旅するくも

『旅が旅であることを終わらせる為の記録』

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四国へ

2012-05-26 20:00:36 | 7 Generations walk.
今日の夜に静岡を出て朝に大阪。
それから四国の高知へと向い、いま高知辺りを歩いている
7Generationswalkと明日の昼頃に合流する。
だいたい1週間参加して6月4日ごろに戻る予定。
なかなか仕事も忙しくなってしまい、九州で合流する予定が
ずるずると遅くなってしまった。
長期の参加ができないが、200キロくらいは歩けるだろうか。

そのあいだ7GenerationswalkのブログやFacebookページを
見ていただけたらと思う。

一年に一度くらい、自分になにが必要か確認する時間を持った方が
いい。

7Generationswalk
http://blog.7gwalk.org/
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平和の人

2012-05-26 10:46:46 | 静岡
北アリゾナの「どこからでも遠い場所」と言われる沙漠の真ん中に
ホピという人たちがいる。
北アメリカでもっとも古くから同じ場所に暮らしているとされる人たちだ。
ホピという名前は彼らの言葉で「平和の民」や「平和の人」を意味している。

アメリカ先住民のなかでもホピは前の世界からの生き方を失わず生き続けている
人たちで、先住民からも特別視される存在だ。
しかし、2003年、アメリカ・イラク戦争でのアメリカ側の最初の犠牲者は
ホピの人であった。

それは「平和の人」であり、武器を持たない闘いかたを知っている人たちが、
武器を取ったとして、当時、ホピやディネ(ナバホ)の人たちでは大きな問題とされた。

ところで、話の舞台は日本の静岡になるが、僕はいま「『原発』県民投票静岡」という
ものに興味を持っている。
県内の有権者の署名を集めて、議会を通過させ、浜岡原発の再稼働の是非を県民の投票に
よって決めようというものだ。
この署名を集めるには、めんどくさがらずに簡単な手続きさえすれば誰でも有権者であれば
受任者になれる。

僕も先日受任者になり親戚や仲間のところへ行ったりと署名を集めている。
4年ぶりに会うばあちゃんや、いつのまにか結婚して子供がいる親戚などをまわり、
原発に対する反応を楽しんでしまっている。
これから理由がなきゃ行きにくい場所へも行こうと思っている。

僕らはホピのように「平和の人」ではないかもしれないが、武器を持たない闘い方として
この署名というやりかたが僕は好きである。

このブログを読んでいる方はご存知であろうが、僕は宗教家でもなければ、何かに
取り憑かれたような思想の人間ではない。

あなたもこの星に属する者として核という最大の敵と闘おう。

http://kenmintohyo.com/
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イロコイ六連邦

2012-05-23 21:41:03 | 物語
アメリカ、ニューヨークの北にカユーガ族、モホーク族、
オナイダ族、オノンダーガ族、セネカ族。
後に加わったタスカローラ族を合わせてイロコイ六連邦という
アメリカ政府が簡単には入ることができない独立自治領、
いわば国がある。

デニス・バンクスがウンデッドニー後にテロリストとして
アメリカ政府に追われ日本山妙法寺の安田純さんと逃げ込んだ
場所がイロコイ六連邦である。

アメリカ政府は認めないがアメリカの民主主義のもとになったものは
古代ギリシャのシステムではなく、イロコイの当時まだ5連邦だった
時代の5つの部族どうしの関係、決め方が元になっている。
このまえ台湾の原住民でも共通のものがあったことは興味深かった。

何かを決めるには各部族の代表(男性)の意見が全員一致で
あるということが条件である。
台湾とイロコイではここまでは共通であると言えると思うが、
イロコイ六連邦の面白いのは、その男性が決めたものに「NO」
と言えるクランマザーという女性が存在することだ。
アメリカで起こった女性復権運動もイロコイ六連邦の女性の扱われ方が
きっかけになったものである。

