ーー なぜ、 習って 使わない ーー
ウエブで「お元気ですかの英語」を検索してみた。1、150、000 件の記事があって、その筆頭記事は次のように解答していた。
お元気ですか How are you? - Weblio Email例文集
お元気ですか Are you well? - 研究社新英和中辞典
お元気ですか How are you? - 研究社新和英中辞典
お元気ですか How are you doing? - Tanaka Corpus
ちゃんとした例文集、英和、和英辞典が出処になっているから、いい加減な解答ではない。「How are you 」が基本となっている。
次に、英語「How are you 」で検索してみた。1、670、000、000 件もある厖大な数の筆頭記事に下記のような解答が出ていた。
『人とのコミュニケーションにおいて挨拶は非常に大事です
それは英語を話す際にも同じこと。教科書には「Hello.
How are you?」「I'm fine. Thank you. And you?」という
一連の流れが定型文のように描いてありますが、実際に
使われている表現はもっとあります。むしろ、「I'm fine.
Thank you. And you?」はあまり聞かない返答です。』
この回答者は、カリフォルニア在住、大学で勉強していると紹介しているから、実際に英語を知っている人の解答という事になる。
此れ丈で、十分分かるように、「お元気ですか」「如何ですか」の英語は、実際に使われている表現はもっとあるだろうが、基本的に「How are you 」であるのは疑問の余地がない。
例えば、日本語でも、元気ですか、如何ですか、と言わずに、「やい、どうだい」「おい、調子いいかい」などなど、地域、階層、身分、などの違いにより色んな言い方はある。しかし、基本はあくまでも元気ですか、如何ですかに変わりはない。
にも拘わらず、1、6670、000、000 件記事の第五件に、『How are you?は死語だった!? 外国人英語講師が教える「日本人のちょっとヘンな英語」』という記事が出ている。
委細を読めば分かるうように、外国人講師らは、「How are you 」にだけ拘る必要はない、用語に融通性を持たせなさい、と強調しているのに、筆者が勝手に「How are you」は「死語」だと決めつけている。これは、「英語が苦手な筆者」の身勝手な言い方であって、この記事の標題に出て来る「死語」という「奇を衒う ( てら ) 」表現を仮にも信じる閲覧者が、もし居たとするならば、「哀れ」だとしか形容の仕様がない。
日本の大阪では、「有難う」と言わずに、「大きに」と言う。「有難う」は死語だろうか?
京都の料亭に行けば、女将さんは、「おいでやす」と言って迎える。「いらっさいませ」という日本語は死語になったのだろうか?
基本と応用、この両者の分別ですらはっきりしない、この所に、列島独特の「語学音痴の土壌」がある、と考えるべきであろう。それは、島民に普遍的に見られる「単細胞思考」の性格に負うものではなかろうかと思う。
漱石作品はいまだに日本のみならず世界で評価されている。所が、当世の日本人の多くは読まない。なぜ?、それは「もう古臭いから」読むに値いしないと言う。実際は「読めない」から読まないのであって、「古臭い」というのは単なる言い訳に過ぎない。
英語が苦手な人が外国人講師の名を借りて、 How are you は「死語」であると言うのと、全く同じ思考形態で「自己安慰」か「自己欺瞞」の手立てに過ぎない。
列島のゴルフ場で、プレイヤーが好い球を打つと、周りの者は一様に「ナイッショ」と言う。元は、英語の「N I C E S H O T 」であるが、神輿担ぎの「ヨイッショ」の掛け声と同じように使っている。
実際に、英語圏のゴルフ場で聞く「好打」の表現は、ずっと多彩である。 Nice shot 以外に、Good shot , Nice hit , Beautiful , Good hit , Great hit , Wonderful shot , Perfect , などなど、實に多彩であるが、列島では「ナイッショ」の一言しか聞けない。そこで、たまたま外国に出かけコースを回った人が、帰国して友人に、「あちらではナイスショットという文句は使わないね」とさも大発見をしたうような自慢をする。実際はそうではなく、表現が多彩なもんだから、列島のように、 NICE SHOT を耳にすることはあまりないというだけで、「その文句は使わない」のではない。
何につけも、知らないという事は恐ろしい。何故かというと、知らないのに、知ったふりをするからである。また、知ったふりをするのを真に受ける人が結構居るからである。すると、実態からはずれて、可笑しい方向に向かって進む。そのところに、列島の「語学音痴の土壌」を見ることが出来るのではないか。
我が一家の米国滞在は、ニューヨークとロスに跨がり、既に、三十年になる。
先日、孫二人に、「How are you ? と聞かれたらどう答えるか」と聞いてみた。
14才で高校に進んだばかりの孫は「Fine , thank you 」だと答え、9 才の小学生である孫娘は「私は、Fine よりも、 good と答える場合が多い」と答えた。
では、大学を出た爺ちゃん本人はどう答えているのかと言うと、「Fine , Thnak you 」か、もしくは「I ` m fine thank you 」である。そのあとに、「and you ? 」を付けたり、付けなかったりする。
そして、中年の大学出社会人である息子夫婦にも聞いてみた。爺ちゃんと同じ答え方をしていると、二人そろって言う。
日本で、「お元気ですか」或いは、「如何ですか」と聞かれて、その答えに迷う話は聞かない。 How are you ? は英語だけれども今は国際通用語として、世界で広く知られているから、英語をよく知らない外国人でも、その答えは知っている。また、例えば、北京語を話せない日本人でも、「ニーハウマ ( 汝好ま ) ?と挨拶されたら、「ヘンハウ、シエシエ ( 很好、謝謝) 」と答えることを知っている人は多い。況して、国際通用語である英語の簡単な挨拶である。その答え方が知らない或いは、疑問を持つ日本人が極めて多いのはどうした事か。
英語という外国語が日本に初めて上陸したのは、今から百六十年の昔で、そのあと、日本の学校では「欧米に倣え」という事で、中学、高校、大学を通して英語を必修科目として来た。五年、十年の長期に亙り、英語を習って、「How are you ? 」ですらよく知らない。どういう事だろうか。ポルトガルの銃を物にしたのは、僅か数年だった。なぜ、五年、十年勉強して、いまだに、英語の挨拶言葉一つ覚えられないのか。
日本のウエブに「How are you ?」の記事が 1、670、000、000 件ある。質問、疑問、難問ばかりである。たった三句の挨拶言葉「How are you 」を五年、十年習って使わず、質問、疑問、難問を捏ね回 ( こねまわ) してふざける。「語学音痴の土壌」を際限なく捏ね回しているようなもんである。