limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 85

2020年01月10日 13時04分27秒 | 日記
「準備は?」「もう少し調整します。しばらくお待ちを!」僕は、新品の治具の具合を確かめた。「軸にグリスを。調整ネジも増し締めをして下さい。まだ、引っ掛かりがあるな」「やりますよ。万全の体制で撮影したいので」技術の吉越さん達が、あれこれと手を加えてくれる。生産技術の奥のスペースで、僕等は“ビデオ撮影”に臨もうとしていた。こうして、得られた“映像”を基に、半自動返し機は構想が練られて実用化されるのだ。“おばちゃん達”や歴代の“返しの担当者”の映像は、かなりのビデオテープに治めるられているが、僕の映像はまだ無かった。朝礼後から直ぐに始められた作業も佳境を迎えていた。GE向けのキャップとベースも揃い、出荷に向けて準備は万端整っていた。「OK、行けますよ」と僕が言うと、吉越さん達は、ビデオカメラに群がる。「録画用意!30秒後にスタートする」息を整え、気を落ち着かせる。「はい、では、お願いします!用意、GO!」吉越さんの合図で、僕はGEのベースを返し始めた。このところ“実務”からは、遠ざかってはいるが、腕が“錆付かない程度”の仕事はやっている。おばちゃん達にも“引け”は取らないはずだ。「間近で見ると、やっばり違うな!バワーとスピード。左手の使い方が、丸で別ものだ!流石は“武田の騎馬軍団”を率いる“総司令!”おい、テープは回ってるよな?」「はい、それは間違い無く!」「タイムも驚異的な数字が出そうです!最速記録を更新しそうです!」そうした雑音は、一切気にしないで、目の前のGEに挑む。久々に作業をした割りには、テンボが良い。新しい治具に問題は無さそうだった。1ロットを返し終えると、点検に入る。地板に残った磁器は見当たらない。「ふー、完了です」僕がそう言うと「凄いモノが撮れたな!タイムは?」吉越さんが誰何した。「見事に最速タイムを更新です!」と声がかかる。「“信玄公”、左手の使い方は誰から習いました?」と聞かれる。「これは、僕の“オリジナル”なんですよ。試行錯誤の末に得た結果です」と言うと「利き腕は右ですよね?左手をここまで巧みに使われる方は、初めて見ましたよ!“ヒント”は何です?」と吉越さんが目を丸くして聞く。「外科医のオペビデオですよ。同級生に医大生が居ましてね、ダビングしてもらったビデオテープを見て閃いたんです。利き腕以外の“左手を使う”事で、作業効率は上げられるでしょう?オペ時間が短ければ、患者さんの負担も減らせる。“鍵は利き腕では無く、反対の腕にあり”ってヤツは言ってました。それを聞いて応用したまでですよ!」「うーん、それも凄いが、オペからヒントを導き出す“発想”がまた凄い!あなたの頭はどうなってるんです?何処かに別の回路が繋がってませんか?」「昔、同級生の女子に分解するって言われたなー。同じ“容疑”で!」僕が薄笑いを浮かべると、吉越さんは「サイボーグの疑いで?」と笑いながら返して来る。「当たりですよ。生身の人間なのに」「でも、今、見せてもらった動きは斬新だった。“水平展開”とかしてます?」「ええ、やってますが、独特過ぎて“コピー不可能”なんですよ!」「そうだね。あなたの“境地”に立つとしたら、軽く半年間はかかる。2〜3日でコピー出来たら、返し工程は“あくび”してなきゃなりませんよ!さて、これを機械化して行く過程にどう生かすか?我々も真剣に考えなきゃなりませんな?続けて流すぞ!テープを交換しろ!今度は、一気に飛ばして下さい。出荷から“催促”が来そうですからね!」吉越さん達は、階下を気にした。「3ロット、連続で行きます。スタンバイOK!」僕が合図を送ると、カメラ部隊が頷く。「録画準備完了、30秒後にスタートして下さい」「了解、では、行きます!」僕は猛然とスパートをかけた。「これは!誰とも似ていない彼独自のスタイルだ!パワーとスピード、そして、何より正確だ!おい!ビデオはちゃんと回ってるよな?」「大丈夫です!」「“信玄”の異名たる由縁は、これか!」吉越さんは、ただ唸っていた。

