トーキング・マイノリティ

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きっと、うまくいく 09/印/ラージクマール・ヒラーニ監督

2013-09-05 21:10:08 | 映画

 2010年インドアカデミー賞で、作品賞や監督賞はじめ史上最多16部門を受賞、インド映画歴代興行収入1位を記録した作品。インドの大学寮を舞台とした青春劇という、日本で公開されるインド映画にしては珍しいストーリーだが、チラシのコピーは「大学時代の親友3人が織りなす、至高の人生感動エンターテインメント」。チラシの作品紹介にはこうある。

舞台は日の出の勢いで躍進するインドの、未来を担うエリート軍団が集まる超難関理系大学ICE(Imperial College of Engineering)。未来のエンジニアを目指す若き天才が競い合うキャンパスで、型破りの自由人ランチョー、機械よりも動物が好きなファルハーン、何でも神頼みの苦学生ラージューの“三バカトリオ”が、鬼学長を激怒させるハチャメチャ珍騒動を巻き起こす。彼らの合言葉は「きっと、うまくいく!!
 抱腹絶倒の学園コメディに見せかけつつ、行方不明になったランチョーを探すミステリー仕立ての“10年後”が同時進行。その根底に流れているのは、学歴競争が加熱するインドの教育問題に一石を投じて、真に“今を生きる”ことの素晴らしさを問いかける万国普遍のテーマなのだ。

 入学式で学長はICEの狭き門を強調、40万人の入学希望者に対し合格者は2百人という。日本より遥かに学歴が重視されており、若者がICEのような名門大学を目指すのは、己自身の為でばかりでなく親の期待や希望も大なのだ。
 映画の語り部でもあるファルハーンは、生まれて間もなく父が息子をエンジニアにすることを決める。現代でも家父長制の根強いインドで父の命は絶対であり、息子の意志や希望はほとんど顧みられない。ファルハーンの父は息子をエンジニアにするため、車を買わずスクーターで職場に通い、節約に励み息子を支えようとする。実は動物好きの息子はエンジニアよりも動物写真家になりたがっていた。ランチョーのアドバイスにより、それまで父に逆らえなかったファルハーンは変わる。

 名門工科大に合格したにも関わらず、ラージューが寮の部屋内に神様のポスターをべたべた貼り付け、祈りを捧げているシーンは可笑しかった。日本にも普段はロクに信仰しないくせに、受験になれば神社に合格祈願に行く学生もいるから、苦しい時の神頼みはインドも同じようだ。ただしラージューの家庭は貧しく、家には病で寝たきりの父と持参金が工面できぬため行き遅れた姉がおり、母が家計と学費を支えていたのだ。ラージューには家族の期待という重圧が常にのしかかり、それが学業面での不振の原因にもなっていた。

 劇中で、「インドの若者の自殺率はトップレベルだ」という台詞があった。しかも自殺するのは貧困層どころか、高学歴で裕福な家庭に育った若者が多いという。2012年段階のデータを基にした自殺率の国際比較を挙げたサイトがある。表ではインドは44位となっているが、総人口数が多いため自殺者数も多く、世界全体の自殺者数では中国に次ぐ2位である。
 映画にもキャンパス内で自殺する若者が登場し、学長から退学を告げられたファルハーンは悲観して飛び降り自殺を図る。親友たちの必死の看護でファルハーンは奇跡的に助かるが、実は学長の息子も鉄道自殺をしていたのだ。学業の不振を苦に自ら命を絶ったのだった。今の日本の若者には信じられないだろうが、少し前の日本も詰め込み教育で、70年代は成績が下がったのを苦に自殺した学生のニュースが新聞の社会面に載っていた。

 そんな風潮の中で、ランチョーのような型破りの学生は例外なのだ。「才能があれば成功する」が彼のモットーであり、それを自ら実証してみせる。元から天才肌の若者なので、凡才は到底敵わない。成功には才能の他に運も大きいが、運が向いただけではダメなのだ。運が転がり込んできても、それを活かす才能がない者は成功者になれない。アイツが成功したのはたまたまと言うのは、その器量もない怠け者の僻みにしか見えない。

『だれも知らなかったインド人の秘密』(パヴァン.K.ヴァルマ著、東洋経済新聞社)という本がある。著者は自国の知識人層をこう嘆いているが、 日本と重なる現象は考えさせられる。
これまでの構造を打ち破るような“型にはまらない”ことをするといったことがない。新しい道を開拓するというより常道を行く傾向がある。社会的に受け入れられるという理由で、教養ある自国民は大勢に順応する。良い学校に通う優等生もあまり質問せず、事実を暗記はしても前提を批判的に捉えることは不得手。学生が勉強するのは知識欲よりも卒業証明書欲しさで、教育が思考力育成と結びつかなかった…

 ランチョーら3人組の合言葉『きっと、うまくいく』(Aal Izz Well)の由来は、「イギリス統治時代のインドで夜警が街を見回りながら口にしていた言葉である」(wiki)そうだ。さらにランチョー役のアーミル・カーンは当時44歳、3人組の中で最も若いシャルマン・ジョーシー(ラージュー役)も30歳だったという。おじさんトリオが大学生を演じていたのだ。



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