旅するくも

『旅が旅であることを終わらせる為の記録』

さっそく虹がでた

2011-06-30 21:13:38 | 素晴らしき日々
慌ただしく荷物を車に詰め込んで今日の午後長野へ出発した。
この前の台風の時に一度来ているので道はわかっていたが、なんと言う名前の町なのかは
知らず、家族や友人になんていう名前の場所なのか聞かれても答えることができなかった。

浜松を通りすぎて、ずっと北上して長野に入った。
車の外が涼しいことを考えると、だいぶ標高が高いようだった。
橋の上で1000メートルという看板。
そこからさらに坂を上る。
4時間かかってようやく着いた場所は長野県売木村。
市でも町でもなく、村!

着いてすぐに大雨と雷がやってきた。
凄く親切そうなスタッフの方たちに挨拶をしてから、さっそく長野で僕の宿泊先になる
トレーラーを見に行く途中で虹が見えた!
僕が何か良い場所に巡り会うとき、ここ数年、空に虹が出るようになっている。
新しい場所で、さっそくいいことがありそうな気配。

そして、田んぼに挟まれた道を進むと僕が2ヶ月暮らすことになるトレーラーがあった。

うおお~!いい~!




アメリカの砂漠にあるナバホ(ディネ)のトレーラーとは雰囲気はだいぶ違うけれど、
やはりワクワクする。

小さな商店がある以外に水田くらいしか無い小さな村にあるガソリンスタンドの看板に、
ハイオク「ナシ」。
僕はこんなの初めて見た。




「売り切れ」ではなく、「ナシ」。
こんな場所での新しい生活が楽しみだ。

故郷

2011-06-29 22:21:26 | ロマンず☆~
今は解散してなくなってしまったけど、僕はロマンず☆≡という団体の代表をしていた。
地球を抱きしめることを目的とした多分、日本で唯一無二の画期的な団体だったといまだに
僕は思っている。

そのロマンず☆≡で行うイベントは、みのる座という築95年で木造建築、瓦屋根の
映画館だった。
「地球を抱きしめる」というのは団体ができてからしばらくしてからできたテーマで、
もともとのテーマではなかった。
もともとのテーマは「みのる座でイベントして、みんなで仲良く遊んで大事な場所を守ろう」
という、みのる座があってこその団体だったように思う。

みのる座をイベントで使わせてもらえるのかという、みのる座の社長である太田さんとの
話し合いの日。
僕が日にちを勘違いして、一日遅れで行ったにも関わらず太田さんは快く会場として使うことを
引き受けてくれた。

190人の客席のスペースに柱が一本もないというお寺の住職もびっくりの建築物で、
駅が改装されて全然知らない場所になっていく町の中で100年近く変わらない場所。

子供の頃にバスで映画を観に行った思い出の場所でしか僕はイベントをやりたくないと
思っていたくらいで、その会場で2度ロマンず☆≡のイベントをすることができた。
商店街でスポンサーを募ったり、ケーブルTVがイベントの取材に来てくれたり、みのる座への
メッセージを集めたりと大人になってからも思い出がたくさん詰まった僕にとっては大切な
場所だった。
さらにイベントでお世話になったこともあって、みのる座の最後の映画上映に山田洋次監督が
駆けつけてイベントが行われたとき、僕にも声をかけてもらいスタッフとして参加できたことは
本当に楽しい思い出だった。

僕のようないい加減な人間が代表をする団体がそれなりに2年間も、うまくいっていたのは、
みのる座のおかげだったのではないだろうかと思えてならない。

そのみのる座が7月に取り壊しが始まるという噂を聞いて、先週、仕事帰りに見に行ってきた。
7月に始まるはずの取り壊しが既に始まっていて、瓦が全て取り外され、客席もなくなっていて、
解体の業者があまりに古い建物なのでどうやって取り壊しをしたら良いのか頭を悩ませていた。

アジアンカンフージェネレーションのボーカルの後藤さんが「みのる座でイベントできないかな?」
と言うくらい僕以外にもみのる座を大事に思っている人はたくさんいる。

ロマンず☆≡でお世話になってきた方のイベントのスタッフをお礼という意味でしていると、
どこかまだ終わらずに続いているような気がしていたんだけど、みのる座が取り壊されることに
よって完全に終わった気がする。

