BEGINオフィシャルサイト(アミューズによる)>うたの日コンサート


ヴォーカルの比嘉栄昇さんが
「きょうここで何を言えばいいのか悩みましたが、
 こっちのひとも、あっちのひとも
 聴いてくれていると思って、
 うたいたいと思います」

舞台は球場中央に設置されているので、
あちらこちらに丁寧にお辞儀をしてから
演奏に入られました。

演奏曲目は
「恋しくて」「島人(しまんちゅ)ぬ宝」「かりゆしのうた」
「涙(なだ)そうそう」
以上4曲。
このうち、
ローカル放送で使われたのは「島人ぬ宝」「涙そうそう」でした。
比嘉さんが蛇皮線(三線)を弾かれるのですね。
初めて知りました。



「島人ぬ宝」の前のMCで、
ギターの方が、
沖縄(琉球)での手囃子についてひととおり指南してくださり
(↑「いや~さぁさぁ~」と返してください、とか、
 「手はサッシ戸を左右に開け閉めするように動かして、
  最後にブラインド上げ下ろしの動きを加えてくだされば結構です。
  やりたいと思われる方だけでかまいませんので」というような)

実はどうもそれを
「島人ぬ宝」の間奏部分でお客さんにやって欲しかったらしいのですが…



「島人…」演奏終了後に、比嘉さんからそういう趣旨のMCがあり、

「次の曲は『かりゆしのうた』というのをやろうと思いますが、
 お祝いのうたですので、
 さっき言ったことをやりたいと思われる方はお願いします。
 強制ではありませんので(笑)。
 もちろん、ウチナーンチュ(琉球人)のなかにも
 三線(さんしん=蛇皮線:沖縄三味線)を弾けないひともいますし、
 踊れないひともいますから、
 やらなくても結構です」

広島市民球場3万人のうちどれぐらいだろう?
「お手振り」していた方はけっこういらっしゃいましたよ。



「涙そうそう」では
「スペシャル・バイオリニストをお呼びしています。
 さだまさしさぁ~~~んっっ!!」
・・・まっさん登場…で、開口一番。

「な、おまえら、だから言ったろ?
 オレ五十肩酷くて
 バイオリン持つのも痛くてしょうがないんだって。
 そのオレにバイオリン弾けって?(笑)
 手羽先あるだろ?手羽先の骨をさ、
 逆方向にムリに曲げたような痛みって分かるか?(笑)
 おまえらには分からないだろうけど、
 でもおまえらにも必ず来るんだぜ、こういう時期が」
「ボクらもそうなるんですかね」

比嘉さんがまっさんの肩を撫でると
「痛いのはそっちの肩じゃなくてコッチだよっっ!!」

こんなジョーク半分のやりとりの後、しっとりと「涙そうそう」。
(ローカル放送で、肩を“撫で撫でポーズ”したあとに
 バイオリン演奏体勢に入ったまっさんが映ってましたね=笑)


勧められたわけでもないのに…自然とうたが口をついて出てくるような感じで、
一緒に口ずさんでいるお客さんも多数いらっしゃいました。
いい曲ってそういうものなんでしょうね・・・
この曲、森山良子さん作詞だったのを初めて知りました(^_^;)。

 
彼らの演奏には地に足の着いた安定感があって、
比嘉さんの声と歌唱は素晴らしいです。




「7回」がサプライズ・ゲスト…
呼ばれたのは根本要さん!!!
「マジで?!」…個人的には大喜びしてしまいました。
まっさんの長崎イベにも
参加歴がもちろんおありだそうです。



「きょう呼んで頂いて…来ちゃいました(照笑)。
 正直…今すんごくアガってます。
 スターダストレビューは長年やってこられたバンドですが、
 ヒット曲のないバンドですんで、
 そういう意味でサプライズかもしれませんが、
 
 これからやる曲を皆さんがご存知かどうかわかりませんけれども、
 『木蘭(もくれん)の涙』という曲を
 やらせていただきます」


ピアノ1本バックで去年セルフ・カヴァーした
アコースティック・ヴァージョンでの「木蘭…」。

要ちゃん(あえてこう書かせて頂きます)は今年で50歳ぐらいのはず。
オリジナルのキー(音の高さ)は正直キツイはずなのに、
ひとことひとこと、ひと声ひと声を、搾り出すようにして、
すべて地声で(←ファルセット=裏声使わないひとっぽいですし)
名曲を歌い上げてくださいました。
顎を少し上げるようにして、上向き加減で、
超高音域をひとつずつ搾り出すような歌い上げ方……。

最後のアドリブは圧巻です。
「絶唱」という感じです。
これが聴けただけでも充分、というくらいでした。
客席も聴き入っているようでした。


この曲は、自分でも何度かカヴァーさせて頂いてます。
小田和正さんのTBS系年末恒例番組「クリスマスの約束」でも
要ちゃんゲストで披露されたことのある名曲です。
また、佐藤竹善もコブクロとコラボという形で
カヴァーシングルを出しています。

