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北へ南へ、東へ西へ

旅と山歩き・街歩きの記録です 今を語りながら過去も振り返って

移転ご挨拶

plalaからgooへ移転してほぼ修正が終わりジャンル・カテゴリーが設定出来ました。タグ付け法が見つからないので、県名・市町村名、東京都は区市町村名で、その他寺社・名所などは固有名詞でサイト内検索して下さい。 サイト内リンク先、アドレスがplalaのpubのままgooに変更していないのでリンク切れしていました。リンク箇所を探して変更するのはかなり時間がかかりそうです。

今年初紅葉は霧の中 カヤノ平:長野県木島平村

2018-10-09 12:23:39 | 心休まる風景

 雄大に広がるブナ林は黄葉が始まっていた。歩いて行くハイカーも霧の中で幻想の世界を描いている。

 10月連休、9月は近場のお出かけだけだったので、高原の空気を吸いに出かけることとした。台風は土曜日夜半に通り過ぎ、日曜朝には北海道近くで温帯低気圧になる予報、土曜日仕事を終え、妻のお茶の稽古が終わってから、渋滞のない関越道越後湯沢へ向けて夕暮れ時に出かけた。

 北国といえど10月始めではまだ紅葉は始まっていない。翌日曜日、予報ほどの強風はなく、雨も霧雨状態だった。大雪山ではすでに紅葉は始まっていると聞き、上信越でも高い所では見られるであろうと推測して、志賀高原(奥志賀)を目指すことにした。野沢温泉から奥志賀林道を上る。上の平まで上ると次のカーブが見えないほどの霧に包まれてしまった。“無我霧中”(洒落!)でハンドルにかじりつき進むと赤や黄色の紅葉が見事に始まっていた???もちろん運転中写真は撮れない。対向車があればすれ違いもやっかいな山道、止めて写真を撮る余裕など無い。

 カヤノ平のキャンプ場、管理事務所も霧の中。廻りの草原も!

 廻りの林の中にはテントがちらほら、キャンプ場になっている。

 一帯はブナの原生林、きれいに色づいているが霧の中、幸いに雨は降り止んでいる。

 傍らにあるのはロッジ?事前の調べでは、ロッジはもっと先の筈、食事は此所では出来そうにない。

 先には湿原もあり草紅葉も見られるであろうが、上ってきた林道は超低速運転だったので、霧に浮かぶ廻りの赤や黄色の彩りは堪能した。それではと昼食を求めて下ることにした。

 くすんだ画像ばかりだが、霧の中の雰囲気を生かしたいので、修正は加えてない。


有形文化財で食事 彩々亭:埼玉県行田市

2018-10-01 15:46:49 | 心休まる風景

 落ち着いた雰囲気の和室に机と椅子が置かれている。由来書きによると「旧荒井八郎商店」の事務所、洋館、和館の3棟からなる国指定有形文化財とあった。欄間と庭、そして玄関。

 9月24日秋分の日の繰り延べ休日、とりあえずやって来た行田市に着いたのは昼近くになっていたので、観光案内所で観光スポットと同時に昼食場所の候補を案内してもらった。名物の取り扱いをしている食堂と市内の主だった飲食店の地図付きのパンフレットが用意してあった。その中から由緒ありそうな料亭を選んだ。いかにも!の佇まい、もちろんサンプルのガラスケースや品書きなど表にはない。普段は入ることのないクラスだが、そこはお昼食、そこそこの料金で済むはずと入ってみた。

 和牛懐石とあったが、やはり設えは見事であったが、高齢者とあっては、コースは2人で1人前でも十分足りる。後は好みの単品で済ますのが常となっている。

 食後、玄関から木戸を通って庭に出る。

 玄関事務所棟、食事をした和館、奧に連なる洋館も年代を感じる。

 池があり石組みも滝も栄華を偲ばせる。

 石碑に「成趣園」とあったがこの庭園を呼ぶのであろうか。

 一番奥に小高い丘があり、鹿がいた。

 池に沿って移動すると、鯉が付いてくる。餌をねだっているのであろうか、売店もなくポプコーンも麩もない。残念でした!!


