旅するくも

『旅が旅であることを終わらせる為の記録』

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

また、あおう!

2012-07-30 23:36:16 | 言葉
また、あおう!
コメント

1366 日の終わり

2012-07-30 23:36:05 | 言葉
ブログの開設から 1366 日。
実をいうと僕はこのブログのデザインが1366日前からずっと気に入っていない。
「あんた!1366日もやっているのに!」と、みなさん思われると思うが、
気に入っていないのだ。
ということで、新たにブログをはじめようと思う。

僕がブログという方法を使って書きはじめたのは1366日よりもっと前、6年も前になる。

まだ小さかった頃こんなことがあった。
小学校一年生の昼休みの教室。
みんなが外で遊んで、だれもいない教室の右後ろの席で、おぼえたての文字を使って
書き続けていたことがあった。
きっと何か決められたテーマについて書いていたのだろうが、途中からテーマからはずいぶんと
逸れて、なぜ僕はいまこんなにも一生懸命に作文用紙の小さな四角を文字で埋めているかについて、
書き続けていたことを、いまでもおぼえている。
僕はどうやら、6年よりもずっと前から書くことが好きだったみたいだ。

僕にとって書くということは誰かに見せる為のものではなく、いまをつかまえる作業で
あり、日々をただ何となく消化して生きたくないという僕なりの抵抗でもある。
だから僕はこれからも書くことをやめるわけにはいかないのだ。

ブログを新たにはじめる理由のもうひとつに、以前、僕がわがままを言ってやらせてもらった
お話会がおおきく関係している。
あそこで僕は自分が本当に言葉にしたいのは何なのかを知りたかった。
そして、僕から出た言葉からこれからの生き方がやっと見つけることができ、このブログで
何度も変わってきたテーマの、やっと変わらないものを見つけられたことが、新たに書くことを
はじめようと思う最大の理由である。

ところで、来月の終わりに僕がうまれてから30年たつことになる。
どんなアホでも大抵の人は30年たてば30歳になる。

旅をするようになった20代のはじめごろは、30歳までにやりたいことを終えて、好きな女と
結婚して定職に就くという気がしていたけれど、どうやらそうはならないようだ。
来月はまた1ヶ月間の旅に出るわけで…。

こんな僕に頼んでもないのに付き合っていただけたみなさまに、いちおうお礼を。
どうもありがとう。

必要であれば『 On the ground 続・旅するくも 』まで
http://blog.goo.ne.jp/h8square

最後に僕にとってたいせつな言葉を

『われわれは、もういちど もとの道に戻ろうとしている。
力をとりもどし 現代生活と呼ばれる虚構と 不誠実にみちた生活から離れて
いかに生き どうしたら自分に正直でいられるかを われわれは 
もういちど 学習しなおしているのだ。』

ローリング・サンダー
コメント

あなたは誰なのか

2012-07-30 21:47:32 | 素晴らしき日々
1ヶ月ほど歯医者に通い続けて、今夜やっと僕の歯は完治した。
その歯医者には受付けに可愛いであろうお姉さんがいる。
いつもマスクをしていて顔が半分見えないから、あなたは可愛いであろう
お姉さんだ。

僕にはあなたが誰なのかがわからない。
名札も付けているんだろうが、読んだことすら無い。

あなたが誰であるのかを知るのに、名前は重要なことではない。
名前なんてどうだっていい。
コメント

FORMOSA 自転車の旅5

2012-07-24 22:31:37 | 
なにか、忘れている気がしていたら台湾の自転車の旅を放置したままなことに
気がついた。

3日目、キャンプ地の海岸を出発して、しばらく進んでから休憩をしに朝食屋に
入るとテーブルにいた夫婦がごちそうしてくれた。
それからも進むが目的地の花蓮まであと100キロある台東でゴールした。
無念である。

さすがに風呂に入りたいとビジネスホテルに泊まる。
ロビーに集まった近所の住人であろうおっさん達に何度も「その自転車はどこで
手に入れた?」と聞かれる。
「盗んだ」と答えるまで聞き続けるつもりのようだ。
それから街をうろつく変な歩きかたの僕。
とくに何があるわけでもない街に飽きると、またロビーのおっさんが口をひらく。
「その自転車はどこで?」