1階でも“唸っている”者は居た。ただ、多少ヒステリックではあったが・・・。「Y君は何処なんだ!このままでは・・・」「今日のGEを返せないってか?Yが居なくても、返しはチャント回せよ!」橋口さんに田尾が釘を打つ。「いっ、言われるまでも無い!まっ、回してやるさ!本日は、私が“指揮官”だ!“おばちゃん達”を率いて立ち向かってやるさ!」彼は虚勢を張って準備を進めた。しかし、所詮は“虚勢”である。メッキが剥がれるのは時間の問題だった。「何処まで持つかしら。Yの居ない穴は途轍もなく大きいのよ!」「もしかしたら、“おばちゃん達”の方が冷静に対処するかもね」神崎先輩と恭子が密かに話していた。「神崎先輩、本日のGEは誰が担当ですか?」千絵が訊ねた。「あたしがやるわ!あなた達は、“スポット”と銀ベースを進めて!」事務的な指示に対して「Y先輩、何処に行っちゃったんだろう?先輩何か知りませんか?」と踏み込む千絵。「さあ、何処かしら?想像も着かないわ。“安さん”の緊急指令でも受けたのかもね」と焦点をぼかす。「それにしても、妙ですよね!事を必ずオープンにする人なのに、一言も無く消えるなんて・・・」永田ちゃんも心配していた。「大丈夫よ。そのウチ“ひょっこりと”顔を出すんじゃない?」みーちゃんが、僕のデスクを見て言う。「とにかく、目の前に集中して!先行して行くわよ!」神崎先輩が発破をかけると、全員が顕微鏡に目を凝らした。「Yより、先輩どうぞ」「神崎より、Yへ、GEはどうなの?どうぞ」「間も無くベースが仕上がります。予定通りにエレベーターで降ろします。どうぞ」「了解よ。細山田が付いてくるのね?どうぞ」「はい、そうです。続けてキャップに掛かりますが、30分前後お待ちください。どうぞ」「委細承知、交信終了。お恭、GEのベースが降りて来るわ。手筈通りに誤魔化してちょうだい!」「はい、徳さん、行くわよ!」恭子達は密かに動き出した。「神崎さん、今日出荷のGEは何処にあるんだい?」橋口さんが慌てふためいて飛んで来る。整列から塗布、炉の順に追っているらしい。「Yが居ない現状では、手が足りないと思って、品証に依頼してあるの!“例の儀式”も含めてね!」「誰の決定だ?」橋口さんは色を成して詰め寄った。「あたしと田尾の決定よ!Yが居ない“片手落ち”の状況、しかも“スポット”と銀ベースも急ぎ!総合的に判断した結果よ!」「私を過小評価するな!この程度のことで足許を見られる・・・」「“筋合いは無い?”かしら?GEは、殆どYが専属で返して来た製品よ。時間的な余裕と仕上がりを考慮した場合、あなたでは“間に合わない”と踏んだのよ!文句を言う前に腕を磨いたらどうなの?それと、感情的になっていては、“おばちゃん達”に伝染するわよ!Yなら、仮面を被っても押し殺していたでしょう。朝礼の“種”はメモしてあるの?伝えなくてはならない事は結構あるはずよ!ここへ嫌味を言いに来る前に、するべき事をやってからにしなさい!」神崎先輩の剣幕に橋口さんはスゴスゴと引き下がった。そうした喧噪の隙を突いてGEのベースが検査室に運び込まれた。「ふー、あれではたまらないわ!」と神崎先輩が嘆く。「Yの足許にすら及ばねぇ!こりゃあ、“地獄のシゴキ”に合うぜ!」と田尾も同調する。「彼が居ないだけで、こうも疲れるとは、如何に偉大な背を追っていたか痛感させられる。やはり、彼には“転籍”してもらわないと、ダメね!」「先輩、俺もそう思うぜ!だが、先輩も変わったな。“男子などと席を同じくせず”だったのが、嘘みたいだ!」との田尾のセリフに「そう思わせる力があったからよ!現に、それをひしひしと感じてるとこ!」と神崎先輩は返した。間も無くパート朝礼の時刻だが、橋口さんは、うろたえてオロオロするばかりだ。「朝礼が終わったら“戦場”になるわよ!田尾、徳田、覚悟はいい?」「分かってるぜ!」「ヒステリックにならなきゃいいが・・・」と2人は答えた。