大事なものほどなかなか守れないんだと、つくづく思う。

さて、多分明日から約2ヶ月間、長野でのトレーラー生活が始まる。
2ヶ月後の予定は何もないし、まだ何も考えていない。
みのる座もなくなった地元で、何かの代表をしているわけでもないし、誰が待っているわけでもない。
世界が狭い田舎臭いやつばっかりで、自分が知らないことすら知らない。
本当に腐った、魅力の無い町だとつくづく思うけれど、二ヶ月後を想像すると、やっぱり
自分はここにいる。
生まれ育った場所というのは本当に不思議なものだ。

50マイル

2011-06-29 00:44:59 | 素晴らしき日々
2月14日にカルフォルニアを出発した7000キロのアメリカを徒歩と
走ることで繋ぎ縦断するLongest walk3がゴールに近づいている。
3年前に行われたLongest walk2に僕は参加したのだけれど、たくさんの
人に出会った。
カエルとしか思えない人や、馬としか思えない人。

たくさん出会ったなかでも特に僕が仲良くなったのはカナダのアニシナベ族の
ハンターであるRAYだった。
アメリカ横断の最初から最後までの5ヶ月を全て参加した強者だ。
とにかく無愛想で近づきにくく、いつも一人でいるような人物だったのだけれど、
なぜだか僕は仲が良かった。
僕はそういう人物と仲良くなることが多々ある。

この間、Longest walkに参加している7Generations walkの山田さんが一時帰国
したときに、RAYが今回も参加していることを教えてもらい3年前のアメリカが
近くに感じられて懐かしかった。
今回のウォークに参加する少し前にも彼はムースを狩っていたらしい。

その彼が明日50マイル(1マイルは1・6キロ)走るということを、さっき
Facebookのデニス・バンクスの応援を求める告知で知った。
アメリカの東海岸は日本以上の湿度と温度だ。
そのなかを80キロ。
でも、まあ、あの男ならやりきるだろうなと。

アメリカの友人と離れても連絡が取れるように登録した、(登録させられた)
Facebookがやっと役にたった。

All the way Ray!!

わがままな女性

2011-06-27 22:52:46 | 言葉
5年くらい前になるのか、自分で風力発電ができないかと考えて図書館で
風力発電についての本を借りた事があった。
本には風力発電について、こう書いてあった。
『風力発電を例えるなら、わがままな女性をつかまえるようなもの』と
書いてあった。
僕は「こりゃ難しいぞ」と思い、それ以上前には進むことはなかった。

そんな5年くらい前の事を思い出して当時の僕は感じなかったのだけれど、
この『風力発電を例えるなら、わがままな女性をつかまえるようなもの』
という言葉は非常に面白い言葉だなと今更ながら思った。

まず、風が「女性」であること。
おまけにその女性は「わがまま」なのだ。
その言葉には自然は支配できないという意味がどこか込められているような
気がする。
支配はできないけど、「やりかた次第では、そこそこうまくやっていけるかもね。」
的な雰囲気。
そのくらいで良いのだと僕は思う。

昨日の記憶の外

2011-06-25 21:26:35 | 素晴らしき日々
太陽が昇って朝がくる。
太陽が沈むと夜がやってくる。

どこか、僕は昨日の自分の記憶の続きを生きているだけで、今を
生きていないんじゃないかと考えるようになった。
今日という昨日の記憶の続きの中で、僕は今をリアルに感じられていない。

どうしたら昨日の自分から今の自分に追いつけるのか僕にはわからないが
ここ何日かで僕なりにわかった事がある。

長く続いた雨が、ここ何日か降る事なく僕はまだ7月前なのに、
信じられないほどの暑さ、強い日差しと、風を感じながら外で仕事をしている。
一日を外で過ごすという凄く簡単でシンプルなことだけれど少し今が見えた
気がしたんだ。

