トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

愛しのボーナム君

2007-11-20 21:19:15 | 漫画
 学生時代、大好きで夢中になった劇画の一つが青池保子さんの代表作、『エロイカより愛をこめて』だった。お気に入りのキャラクターはやはり副主人公の“鉄のクラウス”ことエーベルバッハ少佐。折りしも冷戦時代であり、少佐とKGBの敵役「仔熊のミーシャ」との対決は特に面白かった。No.9 アラスカ最前線で旧ソ連の原潜に拉致(作品発表当時、この言葉は一般的でなかった)された少佐と伯爵が、連行先のシベリアのウスペンスキー基地(基地名もこの漫画で知る)でミグ25を奪取、逆にソ連軍将軍も人質にし、アラスカ基地にミグで帰還するシーンは最高に痛快だった。

『エロイカ』ファンで、少佐と仔熊のミーシャの対決を楽しみにしていた方も多いと思う。情報員らしい駆け引きのような頭脳プレイだけでなく、腕自慢の2人は何度か殴り合いもしている。No.11 9月の7日間でスペインの片田舎の居酒屋での派手な立ち回りに喜んだ方もいるだろう。少佐も殴りあいに入る前、「月曜から水曜までは白、木・金は地味な花柄…」とミーシャの妻の下着の色や柄を得意げに言っている悪趣味。
 堅物、頑固、完璧主義者、唐変木、律儀、任務第一…少佐の特徴を典型的軍人気質と感じられたファンもいる。作者の青池さんはかなり前のインタビューで、自分の兄が少佐のような人物だと語っていた。ちなみに兄君は自衛隊員だそうな。

 しかし、中年になるとまた見方が違ってくる。暫らく前から私は、伯爵の右腕的存在であるボーナム君の方を好ましく感じるようになっている。小太り気味の体系とマッシュルームカットにヒゲという外貌からして、おじさんキャラ。実際口の悪い少佐に「おっさん」「ヒゲダルマ」呼ばわりされ、傷付いたこともある。温厚な性格であり、あくの強いキャラが目立つこの劇画では珍しい常識人である。メカに強く、仕事面の優秀さはさすがの少佐も認めており、伯爵の失敗の穴埋めに少佐にこき使われることも。No.17 トロイの木馬でも伯爵がフランス情報局員Qに誘拐、監禁された際、ボーナム君の尽力がなければ伯爵は爆殺されていただろう。

 ボーナム君は流行言葉で言えば癒し系か和み系といったところか。こんな人が実際に側にいたら、どれほど安心できるだろう。日々の生活はままならぬことが多すぎる。自分の思い通りにいかないのが人生なので、落ち込んだり八方ふさがりの時、そっと慰めてくれる人物がいるくらい、心強いこともない。今や中年となった『エロイカ』ファンの中にも、「ボーナムさん、いいねぇ」という声がある。

 ボーナム君のような忠義な脇役タイプのキャラが登場するのは日本の漫画くらいかと思いきや、そうでもないようだ。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを見ると、気紛れ船長の主人公ジャック・スパロウに徹底して忠実、補佐するのが航海士ギブス。ギブスも小太りでヒゲだった。他の仲間の海賊たちがジャックではなく形勢有利なリーダーに付き彼に背いても、ギブスだけはジャック側にいる。気ままジャックが無茶な命令を出しても、見捨てないギブス。この映画の掲示板を見たが、若い女性の書込みが大半のためか、ジャックやウィルのような美形キャラへのコメントが殆どなのは当然にせよ、私が見た限りノリントンでさえファンがいたのにギプスに関して書いた人はなかった。

 漫画や漫画のようなディズニー映画ばかりではなく、忠義者が登場する文学もある。今年6月、パキスタンの作家サアーダット・ハサン・マントーの短編集『黒いシャルワール』を読んだが、「ドゥーダー・パヘルワーン」だったか、我侭な美少年に誠心誠意仕える男が出てくる。町一番の美少年の主人公は親の残した厖大な遺産で女遊びをしている道楽者のろくでなしにも係らず、彼のために尽くす男がいる。美少年は堅物の彼をからかい、もちろん性的な関係などないが、それでも美少年を真摯に守ろうとする男。不思議な関係だと思った。

