現在、ある事業を推進するために、調査や資料集めに廻っています。
その時に、様々な方々からお話を窺う事があります。
その中で、特に胸を打ち、しかも考えさせられるお話しを聞く事が出来ました。
これは、私たち一人ひとりが胸に叩き込み、常日頃考えていなくてはならない
問題だと思います。
もし、この記事を御覧になった方々、今一度自分自身の問題として、
考えて見て頂ければ幸いです。
以下、概略を記してみます。
「ある職場での出来事」
私は、とある通信会社の瀬戸内海のある島に管理者として、
赴任して間もない頃の話です。
何時もの様に、仕事前の周知と作業指示をN係長が発した言葉に、
組合関係のM君が、その言葉に対して糾弾しました。
そのM君達のグループとその職場全体がN係長の糾弾を始めたのです。
そこで、私は、先ず全体を静めて、今回のこの件を後日の「人権教育」
としようと提案し、この場を納めました。
2日後に、N係長の「反省文」を持ってその会場へ集まりました。
職場の職員が集まり、その会議を始めようとした時に、
「シーちゃん」と言う女性がしきりに、自分に発言を求めているのが判りました。
少し待てと合図をしていましたが、とうとう自分でスクッと立って発言を始めました。
その「シーちゃん」の手には、手帳が6冊程握られていました。
「シーちゃん」は小さい頃から、右足が不自由で歩く時には、
右足を僅かながら引きづって歩くのです。
その「シーちゃん」が糾弾の先頭に立っていたM君を指差し、
「あなたは、職場集会の時、全員に座れと言い、私は立っていました。
そこで指差し、「座らないものは出て行け」と言い、
私は会場から外へでて泣いていました。」
そして、今まであった事を「私は、足が悪く座れない事を知っているでしょう。」と
糾弾していた一人ひとりに、今まで他人に糾弾していた事を鋭く指摘をし、
握っていた手帳を投げ付けて、泣き伏してしまいました。
その場を、なだめた後、私は、「これが本当の人権学習会だ、
何でもかんでも他人を糾弾するだけではなく、自分自身も反省することが必要だ。」
と言ってその場を解散したのです。
「シーちゃん」から指摘を受けたM君達のグループの者は、
天井を見たり、外に目を移していたり、窓の先に目を移したりして、
一言も発言しませんでした。
後から、「シーちゃん」に、「ありがとう、話すのが辛かっただろう」と
声を掛け、投げ付けた手帳を拾い、「シーちゃん」に渡しましたが、
その手帳には、小さい頃から、言われ続けた辛い言葉に日付を付け、
言われた言葉がビツシリと書かれていました。
これを見た瞬間に、この「シーちゃん」が受けてきた言葉の辛さを実感したものです。
私達が日頃何気なく使う言葉も、ある時には「刃」となる事を身を持って体感した瞬間でした。
また、言葉が如何に「人」を傷つけることになるかを学んだ気がします。
(聞き取り調査から) (文責 椿庵遍照)
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