悲しい曲ですが、いつまでもいつまでも
歌い継がれるべき楽曲です・・・
要ちゃんの、あの声と歌い方にはかなわないけれど・・・


要ちゃんはそのほかにもう1曲、
「木蘭…」とはガラッと変わったカワイイ明るい曲である、
「ブラックペッパーのたっぷりきいた私の作ったオニオンスライス」を
披露してくださいました。
この曲は盛り上がる曲で、これまた大好きですが、
うたってみると案外むずかしいんですよね。

曲前の、これまた自虐的(苦笑)に笑いを取るMC。
「え~次の曲は、長い風変わりなタイトルをつければ
 売れるんじゃないかと思ってシングルで出した、
 『ブラックペッパーのたっぷりきいた私の作ったオニオンスライス』という
 曲なんですけど、
 当時売れてた横浜銀蝿が長ったらしいタイトルの曲を出してしまったんですね。
 僕らのほうが1文字多かったんですけど売れませんでしたね。
 もし知ってるひとがいたら一緒に歌ってください」



一緒にうたわせて頂きました。
私の席の周囲でうたっている方は
残念ながらいらっしゃらないようでしたが(^_^;)。

要ちゃん登場の前だったかな?
あとだったかな?
野球に疎いのでわからないんですけど、
客席で「ウェーブ」が始まりまして。
内野席・外野席それぞれが多少時差ありでウェーブ。

それを眺めていたまっさん
「いいねぇ・・・
 会場が球場だからこそ
 見られる光景だよね」
・・・そんなひと幕もありました。


要ちゃん披露曲のうち、
ローカル放送の中で使われたのは
予想どおり「木蘭の涙」でした。

8月9日の話になりますが…(2)

2007-08-14 08:23:36 | Weblog
この日は、長崎に原子爆弾が投下された日でした。

そして、“まっさん”こと
さだまさし氏が、
「2007 夏 広島から」と称したジョイントライヴを
広島市民球場で開催なさる日(17時開演予定)でもありました。
(↓市民球場の看板です)



私はまっさんファンではないため
認識が浅いのですが(すみません)、

去年までの20年間にわたり(1987~2006年)、
「広島原爆の日に、長崎から広島の空へ向けて
 平和を祈念してうたう」主旨の
無料ジョイントライヴを
まっさんは、故郷・長崎市内で
一貫して開催してこられたそうです。
文化通信.com(2006年8月8日付投稿分)
さだまさし(←注:敬称略) Wikipedia
U-CAN音楽事業部 「さだまさし 夏 長崎から」DVD BOX
さだまさし 夏 長崎から -Wikipedia


その「夏 長崎から」恒例ライヴは20周年ということで
去年一応のひと区切りがついて(ひと区切りをつけられて)、

今年はそのアンコールヴァージョンというか… 
逆ヴァージョンというか…
「長崎原爆の日に、広島の空から長崎へ向けてうたう」ということで、
しかも、
今年創立50周年(!!) である広島市民球場を
会場に選ばれたのだそうです。



ライヴ翌日の8月10日の夜、
NHK広島ローカルテレビ(←中国5県ローカルかもしれません)では、
その「さだまさし 2007 夏 広島から」の
ライヴダイジェスト放送を
19時半からやっていました。
録画して後から拝見しました。
放送に間に合わせるための動画編集が大変だったのではないか?と
おせっかいながら思ってしまいましたが・・・
(BSよりも15分程度放送時間は短かったですけれども)

NHK-BS2での全国放送予定がもうすこし先(8/24予定)なので、
「8月15日までには…しかも出来るだけ早くオンエアしたい」という
NHKローカル局さんの
思惑や熱意があったのかもしれませんが…。
NHKBSオンライン>ジャンル別放送予定(音楽)>2007夏 広島から さだまさし



実はさんざん迷いに迷った末、
途中から入場という、
御出演アーティストの方々には大変申し訳ない
甚だ失礼な形をとらざるをえませんでしたが、
19時前ぐらい?から
市民球場のライヴ会場に足を運びました。
三塁側、ステージから向かって中央部の
2階席…外野指定席の最後尾座席のチケットを持っておりました↓。




今回も「なにわスーパーソウルサミット」と同様
入場を諦めるつもりでおりました…直前までは。

しかし、チケット郵送封筒の中に、
複写(コピー)のお手紙ではありましたが、
地元イベンター(ユニオン音楽事務所)さんから
「今回は予想を大きく上回る応募があり、
 来られないお客様が大勢いらっしゃいます。
 当日来られなくなったお客様はぜひご連絡くださいませ。
 キャンセル待ちのお客様へチケットを回させて頂きます」
こういう主旨のお手紙が添付されておりました。
ライヴ直前になって気づきました…(すみませんでした)


この日の心臓検査・かかりつけ医へのバック(休診で無駄足になったけど)等
終了した頃には、
時計はすでに17時半を回っていました。
予定だととっくに開演しているはずです。
時間的にキャンセル待ちの方への配布が間に合いません。

身体を落ち着かせてからでないと身動きもできない。
盛り上がる曲で、席を立ち上がって応援するのはムリだ…


途中入場という大失礼を覚悟で
(お勤め帰りの方は17時開演に間に合わないだろうし…)、

とにかくムリはしない、
会場でレポ用のメモも取らない、
滞在できるだけの時間帯にとどめる…
今回の消耗具合で、平生の日常活動への消耗も察しがつくだろうし
なにわソウルサミット行きへの諦めも明確につくだろう…