「“半自動返し機”のコンセプトと言うか、“構想”は数年前からあったんだが、どうしてもクリア出来ない“壁”があってね。未だに実現されていないんだよ」GEのキャップを返し終わると、吉越さんが言い出した。「“壁”とは、地板に貼り付いて剥がれない磁器ですよね?」「ああ、炉までは確実に地板に乗っててもらわないと困るが、トレーに返す時は“剥がれてくれないと困る”んだよ。2律相反する問題なんだが、ここさえクリアになれば、人手を削減できるんだよ!コスト競争でも優位に立てるし、スピードも出せる。しかし、現在に至るまで、機械は完成していないんだ。“信玄公”の様に人手の方がスピードでも確実性でも上を行ってるからね。サイボーグ技術が進めば話は別だが、“機械より人手の方が早い”現実を見ると、先は長そうな雰囲気だろう?」「でも、技術屋の意地に賭けても完成させるつもりですよね?」「そうしないと、我々の存在価値が無くなる。だが、今日は良いデーターが取れてる。今後の参考にさせてもらうよ!」吉越さんは何かを掴んだらしい。僕の映像は、早速、分析にかけられて精密な検討が行われていた。「神崎よりYへ、どうぞ」「こちらY、GEのキャップも返し終わりましたので、降ろしました。どうぞ」「ご苦労様でした。“おばちゃん達”が“R計画”のファイルを持って、指示を仰ぎに来てます。検査より指示を出してもいいの?どうぞ」「“R計画”によれば、神崎先輩が指揮を執るべきと記されています。存分にされて構いません。どうぞ」「了解!では、返しの指示を発令します。橋口さんは、何も手を打てないで居ます。根本的に叩き直す必要がありと認めます。交信終了」「“信玄公”の留守を預かるのも、楽ではなさそうだね。大丈夫かい?」交信を聞いた吉越さんが言う。「今回の計画は、“問題点を炙り出す事”なんですよ。僕が“留守”をしても各パートが“ちゃんと回るか?否か?”を探るのが目的です。今、1つの問題が浮上してますが、それは想定の範囲内です。“地獄のシゴキ”をやらなきゃなりませんがね」「それ以外にもありそうだな。例えば“指揮系統の見直し”とか、“副指令官”の任命とかさ。機械はメインのCPU以外にも、サブのCPUを複数置いてるじゃない?階下で起きてる問題は、メインCPUに異常が発生した場合に“何処で信号を処理して、機械を安全停止に持って行くか?”と同じじゃないかな?セーフティ回路が明確になってないと、いずれは機械を非常停止に持って行かなきゃならないが、人が非常停止ボタンを押さないと、壊れるまで暴走しかねない。そうなる前に、自動停止してアラームを出すのが、機械屋としての親切だと思ってるがね!」「確かに仰る通りですよ。“膿と歪みを出し切る”のが、今回の最終目的です。“荒療治”ですが、逆にアプローチする箇所は絞れるから、対策は立てやすいんです。抜本的に回路を見直す“最後の機会”ですから、多少のゴタゴタは出ますよ。しかし、進捗や出荷には害が出ない範囲に留めてありますから、明らかになった点を早めに潰して行くのが、直近の課題ですね」「“モグラ叩き”だな?」「ええ、量産前の最後の詰めと同じですよ」「それを“組織改革に応用する”なんて、誰も考え付かないだろうな。“信玄公”らしい発想だよ!着任以来5か月余り。随分と力を付けたものだ。