課題二、魔法の発音カタカナ英語から脱することが出来ない
のは、自己欺瞞の陶酔から目覚める事が出来ない為
である。
日本人が初めて英語に接したのは、もう百六十年以上になる。
1854年、日本で出版された「異国ことば」という本に、
「久しぶりに会いたるをーーーぐるもうねん
「ものもらいしときはーーーたんきょ」
と書いてあった。英語の初めての日本上陸である。
列島で、百六十年来一所懸命習って来た英語が、未だもって物にならないのは、列島に、「カタカナ」というものがあって、英語の似而非 ( えせ ) 発音が可能である事が、日本人英語発音不得手の要因となっている。似而非発音は、所詮、似而非発音であるからだ。
ある脳科学者が 2004 年に、『魔法の発音カタカナ英語』という書名の本を講談社から出して、一寸した反響を呼んだ。表紙に「一気にネイテイブ!」という見出しが付いていた。
この本の宣伝広告に、読者の反応 ( カストマレビユー) を星の数で表している。星五つ、星四つ、星三つ、星一つ、があって、星二つは無い。星数で好評の度合いを表しているようだが、好評の星五つを見ると、『教科書発音からの脱却』、『発音に迷いが無くなる』、『英語の特効薬』、『発音の救世主』、『こんな本を待っていた』、『英語嫌いの私にぴったり』、『発音の意識改革にもってこい』、、、などなどの讃辞に溢れている。では、実際に役に立ったかどうか、という肝腎の問題になると、内容がかなり可笑しくなって来る。
例えば、「教科書発音からの脱却」は五つ星だが、これが実際に「役に立ったと考える」意見は 僅かの三人しか居ない。所が、「不完全かつ非科学的」という理由で一つ星を付けた酷評には三十四人が賛同している。星の数の多少が、役に立つか立たないかの基準にならないのははっきりしている。
英語学習に 魔法があるなら、カタカナ発音が役に立つようなら、列島は百六十年来この道で苦労して来たが未だに語学音痴でいるのは可笑しい。
カタカナ英語は 何も今に始まったものではない。日本人が初めて英語に接したのは、もう二百年以上になる。
諳厄利亜語林大成(あんげりあごりんたいせい)という、1814 年頃に編纂した本がある。今から二百年ほど前に完成した、6000 の英単語を収集した日本初の英和辞典である。
この本は、発音はカタカナで、意味は漢語で解説している。幾つか簡単な単語の例を次に挙げてみる;
above エボーフ 上
about アボウト 由関係、又大凡
bank ベンク 銀舗
barber ベルブル 剃剪
juice ジェイス 木汁
letter レットル 書翰又文字
のようになっていて、当世の日本人に読ませたら、間違いなく腹を抱えて笑うようなカタカナ発音になっている。
進んで 1854年に、日本で出版された「異国ことば」という本に、
「久しぶりに会いたるをーーーぐるもうねん
「ものもらいしときはーーーたんきょ」
と書いてあった。
ぐるもうねんは good morning で、たんきょは thank you であリ、上述の諳厄利亜語林大成(あんげりあごりんたいせい)同様、噴飯もののカナ発音である。
又、有名なジャン万次郎が 1859年に,英会話入門書『英米対話捷径』(えいべいたいわしょうけい) を出版した。
善 (よ) き日でござる
グーリデイ シャアー
Good day, Sir.
こんな感じの例文が,200ちょっと掲載されている。
そして、 that(ザヤタ)、Grandfather(グランダフワザ)、Father(フワザ)、thing(センキ)、than(ザン)、this(ゼシ)、morning(モーネン)、think(センカ)、rather(ラザ)、などのように、掲載されている単語のカタカナ発音は、原語発音とかなり程遠い。
百、二百年前のカタカナ使用者と当今の使用者は、共に、同じ日本人であるが、昔の、that(ザヤタ)、Grandfather(グランダフワザ)と、今日の ( ザッツ) ( グランドフアーザ) 、昔の、 thing(センキ)、this(ゼシ) と、今日の ( シング) ( ジス) 、どうして、こんなに大きく違うのかと思う。
good morning という毎日口にし、耳にする英語の日本人による発音は、グルモウネン、グーリモルニン、モオネン、グッドモーニング、などのように、時代により、人により、大きく異なる。
これらの過去のカタカナ発音と今日の脳科学者のカタカナ発音は、同じ日本人の発音だが明らかに大きく異なっている。そして、二十一世紀の新たなカタカナ発音を、この脳科学者は、「魔法の発音」と称して、次のように応用する事を薦めている。
Can I have...?(~をください)は 「ケナヤブ」
Do you have...?(~はありますか?)は 「ジュヤブ」
Do you want to...?(~したいですか?)は「ジュワナ」
I want you to...(~してください)は「アイワニュル」
Do you mind if I...?(~してもよいですか?)は
「ジュマインデファイ」
Can you take our picture?(シャッターを押してくださ
い?)は 「ケニュテイカワペクチョ」
そして、なんと・・・
What do you think about it? (どう思う?)は「悪酔いチンコ暴れ」で通じる!とまで言っている。
筆者は、米国の N Y と L A に住み着いて三十余年になる、マンハッタンの米国企業で長年仕事もしたから、脳科学者ほど「英語は知らない」とは、お世辞にも、或いは、謙虚な気持ちになっても言えない。
試しに、米国の知人に「ケナヤブ」「ジュヤブ」「アイワニュル」、、、は何のことかと聞いて見たら、怪訝な顔をしていたので、同じカタカナ発音で、「キャン アイ ハブ」「ドウ ユーハブ」「アイ ワンツ ユー ツー」の事だよと言い換えたら、「何んだ、そんな事か」と難なく納得した。
英語の発音は、一通りしかない。所が、それを列島の学者が日本語カタカナで発音すると、十人十色の発音になる。その十人十色の中から、どれを選べば良いか、諳厄利亜語林大成(あんげりあごりんたいせい)か、「異国ことば」という本か、ジャン万次郎の英会話入門書か、脳科学者の『魔法の発音カタカナ英語』か、恐らく、選びようがないであろう。大体、列島の人々は英語の正しい発音を二百年来習得する事なく、今日に到っているから、正しい英語の発音を全くと言ってもよいほど知らない、だから、まやかしカタカナ発音の中から「これなら生けそうだ」という発音を選ぶにも選びようがない。
ただ、何んとなく英語を懸命に勉強する為に、同じ語学音痴の日本人が出版した「魔妖(まやかし)」の英語参考書を手当たり次第買い込んで読んでいるわけで、率直に云うならば、それは「自己欺瞞」による「自己陶酔」の材料には成り得ても、英語の学習にはさ程役には立たない。
列島は、このような英語学習法を二百年来続け、挙げ句、英語達者な日本人よりも、英語音痴の日本人を育成して来た。
魚を捕るなら、水の中に入る事が必要であるのと同じように、英語を覚えるなら、「真面(まとも)な英語の発音」から始めるべきで、「魔妖(まやかし)」のカタカナ発音で英語が通じると思うのは「木に縁 (よ) りて魚を求める」ように馬鹿げている事であり、一日でも早く、カタカナ依存に見切りを付けなければ、列島の語学音痴は、今後とも増えることはあっても減ることはない。
二百年も英語と付き合って、未だに このような基本に対して無頓着である「無神経さ」に呆(あき)れる。