身体をある程度落ち着かせて、
お薬を飲んでから
広島市民球場に出かけました。

平生は都心に球場があることや、
試合終了後の退場混雑(交通機関乗車も含めて)が億劫なのですが、
今回都心…ハスセンターやアストラムライン県庁前駅の近くに
球場があることを
初めてありがたく思いました。
人間ってつくづく自分勝手なものです。。。



市民球場附近に着いた頃には、
山崎まさよしくんが(曲名思い出せない…ごめんなさい!)
うたっていましたが、
市民球場の外からもハッキリ歌声は聴こえました
(防音なさそうですからねぇ…)。

オーガスタ(所属事務所)のひとだけあって、
野外イベもライヴでも鍛えられているのか、
声がすごく前に前に出ている印象がありました。



NHKの中継機材運搬車とおぼしきトラック?が2台、
“どーもくん”ではなく、“ななみちゃん”をプリントした車が
球場外には横付けされていました。

また、8月10日までの「期間限定」ということで、
地元のおむすび&おうどん屋チェーン『むさし』さんが
「さだ弁」 という俵むすび弁当を売っていました(800円)。
「広島と長崎を“むすぶ”お弁当」とのことです。
(↓「さだ弁」のポスター?です)




山崎くんが「one more time,one more chance」をうたっている間に着席し
(↑うたっている最中に移動・着席する無礼をごめんなさい
 一般のホールじゃないから、曲間での指定席探しはムリだと思って…)

3曲め(?)の「晴男」(←申し訳ないけど…この曲知らなかったんです)では、
「いっしょにうたって~!!お客さぁ~ん!!!」
曲間で山崎くんが煽っていました。


山崎くん以降しか見ていませんが、
ゲストに招かれた各アーティストさんは
おおむね2~4曲歌っており、
NHKのローカル放送では
そのうち1~2曲だけがオンエアされておりました。
山崎くんの場合は、その「晴男」が
放送に使われていました。
チキンガーリックステーキの歌声は
ローカル放送のなかでは流れなかったように思います。


山崎くんがハケるときに、
アタマに巻いたタオル?を指して
MCも務めているまっさんが
「大掃除みたいな格好でありがとう!」と
冗談を仰っていました。
(↑NHKの放送ではカットされておりましたが…)


山崎くんの後は、
BEGIN→スタ・レビの根本要さん→加山“若大将”雄三さんと続き、
オーラスはやはり、まっさんでした。

山崎くんの前には、
まっさんの妹さんである佐田玲子さんや、
さだ企画所属のチキンガーリックステーキ、
熊本出身の「五木“ロボット『契り』”ひろし」=コロッケさんなどが
既に御出演されていたようでした。
オープニングは、まっさん御自身が、
背番号50の赤いカープのユニフォーム姿で、
「長崎小夜曲(ナガサキ・シティ・セレナーデ)'90」を、
なんとインカム(ヘッドセット)マイクで歌われました。
(↑ローカルテレビ放送によると)


佐田玲子さんの「どうせ棄てるものならば」という歌は
テレビ放送で初めて見聞きしましたが、
身につまされるというか…
心中をえぐられるような歌詞でした…

病に侵されて幼い家族を残して逝かざるをえなかった友達もいれば、
何回かの危篤を経て生還した大先輩もいらっしゃる…
他方で…理由はわからないですが…おそらく絶望の中で
逝くことを選ぶほどに…それしか選択肢がないと思うまでに
追い詰められて逝ってしまった先輩も
複数いらっしゃいましたからね…すべてがここ数年の出来事です…


当日の様子を、佐田玲子さんが
公式ブログで書いてくださっています↓
ReikoBlog:玲子日記(2007年8月11日付投稿分)


途中でまっさんご自身が

「きょう終演後、ここの会場って、
 きょうじゅうに元どおりに撤収しないといけないんですよ(^_^;)」

「広島市民球場は、町なかにあるんで、
 遅くまで音を出してはいけない規制(?)があるそうなんです。
 なので、きょうは喋らずに曲を進めていきたいと思います」などと
仰っていましたが、
(↑自虐とかジョーク込みでしょうかね…マジ話にしか思えなかったけど(^_^;))
終演は9時半頃、という大熱演でした…


椅子の背もたれプラスアルファで
最後尾ならではの鉄枠という背もたれに寄りかかりながら
通路側の、しかも風通しの良い、さほど暑くない席で。。。
…座席には恵まれましたが、

帰宅後は
それでも泥のように眠ったというか
即座に横たわりました…。
あれが今の私には
体力的に限界だったのでしょう。

身体は疲れたけれど
頭の中では
まっさんたちのMCがこだましているような状態でした…
考えさせられることが多くて重かったです。


いったん区切ります。


この件は…
断片的に思い出しながらになりますけど…
あえて、こちらの一般用ブログ(音楽れぽ専門の別ブログではなく…)に
少しずつ投稿させてください。