だが、任期は残り1ヶ月だが、帰るのかい?」「“安さん”が動いて“貴様はタダでは帰さん!”って粘ってますよ。先の田納さんとの話し合いでも“中核を担う者は、期限が来ても帰せない”旨を言ったそうです。僕も国分が気に入ってしまいました。帰れ!と言われても“嫌です”と答えますよ!」「ならば、我々の開発にも力を貸してくれ!基本構想は出来てるが、細部の詰め、すなわち“磁器の未落下対策”や“反転機構”などは紛糾して進んでいないんだ。今回のデーターや今後のデーターに寄って導かれた結果をどうするか?現場の意見を上げて欲しい。個々人の工夫点ややり方をデーターに反映させたい!頼めるかな?」「吉越さんの仰せを断るのは、不可能ですね。僕も“試作機”の試運転に立ち会いたい気分ですよ!」「よし、いっちょやるか?」「やりましょうよ!」僕等はデーターの比較・分析にかかった。吉越さんが“試作機”を完成させるまでには、長い時間が必要だった。実際に“試作機”が完成するのは、僕が無念さを抱えて帰った後になるのだ。しかし、在籍中に色々なデーター取りや機械の機構構成など、多岐に渡っての検討・アドバイスは続けられた。

“おばちゃん達”は、“R計画”に沿って動き出していた。“R計画”とは“リカバリー”の意味で、僕が欠勤を余儀なくされた場合に備えて“どう乗り切るか”を記したモノだった。西田・国吉・吉永・牧野の4名を核として、進捗に応じて作業を進める手順を予め決めて置いて、細部は神崎先輩や野崎さんにも加わってもらい、切り抜ける手段だった。橋口さんは、早々に“見切られて”しまい、“おばちゃん達”が主導権を握っての作業になった。経験値では、他を寄せ付けない実力者達である。僕が不在であろうとも、その意を汲んで動けるのは、日頃からの意思疎通を明確にした成果だった。「このファイルの存在は知らされていたが、中身までは確認してなかったな。こんな場面も想定してあるなんて、彼は何処まで読んでるんだ?」橋口さんは首を捻るのが精一杯だった。「神崎先輩、Yから“R計画”の概要は聞いてます?」恭子が小声で言う。「ある程度はね。けれど、ここまで緻密に組み上げてあるとは、聞いてないわ!“2~3日不在にしても何とかなります”とはYも言ってたけど、正直な話驚きしか無いのが本音よ。橋口さんを霞の中に放り込むとはね!」「けれど、これでハッキリしましたね。橋口さんは“地獄のシゴキ”に耐えてもらわなくてならない!」「ええ、“使える様に鍛え上げる”必要は生じるわね。あらゆる面で“Yの足許にも及ばない”では困るのよ!」「けど、それが現実だぜ!あの人に“おばちゃん達”の操縦は無理だ!それより先輩よー、営業からFAXが届いたんだが、どう返事をする?」田尾が紙を差し出した。「明日の依頼か!」「前倒しなんだが、ブツはあるんだ。予定にも乗ってる。ただ・・・」「出すか拒むかの判断ね。今月の売りに入ってるの?」恭子が問う。「入ってはいるぜ!」「OK、出す準備をして。当初の予定から外れなければ、問題は無いもの。ただ、これ以外に煽りが来たら、どうするか?よね?」神崎先輩が決断しつつも、続きを気にした。「昼休みに“中間報告と打合せ”に行くんだろう?Yの判断を聞いといてくれるかい?」「OK、問い質しとくわ。橋口さんの“シゴキ”についても話して置かなくちゃ!」「噂をすれば何とやらだぜ!」検査室に橋口さんが現れ、神崎先輩に向かって来た。「ちょうどいい。みんな聞いてくれ。“おばちゃん達”が組み立てた作業予定で、こっちは回ってるのかい?出荷に支障は?」「今のとこ何も問題は無いぜ!」「検査も順調よ」田尾と恭子が相次いで答えた。「ふむ、何処かで“見えない意思”が働いてないか?Yが不在にも関わらず、何も問題が無いとは、妙に感じないか?」3人の背筋は凍った。