旅するくも

『旅が旅であることを終わらせる為の記録』

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ことば。

2008-11-27 20:53:36 | 言葉
「便利な道具を手に入れれば地球は遠ざかっていく。」
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はじめまして?

2008-11-23 22:44:56 | 最南端
ミクシーのコミュニティー用に書いたものをそのまま載せます。

はじめまして最南端編集長です。

ちなみに本日は原稿の締切日としているのですが
まだメンバーの誰からも原稿が送られてきておりません。
僕も書けていません。
2月を目標に遅れながらも頑張ってやってます。

最南端を簡単に説明しますと・・・

いまは人であるとはどういうことなのか。
それが問われる時代だと思います。

世界の先住民の多くが自分たちの言葉で自分たちの事を「人」だと
言います。
僕自身、そういった古くからの生き方を守って生きている人々を訪ねたり
話を聞いたり本を読んで調べたりしていると彼らこそ「人」なんだと
思いました。

この地球には異なった2つの生き方をした人が確かに存在します。
極端に言うと自然な人と不自然な人。
アメリカインディアンの言葉に自然にあたる言葉がないのが
いい例だと思います。
不自然なものがない世界では自然という言葉もないわけです。

たとえば、昔は全ての人が狩猟採集民でした。
狩猟採集(自然)から農耕(支配)に切り替わる時何があったか?
(僕はこの切り替わりが、人にとって大きな変化をつくるきっかけだと
思っています。)
狩猟採集民どうしの土地争いに敗れた人が「生き残るために」農耕に
切り替わったと言われています。
僕が思うに現代というのは狩猟採集から農耕になった延長線上をずっと
生きています。
畑が工場になっただけで農耕をずっと。
それを、よーく考えていくと、いまの世界になる事は必然だったのだと
気づきました。
狩猟採集へ完全には戻れないけれど2つの世界を生きることが
生きていくためには求められていると感じますし、地球のバランスをとる
必要があるのだと思います。
↑2つの世界の一例です。

不自然だけを生きるのではなくて
「2つを生きることが新しい世界を生きること」だと僕は信じています。
新しい世界には持ち込めないものを僕たちは持ちすぎていますよね。
僕は「新しい世界」をつくりたいと思います。

最南端ではもう1つの生き方を知るきっかけにして頂きたいなというのと、
関心のある方や無関心な方みんなへこちらから手を振ってみようと思い、
僕たちの声を手に取れるかたちにしようと、はじめました。

文章をかなり省いてしまって言っていることがわからない方もいると
思いますので今度、細かく狩猟採集と農耕について書こうと思います。
頑張って読んでいただきありがとうございます。
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難波アキヒロ。

2008-11-21 18:22:31 | 音楽
NAMBA AKIHIRO \"MY HEART FEELS SO FREE \"


お知らせ
NO NUKES MORE HEARTS NUKE→核兵器
STOP再処理工場 LOVE六ヶ所村

集まろう!伝えよう!放射能を海に大地に捨てないで!
“秋の大収穫祭”

2008年11月30日(日)  (雨天決行)
開場:10:30 開演:11:45 終演:17:25
デモ・パレード:15:00 
【会 場】 上野水上音楽堂 
【内 容】ライブ,トーク,デモ・パレード,ブース出展,ワークショップ 他
詳しくはhttp://nonukesmorehearts.org/1130_ueno.html

以前アメリカの知り合いから、このイベントの情報がやってきた。
すごくお世話になった方だったし協力したい気持ちがあって、僕もどこかに
「お知らせ」として書いたけど反応がいまいちだった。
よし!と何を思ったか僕は元Hi-standard
現UBの難波アキヒロさんにメールをした。
遠慮せずにガツンと言ってやった。
「ここを指差してくれ!」って。
難波さんもガツンときたとサイトに貼り付けてくれた。(大変感謝です。)
僕の尊敬する難波アキヒロさんSTAY GOLD。
ちなみに上の映像はカクマクシャカさんという、このイベントと関わっている方と
一緒につくったセルフカバーの曲。
http://www.ultrabrain.tv/mt/