部屋に戻り風呂に入ろうと服を脱ぐと、鏡に映る僕の背中のVの字に赤くなった
バックパックのあと。

翌朝、ロビーの大音量のテレビに起こされ、台東駅に向かう。
自転車に乗りながら旅の終わりを寂しく想っていると、狂った犬に追いかけられ
ながら僕の台湾の旅は終わっていった。

台湾を徒歩で半周、花蓮まで100キロを残した距離を自転車で移動した今回の
台湾の旅。

ひとりになった最後の自転車の4日間のなかには確かに、時と場が自分の中心で
交わる感覚があった。
それは僕の足が地に着いた短い旅のときだった。
コメント

虹の戦士

2012-07-20 21:58:01 | 物語
レラニー・フラー・ストーンが幼いころに祖母から聞かされた話の要約

虹の戦士たちは太古から残されたさまざまなメッセージを広め、すべての地球の
人たちに 「グレイト・スピリットの道の上での生き方」を教えることになる。
今の世界がどのくらいグレイト・スピリットの道から背いてしまっているかを諭し、
そのことによって「地球が病んでしまっている理由」を伝えてゆくだろう。
虹の戦士はまた、この時代を超えて存在し続けているもの
(これもまたグレイト・スピリットと呼ぶべきもの)がいかに「愛」と「理解」に
あふれているかを見せて、どうすれば母なる地球をもう一度美しくできるかを教えて
まわるだろう。
虹の戦士は人びとにこの世界を正しく歩んでゆくための「法」もしくは「原則」を
与えることになる。そしてそれらの「法」も「原則」も太古の部族から伝えられて
きたものであるだろう。
虹の戦士は人びとに、太古から伝えられた「みなをつなげる」「愛しあう」「理解しあう」
ための技を広め、地球のあらゆる地域の人たちに分け隔てなく調和を広めてゆくだろう。

太古の部族の人たちがそうであったように、虹の戦士は人びとに山の清流のような、
そしていくつもの流れを集めて生命の大きな海に注ぐ大河のような、つきることのない愛と
ともにグレイト・スピリットにむかっての祈り方を教えてゆく。
虹の戦士はたとえひとりでいても、大勢が参加する会議の中にいても、等しく喜びを
感じることができるだろう。狭量な嫉妬から心は解き放たれていて、肌の色や人種や宗教を
問わずすべてのヒトを愛するだろう。
虹の戦士は自らのハートに幸福が入り込むのを感じるとき、すべてのいのちとひとつに
なることができる。
その心はどこまでも清らかで、ヒトと自然とグレイト・スピリットに対する暖かさと理解と
尊敬とを放射しているだろう。
虹の戦士は自分の頭とハートと魂と行為とを汚れのない思考で満たしている。
彼らは命を支配するもの、グレイト・スピリットそのものの美しさを探し求め、祈りと
ひとりであることの中に、力と美とを見つけることになるだろう。

虹の戦士の子供たちはもう一度、自然と母なる地球の宝を堪能しながら、自由に走りまわることが
できるようになるだろう。
欲やそれに突き動かされた行為によって、肉体を汚されたり、命を失うような恐れからも
解放されるだろう。
川の水も再び清らかに流れゆくようになり、森は豊かで美しいものに姿を変えて、たくさんの魚や
動物や鳥たちが帰ってくることだろう。
植物や動物たちが持っている力が再び敬われるようになり、すべての美しきものたちの保全こそが、
人間の生きるべき道となるだろう。

貧しい者や、病んでいる者、生活に困っている者には、地球に生きる兄弟姉妹たちが庇護を
与えることになるだろう。
そうした行いは虹の戦士たちの日々の暮らしの一部になることだろう。

ひとびとは自分たちの指導者を、政党や、偉そうだからとか、声が大きいからとか、
大きなほらを吹くからとか、何度も連呼をしているからとか、罵りあうからという理由ではなく、
その人間がいかなる行いをしているかを判断する太古からのやり方で選ぶようになるだろう。
愛と知恵と勇気を行いで示して見せた者、すべての良き人たちのためになるつとめをなしてきて、
これからもそれができるだろう人物が、指導者やチーフとして選ばれることになるだろう。
その人たちは「人間の質」によって選ばれるのであり、彼らが稼いだ金の総量によって選ばれる
ことはなくなるだろう。
思慮深く献身的だった遠い昔のチーフたちのように、彼らは愛によって人びとを理解し、子供たちが
周囲の者たちの愛と知恵によって教育されているかどうか見るだろう。
彼らはいくつもの奇跡によってこの世界の病が癒され、健康と美が回復されることをひとびとに見せることになる。