橋口さんが懸念と言うか、疑問を抱くのはマズイのだ。「問題が出ないならそれでいいでしょう?Yが居ない“片手落ち”の現状で、ここまでは踏ん張って来てるのよ!何が言いたいの?」神崎先輩が声を荒げた。「いや、その、本来は混乱するはずが、理路整然と流れてるのは、誰かが陰でYと連絡を取ってるのかと思ってね。彼の“策謀”だとすれば、説明が付く場面も多々あるし・・・」3人は顔を見合わせた。この男、直観力だけは優れているではないか!「神崎先輩が、苦労してこれまでの指揮を代行してるんだぜ!俺達も可能な範囲で走り回ってる!だが、“管理業務”までは手は回ってねぇ!あっちは、Yでないと分からんからな!それとも、午後から“管理業務”の代行をしてくれるのかい?」田尾が押し返す様に言った。「それは、当然無理だよ。勤怠や時間管理なんかは、Yでないと分からないから手出しすら出来ないさ。ただ、可能性の1つとして、言って見たまでの事だよ。Yから連絡は?」「今持って無し!余程の緊急事態に見舞われたのかもね。それも“極秘裏”に解決するべき案件だとしたら、焦ってるんじゃないかな?」恭子も必死に押し返す。「ともかく、連絡が来たら知らせて。文句は山の様にあるんだ!」橋口さんは、何とか引き下がった。3人は安堵のため息を漏らした。「危ないとこだったわ!危うく見抜かれる寸前よ!」神崎先輩が言うと恭子も田尾も冷や汗を拭った。「こりゃ、何か“仕掛けないと”不自然じゃねぇか?」「あたしもそう思うの。返しに波風を立てないと見抜かれるわ!」田尾と恭子が言い出した。「もう直ぐ昼休みよ。あたしがYに会って“仕掛け”についても問い質して来るわ!神崎先輩は決然と言った。

昼休み、僕は生産技術のフロアの奥まった部屋に閉じこもったままだった。下手に出歩くと事が露見するし、後が厄介だったからだ。「Y、どこ?」恭子の声がした。衝立の陰から手を振ると、神崎先輩も姿を見せた。「はい、お昼よ。本当にこれだけでお腹足りるの?」と言われるが、今日はそんな事を気にしている日では無い。「取り敢えず満たされれば事足りますから」と言ってパンにかじりつく。「Y、ちょっと“平和過ぎる”のよ!橋口さんが疑いを持ち始めてるの。適当な“波風”を立てられないかな?」恭子が言い出した。「“シゴキ”を入れるのは当然にしてもよ、直観力で事が露見する寸前なのよ!」と神崎先輩も言う。「ふむ、出来れば使いたくは無い手だけど、やむを得ぬか!」僕は2枚のペーパーを差し出した。「GEの緊急出荷依頼に、橋口さんへの問い合わせか!でも、営業からの指示は無しよ?」「あくまでも“偽り”の書面ですよ。GEは、来週の月曜日出荷の分だし、“朝礼の内容”と“進捗について”は、後からでも確認可能ですからね。橋口さんの尻に火を点ける。それが、最善策でしょう?」「でも、GE関係は、Yか西田さんのグループしか手を染めて無いはずよ。橋口さんに返せるの?」恭子が懸念するが「否応無しの場面でしょう?“返せる云々”では無く“返してもらう”しかありませんね。恐らく、それで手一杯になるはず。余計な事を考えている暇を与えなければいい。どの道、月曜日には出すんですから、急いでやるよりは、落ち着いて集中してやった方が効率も良いはずです。出荷は、月曜日で予定通りなので、煽るだけ煽ってやれば早く片付きますし、フラフラされるよりはマシでしょう?」「まあ、そうね。それにしても、良く似せて作ってあるわね!こんな細工も手抜き無しとは、恐れ入るわ!」と神崎先輩が溜息交じりに言う。「“敵を欺く”には、味方も欺かねばなりません。疑念を抱かれぬ様に、細工するのは当然の事。万事、策を弄するには、労力を惜しんではならないのですよ!」「OK、これを橋口さんに見せて、煽ればいいのね?」「ブツは炉から出ているはずです。