部屋の外、太陽の下にいるだけで、太陽は自分がどこにいるのか、今は
どこにあるのかを太陽が指差してくれる気がする。
太陽が作り出す時の輪の中心に今があり、世界の中心は今ここにある。

ただ、太陽の下にいるというだけで僕らは地球を抱きしめることができ、
同時に僕は地球に抱きしめられている事を知ることができる。

それに、地球を抱きしめるという事は今を抱きしめる事でもあるんだと
気がついたこのごろ。

今ここに世界の中心がある。

上手に笑う

2011-06-23 20:54:32 | 
寝る前にいつも僕は映画を観ながら眠りにつく。
昨日は、また名古屋の広田監督の映画「カンタ・ティモール」を観ながら寝た。

広田監督に頼んで送ってもらったDVDを観ていると東ティモールの大人や子供たちの
笑顔がとても輝いて、笑顔とは命そのものだと気づかされる。

その笑顔は僕が出会ってきたタイの田舎やミャンマー、ラオス、ネパールの田舎、
グアテマラの人たちとも、どこか共通していることを感じる。
金銭的に裕福ではない人が金銭的に裕福な人よりも上手に笑うのは、見ていてなんとも
気持ちがいいものだ。

きっと世界にはまだ、上手に笑う事を忘れていない人たちがたくさんいる。
そんな人たちのところまで、もっと会いに行きたい。
僕もまた、あんな風に笑いたい。

原発ぬきで映画を

2011-06-18 22:28:29 | 素晴らしき日々
先週から寝る前に「ポニョはこうして生まれた」という崖の上のポニョの制作時の宮崎駿監督に密着した
全5巻からなる14時間のDVDを1週間コツコツと見続けてきて、今日やっと見終わった。

なんの偶然か、昨日のニュースでスタジオ・ジブリの屋上に宮崎駿監督の発案で、
「スタジオ・ジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」という横断幕が設置されたという
ニュースをみつけて面白かった。



宮崎駿の持つ魅力をとことん感じる14時間だった。

「スタジオ・ジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」
http://www.47news.jp/CN/201106/CN2011061701001128.html

インディアンだった

2011-06-17 23:48:59 | 素晴らしき日々
パソコンの小さな窓からTwitterというものを通して世界を眺めていると、311以降は
原発事故のつぶやきが非常に多い。

今の日本にある問題が原発であると僕の目には映っていない。
原発が問題なのではない。
もちろん一基でも世界から無くなればいいと思っている一人ではあるけれど。

問題は自然を支配できると思っている事であり、地球と人が切り離されたことであり、
自分たちが過去にインディアン(地球と共に生きていた)であった事を忘れたことが
問題なのだ。

原発の事故は、その問題の延長線上にある間違いの一つでしかない。
問題が何であるのかわからずに解決しようなんて、冗談はやめてくれよ。

登呂遺跡のトロベー

2011-06-17 22:34:30 | 静岡


2年ほど、終わるのを待っていた登呂遺跡の修復工事が終わったと耳にして、やっと今日になって
行く事ができた。
駐車場に着いてまず僕を出迎えてくれたのは登呂遺跡のキャラクターであるトロベーだった。
何ともトロそうなキャラクター。

登呂遺跡の教科書のような歴史を逆さまに眺めていた2時間は僕にとって非常に充実した時間だった。
登呂遺跡で発見したのは竪穴式住居の縦に伸びる4本の柱を無くすと、それはそのまま
モンゴルの遊牧民のゲルと屋根が茅葺きなのか動物の皮なのかの違いはあるにしても、
構造がほとんど同じであったという事が一番の発見だった。

日本の教科書がいう歴史というものを再確認できた。
結局、ここから間違ってる。

想像していたとおり平日の館内はガラガラだったのだけれど、同じ歳くらいの若い女性が一人で、
熱心に見学していて僕は「おぬし何者だ!」と凄く気になった。
なんて声をかけたらいいのか、なんて声をかけたら怪しまれないのかと考えたけれど結局、言葉が
出てこなかった。

「やっぱ、大陸と同じ国が日本列島にあったと考えるのが普通ですよね?」なんて声をかけたら
良かったのかな。