2004年リリースのMoi dix Moisの2nd album 「NOCTURNAL OPERA」の3曲目。Manaが「kamiに捧げる」とフランスではっきり明言した曲です。
でもこれについて語るのは難しい・・・だって私はMoi dix Moisあんまり好きじゃない・・・。この曲に限らず私はMoi dix Moisを「何だかもったいないな~。こんなんで良いと思ってるのかな~」と思います。Manaがkamiくんのことを今も大切に思っているということは私には分かるし、こういう曲を書いてくれたことを嬉しくも思う。でも薄気味悪いブックレットに、黒装束で黒い付け爪の魔女みたいな格好して、のっけからデスヴォイスで・・・・こんなんじゃそういう大切な想いは伝わらないと思うのです。
このアルバムも先行シングルとなった「shadows temple」も売り上げは芳しくなくて、こういう曲があること自体知らない人は多いと思います。どうせ売れないなら(←コラ)いっそこっちをシングルにして売ればよかったのに・・・。アルバムとは全く別な作品として、デスヴォイスを封印して綺麗なジャケットで出せば、manaがkamiくんを今も大切に思っているということが、ちゃんと世間に伝わったかもしれないのに。
Manaはシャイな人だし、「この曲はkamiのことを~」なんて日本で言ったら自分の好感度アップや売り上げアップにkamiくんの死を利用していると世間に思われるかもしれないと思ったのかも。でも、何も言わなきゃ何も伝わらないというのも現実なのよね・・・
日本のインタビューでは「この曲はある人のことを歌った曲で、その人は皆さんもよく知っている人で~」なんて曖昧な言い方しかしなかったから、案の定「それは2代目のことか?!」って勘違いする人が続出して、ア〇ゾンのレビューにまで書き込まれた(泣)。
去年の3月のことだって、manaがこの9年間もっと折々に「MALICE MIZERのメンバーは今もkamiのことを大切に思ってる」ということをアピールしていれば、「MALICE MIZERのメンバーは今もkamiのことを大切に思ってる」ということが広く世間に認知されていれば、きっと起こらなかったと思う(別にmanaのせいでああなった、と言いたいわけじゃないけど)。
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私は去年からずっとこのことが気になってます。哲くんもsakuraもkamijoもkamiくんの名前を公の場で出さないし、哀悼の気持ちを派手に表現しないのがMALICE MIZER関係者の方々のやり方なんだと思う。それを私は慎み深いと思うのだけど、それが行き過ぎて(もう忘れちゃったのかな?)とファンを不安がらせたり、薄情だと誤解される側面もあった。yu~kiちゃんが長く業界から遠ざかって、koziくんの活動も途絶えがちなだけに、MALICE MIZERのリーダーとしてmanaがもっと誰の目にも分かりやすく、派手に、哀悼の気持ちを表現しなきゃいけなかったのかなあ、と思ったり。でもあんまり故人の名前を引き合いに出すのもねえ、何か違う気がするし・・・。
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この曲のブックレットがよりによってコレ、アレンジがアレ、こんなんで良いと思ってるのかな~?と事務所に対しても私は思います。なんで駄目出ししないのよぉ。私はmanaも事務所もとても賢い人たちだし、この10年半のあちらへの対応はなかなか出来ることじゃない、本当に立派だと思うのだけど、こういう客観性を見失ったような側面はやっぱりセルフプロデュースの限界なのかな・・・。こういうブログをやっている私の心に響かないくらいだから、全然知らない人にはポカーンだろうなとか思ってしまいます。やっぱり「気持ち」はもちろん大事だけど、それと同じくらい「カタチ」も大切よ。サビのメロディは空から射す光が見えるかのように綺麗だし、アレンジやブックレットのデザインや歌詞次第では名曲になったでしょうに、もったいないことです。
「歓喜と官能の渦の中で 再び貴方とこの世界を」
「共に舞台を」「この曲は貴方のために捧げる・・・」
「時を経て 宿命のもと 巡り合い もう一度 同じ世界で」
歌詞の内容は、前述の
「もう二度と会えない君へ」や
「aria」と比べると、哲くんは友達として、manaは同じバンドのメンバーとして歌ってる感じ。2度もボーカルに出て行かれて、それでも頑張ろうと決めた矢先の逝去だっただけに、「もう一度同じ舞台で」「もう一度同じ世界で」って何年たっても願う気持ちは私の心にも響く。
でも「孤独を愛することしか 孤独から逃れることはできない」っていうのはどうかなあ。他人に心開いた方がもっと確実に孤独から逃れられるんじゃ・・・?しかも微妙に日本語がおかしい・・・「孤独を愛すること『で』しか~」が正解かと思います。Moi dix Moisには日本語おかしい歌が他にもあって(トホホ)、CDにする前に誰かチェックしてあげればいいのにと思います。
ああ案の定、manaが今もkamiくんのことを大切に思っていることについて語りたいのか、Moi dix Moisの悪口言ってるのか分からなくなってきた・・・。でも最後の
「懐かしい調べと共に思い出す 未完成のあの舞台は今でも光り輝いている」
は、私も本当にそう思います。今も全く色褪せないし、逆に時がたつにつれて輝きが増していく気がします。「終焉と帰趨」の舞台を生で観られたのは私の一生の財産だと思ってるし、あれほどもう一度観たいと願う舞台はありません。
ただ私はあれを「完璧に構築された世界」だと思って観ていたのだけど、manaやメンバーの中では「未完成」だったのだとしたら・・・もし何の波乱もないままあと2,3年続いていたら・・・どんなことになってたんでしょうね。「終焉と帰趨」より凄いものが観られたのかな。「終焉と帰趨」より凄いものって私には想像もつかないんだけど・・・。Kamiくんが亡くなってあの当時のメンバーが揃うことはもう絶対にないからこそ、思いをはせてしまいます。懐かしいです。