午後は、“釘付け”決定ですよ!」「まあ、これなら露見する心配も無いわね。後は、“シゴキ”の内容だけど、腹案はあるの?」「来週から徹底的に鍛え直しですよ。治工具も完成しましたし、テスト結果も良好です。全品種、全品目の返しを1からやり直しさせますよ!歳も経験値も関係無し。ゼロから立て直させます!西田さんと国吉さんには通知済ですから、月曜からビシバシと飛ばしてやらせますよ!無論、僕も“監督”として付きますがね!」「それじゃあ、Yの負担が増えるだけじゃない!“責任者”としての雑務は?前との“調整”は誰がやるの?」「“口は出しても手は出さない”でどうです?僕にあーだ、こーだ言われるよりは、“おばちゃん達”の方が厄介ですよ。絶対的な経験値の差があるんですから、二の句が告げるはずも無い。しばらくは、検査室のデスクに陣取りますよ!指示もそこから出しますし」「うーん、地味にキツイ話だけど、着いていけるかな?」「行ってもらうしかありませんね。否応無しの状況下に置く事で“見えて来るモノ”を見てもらう。口で言う程楽じゃありませんよ!」「ともかく、橋口さんを“使える状態”に引き上げる。それが1つ、もう1つは、“副指令”を誰にするか?よね」「ええ、簡単な事ではありませんが、しばらく考えさせて下さい。各個々人の適性を見直して考えますよ。男女や年齢の上下は抜きますから」「それでいいわ。あなたが、どれだけの“荷物”を背負っているか?今回、あたし達も痛感したわ。“皆で持てば軽くなる”とも感じたけれど」「ひう言ってもらえるなら、今回の策は“成功”したと言って良いでしょう。後、数時間だけ踏ん張って下さい。午後3時をメドに階下に降りて行きますから」「OK、任せて!」神崎先輩と恭子は、階下に向かった。“反乱”は、こうして成功裡に幕を閉じた。

午後4時を過ぎると、僕は検査室のデスクに向かった。残業も終わって皆が帰り支度を始めたからだ。デスクの上には、山積みの書類が置かれていた。進捗管理表には、“おばちゃん達”の書き込みが多数あったし、田尾と徳さんからは、“レポート”が出されていた。これらを丹念に読み返して、来週からの“修正”に繋げなくてはならない。橋口さんからは、“苦情”の文面が出されていた。彼も来週からは“シゴキ”へ送られる。「最初で最後の苦情申し立てだな」フッと笑うときちんとファイリングして付箋を付けた。たかが1日、されど1日。得られたモノは少なからずあっただろう。「Y、おかえり」恭子が背中から抱き着いて来る。「今夜は寝かせないから!」と耳元で囁くとデスクの前に立って“レポート”を差し出した。「ありがたく、ちょうだいします」と言って受け取る。神崎先輩も裏口から来ると“レポート”を出してくれた。「これらを精査して、来週から“修正作業”に手を付けます。これで、膿や歪は出し切れたはず。“修正”が完了すれば、新たな体制も揺ぎ無きモノになるでしょうよ」と言うと「そうで無くては困ります!」と2人に睨まれる。強引な手法を取らざるを得なかったが、“欠点”を炙り出す作業は順調に推移した。これからは、頑丈な基礎の上に建屋を建てる番だ。“安さん”も徳永さんも追い上げは、急ピッチで進めるだろう。それらに先んじて、返し・検査・出荷を一体運用するのが、僕の構想であり、新体制だった。綻びは、今の内に繕わなくてはならない。2人にそう伝えると「繕うんじゃなくて、縫い直しだね」「問題は返しの頭と“副指令”の選任だけよ」と言う。「確かに、一筋縄では行かない事業だが、やり遂げなくては今後の増産に耐えられない。遅くとも月内には結論を出そう!」と告げた。2人は黙して頷いてくれた。「さあ、もういいでしょう?そろそろ帰らないと、“安さん”の雷が落ちるわよ!」神崎先輩が時計を見て言う。午後5時になろうとしていた。