トーキング・マイノリティ

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殉教者製造人

2007-06-25 21:25:12 | 読書/小説
 今月もパキスタンの作家サアーダット・ハサン・マントーの短編集を読んだ。どれも秀作ばかりだったが、最も気に入ったのは表題になっている『黒いシャルワール』でなく、著者の痛烈な皮肉が込められた「殉教者製造人」だった。「殉教者製造人」は私小説形式となっており、グジャラート(インド西部)からパキスタンに移住してきた“わたし”が殉教者製造人となる過程を語っている。

  印パ分離独立(1947年8月)後、生来機を見るに敏であり口達者な“わたし”は、反って動乱は儲かるので一旗挙げようとパキスタンに移住する。“わた し”はグジャラートのカーティヤーワール半島出身で、バニヤー(商人)カーストを自称しているが、あのM.ガンディーもこの地方出のバニヤー・カースト。 インドにいた時も、コカイン取引で金回りのよい男だった。移住した“わたし”は、口達者を活かし、代潜地をもらい受ける仕事で成功を収めた。家や店を片っ 端から代潜地と言いくるめ、騙し取る。

 金が金を産み、羽振りのよい暮しを送れども、“わたし”の気持は重荷がのしかかったようで落ち着 かない。グジャラートにいる時は、寄付をしたり知り合いの面倒を見たりなど結構善行も施していた“わたし”も、パキスタンに来てからはまだ何もいいことを していなかった。そこで“わたし”は、儲けた金で難民に寄付しようかと思いつく。
 しかし、難民キャンプに行き調べてみるが、恵んでやっても結局 避難民をダメにすると“わたし”は結論を下す。難民は一日中何もしないでうずくまっているだけで、ただ食いして回っている、そんな者にパキスタンを強力に するのに何が出来る?施しをするのは何もいいことでも何でもない。

 キャンプの中で病死者が続出するのを見た“わたし”は、病院を建てる計画を考えるも、それも止める。死ぬ人が助けられてしまえば、この過剰な人口が少なくなることはない、との理由で。全ての混乱の元は過剰人口にあると“わたし”は結論付ける。人の数が増えたところで、土地はそのまま、雨や穀物も増加する訳でもなし。
 では、ムスリムらしくモスクや橋、井戸をつくることも“わたし”はしない。「馬鹿な奴ほど、名誉や名声を欲しがる。名声目当ての橋造り、何の善行と言える…」。モスクが沢山あるのは、まとまりを欠くことになり民族にとって益にならない。

 ある時、“わたし”は突然の事故で犠牲となった者は、殉教者の称号が得られることを知る。無駄死にする代わりに殉教者になれるなら、どれほどいいことか。“わたし”はその考えに取り付かれただけでなく、実行に移す。ムガル朝時 代の大きなオンボロ屋敷を買い取り、千人もの宿無しを収容する。タダではなくちゃんと家賃は取った。“わたし”がこの屋敷を買ったのは、今度雨が降れば屋 根が全て崩れ落ちてしまうと見抜いたからだ。思惑どおり、3ヵ月目の降雨で屋根が落ち、子供や老人も含め7百人ほど“殉教者”となった。

  以降、“わたし”はこの仕事に没頭し、心の重荷も軽くなる。「何事であれ、人は努力しなければならない」のだ。大きな建物の建設を自分の会社に請け負わ せ、3階まで出来上がった時、全部のビルが揺れて崩れ落ちる設計にする。さらに“わたし”は神に祈りを捧げた。3百人ほど仕事をしているが、これらの者全 員殉教できるように、と。もし助かる誰かがいたら、神から殉教を認められなかった最悪の罪人となるからだ。

 途中に出てくる詩が素晴らしい。「誰が思い通りにしてやれる、誰もの望み」「死んでも楽になれぬなら、どこに行けばいいのか」「名声がほしいなら、善行となることをせよ」…人は誰も願いがあるが、その願いは皆まちまち異なるし、死んでも楽になれぬなら、どうにでもなれ、ということ。
 日本のマスコミは少子化、人口減少を盛んに煽るが、人口過剰の方が遥かに混乱を招く。過剰人口の国は人権も自由も保障されず。「人の命は地球よりも重い」と、誰もが信じていないきれい事が言えるのも、曲がりなりにも人権がある国の特殊現象なのだ。

◆関連記事:「グルムク・スィングの遺言

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4 コメント

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Unknown (Mars)
2007-06-27 20:49:24
こんばんは、mugiさん。