緑が清々しい 目白庭園:豊島区

2018-08-01 17:47:55 | 心休まる風景

 打ち水をしたように敷石がしっとりとしています。朝方まで雨がぱらついていましたが、すでに止んでいます。目白庭園「赤鳥庵」へのアプローチです。

 連日35℃の暑さが続いています。台風の通過する数日を除き7月はこの暑さが続いていた?・・・あまりの暑さにいつからか記憶が途切れています。それでは少しでも涼しさを感じる画像をと探してみましたが、お出かけもままならずデータがありません。僅かに6月の末の日曜日、妻の社中のお茶会があり、そのときの画像が涼しさを感じる“絵”になっていました。まだ暑さ前で幸いでした。

 花嫁、花婿の装束のカップルが撮影していました。結婚式前?それとも後?それとも単なる商業用の写真撮影?判りません。

 目白庭園の中心はこの池ですが、相変わらず沢山の訪問者が畔で憩っています。

 2011年、2013年、2016年とほぼ2年毎にお茶会を開いているので、画像が同じように重なってしまい、2016年は掲載していません。が、妻の希望の「誰でもお茶を」の趣旨が少しずつ理解されてきて、初めての方、お子様方も多数参加されるようになってきました。

 庭を眺めながらの待合、この会場の最高のごちそうです。

 広間の設えです。

 子供たちも十分楽しんでいるようでした。

 隣にもう1席あり少し狭いのですが、2席(お茶を2服)楽しんで頂けます。最も、少ない人数での接待は、かなり大変なようですが、今回はお弟子さんの中学生も2人お運びで参加して活躍していました。


茶会に惹かれて 偕楽園好文亭&千波湖:茨城県水戸市

2018-05-31 17:17:55 | 心休まる風景

2018GW その7 エピローグ

 回遊してきた梅林・千波湖を眺めた展望広場の奥、竹林や杉林を背に好文亭はあった。

 好文亭は、徳川斉昭自身により1840年(天保11年)4月に設計された詩歌の会や慰労会などの集会の会場としての役割を持っていた。数度の改築や、戦災で焼失したり落雷で火災に遭ったりしたが、その都度再建されている。

 門を入って砂利の敷かれた路地を行くと茅葺き屋根が見えてきた。???全体像がない。

 玄関を入って廊下を行くと、先ず整えられた庭に目がいった。

 先へ進むといくつもの部屋が現れる。それぞれに解説案内が置かれていたが、襖絵に目が行って暗いこともあって読んではいない。ふすま絵に従い「桜の間」「つつじの間」「萩の間」などと名付けられているようだ。

 回廊からは庭の緑がまぶしい。

 入り口の案内にあった茶会「好文亭 月釜」を妻が見逃すはずもなく好文亭に急いだのだ。部屋を巡りほぼ一番奥になるであろう広間前に行列が出来ていたので、費用を支払い列に並んだ。石州流の席主の元、地元の高校の茶道部がお手前と接待に当たっていた。

 茶席の撮影を遠慮して、席を立った時の室内を撮っておいた。

 広間の先に階段があり、2階へ上がった。途中の窓から???外がハッキリしない。

 雨戸を少し持ち上げて、渡り廊下「太鼓廊下」であろうか?

 2階からは展望広場、梅林、そして丘の下には千波湖が広がっている。好文亭についてwebで調べていたら、「楽寿楼」の記載があったが、この2階??を呼ぶのであろうか?・・2階ではない!いつの間にかここは!3階にいた!

 階段を下り案内に従い表に出ると待合があり、茶室「何陋庵」、珍しく覗くことが出来た。

 東門近くまで戻り、JRの線路をまたぐ橋を渡り千波湖の畔まで下りた。

 広場では「食のイベント“肉”」が開かれ、屋台がいくつも設営され人が群がっていた。おかげで湖畔のレストランは昼時なのに静寂の中にあり、ゆったりと食事が出来た。食事を終え、湖畔の写真を少し撮り???またしても最後の部分が保存されていない!?!渋滞前に高速に乗り、順調に帰京して今年のGWは予定を大幅に変更しながらも無事終了した。

 さて次は夏休みまで予定が立てられない。妻は6月末に会場が確保出来た社中の茶会の準備に余念が無く、それまではお出かけなどは考えられない模様!???お盆期間の観光地の宿はすでに「この検索条件に該当する空室が見つかりません」の表示ばかり。さて今年の行く先は・・・?


ボケボケの写真ですが 新宿サザンテラス:渋谷区

2017-11-22 14:47:11 | 心休まる風景

 豪華とはいえませんがイルミネーションに埋まって、至福の時でした。

 1月に1回の仲間内の会合、勉強会であったものが最近では情報の交換を兼ねてはいても飲み会の様相、幹事は持ち回りで勝手に場所を選択します。12月での交代までこの1年間は新宿高島屋タイムズスクエアーが多くありました。バスタ前を通る路はかなり人通りが多く歩くのがやっかいなくらいです。JR線路の反対側、「新宿サザンテラス」の方がやや歩きやすいので殆どこちらを使います。新宿の名が付いていますが渋谷区に属しています。