僕も30日のイベントに行きたかったのだけれど都合が合わないので
紹介しておきながら行けません。
行く方いたら、どんな様子か教えてください。

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石の話。

2008-11-19 19:50:36 | 編集長の本棚
このあいだ沼津の海岸を歩いていたら「海岸の石を持って帰らないで。」
という看板がたっていたな。

石について。

僕が二十歳の頃に新潟、群馬を旅をしているときに
お寺から駅まで車に乗せてくれた人がいた。
橋の上に車を停めて、その人は石について話をした。
考えてみれば石を意識しだしたのはその時からだった。
石には大きな流れがあって、石を家に持って返ることはその石の流れに
背くことになるから、それをしてはいけない。
と、その方は言っていた。

先輩がパワースポットとして有名な町の沙漠で
石を1つ持って帰ろうとした。
その夜にインディアンの幽霊のようなものがやってきて「石を返せ!」
と言ったそうだ。
翌日、石のあった場所に石を置くと地面の下から自分に風が突き抜けたって
いう話もある。

僕がアラスカを旅しているときに石の方から連れてってくれ
というようなメッセージを感じたことがある。
僕は今でもその石を大切にしているし、穴を開けて首から提げることも、
もちろん値段をつけて売ることも絶対にしない。

石は地球からやってきて、どんなかたちであれ地球に返っていくものだと
思う。
とても長くて大きな旅をしてると言ってもいいのかも知れない。
きっと石にはその時の正しい居場所というものがあるはずだ。
何かを感じた時にだけそれを持って帰り、正しい石の扱い方で接して欲しいと
思う。

北山耕平さんの本で「 パワー・オブ・ストーン石の力と力の石」という
本があるので参考にしてみてはいかがでしょう。
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伝えようとする側。

2008-11-18 18:36:01 | 最南端
一号目の最南端の内容はほぼ決定した。
その表紙のカラーの部分には旅の話が載る。
というのもメンバーのほぼ全員が一人旅の経験者だから旅ネタは
かなりある。

で、一号目の旅の話しを書くのが「やすだ(仮)」という男だ。
ほとんど観光客が行くことのないレアな国に行った彼に表紙を頼んだ。
書いてくれた文章は何が言いたいのか全く文章から見えてこなかった。
僕がダメだしをして、書き直しを命じると締め切りすぎても「書けない。」
とメール。
30時間寝ないで文章書いてると電話。
頭がパニックになっているようだった。

昨日、文章が出来上がったとメールが来て読んでみると
やっと彼の中で旅が整理できたようで良い内容になっていた。
「よく頑張った!」と言ってやりたい。
言葉を発することは自分を見直す作業にもなるので今の僕らには
非常にいい刺激になっている。
伝えようとすると、たくさんの事を与えられるんだよね。
ただそれは伝えようとするからであって何もしなければ何も起きないんだわな。

最南端メンバーに、さらなる成長を期待してます。

昨日ミクシーというものの中に大納言(仮)が「フリーペーパー最南端」
というコミュニティーをつくったのでミクシーに入っている方。
気が向いたら参加してください。


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鳥の王

2008-11-15 18:38:20 | 最南端

以前ここに書いた沼津のカフェに行こうと2時間に一本のバスを本を読みながら
待っていると見覚えのある女性がこっちに向かって歩いてきた。
よく見ると同じ小・中学校のクラスメイト。
最後に会ったのは高校3年だから8年ぶり。
なんとも懐かしい。
8年ぶりに会った僕は彼女の目にどう映ったのだろうか。
多分、お気楽浮浪者だろうな。

沼津に着くと友人が迎えに来てくれた。
カフェに向かって行くと海があって御前崎、伊豆、富士山が見えるし、
風が気持ちが良かった。

まだオープンしたばかりのカフェ’Iwa Keli'i(鳥の王)という、いかにも
ハワイっぽい名前の店に着くと女性が一人で忙しそうに働いていたので
最初にあいさつを含めて少しだけ話しをした。
ポリネシアン・ボヤージング・カヌー・プロジェクトのボランティアを
しているMOANAさんの店の本棚には僕の興味をそそるハワイや海の本が
たくさんあって星野道夫さんと北山耕平さんの本も並べてあった。

