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郵政改革という新たな民業圧迫

2010年04月04日 | 情報一般
「新しい公共」とは名ばかり!郵政改革という新たな民業圧迫

郵政改革法案の骨格がやっと明らかになりました。その概要は既に報道されていますが、その内容から浮かび上がる本質的な問題点は意外とちゃんと整理されていないので、今週はその点について考えてみたいと思います。

■新たな民業圧迫
 私は、今回の骨格には二つの大きな問題点があると思っています。その第一は、報道でも指摘されているように、金融の世界で民業圧迫が起きることです。

 日本郵政の民営化は維持されますが、親会社の株式の1/3超は政府が保有します。日本郵政グループの内部取引にかかる消費税を免除するというのは、500億円規模の国費が投入されるのと同じです。そして、郵便貯金の預入限度額が現行の1千万から2千万に、簡易保険の加入限度額を2倍弱の2500万円に引き上げられます。

 つまり、ゆうちょ銀行やかんぽ生命保険は、政府の関与とバックアップを受けつつ、限度額の引き上げ、ビジネスの自由度の向上などの民間企業としてのメリットも享受できるのです。官と民の美味しいとこ取りです。

 その結果として起きるのは民業圧迫に他なりません。民間金融機関の預金は1千万までしか保護されない中で、暗黙の政府保証がつく郵貯の限度額が高まれば、預金のシフトが起きないはずがないからです。

 実際、過去に郵貯の限度額が7百万から1千万に引き上げられたときは、郵貯の預金残高は14%も増加しています。3百万増えただけでこれだけシフトしたことを考えると、今回の引き上げでは30%位増えてもおかしくないでしょう。それこそが、関係者の狙いなのです。

 現在の郵貯残高は170兆円です。過去のピーク時には250兆あったのが漸減し、このままでは今後数年で150兆円まで減少すると言われていました。しかし、そうなったら日本郵政は金融で十分な収益をあげることができなくなるのです(ちなみにメガバンクの最大手でも預金残高は100兆円くらいであることを考えると、150兆でも異常な規模であることに留意すべきです。)

関係者は、郵貯が220~230兆円くらいまで回復しないと厳しいと考えているようなので、今回の限度額引き上げで30%増えれば、万々歳なはずです。当初は限度額を3千万まで引き上げると言っていたのが2千万になったので、表面上は国民新党も妥協したように見えますが、おそらく実際はしっかりとした計算の結果としての2千万と考えるべきでしょう。

 しかし、その分、他の民間金融機関からは預金が流出することになります。郵貯と顧客層が競合する地銀や信金・信組、農協などは、特に深刻な影響を受けるでしょう。官の関与と支援による事業拡大の結果、自力で頑張っている企業が大きな被害を受けることになるのです。経済学で言うクラウディング・アウトそのものです。

■郵便局と郵便事業の非効率の増大
 第二の問題点は、報道ではほとんど言及されていませんが、郵便局と郵便事業にも間違いなく悪影響が出るということです。

 日本郵政の収益構造を一言で言えば、郵便局と郵便事業の赤字を郵貯と簡保の黒字で賄う形になっています。郵政民営化は、そうした内部補填/甘えを断ち、郵便局や郵便事業の効率化を促すことも狙いとしていました。

 しかし、今回の改革で、民間金融機関をクラウディング・アウトして得られる収益(+税金免除という形での国民負担)によって郵便局と郵便事業の赤字を補填する、という構造が維持されることになりました。その結果、間違いなく郵便局と郵便事業の側には「いくら赤字を出しても大丈夫」という甘えが生じるでしょう。官業の時代と同じ意識に戻るのです。

 そうなると、サービスを向上するとか事業を効率化するというインセンティブがなくなるので、郵便局と郵便事業のサービスの質の低下と非効率の温存が進むと考えざるを得ません。民営化でサービスの質も向上し始めたのに、また元に戻るのです。

 かつ、人口減少が進む中で、現在1億2千万の人口は2050年には9千万以下にまで減少してしまいます。それを考えると、現状の郵便局ネットワークを維持するのには無理があり、本来は徐々に郵便局の数を減らすべきです。

 同様に、今や若い人の大半は郵便よりもパソコン/携帯のメールを使うことを考えると、郵便事業は衰退を続けざるを得ないので、本来は効率化と規模の縮小を進めるべきです。

 しかし、郵貯/簡保の肥大化と民業圧迫によって得られる収益が両事業の赤字を補填する限り、不必要に大規模な郵便局ネットワークと郵便配達網が維持される危険性も大きくなったと言わざるを得ません。

■新しい公共とは民業圧迫のことか?
 以上から、今回の郵政改革で日本経済に二つのリスクが埋め込まれたと考えざるを得ません。

 一つは、金融の収益で郵便局と郵便事業を支え続けるという日本郵政の構造は永続的ではないということです。今は低金利が続いているので良いのですが、長期金利が上昇を始めたら預金者への利払いの増大などを通じ、郵貯の収益も一気に悪化するでしょう。

 そうなったら、非効率な郵便局と郵便事業を支えるために多大な国費が投入されることになりかねません。将来的な国民負担増大のリスクは大きいのです。

 もう一つは、民業圧迫が民主党政権の得意技になってきたということです。民主党政権は、今回の郵貯への対応と同じことを既に行なっています。日本航空に対する過剰な政府支援です。

 日本航空に1兆6千億もの過剰支援を行なった結果、日本航空は公的資金を原資に安売りをしかけ、自力で頑張っている全日空の収益を悪化させています。これから金融市場で起きるクラウディング・アウトが、既に航空産業では始まっているのです。民主党が市場原理を嫌いなのは分かりますが、今後も方々で市場の競争を歪めるという間違った政策運営が続きかねません。

 しかし、それでは真面目に頑張っている企業は報われません。それじゃなくても高い法人税、環境規制の強化、派遣規制など、企業活動を阻害する要因がたくさんある日本で、更にクラウディング・アウトが当たり前となったら、企業は日本を見捨てるしかなくなるのではないでしょうか。

 民主党は“新しい公共”という方向性を目指しています。それ自体は非常に正しい考えですが、それは欧米のソーシャル・ベンチャーと同様に、本来は官が担うべき公共の役割を民間に担ってもらい、そのコストは当該事業をビジネスとして行なうことにより得られる収益で賄ってもらう、というのが本旨のはずです。いわば市場メカニズムを活用した公共部門の代替です。

 ところが、民主党が実際の政策でやっていることは、特定の企業に官が過剰な介入と支援を行ない、自力で頑張っている民を苦境に追い込んでいるに他なりません。市場メカニズムを積極的に歪めているのです。これは“新しい公共”の哲学とは真逆であり、本末転倒も甚だしいのではないでしょうか。

 もちろん、今回の改革案は国民新党主導の内容であり、心ある民主党の政治家の方々は全面賛成ではないはずです。そもそも国民新党は昨年の総選挙では議席数を減らしており、民意を得ていない政党が改革の内容を主導すること自体おかしいと言わざるを得ません。

 既に異を唱えている閣僚の方がいらっしゃるのは安心材料ですが、亀井代表の迫力と圧力に負けないで、実際の法案提出までに政権として郵政改革の内容をしっかりと見直し、少しでも正しい方向に修正されることを期待したいと思います。

2010年03月26日 ダイヤモンドオンライン
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授 岸博幸

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