 メイン通りの傍らには植栽された「小道」が作られています。昨夜は小道全体がイルミネーションに包まれていました。

 灯りの先には「ドコモビル」もライトアップされていましたが、いつもバックに忍ばせているデジカメ、慌てて取り出してオートのまま急いで撮ったので、ブレブレ、ボケボケですが、時節ネタが無いので恥を忍んで掲載しました。

 タイムズスクエアーの端近くに線路をまたぐ橋があり、そこを渡って目的地に向かうのですが、質素ながらライトが???。

 会合を終えJR新宿新南口へ向かう辺りにもイルミネーションがありました。LEDライトのおかげでしょうか、あちこちでライトアップや装飾が盛んに行われているようです。

 情報では、原宿表参道の定番のイルミネーションに加え、代々木公園ケヤキ並木で「青洞門」のイルミネーションが行われるとありました。去年?一昨年?中目黒の青洞門イルミネーションがあまりの混雑で中止になっていますが、表参道・ケヤキ並木は隣り合わせの徒歩圏内、この期間の原宿駅はホームから出るのもままならない混雑、事故や怪我人が出ないか心配です。


“お茶”所縁のお寺 京都の旅⑦大徳寺:京都府京都市

2017-10-25 14:39:21 | 心休まる風景

 前後唐破風、左右切妻、屋根桧皮葺の四脚門とあったがもちろん重要文化財、歴史を感じる。最初に出会うのがこの「勅使門」

 妻を乗せて裏千家道場(表千家もすぐ近くにあるが)からこれも5分とかからない所にある「大徳寺」にやってきた。特に“茶道”とは縁が深く床にかける掛け物には大徳寺僧侶の書が多い。妻は前にはお茶の社中と道場へ同行しているので、連れだって前にも来ているというが・・・。

 駐車場から案内所のある入り口へ直接出た。少し入って門があったが、

 真っ直ぐ整えられた通路につながっていた。

 掲げられた案内図を見ると敷地内に多数(24ヵ寺)の塔頭寺院(内別院が2寺)が収まっている。もっとも常時拝観出来るのは4寺のみとあった。それでも門前からちらと覗いてみる。

 最初に出会ったのが冒頭にある「勅使門」であるが、少し過ぎて角を曲がると直線に整えられた通路がある。突き当たりは「方丈・庫裏・枯山水庭園」へ繋がっているのであろう。

 勅使門に次いで禅寺の特徴山門から方丈まで一直線上に伽藍が配置されている。通路に沿って順番に探訪、先ずは「山門」。

 『現在の三門(山門)は、応仁の乱後の1529年(享禄2年)、連歌師・宗長によって下層が寄進され、1589年(天正17年)、千利休が上層を完成させて「金毛閣」と名づけられた。三門改修にあたって、千利休は楼上に自身の木像を安置。その下を豊臣秀吉を通らせたことで怒りをかい、聚楽屋敷で自刃させられたという。』との曰くがある(参考:晴明神社)とあった。

 次が「仏殿(本堂)」「法堂」と続く。正面には入れるかは判らなかったが、入れたとしても近すぎて全体像は撮れなかったであろうから、通路側から撮っている。もっとも仏殿と法堂とは姿形が似ていて撮影順序でしか区別出来なかった。

 方丈への渡り廊下であろうか・・・。

 方丈庭園には拝観料が必要とあって、妻は多分入ったことがあるとして踵を返した。常時開放の4寺以外にも時期を限って拝観出来る寺があると門前の小屋の係員に聞いていたので、戻る途中の今時点で解放されている「興臨院」を訪れた。

 本堂を脇に見て門をくぐると、枯山水の庭が広がっていた。

 方丈の縁側に上がり進む。

 回り込むと坪庭?風庭が続いていた。他の客の案内をしていた女性に誘われて解説を聞くことにした。

 その先にお目当ての茶室がある。『涵虚亭(かんきょてい) - 蘇軾の詩から名付けられた古田織部好みの四畳台目に隅板を加えた茶室で、床の間は袖壁が出ているために洞のように見えることから洞床(ほらどこ)と呼ばれている。』撮影は出来ないが、妻は初めて「洞床」の実物を見て理解出来たと喜んでいた。

 境内??敷地内をウロウロし門の開いている塔頭寺のいくつかを覗いて、次に移動した。


大正池の思い出に重ねて 上高地⑥:長野県松本市

2017-09-01 14:49:42 | 心休まる風景

2017年夏旅:その9 神秘的な明神池

 明神岳を背に負い、底まで見せて透き通った水が静寂を漂わせていた。穂高神社奥宮裏には一之池があった。

 門前には「山ヤさん」御用達の「山のひだや」「嘉門次小屋」などがある。奥宮の建物も、それぞれ歴史を帯びて質素ながら趣がある。が、またしても画像が保存されていない。ネットで原因を検索してみたが適切な答えが見つからない。

 明神池は山から崩落した瓦礫が川をせき止めて出来たといわれている。焼岳の噴火で出来た大正池と成り立ちが似ている。想い出の大正池のミニチュアを見ているようだ。

 明神岳の水鏡???透明度が高く底まで見えて姿が映らない。

 ゴトゴト積み重なった岩を乗り越えて進むと、二之池となる。こちらは岩が重なり、箱庭の様相だ。

 盆栽のモデルであろうか!