洋の東西を問わず、自爆テロのような”狂”信者を我が国の先達であり、英霊でもある特攻隊と同視して、”カミカゼ”と呼ぶ者もいますね。
でも、個人の欲に目がくらんだ”狂”信者と、国を思い、身内・親族を思い、そして、未来の国民である私達を思いながら、尊い命を捨て去った方々を同視する事に、強い憤りを感じながらも、至らない子孫である事に、恥と申し訳ない事を痛感します。
(後世の人間が、先祖の尊い遺志を汚す事を許してきた事自体、恥以外のなにものでもないでしょう。)
ttp://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid318.html
ttp://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid319.html

本題からそれて、申し訳ありませんが、一部の賢者を除き、私を含めた多くの愚民には、見たいもの・真実しか見えないのでしょうね。
そして、為政者や宗教者は、そんな者に対し、僅かな夢を見させえすればよいのかもしれません。
それも、パンドラの箱のように、僅かに出た希望にすがり、愚行を繰り返しながら生きているのかもしれませんね。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/パンドラの箱
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/パンドラ

ま、最終的には、生きている人間を動かすのは、生きている人間自身ですよね。
霊や言霊、神のような、見えざるものにより他人を利用しようとする行為こそ、最大の冒瀆なのでしょうね。

(毎度ながら、意味不明なコメントで、申し訳ないです。)
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回天 (mugi)
2007-06-27 22:09:38
こんばんは、Marsさん。

欧米人はムスリムがよくやる自爆テロと、日本の特攻隊をごっちゃにしています。自爆テロの実行犯は、精神的導師や仲間に煽られて行うのが大半であり、これは身内・親族・同教徒のため、と洗脳されているのが実態です。
しかし、特攻隊と自爆テロの決定的な違いは前者は民間人は決して標的にしなかった。欧米人はこの違いを区別しようともせず、一緒くたにしている。連中からすれば、異教徒の有色人種をどれも同じと見ているのは明らかであり、いかに他文化圏に無知なのか、露呈してますね。こんな連中がもっともらしく「人権」を振りかざすのだから、呪われろ!

人間魚雷「回天」は名前くらいは知ってましたが、ここまで詳細な記事を拝見し、言葉もありません。
それにしても、現代の日本人とは何という違いなのか、ため息ばかりです。
今日は朝から自称「SEX SLAVE」の米下院委の決議案可決のニュースを見て、腹立たしい一日でした。

コメントにあったアメリカ人の言葉は実に興味深いです。
「相手が素手ならナイフを使え、相手がナイフを持つなら、棒を使え 相手が棒を持つなら銃を使え」
これはアメリカに限らず、隣国も全く同じ発想ですね。連中にはフェアプレー精神皆無なのを、常に頭に入れておく必要があるでしょう。特に礼儀正しすぎる日本人は。
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横合いから失礼します (スポンジ頭)
2007-06-27 23:40:24
こんばんは。

ネットで読んだ話なのですが、9.11の時にニューズウィークが特攻を受けた元アメリカ軍兵士にインタビューしたところ、「正面から勇敢にやってきた彼らと自爆テロを一緒にするな」と返されたそうです。欧米人全員がごっちゃにしている訳ではありません。

また、慰安婦決議案も、アメリカで連日報道されているのはダルフール問題でシナ人権問題も相当叩かれており、6月半ばまではアメリカでも報道されていなかったくらいのものだそうです。そして現在の資料を考慮した結果、原案よりトーンダウンしているとかで、更に反論すればレベルがもっと落ちるだろうとの事でした。

大体決議案と言うのはブロッコリーやスパム(食料の方)を国民に勧めたりするようなものも出るので、日本のマスコミが過剰に報道しているものと思われます。

以上、乱文乱筆失礼致します。
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面目 (mugi)
2007-06-28 21:55:41
こんばんは、スポンジ頭さん。

残念ながら戦後60年以上も経ているため、旧日本軍と戦ったアメリカ軍兵士そのものが少数になってきていますね。
トルコの知識人も「欧米人はトルコとアラブの違いも分からない」と憤慨してましたが、日本と中国、朝鮮を一緒くたにする欧米人が大半でしょう。

地元の河北新報はダルフール問題でシナが叩かれている事はまず載せませんね。そのくせ、有力紙に広告を出した日本の対応が不手際、アメリカ議会では日本弾劾一色と言わんばかりの報道です。先週も朝鮮総連施設捜査を、在日朝鮮人への偏見が強まるとの特集を組むほどでしたから。

シナのアフリカ支援も極めて問題ですが、それにしても、欧米人もまた己の行為は棚に挙げ、第三世界を糾弾するのが十八番ですね。
19世紀末のトルコのアルメニア人迫害を糾弾したのは英首相グラッドストンでしたが、同じ時期のインドでは史上最大級の飢饉に見舞われ一千万近くの死者が出ていたのを思い出します。それまで親英だったトルコは反英に一転、WW1を経て現代に至ってます。

イラク戦争で八方ふさがりのアメリカは、他国の過去の人権状況を糾弾することで、面目を保ちたいのでしょう。
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