長かった1日が暮れようとしている。夕闇も迫って来た。「デスクワークは、月曜日にしよう。帰りますか?」僕は荷物をまとめると立ち上がった。「時間は有限だけど、知恵は無限よね。“修正案”を愉しみに待ってるから。お先に!」と神崎先輩が出て行った。僕と恭子は、各部屋の照明を落としながら、工程を巡った。「本来なら、来月が“ファイナル”でしょう?今のところは?」「年内は、“人攫い”は無い。帰還者名簿にも載ってない。つまり、勝負は師走と共に再燃するだろうよ」と言うと「お正月はどうなるのかな?」と恭子は不安げに言う。「僕の代わりが直ぐに見つかるか?それに、部門も事業部も“体制刷新”の最中だぜ!ここで、“安さん”が簡単に引くと思うか?」「そうよね。“代わりの利かない人材”を手放す様な人じゃないものね!」と自らに言い聞かせる様に言った。「Y、1時間後に待ってて!直ぐに支度をするから」恭子が腕を絡ませて来る。構内を抜けて寮を目指す。西の空に細い月が浮かんでいた。

夜空の細い月を見て居たのは、僕等だけでは無かった。遥か彼方のO工場の三井さんも、束の間の休憩の時間に空を見ていた。「5000台達成か。“飛車角落ち”で良くここまで来たもんだ。来月になれば、50人が戻るし、再来月になれば32人が戻る。“飛車落ち”程度までは、押し戻せるが、やはり“主力戦艦”が戻らなくては、互角の戦は無理だ!」「三井、面子が揃ったぜ!」長谷川が知らせに来た。「よし、作戦会議だ!」タバコの火を揉み消すと、生産技術の部屋に向かう。設計・企画・技術陣が集結していた。「新機種の生産も軌道に乗った。だが、まだ国分工場には110余名の仲間が留め置かれてる!彼らを取り返してこそ、真に“O工場の復活”を宣言出来る!どうすれば、早期に“帰還”させられるか?考えを出してくれ!」三井さんは、“主力戦艦”の奪還に向けての策を下問した。特に、ダイキャスト部門の技術者の不足は、深刻だったからだ。「田納さんの次の行脚は、年末年始にかけてだと聞いた。そこに向けて、“希望者リスト”を上げる必要はあるな!本部長の“専決事項”にはなるが、我々の意志を届けて“再考”を迫るのが近道だろう!」城田が口火を切った。「吉田、進藤、高山、Yは“是が非でも”帰してもらわなくては手が足り無い!」「ああ、Yを樹脂成形に“コンバート”するのは、規定路線だから1日でも早い方がいい!」「だが、今の4人は、全員が“プロテクトリスト入り”してる!特にYと高山は、“本部長表彰”になるらしい。ガードは固くなる一方だぜ!」「それに、調べた範囲を仔細に見るとだな、2人共に“責任ある立ち位置”に置かれてるし、持ってる“権限”も結構大きいんだ!代わりになる“人材育成”が進まなければ、長期間に渡って留め置かれる一因になりそうなんだよ。他所の事業部に対して、余り強烈な事も出来ないし、田納さんの“面子”を潰す事も控えなきゃならない。三井、ここは当初の計画を忘れてだな、“新たな飛行計画”を模索する方が得策じゃないか?」長谷川が冷静に言う。「国分に居る田中さんの“見解”とも一致するな。Yと高山と鎌倉を取り返すとしたら、“年単位”で考えろ!だそうだ!この3人に共通するポイントは、“重責を担いつつも成績も挙げてる事”だそうだ!向こうで“重用”されてるとしたら、戻る椅子が“平”じゃ格好が付かないし、本人達にしても“呑める条件”ではあるまい。O工場より平均年齢も若いし、実力主義で勝ち上がったんだ。未だに“年功序列主義”が蔓延るこちらに呼び戻すには、“相応の理由と待遇”を揃えなきゃ無理なんだ!やはり、長谷川の指摘の通りに“作戦変更”を思案すべきだな!」三井さんが決然と言った。「だとすれば、吉田、進藤の“帰還”を最優先事項にすべきだ!