■□ 写真タイトル と 撮影場所 □■
前川と北川の合流点
諏訪町内にて (20190627)
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今日は私の通院日。ニュースなどでは日本の南海上にあって各地に雨を降らせている熱帯低気圧が台風になるとか、ならないとかだが、このまま進んでやがては関東地方にも接近するらしい。
午後からは天気も悪くなりそうだから、午前中早めに家に帰るように願いながら、いつものように9時過ぎ、自転車で家を出た。
志木街道、府中街道沿いを走ってから、街中を通り、やがて柳瀬川沿いに出る。このまま走るとあの 「トトロの森」 のモデルになった八国山の麓に病院がある。
この病院の南側はかつて見渡す限りの田んぼだった。だが戦後、全てが土盛りされて宅地化されて、住宅地となった。
かつての光景を知っている人は少ないだろうが、ここも大規模災害が起ると間違い無く 「液状化現象」 が起ることだろう。それは埋め立てた地盤が極く軟弱だからだ。
ところで、東村山市には西から東に向かって三本の河川が流れているのをご存じだろうか?
それは前川、北川、そして空堀川だが、空堀川は別として、前川と北川はその後どのように流れていくのかは、あまり知る人も少ないことだろう。
その前川と北川はやがて諏訪町北部で合流するが、その合流点を左手に見ながら、今日、私は自転車でそこを通った。
画像は左手の流れが前川、右手からは北川が流れてくるが、その後は柳瀬川に合流する。河道内に人がいるのは丁度、業者による雑草刈り作業中でした。
私が子供の頃は北川のことを後川と呼んでいたように記憶しているのだが、いつ頃から北川になったのだろうか?
実家の南側に前川が流れていたが、大雨になると氾濫して畑も宅地も一面の水浸しになったことを憶えているが、夏場の北川は子供たちにとっては格好の泳ぎ場だったことも懐かしい想い出である。
柳瀬川と合流した前川と北川の流れは、やがては新河岸川を経て荒川に合流する。
荒川からは都民の水を取水しているので、もしかしたら私たちはこの市内を流れる川の水を飲んでいるのかもしれない。
かつては北川には清流が流れていることなど、今では誰も信じないでしょう。昔は自然豊かな東村山でした。
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ことにどんなに汚れていても数キロ流れると
みんな綺麗な水になります、精密に検査すれば
それほどではないかもしれませんが・・
少なくとも 見た目はキレイそうに見えます
前の対語は後ろ・・なので後川では失礼
なので北川に・・なんて勝手な想像です
昔は蛇行の流れで、大雨の時は氾濫
特に実家に近かった前川の氾濫の様子は
まだその当時の光景を想い出します。
戦後はどの川も工事が行われて
空堀川などは川幅も増して直線的になって
昔の面影は無くなりましたが
それでも一部ではまだ浸水被害があるとのことです。
何処の地域にも川はあるでしょうが
夏になると蛍がいたなんて
今では遠い昔の夢物語です。
信州のように自然豊かな環境が羨ましいです。