 ボーナム君、ギブス、マントーの小説の男…これらの人物が奉仕する主人は気まま勝手だが、抜群の魅力と美貌の持ち主という共通点がある。やはり美形は得だ。美しい者はいつの時代も愛される。美貌と魅力のない人物は、ボーナム君のような者は望めないとなるのか。

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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
懐かしいです (ハハサウルス)
2007-11-20 23:02:39
お久しぶりです。
『エロイカより愛をこめて』は友人が持っていて、皆で回し読みしたのを覚えています。人気ありました。思わず声を出して笑っちゃう場面も多かったです。

ボーナム君、正直忘れていて、マッシュルームカットにひげで思い出しました。そう言われれば名脇役ですね。『エロイカよりー』には、個性的な登場人物が多い中、良識派といったところでしょうか。少佐のような人をほっておけないんでしょうね。

光源氏にも惟光がついていますが、魅力的な人はどこか危なっかしいところもあって、「支えなくっちゃ」と思わせるのも魅力の一つなのかもしれませんね。
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名脇役 (mugi)
2007-11-21 21:48:50
ハハサウルスさん、こちらこそご無沙汰しておりました。

私の友人たちの間でもこの漫画は回し読みされてました。楽しみながら世界情勢が分かったりして。
伯爵にはボーナム君の他にジェイムズ君という会計士もおり、こちらの方がインパクトが強かったですね。少佐から「どけち虫」「雑巾」と罵倒され、伯爵が目にかける美青年に露骨に嫉妬する…この漫画で一番の個性派です。

ボーナム君はともかく、ジェイムズ君のような人物を脇に置いている伯爵も不思議でした。傍目から見れば宇宙人のような怪人を受け入れるのも「魅力」の一つかもしれません。
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ジェームズ君ボーナム君のモデル (MADI)
2007-11-22 20:52:36
レッドツェッペリンのボーカルとドラムですね。おかげでレッドツェッペリンをシリアスにきくことができなくなってしまいました。
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ケチ (mugi)
2007-11-22 22:31:13
>MADIさん

レッドツェッペリンのファン、特にギタリスト、ジミー・ペイジのファンはあのジェイムズ君のモデルとされたことに面白くないでしょうね。ロックファンの間でもジミー・ペイジといえば、ケチで有名です。
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おお! ボーナムさん! (乱読おばさん)
2007-11-23 00:12:08
思わず、コメント♪
彼・・いいですねえ。
それに、完璧すぎないで、時々失敗するところも、「フツーのおじさん」っぽくていいですねえ。けなげな団塊?かなあ。伯爵の首にはめられた時限爆弾を停めるリモコンの電池を届ける時に脱輪してしまったり、スキーで転んでしまったり・・・なかなかツボをついてくれますねえ。
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おじさんキャラたち (mugi)
2007-11-23 20:47:20
>乱読さん

貴女もディープな『エロイカ』ファンでしたか!
若い頃、ボーナム君の印象は薄かったのに、今は注目しているのも年を取ったためかも。
他のおじさんキャラで、少佐の上司の部長もいいですねぇ。ちゃんと奥さんもいて、美人を鑑賞しながら部下Gもお気に入り。情報部長と経理、人事部長の三者密談は、中年世代になって面白さ倍増。
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度々お邪魔します! (やっちゃん)
2008-01-05 23:29:20
 私こと「やっちゃん」は好きなものは「宝塚・オペラ・ミュージカル・ロック・漫画」です。「エロイカより愛をこめて」は少佐とジェイムス君が好きです。ジミー・ペイジはやはりケチで有名だったのですね!こんなところでZEPと会えるなんて幸せです。感謝します。
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トーヘンボク (mugi)
2008-01-06 21:36:23
>「やっちゃん」さん

実は私は未だにオペラは未見、ミュージカルもまず見たことがないというトーヘンボクなのです。
ケチなので、観劇料の高さに敬遠して、リーズナブルな映画をもっぱら見ている有様。ロックバンドで初めにファンになったのは、クイーンではなくポリスでした。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/e64cbea44615b4f2cfa7465824347b51

少佐とジェイムス君が好き、という方も案外少ないかも。私は少佐の執事や部下Gも好きなのです。
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