ダイキャスト部門の薄さを補強するには、それしかあるまい!」城田が言った。「小池や溝口、本田に遠藤も優先させなくては、各部門の“回し”に無理が出るぞ!現実でもギリなんだからな!」「そうだ、早く戻さないと支え切れん!」各個人から次々と名が挙がった。三井さんがメモをすると、ちょうど50人になった。「諸君、ちょうど50名の名が挙がった!これらを次回の“帰還希望者リスト”として上に挙げたいと考える!この辺が上限だろう。国分工場と一戦を構える事無く済ませるなら、妥当ではないだろうか?」「しかし、期限を越えて“留め置かれてる現実”をどう打開するんです?」「それは、忘れよう!起きている問題を1つ1つ潰して行かねば、全員の“帰還”も危うくなる!これからは、新しいMISSIONが始まると思え!どうなろうとも、時がかかろうとも無事に連れ戻す!とにかく、1人でも多くの仲間を“早期に帰還させる!”今はそれしか無いんだよ!」三井さんの結論は、大筋で承認された。用賀部隊が“対外情報”を集めて、O工場側が“弱点の洗い出し”を担う。要望書は、総合的観点から三井さんが“起案”して、小林副本部長に提出する事に決した。三井さんは、大車輪で要望書を書き上げる事になった。

「ねえ、あなた。何を考えてるの?」週末の逢瀬を堪能した恭子が、バスローブ姿で聞く。「“おばちゃん達”の先発ローテーションさ。橋口さんを“国家老”に留め置いたまま、“シゴキ”に手を回すとしたら、西田・国吉・吉永・牧野の4家老に“指導”を依頼しなきゃ無理だ!原田さんとの“競争”に持って行くしか、目先を逸らせる方法が無いんだよ!」「Yが“雑務”や“計画の手直し”に時間を割くとしたら、それしか無いものね。苦情だけは1人前に出してるし、妙な“直感力”は働かせるし・・・」「元々は、チームリーダーだったんだから、全体的な視点からモノを見る能力はあるだろう。ただ、個別の作業では、“難しい品種”をやらせた反動で、“基本”が分からなくなってる。新たに製作した治工具で、“基本”からやり直しをさせるには、“もう1手”を加えなきゃダメだろうな!」「何を加えるのよ?」「新品の治工具で、僕がGEのベースとキャップの“返し最速記録を更新した映像”を見せるのさ!記録を刻んだ治工具で、“やってみろ!”って挑むのさ!“悔しかったら抜いて見ろ!”って“挑戦状”を送り付けるんだ!そもそも、彼も面白くは無かったはずだ。歳下に指示を仰ぐのは、“屈辱的”だったろうよ。だが、ウチへ来た以上、年齢や性別で区別はしない。経験値や過去の実績も加味はしない。“腕と実力の世界”なんだ!“力のある者”が上に立つのは当然だし、“自らの努力”無くして道は開かれない!それを今1度突きつけるのさ!僕は、記録を出した。“あなたはどうする?”と問いかけるのさ!」「それで、どう出ると思う?」「まあ、反発するだろうね!“そんな事やってられるか!”ぐらいは言われるだろうよ。でも、“やってもらわなくては困る”んだ。彼を降ろすのは、いつでも出来るが、まずは、尻に火を点けてやって、どう出るか?“お手並みを拝見”してからでも遅くはないだろうよ。元々は“僕の領域”なんだ。“直轄”にするのは容易いし、“おばちゃん達”でも仕切る方法はある!だが、彼が自立してくれれば、更に僕等は強固な体制を手に出来る!賭けにはなるが、やらないよりはマシだろう?」「Yのその思いは届くと思うな!“おばちゃん達”が黙って居ないよ!Yに出来て、橋口さんに“出来ない理由”が無いんだらさ!」恭子は隣に座ると身体を預けて来た。「ねぇ、もう1回頑張れない?あたし、我慢出来そうも無いのよ」恭子は上半身を曝け出した。豊かな乳房が僕を誘う。「しょうがないなー!」僕は恭子を抱き上げるとベッドに向かった。夜は更けて行ったが、求めあう僕等に時間は関係無かった。