「虹の戦士」のやらなくてはならないことはかくも多くすべてが偉大なものである。
越えていかなくてはならない無知の山はとてつもなく高くそびえ、偏見と憎しみとを見つけることに
なるかもしれない。
虹の戦士はハートを強く持ち、一途に道を進み、くじけてはならない。
もう一度母なる地球に美しさと豊かさを回復させるための道の上で、彼らは同じように強い意志を
持った心と頭の持ち主たちを見つけることになるだろう。

その日は近い将来必ず訪れる。
そのとき、まさしく虹の戦士たちが存在してくれたおかげで、すべての部族の人たちが自分たちの
文化的な遺産を保ち続けられたことが明らかになるだろう。
儀式や、物語や、伝説や、神話を生かし続けている者たちの声に耳を傾けよ。
その声の中に、まさにそこにこそ、彼らが守護してきた「知」が存在する。
それによってわれわれはもう一度、自然と、母なる地球と、人類とが調和するところへ帰還することが
できるだろう。
まさしく「わたしたちの生存の鍵」は、その「知」の中に見つけることができる。

by Kitayama "Smiling Cloud" Kohei 
http://native.way-nifty.com/native_heart/2005/01/post_10.html
コメント

金閣寺の湯のみ

2012-07-12 22:19:57 | 素晴らしき日々
朝から雨が降り休みだったので、金閣寺の湯のみで甘いコーヒーを
飲みながら何をするのかを考える。
その日の予定はその日に決めるのだ。

まず外に出て、人に会うという選択肢はこのごろの僕にはない。
本を読み進めようか、ディジュリドゥの練習をしようか、映画を観ようか、
ベースを触ろうか、ブログを更新しようか。
いいや、染め物をしよう!
ということで、染め物をした。



藍がすくすく育ってくれて、生葉染めができるようになったのはいいが、
やはり難しく、そのぶんだけ面白い。
ますます色の魅力に取りつかれ、ますます外に出なくなってしまうのである。
コメント

土地を売ってくれ

2012-07-11 23:35:38 | 素晴らしき日々
19歳ごろの僕は現在イラストレーターをやっているタクミに
これから、どのように生きて行くのかの展望を語ったことがあった。
それは、自動販売機を数台購入し、売れそうな場所に設置し、ぬくぬく生きて
行くという、我ながら素晴らしいアイデアだった。
現在、自動販売機は5兆円市場だというから、僕のアイデアもあながち間違い
ではなかったようだ。

そんな僕も現在は植木屋の見習いのようになってしまい、最近は60歳のおっさんと
同じ日当だということに、むかつきながら仕事をしている。

この世界で生きていくにはお金が必要だが、僕の一日から食事、睡眠を取り除いて
しまえば、残りはほぼ仕事である。
まったく僕もお金に夢中である。

アメリカの開拓時代、白人に「土地を売ってくれ」と言われた時、アメリカ先住民が
何を言っているのかわからなかったという話がある。
「聖なるもの(大地)に値段を付けてはならない」という彼らの常識からくるもので
あるし、大地はお金で売り買いするものでもなければ、本来値段など付いていないもので
あるわけだから当然であるが、世界でもっとも高い値段で土地を売り買いする我々には、
ずいぶんと遠くの話である。

去年の冬のアメリカ・インディアンムーブメントのデニス・バンクス氏の来日の際、
体調をくずして喜納昌吉さんの面会ですらキャンセルしたデニスにインタビューを
していた。
そのインタビューを僕が書こうとしている本に載せようと考えていたからだ。
デニスにそのことを伝えたあと、本は無料で配ろうと思っていることを伝えると
デニスは「どうして売らないんだ」と言い、インタビュー前にいきなり変な空気に
なってしまったことがあった。