この日本の民主主義のようなものの男性的な部分が崩壊している状態で、
必要なのはクラン・マザー……女性的な部分であろう。

あなたが女性であるのなら嫌なものに対して理屈抜きで『NO!』と
言えばいい。




僕はUAと言葉を交わしたことはないが、5年くらい前に同じ日の
同じ場所で祈ったことがある。
北山耕平氏が「特別な女性」と呼んだ女性のひとりである。
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こたえ

2012-05-17 22:29:27 | 言葉
『 我々は日本人をやっているインディアンである。』

「 自分がどんな世界に生き、自分は何ものであるのか 」という疑問に
8年という月日で、ようやくたどり着いた僕のこたえ。
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孤独を

2012-05-16 21:32:07 | 言葉
孤独はすべての閉ざされたドアを開く
釘付けのドアでさえ


ナンシー・ウッド
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生地の一本の繊維にすぎない。

2012-05-16 21:20:51 | 言葉
デザイン(英語:design)は、ある対象について、良い構成を工夫すること。
Wikipediaより

以前、日本のツリーハウス第一人者である小林崇さんは「木は自分をデザインしている」
と言われていた。
小林さんの言葉が正しいかどうかわからないが、デザインという言葉には
「人為的である」ことが大きく関係しているように僕は思うので、ここではそいういう
意味で使うことにする。

われわれが日本と呼ぶ、この国はデザインされて始まったものである。

そこにはオリジナル(デザインの反義語として使う)と呼べるものは
ことごとく失われ、成長し続けていくかのようなありもしない世界が映し出される。
地球やインディアンという視点で見るのなら、この世界はまったくのフィクションである。

しかし、永遠を失った後に始まったものには必ず終わりがくる。
なぜなら、ひとがオリジナルな世界(永遠)を作り出すことなどできないからだ。
オリジナルな世界は僕らにではなく、僕らのむこう側にあり、歌や祈り、物語は
むこう側にある。
インディアンと呼ばれたオリジナルな世界の中を生きていた人たちは、このことを失わずに
生きている人たちである。


『 我々が生地を編むのではなく、我々は生地の中の一本の糸にすぎない。 』
どの部族だったか忘れたが、そういうことだ。

なぜ僕がオリジナルな人たちにここまで惹かれるのかという最大の理由はそこにある。
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編集長の本棚

2012-05-07 20:23:26 | 編集長の本棚


知識が欲しいわけじゃない。
ちゃんと、この世界を見ることができる
視野を手に入れたいだけだ。
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『電波百姓一揆』

2012-05-01 22:08:36 | 素晴らしき日々
日の出前に仕事場に着いて、鼻の中が茶葉でいっぱいになるまで
働く日々である。
世間はゴールデンウィークでBBQだの新東名だの言っているのに、
お金を稼ぐ理由がたいしてあるわけでもなければ、使う当てのない
お金を稼ぐのを好まない僕が、流れでそんな仕事をすることになった。

とっくに定年を迎えた、ぶっきらぼうな爺さんと仕事中に話をするのも
楽しいが、もうひとつ楽しんでいるものがある。
それはラジオである。

トラックの移動の時に聞くラジオが面白い!

10代のころ友人と『電波百姓一揆』というテロのようなラジオ番組を
つくろうという話をしていたが、ラジオをまともに聞いたこともなかった。

わざわざ「ここで笑え!」的な字幕付きで映像つきのテレビとラジオは
大きく違う。
テレビは内容というよりもテレビという媒体そのものに奪う力が強すぎる。

「この美しい声の持ち主はどんな女性なのか」と、想像するのも、
もちろん楽しいが、ラジオには説明しすぎないところに魅力があって
隙間がたっぷりで自由があっていい。
おまけに笑いの質もいい。

とりあえず、お金が入ったら僕は『高価なラジオ』を買うことにする。

そして、『電波百姓一揆』が実現したらオープニングは毎回この曲だ。

Rancid - Radio

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