 流れ出る水の澄み切った様が・・・。

 人が沢山いたような気がしたが、静寂が人の気配を消していた。

 鳥居を出て明神橋を渡る。河童橋の喧噪はない。


桃源郷春まつり 甲斐国分寺跡:山梨県笛吹市

2017-04-28 14:52:47 | 心休まる風景

 一面の菜の花と桃の花のコラボ、見事!後ろに連なる山の名前が判れば???

 4月9日の記録なので、少々色あせてしまった。釈迦堂・博物館周辺で桃源郷を十分堪能したが、桃畑は今ひとつ満開ではなかった。そして隔離されていた。ここまで来たのでネットで見つけた「桃源郷春まつりin国分寺~国分寺跡に集まろう!~」のイベントに立ち寄ることにした。釈迦堂PAのすぐ先一宮御坂ICを降りてすぐのところにある「甲斐国分寺跡」で開催中の情報があった。

 桃畑の広がる中に、公園整備の予定となっている広場があった。桃と菜の花、咲き残っている桜、幼稚園児や小学校など各種のグループが植えたチューリップも盛りであった。

 イベント中とあってテントが張られ、ボランティアの地元の人が国分寺跡のガイドに当たっていた。(テントと幟旗は撮り忘れた。)国分寺跡といってもまだ未整備で礎石跡が散らばっているだけで、説明がなければ、ただの荒涼とした広場に過ぎない。

 釈迦堂と違って観光客はほとんど現れないし(2組ほどいたが)、地元の人も仲間内なのかテントの中にたむろしているのみ、静かさの中にあった。あたりは広々とした桃畑、遮る柵や人家もない。十分に花見を堪能出来た。

 追加の1枚、桃の花に埋まる櫓のような白壁の家、いつまで眺めていても飽きない!!


僅かな時間でしたが・・・ 松明滑降:新潟県湯沢町

2017-03-10 17:20:39 | 心休まる風景

 暗闇に閉ざされた山の斜面が少しずつ明るくなっていきました。松明滑降の始まりでした。湯沢高原スキー場のケーブル山頂駅辺りでしょうか、右の黄色い明かりはガーラ湯沢スキー場のナイターでしょう。

 この前の土曜日、少し早めに仕事を終えて関越道を越後湯沢に向かいました。もちろんスキーですが、今回が初めてとなる二人の娘長女次女家族連れ合い2人と孫4人総勢10人で一緒に滑ろうとなったのです。娘達夫婦子供は土曜休みですから、金曜夜現地入りし土曜日は朝から充分に滑ったようです。我が夫婦は土曜夜到着、いつもの居酒屋で落ち合い賑やかに会食、帰り道の出来事でした。

 JRの線路をまたぐ跨線橋にさしかかった辺りで明かりを見つけました。点が線に、線がくねくねと鉤型に連なり下り始めて、松明滑走だと気がつきました。誰かが行事のポスターを見たことを思い出しました。湯沢高原の下山コースを降りているようでした。

 今のカメラはビデオも撮れます10分ほどの映像がありますが、編集ソフトもなく、blogアップの方法も分かりません。残念!かなりの時間花火も打ち上げられましたが、眺めるだけで撮影はしませんでした。

 blogへの記載が遅れ気味です。冬枯れもありますが、撮った写真も枚数を減らして整理が追いついていません。ひとえに“確定申告”のせいです。

 昨年秋、40年以上面倒を見て頂いていた税理士さんが高齢のため引退すると通知してきました。期の途中なのでせめて今年度分まではとお願いしましたが、限界ですと打ち切られました。そこで急遽伝票を整理し「国税局サイトの確定申告書作成コーナー」を利用して申告書を作成しました。途中入力数字の間違いや、項目違いなどあり、数度やり直しをして、3日がかりでそれでも完成させました。が、我らが業界には「特別措置法26条」なるものがあり特別な計算が必要になります。国税庁の電話相談担当者でもはっきりせず、税務署の担当者の方とも電話でやりとりしたのですが、結局国税庁のソフトが対応していなくて手計算と数字の訂正を書面上でするしかないと言われ、やっと作成しさっき発送、間違いが無ければ???終了。ヤレヤレ・・・!