当然、僕の書くものは聖なるものでもなんでもないのだけれど、僕はそれには値段を付けて
売るつもりは全くない。
これはアメリカ先住民の教えでもなんでもないのだけれど、あらゆるものに値段が
ついて祈りですら買うことができる世界で、「自分が値段を付けたくないもの」を
決めておく必要があるのだと僕は思う。
それに自分の書いた本の値段を決められるほど僕は器用な人間ではない。
コメント

7Generations walk 後半

2012-07-03 21:11:20 | 7 Generations walk.
3月11日に沖縄からUAのティダノワ祭りを出発した7Gが6月27日に
無事3ヶ月半の今年のウォーク前半を終えた。



8月31日からとされていた後半のスタートは、今年12年ぶりに行われる
「いのちのまつり2012」が朝霧で行われるということで、声をかけていただき
それに合わせてルートと日程が大きく変更される。

静岡は2回通ることになりそうで、忙しくなりそうだ。

代表の山田さんはウォーク終了後、そのままアメリカのデニスのチーフを務める
AIM主催のサンダンスへ行ってしまった。
アメリカへ行く前日に山田さんが連絡をくれ、「休まないんですか?」という僕が言うと
「11月まで休まない」と言っていた。
あの人らしい。

このあいだの四国で早朝に山田さんと二人で歩いた時に、はじめて会ったときの
ことや、あれから5年もたったこと。
1回目の7Gが終わったあと、疲れ果てて犬の散歩をする人でにぎわう歩道で
寝たことが懐かしい。

7G後半はいのちのまつりから一気に盛り上がるだろう。
そして、僕の勝手な感で言うと今年の後半、この国は大きく動きだす。
なんの根拠もないけれど、そんな気がする。
コメント

悲しくてやりきれない

2012-07-03 20:08:30 | 音楽
コメント

せりふ

2012-07-02 21:52:11 | 言葉
今年もすでに映画を軽く100本は観ただろうか。
映画のタイトルをおぼえない性格はあいかわらずである。

このごろ観た映画でこんな感じの台詞があった。

『 ひどいことがあったときは、今日よりもひどい日が来るのを
楽しみにして生きよう。
今日よりひどい日がくれば、今日のことを忘れられるから。』


けっこう、こういうのが好きである。
コメント

こころみ

2012-07-01 23:32:04 | 言葉
文字にして語ることよりも、声にすることを大切にしたいと
思っている僕の初のこころみ。
「地球の上に生きる人の目で世界をみる」というお話会。

特にアメリカ・インディアンという地球とともに生きる人についての話は
この国ではマイノリティのなかの、さらにマイノリティであるということは
僕も重々承知しているので、誰も来なくても驚きはしないのだけれど、
昨日は遠くは東京の友人やバンドメンバーや、はじめてお会いする方など
定員8名のところに8名の方が来てくれた。
満席である!

話し始めるとすぐにグダグダになってしまったが、思っていた通り2時間では
収まらなかったが、日本人をやっていることに疑問を感じたことのない人へ
話をすることの難しさと、感覚がわかったことは今回大きな収穫だった。

次は火を囲みながらやりたいものである。
コメント

cloud

2012-06-25 20:27:37 | 写真

facebookで拾った写真
コメント

キングサーモンの季節

2012-06-24 21:33:22 | 
5年前のちょうどいまごろ、僕はアラスカのアンカレッジという
町の駅前広場で寝転がって、いのちが沸き上がるアラスカの短い夏を
楽しんでいた。

耳元で「HEY」という声の方へ視線を移すと、白人がふたり立っていた。
僕が起き上がると上着のファスナーを開け、Tシャツに書かれた「関西大学」の
文字を「どや!」と見せる白人。
僕の反応が、あまりにも薄いことに驚いた彼は話題を切り替えるように、
「キングサーモンを一緒に見に行かないか?」
と言うので、しかたなく着いていくことにした。

アラスカは、いまキングサーモンと白夜の時期である。
コメント

管理されるな

2012-06-24 20:57:53 | 言葉
結局のところ賛成、反対よりも思考が停止されていることの方が
よほど問題である。
指示がなければ動けない兵士が100人いたところで何も起きやしない。

「愛国心を持つなら地球に持て。魂を国家に管理されるな。」
と、 ジミ・ヘンドリックスも言っている。
コメント

目覚めて生きる

2012-06-17 21:21:58 | 言葉

「 旅する理由は、目覚めて生きる為 」
コメント