丘駄郎の笑いコミュニケーション工学

丘ちゃんの笑い人生哲学、現代の全ての問題は対話不全にある、を語る

笑い工学II(宮城高専研究紀要‐05年2月)を読んでくれたK君へ

2005-05-07 01:31:57 | Weblog
熟読していただけた由、嬉しいです。
 私自身がどう思われようと構わないです。やめたり諦めたりする子どもらをだしてきた、だけでも悲惨なのに、恐怖している事実を認めず、伝統として肯定している校長と寮務主事、寮務委員、そしてそれを黙認する卑屈な教員などを教育者とか先生とか研究者とは絶対よびません。やくざ、あるいは単なる管理者ですね。人間性に基づいた対話ができない。信頼、安心とか慈をもて無い、平気で精神的殺人をするロボットです。これまでも笑い学会新聞に書いたことがありますが、これからも事実をこまめに日本中、いや、世界にもばら撒きます。
 上級生が一年生を脅迫する環境では子等は理不尽を我慢し、諦めざるを得ない、そこでは人間ではなくロボット化する、感性の破壊と喪失、知識は少しあっても創造性が育つはずがない、教育になってない、と思います。JR西の新人に対する教育!がまさにこれです。正座させなければ頭に入らないとか言う教員、学生がいますが、これは生理学の視点からも間違いです。
 後任の先生から、私を慕ってきた一年生が多いと聞き、申し訳ないと思ってます。たいしたことはできないですが、外から援護する手を工夫します。高専生、否、人間は知識が多いだけではだめです。貴兄のようにソフトも含め新しいものを創り出せる技術者に皆がなって、日本を引っ張ってほしいです。ではx2。