ハワイや海について聴きたいことは、たくさんあったけど忙しそうで
話をあまり聴くことができなかった。
帰りにフリーペーパーの設置をお願いすると、あっさり「いいですよ!」
と言ってもらえた。

というわけで「最南端」設置店の第一号カフェ’Iwa Keli'iさんとなりました。
是非ともフリーペーパーなどに絡んで頂けたらと思った。

その夜に友人と話しをしていると友人にホームページをつくる技術があるという
事を始めて聞いた。
最南端編集部で最南端のホームページをつくるか相談してみようと思う。

編集長はやること山積みなのであります。

ポリネシアン・ボヤージング・カヌー・プロジェクト
http://www.kamakurago.com
カフェ’Iwa Keli'iさん
http://www.numazu-info.com/single-695.html
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満月。

2008-11-13 18:29:45 | 音楽
Lotus live @ the Granada Theater in Dallas Tx 1-31-08

アメリカの沙漠でこの曲を聴きながら月を見た夜を思い出す。
ちょうど今夜のような静かな夜だったな。
海に行こう。
今夜は満月だ。


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虹が見えた。

2008-11-12 16:51:19 | 静岡
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ハワイに行った、うらしまタロー。

2008-11-12 02:44:45 | 物語
真に受けないで読んでほしい。
「リアル桃太郎。」

朝鮮半島から弥生人が来て、もともとの狩猟民だった縄文人と
ずっと戦っていた。
縄文人は島のほうへいったん逃げていった。
縄文人が弥生人を皆殺しにして妊婦までも殺した。
川に放り投げられた弥生人の妊婦から生まれたのが桃太郎。
お尻が浮いているのを桃に見立てて。
それが爺さん婆さんに拾われて育てられたあと、鬼ヶ島に行って
縄文人に仕返しをする。

『ユダヤ・キリスト教の「世界支配」のカラクリ』より。
徳間書店ベンジャミン・フルフォード、適菜 収。

じゃあ、うらしま太郎はどうだったのか。
僕が勝手に物語を考えてみた。

「裏うらしま太郎。」
亀は実はハワイ人だった。
ハワイ人は死にかけながら何とか日本列島に船でやってきた。
死にかけたハワイ人を日本列島人(うらしま太郎)が命を救いました。
ハワイ人は命を救われたことに感謝して日本列島人をハワイ(竜宮城)へ
船で連れて帰りました。
うらしま太郎は歌や踊り(フラダンス)が気に入って時間を忘れて楽しく
過ごしました。

凄い時間がたっていることに気がついて慌てて日本列島に帰りました。
すると昔、住んでいた村は違う人達に滅ぼされてなくなっていました。

僕にはこの2つのもともとの話はとても不自然に感じる。
この話からいったい何を学べというのか。

アメリカインディアンにはたくさんの物語が残されている。
世界がどう始まったとか、自分達はどこからやってきたのかを物語として
残してきたわけだ。
でも、日本にはそれにあたる物語が残ってない。

だから勝手に想像して桃太郎も、うらしま太郎も縄文人が
自分達が存在したという事を物語りにして伝えて残してきた名残り。
って考えたら面白いなと思った。

僕は金太郎の話がどういうものか知らないけど
あれは熊(二本足)と人は大昔、仲良く暮らしていたんだよ。
って事を残そうとしたとかね。

上の部分は、ほとんど冗談だけど伝えていく物語が必要じゃないですかね?
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死にかけている木。

2008-11-11 18:32:22 | 物語
病気で木が死にかけていました。
枝から出てくる葉っぱに木の病気を見ることが出来ました。
それを見つけた人間が木を助けるために毎日、病気の葉っぱを
摘みましたが、しばらくして木は死んでしまいました。

病気は木の根っ子から来ているものでした。
おわり。

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