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心の平和を求めて・・・

夫と別居→調停離婚成立。
性格や考え方に偏りを持つ人々との戦いの記録です。
やっと心の平和と自由を取り戻しました。

はじめに・・・このブログについて

自己愛性パーソナリティ障害の元夫との戦いの記録をつづっています。 パーソナリティ障害の人と付き合っていくのは 色々な苦労があります。 この障害の人は相手を思いやることができません。巻き込まれると自分の考え方や、人間性まで深く傷つけられてしまいます。 自分のやってきたことを一度まとめて記録にしようとブログを 立ち上げてみました。
はじまりは2005年4月6日から。
現在別居中(ダンナが勝手に出て行きました)→調停離婚が成立しました。

覚え書き↓
2009年11月  ダンナがまたおかしくなりはじめた。
2009年12月  ダンナがまた出て行った。(二度目の別居)
2010年 2月  姑とのバトル。これ以降一切連絡を取っていない。→姑の電話で暴言。

2つの電話が鳴る。

2022-03-23 12:45:00 | 

この年になると、人が本当に自分のことを思ってくれているか、そうでないかが見えてしまう。
私の周りにそういう良い人が増えてきたのかもしれない、
ダンナが自分の得になることしか考えない人で自分にメリットがある時しか優しくしない人だった。
ダンナの優しさには自分が得するように働くという裏がいつも必ずあった。
だから人は、みんな他人のことなんて少しも考えていなくて自分が一番なんだよねって。私も自分が一番だったし。

多分だけどそういう人は心に余裕がないんだと思う。私もそうだったから人のことは言えない。
だけど世の中にはとくに自分が得するからとかではなく、相手の為に何かしたいと思う人がいる。
私の仕事の机の上には今3つの電話がある。

会社、営業さんとのやり取りをする為のガラケー、団体用の電話、そして自分の私用スマホ。

昨日、仕事中に私用スマホが鳴った(バイブですが)見たら毎年講習会を行なって頂いている本部の偉い人だった。東京の会社のトップで子会社もいくつか持ち、税理士資格を持ってて事務所も構えていらっしゃる。団体のナンバー2でもある方。

私が今回受けた試験の講習会の講師もやられている先生。恐れ多くもそんな偉い人と友達のように仲良くさせていただいている。我が社の社長も一目置く存在、だけどとても腰の低い方で、毎年の講習会の時には楽しく食事しながらお話をさせてもらっている。
どちらかというと聞き上手な方で私の話をいつも楽しそうに聞いているような人。

私の尊敬する先生だ。
そんな先生からの着信だったからびっくりした。(笑)

その前に色々と伏線がある、団体の九州地区の事務局長さんとも親しく色々とアドバイスをいただいたり何かあると相談したりされたりしてきた。

このお二人は、私よりも年上でしかも頭が良くて偉い人達なのに、いつも私も含めて「同志」だと言ってくれる。もったいない!(笑)

今回の電話は、九州の事務局長さんが、先生の名前を語ったおかしなメールが来たと相談されたことから始まった。
最近、団体関連も知っている人の名前の入った怪しいメールが増えた。
この業界も意外とそういうセキュリティが低いというか知らない人がまだまだ多い。
私は各方面に怪しげなメールがたくさん届いては事務局に連絡をしていたけど意識の低さには本当に驚きます、
国交省関連の団体なのにメール本文にある電話番号に電話しちゃった!と慌てておられる方もあった。
それで九州の事務局長さんにも、添付ファイルは絶対開かないで!それは先生からじゃないですからね!とアドバイスした、たったそれだけだった。

「念のため先生にはこんなメールが来ましたと伝えておいた方がいいですよ」と。
実は先生からの電話はその件だった。先生から直接、九州の事務局長さんにアドバイスしてくれてありがとうと、それから今回の試験良く頑張ったね、凄いねって褒めて下さった。
実はその電話をしている間にタイミング悪く団体用の電話が鳴った。
先生と電話中だったので出られなかったけどそれは九州の事務局長さんからだった。
あとから例のメールの件で先生に伝えておいたよ、本当にありがとうと、
お礼のメールが届いていた。
2人いっぺんにこんな電話が来るとなんだか嬉しかった。

たわいのないことだけど
誰かが私のことを何の損得無く大切に考えてくれる、ありがとう、おめでとうと
わざわざ連絡してくれる

私にはそんな経験は今まであまりなかったのでなんだか胸が熱くなりました。
きっとそういう人たちには心の余裕があるんだと思う。
立場上、会社の代表の方と話をすることが多いけどみんなお金もだけど心の余裕もあって
一般人とはやっぱり物腰やオーラが違うんですね。

一般庶民でビンボーな(笑)私とは不釣り合いなんだけどそんなこと関係なく皆さん仲良くしていただき温かく見守ってくれる。
なんだかそれだけでも私が頑張って生きている意味がある気がした。