『印度細密画』(畠中光享 著、京都書院アーツコレクション)という文庫本を、先日購読した。期待した以上にインドの細密画は鮮やかで美しく、西洋画や日本画とも違う美の世界が楽しめた。著者の畠中氏は奈良県出身の日本画家だが、インドの細密画や染織品のコレクターとしても知られるという。インドの細密画に全くのど素人の私が見てもよかった。
細密画の図版は5章に分けられ、「初期インドミニアチュール絵画」「ムガル系絵画」「ラージプト絵画/ラジャスタニ絵画」「ラージプト絵画/パハリ絵画」「素描・下絵」の順に掲載されている。「初期インドミニアチュール絵画」なら仏画と思いきや、その多くはジャイナ教教典挿絵だった。スキャナーがないため画像を紹介できないのは恐縮だが、仏画、ジャイナ教教典挿絵双方とも赤を基調としたカラフルなものばかり。
ジャイナ教教典の挿絵における人物の目の描き方は面白い。他のジャンルの細密画と同じくとにかく目がデカい。インド人は総じて目が大きいし、今でもデカ目は美男美女の条件のひとつでもあるので、それが反映されているのかもしれない。ただ、ジャイナ教教典の挿絵では目が顔からはみ出した状態になっており、まるで漫画チック。解説によれば14世紀後半以前のインドに紙はなく、棕櫚椰子の葉に描かれていたという。
「ムガル系絵画」とは、文字通りムガル朝の宮廷絵画を中心とした作品。宮廷お抱えの絵師たちはムスリムばかりではなく、ヒンドゥーの同業者も多かった。ラージプト絵画のテーマは当然ヒンドゥーの神話の神々や英雄が主だが、こちらにもムスリムの画家もいた。それゆえムガル系絵画とラージプト絵画は別々に発展したのではく、相互に影響を受けていた。
ラージプト絵画にはラジャスタニ絵画とパハリ絵画の2派があり、前者は文字通り西北インドのラージプーターナー地方(ほぼ現代のラージャスターン州)を中心に制作された。そしてパハリ(Pahari)とは山地を意味し、パンジャーブやヒマーチャル・プラデーシュの様々な山地の小国で制作された絵画の総称が後者。
上の画像は文庫本の表紙にも使われている№93「貴婦人」。この絵はラージプト絵画のラジャスタニ絵画で、1760年の作品。当時のインド貴婦人らしく、豪華な衣装と金や真珠、宝石の装身具で着飾っている。絵が小さいため見辛いが、さらに貴婦人は右手に宝石で飾られた黄金のワインカップを持っている。つまり当時の貴婦人は酒をたしなんでいたのだ。
インド女性の目は蓮の花びらの形が最上とされ、各地方でもそれを念頭に描かれたという。そのためか素人の私には印度細密画の女たちの目は、どれも「貴婦人」と同じように見えた。殊にラージプト絵画は色鮮やかでもパターン化傾向の強さを感じた。
好みもあるが、ムガル系絵画とラージプト絵画のどちらがイイ?と問われたら、私は断然前者だ。ラージプト絵画よりも写実的で西洋でも人気があるという。ムガル系絵画は明らかにペルシア細密画の影響が強く、人物画の大半が横向きで描かれるラージプト絵画と違い、ななめ向きの人物画も結構あった。ムガル系絵画といえ、№27のようにヨーギニー(ヒンドゥーの女行者)の絵もある。この女行者は赤い衣をまとって髪飾りを付けており、高位のヨーギニーの姿とか。
また№29は「祈るマグダラのマリア」。ムガル朝第三代皇帝アクバルの時代、インドにキリスト教が伝わると共にキリスト教絵画も入ってきた。ムガルやデカンの宮廷ではそれらを模写したり、テーマにした絵が描かれたという。しかし、№29のマリアは完全にインド式であり、説明がなければマグダラのマリアとはとても見えない。
№19「酒を酌交わす女達」は面白い。2人の女が向き合って酒杯を持っている作品で、ムガル時代の女子会なのだ。第5代皇帝シャー・ジャハーンの時代になると、絵画でも男性中心から女性中心のテーマが生まれ、女の肖像画も描かれるようになる。この絵では酒瓶も描かれており、ペルシア細密画でも酒瓶を前に飲酒する美女という作品はよく描かれていた。このような絵からも、ムスリム貴婦人のあいだにも飲酒は広く行われていたのだろう。
その二に続く
◆関連記事:「インド ミニアチュール幻想」
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